2-1(6)猿の襲撃③
支部から車で五分程度、市街の交差点手前で車が渋滞し、クラクションが飛び交っていた。
先にパトロール中だった職員が向かったらしいが連絡がない。
「妖魔が出てきた割には落ち着いてるな」
車内。隣に座る白神はセーラー服………ではなく、蒼い強化外装──殻装の試作品──を着込んでいる。窮屈そうにしているが、表情は読めない。
「通報だと人を襲っているわけではなくて、主に人の乗っていた車を叩き割っているようです」
なんとまぁ迷惑な…………
「いずれにせよ人間を襲う可能性もありますからはやく──」
白神の会話が車外から割って入った悲鳴で途切れる。
『破壊活動をしていた妖魔が人に危害を加え始めました! 至急対処を!』
右耳につけた通信機から切迫した連絡が入る。逃げ惑う人の中、無理矢理ドアを開け社外へ出ると、渋滞の車の上を飛び交う猿顔の妖魔が──
「いち、に、さん…………何体いるんだよ」
目視できるだけでも暴れている人影………妖魔の影は十体程度いる。石だのドライバーだのハサミだの、どこから持ってきたのか各々振り回していた。目を細めてピントを合わせると、スーツ姿にニホンザルの頭をしたあいつらだった。
(あいつらまだいるのか………)
かれこれ似た顔のあいつらをもう何体も始末したが、一体何人この街に入ってきているのか。
「猿に似た妖魔ですね…………とにかく民間人の救出、妖魔は各個撃破していきますよ漆葉さん! これに力の充填、お願いしますね!」
白神が土地神の得物である『桜の命』を無造作に放り投げる。
「お、おい! ………いっちまったよ」
作戦もなく、血気盛んに少女は強化外装とセットの青い両刃剣を持って戦場へ繰り出た。あの見境のなさ、なんとかならないのか。
とはいえ、いざというときのために力を注いでおかなくては洒落にならない。
「頼むぞなまくら」
喧騒の中、目を閉じて刀を握る。足元から大地の生命がながれこ────まない。
『現在、充填できる生命力がありません』
刀から無慈悲な宣告。仕方ない、急場凌ぎだ、俺の寿命をいれ──られない。
『現在、土地神・漆葉境の生命力は充填できません』
「おいおいおい! 俺の命なら緊急充填できるんだろ! さっさとやれ!」
『繰り返します。現在、漆葉境の生命力は充填できません。繰り返します──』
本当の土地神にしか聞こえない刀の機械音はメカらしくエラーに同じことを連呼する。強く握ろうが手荒く振ろうが反応に変わりはない。
「なんてこった…………」
既に前方の交差点では車を踏み台にして白神が飛びながら猿顔妖魔の相手をしていた。妖魔達が車を踏み台に飛び上がるのに合わせ、自分も跳躍して斬撃でひたすらに妖魔を薙ぎ払う。しかし決定打にはならず囲まれていた。
『漆葉さん、こいつら中々すばしっこいですよ。刀で一気に蹴散らしましょう!』
通信機から白神の呼び掛け。
「あー、白神! 悪い、力使えないわ」
逃げる市民を後方へ誘導しつつ、走りながら少女へ応答する。前方からの避難者はほとんど消えたようだ。
『え、ちょっと! 嘘ですよね!』
一瞬動揺しつつも、白神は眼前の猿を押し退ける。
「嘘じゃねぇ! よくわかんねぇけど土地神の力が制限されてる! ここは今ある武器だけで凌げ──ってうおっ!」
放置された車の隙間を通りつつ白神の下へ向かっていると、脇からレンチを構えた猿妖魔が突進してきた。振り上げられたレンチをなまくらの刀で受け、妖魔の腹を蹴り飛ばす。擬態の出力では多少よろめかせるだけ。
「ッ──めんどい、な!」
のけぞった猿妖魔の額に刀を突き刺す。白目を剝いて地面に伏した妖魔は徐々に全身が黒く染まり中空に霧散した。
「消えた………次!」
敢えて走らず、早歩きで交差点へ向かう。前方から再度猿妖魔が三体。どれもハサミや包丁など、普通日常で扱うものを凶器として持っている。
「おい白神、そっちは大丈夫か!」
通信を入れる。向かう先、ちらっと見えた蒼い鎧を纏う少女は、脇腹辺りを押さえていた。
『大丈夫ですッ! ちょっと昨日のダメージはありますが──ッづ!』
応答を聞いている間に、眼前へ三体の妖魔が迫る。やはり見分けがつかない。前の続きだ、猿I、J、Kでいい!
「キィェェー」
真正面から奇声を上げつつハサミの刃を俺の顔に向けた猿Iが詰め寄る。膝を曲げて身を屈め踏み込む。相手の懐に入った刹那に刀の切っ先を猿Iの顎に向け、一気に突き刺す。
「ギェ!」
脳天を貫通した刀を引き抜き、そのまま右肩で体当たりをして絶命した猿Iを吹っ飛ばす。
「ふぃ〜──ってぅあッ!」
右側面から包丁で切りかかる猿妖魔Jが間髪入れず襲い掛かる。反応が遅れ、刀を握る右手を抑えられる。相手の得物を持つ右腕を左手で掴み、刃を鼻先の距離で止める。
「それは料理道具だろ……」
「ウルセェ! さっさと死ね従者がッ!」
相手の腕に入る力が増す。右腕が軋む。擬態ではまだ圧倒できない、なら今できる範囲で切り抜けるしかない!
「言ってろ!」
開いていた相手の股を右足で思い切り蹴り上げる。確かな手ごたえの直後、猿妖魔Jは明らかに悶絶。掴まれていた右腕を振りほどき、そのまま掌で相手の顔面を叩きつける。
「ァ………ギ、ギギギ!」
口から涎を垂らし、股間と顔を押さえて猿Jは倒れた。止めを刺そうとしたのも束の間、もう一方から猿Kが持つバタフライナイフが左腕を切り裂いた。
「いッ、つ──!」
緑色の袖が赤黒く染まり、手の甲に鮮血が滴る。わずかに熱を帯びる。
「キキキ! 抉られた感想はどうだァ?」
左腕を押さえるが、出血は止まらない。倒れていた猿妖魔Jもよろけながら立ち上がった。
「もう立ち直りますか──」
白神の方を一瞥すると、やはり先日の攻撃が残っているのかどこか動きが緩慢になり始めていた。残りの数体が少女を包囲している。
「よそ見してんじゃねぇッ!」
視線を戻した時には、ナイフの切っ先が眉間に差し迫っていた。
やば────
これ、普通に黒蜥蜴に戻るよな。ギリギリで避けようとした瞬間、目の前で猿妖魔Kの頭が吹き飛んだ。
「い、今のは……!」
元来た方向に視線を移す。乗り捨てられた乗用車のルーフで、涼香がライフルを構えていた。殻装は一切装備しておらず、栗色の髪をポニーテールにして纏めた生身の姿で。
『桧室涼香、これより妖魔掃討に加わります──漆葉境、下がってください』




