1-1(3)ヒトと妖魔②
「では、本日の講義は終了とします」
講義の直後、他の連中がぞろぞろと退室するところに榊女史に止められる。
「漆葉君、怪我の具合はどう?」
「あーもーそりゃ完璧に治りましたよ」
俺の擬態と妖魔の体は通常の同胞と異なりリンクしていない。正確に言うと本体に戻った時点で擬態の傷は失せる……がそんな場面に出くわしたことはない。
「そう……あなたは通常のカリキュラムの他、一応課外学習の体面を繕っているので今日は追加の訓練を行ってもらいます」
「え?」
拒否権もなく、榊女史の先導でまだ入ったことのない武道場へ案内される。入る前から竹刀のぶつかり合う音が聞こえる。榊女史が道場の扉を開けると、そこには三人の少年少女。その内二人には見覚えがあった。
「あ、綾ちゃん!」
一人寄ってくる。聞き覚えのある声に黒髪の少女は屈託のない笑みを浮かべている。
「だから夕緋あなたねぇ………施設内では榊さんか支部長って呼ぶように言ってるでしょう?」
榊女史が諌めるついでに夕陽にデコピンをお見舞いした。
「ぁだ! もぅ容赦ないんだからなぁ」
自分の額を撫でる少女は、先日俺の窮地を救った存在であり、先日俺の身体をぶった斬った存在でもある。
「あ、あなたはこの前の!」
ハッとした表情で、少女は俺を見やる。
「その節はどーも」
軽く頭を下げると少女の後ろからお供よろしく男女が近づいてきた。
「なんだその態度は、土地神様に失礼だろ」
染めているのか、珍しい銀色の短髪少年が俺に指を差す。
「支部長、なんなんですその人」
そしてもう一人。同じく銀色の髪で少年より頭ひとつ背の低い少女が訝しげにこちらを睨む。こいつは夜の公園で俺に銃撃をかましてきた奴だ。
「先日から碧海市支部に配属になった漆葉君。元々この街出身の縁で召集された一人です。彼だけ怪我で、まだ土地神様とは挨拶していなかったので」
憮然とした表情で、ユウヒと呼ばれた少女の後ろ二人は黙った。
「えーっと………漆葉境二十歳です。よろしく」
なんとも面白みの無い自己紹介である。
「〝土地神〟の白神夕緋です! よろしくお願いしますね!」
改めて実物を見ると、かなり整った顔立ちである。三度目の邂逅にしてようやく名前を知る。こいつから刀を奪うらしいが……持ってもいないし、周囲にも見当たらなかった。
「なんだ、僕らよりも年上なのか。土地神様の従者……まぁ、お供の来栖ハルトだ」
銀髪の少年・ハルトは無愛想に吐き捨てる。
「同じく来栖サナよ……でも支部長、わざわざ個別に寄越さなくても別の日でよかったのでは?」
少年の隣にいた銀髪のツインテール少女も名乗る。おそらく兄妹だろう。
「挨拶のほかにもう一つ。本部からの命令でね。大学生のモデルケースに選ばれた彼には通常召集した人とは追加で訓練を受けさせるように言われてるの」
榊は置いてあった竹刀を手に取り、俺に渡した。
「貴方達に彼の初期戦闘訓練を任せます。漆葉君は実践訓練の内容をレポートにして後日提出をお願いします」
「は、はぁ」
覇気のない返事をすると、榊女史は道場を後にした。
「下らないな。何でただ招集された人間の為に土地神様の時間を割かなきゃいけないんだ」
露骨に面倒くさそうにハルトは吐き捨てた。
「土地神様は少し休んでてください、こいつはあたしと兄さんで対応しておきます」
雑な扱いを受けながら、ツインテ少女のサナに竹刀と防具を渡され準備を急かされる。ヘッドギアに軽量の小手、胸当てなど簡単な装備だった。装備を終えると、道場のど真ん中にサナと向かい合う。
「さぁ……さっさとかかって来てよね」
ツインテールの右側の髪束をいじりながらよそ見する少女。かかって来いと言われたものの、呆然とする。
「いやぁ……そう言われても」
正面の少女は防具を一切付けず、配布された制服だけで叩いたら絶対痣になる。擬態の倫理観としては、あまり気乗りしない。人生で初めて竹刀を持たされていきなり戦えと言われても……話が急すぎる。
「新人、大丈夫だ。お前には一太刀も浴びせることもできないよ」
道場の隅から、ハルトに冷たく罵られる。
「が、がんばってください!」
その隣で正座しながら、土地神・白神夕緋は両手の拳を握って応援していた。
「はぁ……アホくさ」
聞こえないようにぼやきながら、竹刀を構えた。相変わらずサナはこちらを視界にすら入れていない。
「じゃ、じゃあやるぞ」
そこからはほんの一瞬だった。一歩踏み込んだ途端、サナが消えて脳天に衝撃が走った。
「ひぎっ」
「はい、あたしのは終わりね」
数秒の訓練。片膝ついてうずくまる俺をよそに、サナは白神の隣で正座した。
「なんつー速さだ」
頭に竹刀をぶち込まれたことは分かったが、防具越しでも激痛である。ほんとにただの人間か? など考えていると、サナとバトンタッチでハルトが正面に立った。
「おい、早く立て。支部長指示だから付き合ってやるが、お前を構っている時間なんてないんだ」
2番目の立ち合いを急かされる。訳も分からず叩かれてムカついた怒りで竹刀を握りしめる。
「ぶっ叩いていてやる……!」
眼前を見据える。妹と違い、兄・ハルトは竹刀を構えこちらを睨み返していた。
「な……なんだよ」
「素人が入れば入るほど、土地神様の負担が増えるんだ。用が済んだら僕たちとは距離を置いてろ」
こっちはレポートの為に連行されただけなんだが。妹にやられた分までお返しだ!
「はっ!」
竹刀を振り上げながら間合いを詰めた。ハルトは微動だにしない。一気に得物を振り下ろすが少年は冷静に受け止めた。
「くそ………」
「甘い!」
握っていた竹刀が力ずくで押し返される。ハルトはゆっくりと、両手で竹刀を持ち上げ構えた。
「おっそ」
緩慢な動作に対して竹刀を横にして頭上で構える。今度は脳天にくらうわけには――
「せい!」
サナの攻撃よりも圧倒的に遅い一振りで拍子抜けだった。だったが構えた竹刀ごと脳天一撃を叩きつけられた。
「ひぐぅっ!」
目の前がチカチカして白目をむく。痛みというより熱が頭に集まる。うずくまって防具越しに頭をなでていると、肩を叩かれる。
「土地神様の休憩している間だけだ。さぁ、どんどんいくぞ」
「えぇ………」
一体この内容でなんのレポートを書けばよいのか。傍らで俺を応援する白神はファイトと言わんばかりに、手を振っていた。
結局、その後何度も竹刀で立ち会わされたがひたすら来栖兄妹に扱かれた。
そして、ただ殴られただけの内容で『実戦訓練について』という何の捻りもないタイトルのレポートを書くのに徹夜をさせられたのは言うまでもない。
すべては単位取得・刀奪還の為である。




