3-2(6) 夕緋の迷い
夜も遅くなったため、統括は気を遣って会議を終了した。『こがねっ娘』への聴取は後日行われるそうな。そのまま篠宮の車でホテルまで送ってもらい、ひとっ風呂浴びてベッドに腰を据えた頃には深夜を迎えていた。
「だぁ〜、めんどくせぇ」
すぐにでも本体・黒蜥蜴に戻りたいが、今は我慢だ。とっとと研修を終わらせて碧海市に帰りてぇ。
「…………ふぅ」
碧海市に戻りたいなんて、変なこと考えるもんだな。そもそも帰ってくる前はずっと一人暮らしだったのに。
「アホくさ……」
思考を止めてベッドに倒れようとしたところに、部屋のドアがコンコンと叩かれた。
「ぁ〜い?」
「漆葉さん、入っていいですか?」
ダメ、と言う前にドアを開けられる。
…………鍵かけときゃよかった。
「あの、お邪魔します……ね」
通っている学校のモノなのか、色気のない紺色のジャージ姿形の白神。例の如く強引な割に、態度は随分控えめ。
風呂上りで若干紅潮した顔が、いつもの少女と異なる雰囲気を感じさせる。何か邪な感情が湧くことはない。
……健全だ。至って健全な感情のままだ。
だって妖魔だもの。
しかし、年頃の少女と男子大学生がホテルの一室に集い──何も起きないはずがなく。
「漆葉さん…………トランプしませんか?」
「あ゛?」
全身にのしかかっていた眠気がすぅっと去っていく。
こうして、少女提案のもと深夜のババ抜きが始まった。
◇ ◇ ◇
「…………………………」
「…………………………」
テレビもつけず、往来する車の駆動音が部屋へ伝わる。ほぼ静寂とも言える空間で、無言のままババ抜きに興じていた。
「…………」
言い出しっぺの少女は、ジョーカーを引こうとすると露骨に顔が緩むので相手にならなかった。
「ぁ……」
「はい、俺の勝ち」
既に5連勝……それより、本来ババ抜きは複数人でやるもんだろうに。
「んで、何の用だよ」
俺もお前もさっさと寝ないといけないんだが……
「……」
白神は無言のままトランプを集めシャッフルを始める。
「おーい」
「私って、弱いでしょうか…………」
質問なのか独り言なのか、少女は手を止めぼそっと呟く。
「どうした急に」
トランプの腕なら言わずもがなだろ。
「今夜だって、妖魔を取り逃すことなく倒せていたはずです……私が弱くなければ……!」
少女の手元では、握力でトランプがわずかに歪んでいた。
「弱くて問題あるのか?」
「弱かったら、何もできないじゃないですか……!」
「お前はお前にできることやってりゃいいだろ。いちいち妖魔の言葉を間に受けんな」
確かに……こいつと出会った当初と比べて、短期間で様々な経験をしたせいか鬼気迫る雰囲気が消えた。黒蜥蜴への復讐心は衰えていないようだが……先代の強さと比べているのだろうか?
「……不思議ですね。この前入った漆葉さんよりも、私の方がずっと修羅場を経験してるはずなのに、漆葉さんの方が冷静なんて……」
自虐気味に笑いながら、少女はトランプを配り始め6回目のババ抜きが開始される。
修羅場ねぇ………………
◇ ◇ ◇
ババ抜きの傍ら、碧海市を出る前のことを思い出す。大した記憶でもないんだが、故郷である碧海市・翠山には、柄の悪い妖魔が両親へ挑みに訪れたものだ。
そんな奴らの露払いを、おつかいと言ってやらされていた。
『オレらが用のあるのは山の主である妖魔だ! テメェみたいなデカブツじゃねぇ、すっこんでろ!』
意気揚々と俺を突き飛ばそうとした妖魔は、軽く撫でた次の瞬間には肉片となっていた。
『我は妖魔新進党幹部が一人! 貴様に屠られた仲間の為、引導を渡しに参った!』
誰かの弔い合戦に来た堅苦しい話し方の妖魔も、難なく処理した。
『見つけたぞ! あいつだ、黒蜥蜴だ! 全員でかかれ! バラバラに引き裂いてやれぇっ!』
何十人も引き連れやって来た妖魔達は、全員翠山の土に還った。
……あれを修羅場というのは、少し違う気がする。あくまで『おつかい』だ。
『ごめん、黒蜥蜴さん! ちょっと斬るね!』
申し訳なさそうに腕を切り落とした少女には……何もできなかった。
ん〜、あれは修羅場じゃないな。
◇ ◇ ◇
そういう意味では今の擬態と妖魔本体の二重生活は、修羅場の連続と言っても過言ではない。正体が見つかれば即終わり……とんでもない状況である。
「もうちょっと気楽に行こうぜ。お前がいなきゃ俺なんもできねーし」
今晩の戦いだって、白神が助けに来なければそこで全て台無しになっていたわけで。
…………行き当たりばったりの無計画なのが原因なんだが……この際それは置いといて。
「お前が強かろうが弱かろうが、俺には必要なんだから……もうちょいしゃんとしてくれよ、土地神様?」
わざと白神の手札からババを引き抜いた先、対面の少女は安心したように微笑んだ。
「もー仕方ないですね! 漆葉さんには私が付いてますから、漆葉さんこそちゃんと土地神様のお仕事してくださいよ?」
逆に嗜められる始末である。
正直に言えば……土地神の得物である『桜の命』さえ抑えれば白神夕緋自体は大した脅威ではない。
……ではないが、そう単純な問題ではないのだ。
「ぃやったぁー! 私の勝ちですね!」
「はいはい……」
やっと終わりだ。こいつの悩みの種も聞けたし、もういいだろ。つーか飽きたわ。
「もう一戦ですね!」
「あ゛ぁん?」
わざと威嚇したものの、少女は意に介さない。
「勝ち越すまではオールナイトですよ!」
「これなら涼香も巻き込めゃ良かった……」
殻装だけ渡して早々に引き上げたらしい。
「さぁさぁ漆葉さん! 次やりますよ次!」
「へいへい……」
白神が本当に吹っ切れたのかはわからない。でも、俺が言ってやれるのはこのくらいだ。
本当に強くなるなら、白神自身がなんとかするしかない。
ま……そんな時がくるかどうかは知らないけどな。
お悩み相談がひとしきり終わったところで、いい加減ババ抜き大会をお開きにしようと思案していると備え付けの電話が鳴る。
「こんな夜に……?」
とりあえず受話器を手に取ると、相手からの声はない。
「……何か用すか?」
「さっきはどうも従者サン」
妖魔──改め毒嬢である。
「嬉しいなぁ、ラブコールか?」
少なくともババ抜きよりは目が覚める。
「そんな余裕でいられる状況? 分かってんの? そこへ掛けてるってことはアタシ、下にいるんだけど」
目配せだけして、白神に戦闘用意を伝える。
「今からぶった斬りに行ってやるから待ってろ」
「ハッ……悪いけどスケジュールが詰まってんの。食事は定時に摂る主義でね、これは単なる宣戦布告。……近いうちにアンタのトコの土地神様も参加する『こがねっ娘』のライブで観客ごと食い尽くしてやるから覚悟しといてよ──じゃあね〜」
通話が切れた直後から、二人で部屋を飛び出る。
「今の、毒嬢からですか⁉」
「あぁ! しつこいったらありゃしない!」
エレベーターを無視して非常階段を一気に下る。
フロントに到着すると、うめき声だけが聞こえる。受付の床にはスタッフが紫の斑紋を体に浮かべてうずくまっていた。
「大丈夫ですか! ──漆葉さん、私は支部に連絡します!」
通信を始めながら、白神は俺に刀を投げ渡す。
ゆっくりとフロント脇にある事務所に入ると、同じく倒れているスタッフが数名。机には例の『こがねレモン(仮)』の飲み残し。
明坂弘毅のように苦しんでいる様子はなく、単純に体の動きが麻痺しているようだ。試しに首元を触ってみると、脈は正常だった。
「これなら死にゃしないだろ」
周囲に隠れる場所はロッカーくらいしかないが、もちろん空振り。どうやら逃げられたようだ。
「ぅ……ぁ……あ!」
足下に視線を落とすと、スタッフの一人が俺の足首を掴んでいた。
「…………」
麻痺した恐怖なのか、それとも妖魔に襲われたことなのか酷く怯えてこちらに目で訴える。
『キミの──』
以下省略。朝緋の記憶といい、毒嬢といい、しつこい限りだ。
「おい、今充填できるのか?」
握った刀に声をかけると、珍しく返ってくる。
『現在生命力の余剰はありません。土地神本人の寿命を使用しますが、よろしい──』
「よろしいよろしい、麻痺回復させるくらいの分さっさと補充してくれ」
了解しました、と事務的な音声と共に体の力が抜ける。しっかり徴収されたらしい。
「はぁ……アホくさ」
なんで自分の命を削って、妖魔の毒を治癒させなきゃならんのだ。こんなことをしていたら、本当に割に合わんぞ。
とかなんだかんだ言いつつ、被害を受けたスタッフ数名の麻痺毒はしっかり治癒し、あとは駆けつけた支部職員と救急に任せ、今度こそようやく本当に眠りについた。




