1-3(4)偽黒蜥蜴の正体③
「ハルトさん!」
一目散に駆け寄ったのは白神だった。
「すみません、土地神様……ご迷惑を……ぐっ」
「止血を、急いでください! 漆葉さん、力を使って治療を!」
「い、いえ土地神様………力は妖魔との戦闘に使ってください。応急処置だけで結構です」
俺が力を使えば回復できることはハルトも知っていたが、少年はあえて拒否した。職員が応急処置を行う傍ら、ハルトを交えて状況を整理していた。
「どうやって妖魔から逃げたんだ?」
「森の奥の方に着いたら痛めつけられて。その後奴は仲間を呼びにどこかに消えたんだ。その隙を狙って出たが、この有様だ」
「とにかく無事で良かったです。漆葉さん、早くサナさんを助けに行きましょう!」
「ま、待ってください土地神様。サナに何かあったんですか!」
ハルト発見までの事のあらましを説明するが、少年は意外にも冷静だった。
「オレは大丈夫です。後を追いますから、土地神様と漆葉だけでもサナのところへ!」
こちらに噛み付くでもなく、至極真っ当な意見だった。
「いや、ハルトも一緒に……だ。サナを先に戻したから今こうなってるんだしな。これでお前に何かあったらまずいだろ」
「で、でも! 妖魔は仲間を呼んで」
「尚更だ。相手が何を企ててるか知らないが、怪我人置いて行けるか」
無理やりハルトの肩を支える。銀髪の少年は気まずそうに息を吐いた。
「……すまない、漆葉」
「ま、気にするな」
ひとまず人質だったハルトの確保を支部へ報告する。
『了解。通信の途切れたサナさん達が心配だわ。できるだけ早く向かって』
状況は予断を許さない。俺たち一行は来た道を戻る。その最中、ハルトは毅然とした表情で周囲に気取られないよう努力していた。
(…………)
ここに来ても何かおかしいという違和感が思考を逡巡させた。妖魔がサナ達を襲い分断を図ったことは理解できる。ただ、サナごと人質に取った方がこちらに手出しさせにくかったんじゃないのか?
(なんだかなぁ………あんまり頭を働かせるものじゃないな)
白神含め他人が極限状態の中、一人心ここに在らず。むしろこの状態を作った偽黒蜥蜴のことに気が向いていた。
「お前が従者でよかったよ、漆葉」
「なんだよ、こんな時に」
「いや、ただそう思っただけだ」
今まで結構失礼なこと言ってたわりに短い間で丸くなったものだ。
『聞こえる? 大変よ!』
「支部長? どうしたんですか?」
榊の声はさっきと比べて切迫しているようだった。
『近隣の市に妖魔が多数出現したのよ! 各支部はその対応に追われている。碧海市はまだなにもないけど、できるだけ急いでサナさん達も回収して戻ってきて!』
「わかりました!」
サナの安否、そして碧海市そのものに危険が忍び寄っている上で、白神は返事だけ応答した。
「ハルトさん、すみません。少し急ぎますね」
「大丈夫ですよ、土地神様」
白神が俺を一瞥する。歩調を上げ、下山を急ぐ。流石に短時間で登り下りを往復して他の職員達は行きの上がっている者も出始めた。
「さすがに、ちょっと疲れるな」
白神に鍛えられたから自信はあったが、俺自身も疲労が蓄積していた。
「あれは!」
先刻サナと先に下山した職員が全員血まみれで倒れていた。一目散に白神が駆ける。
「ひどい……重症です。やむをえません、漆葉さん! 力を使ってください!」
白神が桜色の刀を引き抜く。土地神の力で治癒させようと言うのだろうが、躊躇いが先走る。
「ハルトも言ってたけど、妖魔が襲って来たら対抗できなくなるぞ」
念のため釘を刺したが、白神が納得することはなかった。
「………お願いします、漆葉さん!」
土地神が従者に頼む光景は周りの人間にとっては異様に見えただろう。ハルトを他の職員に任せ、白神から刀を受け取る。
「そう言うと思ったよ」
倒れていた職員に触れると、体が脱力を起こす。握った刀の光が減少するとは反比例して、触れた職員の体が癒えていく。
『充填残り三十二パーセントです』
素っ気ない機械音声が土地神パワーの残量を知らせた。周りの、それに刀の声にも耳は貸さず、倒れていた者は残らず回復させた。
「良かった………ありがとうございます、漆葉さん!」
「決断したお前の手柄だよ、土地神様」
感嘆の声が湧いていたがほぼ銀色の刀身を見てしまうと不安が先行する。心配から目を遠ざけるように刀を白神へ戻した。
『充填残り十二パーセントです』
考えてみれば、今までは完全に力が込められた状態で妖魔を相手にして来た。今伝えられた残量で心許ないのは道理だ。
「そうだ! 皆さん、サナさんは一体どこに!」
回復した職員達は傷こそ治っているものの、疲労困憊の様子だった。
「そ、それが……黒蜥蜴が急に現れて………気がついたらこの有様で……申し訳ありません」
「いえ、皆さんが無事で良かったです。サナさんを探しましょう!」
またサナの捜索か……と一人でため息を吐いて地面を見ると潰れた空き缶が一つ。視界に入れた途端、腹の底から胃液の込み上げる感覚に襲われる。
「ったく、拾えばいいんだろ………」
真っ平らなアルミ缶を拾った瞬間、先日の会話がフラッシュバックする。
『だがそんなことは些細な事だ。もうすぐ各地から同胞がこの街に集結する。まずはここを、オレ達のための国にする為土地神と、目障りな従者を葬る』
まさに今じゃないのか?
「いたぞ、奴だ! 黒蜥蜴だ!」




