2-3(4)脱出と反撃②
明確に、その声は脳内に響いた。
『────緊急措置として、武装・『桜の命』を召喚。飛来する対象に注意してください』
……なんて?
「とにかくこの小屋から脱出するわよ!」
縛られたまま、榊支部長が恐らくもがいている。激しく動いたところで状況は変わらない。
「漆葉君も! 何か手伝いなさい!」
とはいえ、椅子に手足を縛られていては何もできないし見えない。しかし、さっきの声……
「博士、仮にここを出られたとして多分外にいるサルを突破できます?」
「難しいんじゃないかな、まずはとりあえず身動きできないと」
『桜の命到着まで、あと──秒』
肝心なところが聞き取れないが、意識が確かならアレが飛んでくる。
「くっ………! もう少し………!」
必死に縄と格闘する榊支部長の声から冷静さが失われていく。それと同調して、小屋に赤い火が回り始める。
「切れたわ! さぁ二人とも──」
袖にナイフでも仕込んでいたのか、榊支部長であろう光が開放され立ち上がる。
『間もなく到着します。土地神は周囲の人間と離れてください』
んなこと言われても……
「支部長、とりあえず博士と小屋の隅に離れてください」
「はぁ? ごほっ、そんな無駄なことしてる暇は──」
『到着まで5、4……』
唐突なカウントダウンに焦る。
「いいから早く! そのまま博士と離れて!」
「榊クン、とりあえず今は引いて!」
博士の言うままに、支部長は博士と隅に下がる。黒煙が充満し、視界が霞む中────
────天井をぶち破り、『桜の命』が降って来た。
ちょうど手首を縛る縄の結び目に飛来した刀により、両腕が解放される。すぐさま柄を掴み前に手繰り寄せる。
『土地神との同調を確認、生命力を急速充填。土地神の治癒を開始』
刹那に駆け巡るのは生命の息吹。心臓の鼓動が強く脈打つのに合わせて、全身へ桜色に輝く土地の生命力が迸る。
その命の力は顔面を登り裂傷を癒す。切り裂かれた両目は、力が通過するや機能を取り戻す。瞼越しの視界が開放され、網膜へ少ない光の刺激が到達。
────元通りだ!
薄暗い視界が土地神の力で補正された。
手に持つ鈍い銀色の刃は既に桜色に染まる。急いで博士に駆け寄り縄を切る。
「ごほ、ごほっ……すごい能力だね! それが従者の力かい!」
「んなことは後で! さっさと出るぞ!」
本格的に火が回り始める。それを意に介さず、両手で握る刀は独り言を続ける。
『充填100パーセント──なお、こ────』
機械音声のアナウンスを無視して、切っ先を天に向ける。今できる簡単な突破法でさっさと脱出だ!
「うぉおおっぁッ────!」
特にイメージはない。ただ刀に溜まった桜色の力を、小屋の出口へ飛ばすように得物を振り下ろす。
桜の閃光が床を裂きながら直進し、小屋前方を全て吹き飛ばす。陽光が全身を照らし、外に出た──というより建物をぶっ壊した。
「このまま前進!」
とはいえまだ背後には火の手が上がっているので前へ出る。木の焼けた匂いが辺りを包む中、先に脱出。
黒煙の先には念を入れたのか複数のサルが待ち構えていた。中には白い殻装を着込む個体が4体、それに加えて報告にあったゴリラの見た目に近い妖魔も数体に、雑魚サルが多数。どいつもこいつも心臓部が小さく光っている。
「ヒャヒャヒャヒャ! 空から何か降ってきた時はまさかとは思いましたが本当に脱出するとは、間抜けなだけではなかったんですねぇ、ハイ!」
類人猿もどきをかき分け一人、背広姿のサルがゆっくり拍手をしながら前に出てくる。こいつは他のサルよりも光が一回り大きい。
「………それで、この状況をどう突破するおつもりですか?」
勝ち誇ったように歯茎を見せながら、サルは笑みを浮かべた。
「──こうすんだよッ!」
即答。発声に合わせて刀を横薙ぎに振るう。
前方の虚空を、桜色の剣閃が駆け抜け身を屈めるのに遅れたサル達の上下半身が綺麗に真っ二つに分かれ霧散した。
『即時充填、100%を維持』
刀は銀色に戻る事なく、再び桜色に染まり上がった。
突然の攻撃に、サル達も動揺したのかざわついている。間一髪、桜色の斬撃を逃れた背広姿のサルは、大きく目を見開く。
「な、なぜ従者のあなたがそんな芸当をッ!」
「そんなもん説明しても意味ねぇだろ」
どうせ、今から倒されるんだからな。
ある程度間引いたとはいえ、鎧である殻装を着込んだサルは一体も落とせていなかった。消したのは普通のサルを数十体とデカブツであったゴリラ型の妖魔くらい。まだ気は抜けない。
「フ、フフフ……まぁいいでしょう! 数はこちらが上、あなたの強さは意外でしたが……そこの二人を守りながら、果たして無事でいられますかねぇ、ハイ!」
「………ハイハイハイハイうるさいな………」
動揺が静まり、殻装を着たサル────殻装サル4体が分散してにじり寄ってくる。
殻装か────
思えば何でこんな目に遭っているのか────
あ、あれだ。妖魔が出てきて殻装が公園荒らして、前から起きてた強制返戻だのわけのわからん不調が起きたりして。
せっかく植えてた花もミントに埋め尽くされて、おまけにゴミまで散らかされ────それが全部サル────猿山の仕業だったと。
………今回俺何も悪くねぇな。
『キミの────』
朝緋のとの過去の回想────はカットだ。お前との約束は、一から十まですべて守るわけじゃない。
何より俺の邪魔をする奴は、人間だろうと妖魔だろうと関係ない。
「…………決めた!」
猿山が白神を狙っているってことは大元の実体が碧海市に出てくる可能性が高い。さっさとケリを付けてしまおう。このところ『ドゥ』で甘味を摂ってないしな。
その前に、まずはここをなんとかする!
周りを囲む殻装サル達に対して、桜色に染まる刀身を見せつける。異様な色を放つ得物に、サル達は数歩退く。
「よぉエテ公ども! 散々おちょくってくれたがそろそろ《《反省》》の時間だぞ!」
背後で燃え盛る木造の小屋をバックに、ストレスを発散するがごとく叫ぶ。両隣には煤けた姿で身構える桧室博士と榊支部長。
「二人とも、ハードな下山だけどついてきてくださいよ?」
「やれやれ、現場作業は慣れないんだがねぇ」
俺から見て身体が明滅して見える桧室博士は徐に、パンツの裾から短身の散弾銃を取り出す。
「漆葉君こそ、その刀落とさないように気を付けなさい」
煌々とうっすら青白く光って見える榊女史も、腰の辺りから拳銃とナイフを取り出し構える。何でこんな用意が良いんだよ。………むしろそれだけ装備があれば簡単に脱出できたような………本当に、なんで捕まったんだこの二人。
「ま……まぁいいや、突っ切っるぞ!」
襲い掛かる明度の低いサル達の包囲網に対して、白神と涼香抜きでの戦闘が始まった。




