2-1(6)猿の襲撃④
通信機からでも感じる冷たい少女の声。と同時に残っていた猿妖魔Jが飛び掛かる。悪あがきと言わんばかりに大口を開け迫る。
「俺はいい! この猿は何とかするから先にいる白神を援護してくれ!」
刀の柄で妖魔の頭を殴り、一旦怯ませる。
『──了解。ソレは処理を任せます』
通信が終わる。白神の心配をしたいところだが、目の前でキツい口臭を振り撒く猿妖魔Jが鬱陶しい。
「舐めんなよ………マトモな武器があればテメェみたいな人間ワケねぇんだ!」
………同族なんだが。
「キェーッ!」
唾液で汚れた猿の顔の距離が詰まる。恐れずこちらも飛び込む。
大口の空いた妖魔の顔を押さえ、心臓に刀を突きたてる。一度引き抜き空いたままの口、その喉奥に得物で再び刺突する。
「ガ──ァ!」
力なく崩れる妖魔は、膝をつく前に黒く染まりバラバラとなって霧散した。
「ふぅ………はぁ………」
左腕の痛みなど忘れ脱力する。その目の前を涼香が飛び越えていった。車から車へ、八艘飛びよろしく、跳躍しながら白神を囲む猿の妖魔達を狙撃した。
「ギぃッ」「キエェ!」「ギァイァ!」
必中。一撃で射抜いている。
『りょ、涼香さん!』
『狙撃します。妖魔から距離を取って下さい』
「白神ィッ! 一旦退け!」
疲労した身体に気合を入れ、交差点へ向かう。弱点を見抜かれたのか、白神は残っていた三体の妖魔から執拗に腹部を狙われている。
『だ、大丈夫です!』
接近する猿の妖魔に応戦しているが、剣捌きは明らかに鈍い。
「あのバカ──」
中空から重い衝撃音が二発、涼香が撃ち抜く。
『────残り一体』
と、最後に残った猿の妖魔は白神から剣を奪おうと揉み合っていた。抵抗する気力も失っているのか、明らかに様子が変だ。
『狙撃不能──漆葉境、土地神のサポートに回ってください』
「はっ?」
交差点に入った涼香はギアを上げ全速力で妖魔へ駆ける。ライフルの銃身部分を持ち────そのままグリップの部位で妖魔を殴打。
「ギャ!」
妖魔が吹っ飛ばされている間に、俺も到着。
「白神、大丈夫か?」
「あはは────ドジっちゃいました」
強化外装のフルフェイスで作られた兜からは表情が読めない。きっと気まずそうな顔だろう。
「白神夕緋、少し借ります」
涼香はそう言うと、ライフルを捨て白神の握っていた蒼い両刃剣を手に取った。重たい印象もなく、軽々と持ち上げる。
「ギギギギ────邪魔スンじゃねぇ!」
体勢を立て直した妖魔が地面を蹴り上げこちらへ飛び掛かる。
「ハァッ────!」
飛来する猿を涼香は回し蹴りで迎撃し、中空に浮かぶそれを剣で両断した。悲鳴を上げる間もなく、妖魔は霧散した。
「目標の掃討を確認。周囲の安全は確保しました…………やはり近接武器での戦闘は効率に問題あり」
事務的に涼香が呟く。
時間にしてほんの数分。いや数分もない。
「つえぇ…………」
何が『普通の人間』だよ博士。とんでもねぇバケモンじゃねぇか。
「二人とも、負傷の程度は?」
表情を変えず、ライフルを拾い上げながら涼香がこちらへ確認を取る。俺は左腕の出血を見せる。しかし、最初に戦うことになったのが偽物だったおかげか、それとも今までの訓練のおかげか、一人でもだいぶ戦えるようになったな。力が使えなかったことは別として………
「さっき切られた………けどまぁさっさと止血すれば大丈夫だ、それより────」
足元で膝をつく鎧娘を指さす。
「病み上がりで無理するからだ、このバカ」
「バ、バカって何ですか────ぁつ!」
立ち上がって反論する少女は、脇腹の辺りを押さえた。その様子を見ていたもうひとりの少女は、白神の腕を掴んだ。
「内臓を痛めているかもしれません、急ぎ病院へ」
「大丈夫です、これくらい────」
「何かあってからでは遅いんです!」
この二日、桧室涼香の見たことのない怒りの表情が一瞬垣間見えた。突然の怒声に、白神は狼狽え言葉に詰まる。
「………失礼…………ですがあなたが病み上がりであることは確かです。わたしも同行します、行きましょう」
無言のまま白神は涼香に連れていかれた。
その後応援の職員達が来て、現場の撤収が始まった。民間人の負傷者は数人出たが、重傷者はゼロ。俺の手当ても終わり、渋滞の交通整理は警察が対応していた。
あの後涼香から連絡があり、白神の身体に異常はなかったとのこと。ただしもうしばらくは安静にするよう命令が出された。
………涼香の奴、意外と世話焼きなのでは?
なんて、どうでもいいことは置いといて。
「……………」
土地神の力を使っての治癒もできず、刀に生命力を充填することもできなくなった。本格的にまずい。それに倒した猿の妖魔達は、回収する間もなくすべて霧散して消えてしまった。普通の妖魔ならまずありえない。何より黒蜥蜴を勧誘してきた輩と同じ格好なのが気になる。
いずれにせよ、せっかく平和だったのに課題が山積みに戻ってしまった。しかも前より面倒な状況である。考えを巡らせても今は無駄だな。
「…………あー、アホくさ。帰ろ」
と、今までならスッと退散できたのだが。現場に散乱したガラスの破片やらゴミを目にして何とも言えないむず痒さを覚える。
「………わぁーったよ。やるよ、やりますよ!」
土地神の力は溜まらないが、とりあえず目の前にあるゴミを拾い始めた。




