1-2(5)車上激戦!②
「お、お前!」
「外したか………運が良かったな、だが」
鋭利な爪を構えた妖魔はすでに詰みと言わんばかりに牙を剥き出しにして笑った。わざと外してから追い込んだのかは知らないが、かなり危ない状況。
「終わりだ──」
顔面に爪が迫る。1秒もない世界が引き延ばされ、緩慢になる。いまだコントロールできない危機が迫ったときにのみ起きる現象に、ただ右手を前に突き出した。
掌は抉られることなく妖魔の爪を受け止める。そのまま右手を振り上げ、妖魔の腕ごと上へ放る。
(攻撃が重くない……?)
河川敷での戦いでもそうだが、一撃が軽い。
「従者風情が!」
追撃を仕掛ける妖魔に対して身体を転がして避ける。
「うぉ──白神ィッ!」
思い切り叫ぶ。回転する視界の端から、日本刀を構えた少女が飛び込んできた。
「はい! はぁっ──」
妖魔は斬撃を受ける前に身を翻し、攻撃は空を切った。やはり動きが身軽すぎる。
「鈍いな。腕が落ちたんじゃないか、土地神?」
「なっ!」
妖魔の挑発に、白神はたやすく顔を赤くした。
「この……妖魔ごときが!」
「ハハハハハ」
高笑いと共に、妖魔が俺の襟元を掴む。そのまま引っ張られる。白神も追いかけてくるが、妖魔はいつでも盾にできるように俺を引きずる。
「おぉぉぉっ!」
「くそ! 止まれ妖魔!」
ハルトが腰から拳銃を引き抜き発砲したが、妖魔は難なく突進して振り払った。
「うわっ!」
俺の事を構わず発砲したものの、ハルトはむなしくアスファルトに倒された。
他の隊員も俺が引きずられているためか攻撃をためらっていた。そんな間に碧海駅構内へ引きずり回される。
「ぐぁっ! この!」
反撃を試みるも地面に叩かれて妨害される。そして、駅ホームに着き、発車される直前の電車に放り込まれた。乗客の驚く声が聞こえるが、投げ飛ばされた痛みでそれどころではない。
「ぐあぁっ! いてて────うおっ!」
雑に扱われ、間髪いれずに妖魔の爪が襲い掛かる。ギリギリで身を右に逸らしてかわす。
「土地神さえいなければ貴様など!」
妖魔の攻撃に身構える。しかし、今度は世界が遅くならない。
(え、マジで)
頑張ったゴミ拾い効果もさっきので終わり? らしい。南無三、と脳内を単語が過る前に一人電車に飛び込んできた。
「漆葉さんから離れろ!」
乗車と同時に妖魔に刺突を繰り出すが、妖魔は飛びのいて回避した。
「土地神様はよほどこいつがお気に入りらしい」
まずい、こんな狭いと白神が全力を出せないぞ。それは困る。電車が出る前にさっさと下りて駅で戦えば──
『ドアが閉まります』
無情にも電車のドアが閉まる。投げ込まれたのはどうやら先頭車両のようだったが、運転席には誰もいない。そうだ、碧海市の電車は無人電車の実験だったか。車掌のいない電車は次の駅に向けて発車した。
「はあぁっ!」
ガタ、と一瞬の揺れと同時に白神が仕掛ける。桜色の刀が妖魔を襲うが当たらない。
「漆葉さん! 足止めをしておくので乗客を一番後ろの車両へ避難を!」
言葉を吐き捨て、白神は連続で刺突を繰り出し妖魔を狙う。しかし一撃たりとも目標には当たらない。
「お、おう!」
妖魔と生身の少女の戦いを見ていて電車に乗っていた乗客が唖然としていたが、俺は叫ぶ。
「全員後ろへ逃げろ!」
半ばパニック状態で、乗り合わせた乗客たちは我先にと後部車両へ走り始めた。
「走れ走れ!」
平日なのが幸いした。ほとんど若い客しかおらず、心配はなさそうだ。背後を振り返ると、白神と妖魔が肉薄していた。
「遅い、遅いぞ! こんなものか土地神!」
白神の斬撃をすべて回避し、妖魔は白神に蹴りで反撃する。刀で防ぐ間もなく、妖魔の一蹴は白神の腹部を直撃した。
「ぐ……っ」
強化外装のない白神はそのまま俺のいる後ろまで飛ばされる。揺れる電車の中、白神を受け止めると、少女は腹を片手で抑えながら刀を構えなおした。
「だ、大丈夫か?」
「まだいけます!」
俺たちの目先、そこに佇む黒い妖魔は歯を見せ笑った。
「健気だな………刀だけでどこまでやれるか見せてもらおうか」
言葉とは裏腹に、妖魔は乗り込んできた電車の扉を無理やりこじ開け、上へ登った。
「まずい──漆葉さん、狙いは乗客です! 私は上から奴を追います。漆葉さんは乗客を後部に集めたら車上に上がってください! そこで挟み撃ちです!」
「む、無茶言うな! 避難まではやるが、俺は戦力になんて────」
「いいからやる!」
年下の一喝に体がビクついた。
「りょ、了解しました!」
俺は急いでパニックの乗客達を追った。4両編成の車両の中間にはすでに人はおらず、全員一番後ろの車両に集まっていた。追ってきた俺を見るなり、何人かが詰め寄る。
「おい! 何で妖魔が電車に乗り込んでるんだ!」
「あなた支部の人間でしょ! 土地神様と一緒に戦いなさいよ!」
「おれ達は一体どうなるんだ? さっさと電車を止めろ!」
一気に苦情や無茶を言われるが、耳を両手で塞いだ。
(あ~アホくさ……こんな奴らの為にこの数週間扱かれてたのか)
今すぐにでもこの場を放って出ていくのは容易だが、それはそれで後が困るのでできない。仕方なくまぁまぁとなだめる。
「現在その土地神様が上で対応中。皆さんの安全を最優先してますので、座ってて!」
とは言うものの、訝し気な目線が俺に集まる。
「あーはいはい! ワタシも応援に行きますので、皆さん動かないでくださいね!」
投げやりに大声を出すと、不満気ながらも乗客は黙って一番奥の座席に座り始めた。その間に車上を登る手段を探し始める。
(電車って上に行けなくね?)
もちろん梯子などはない。しかたなく車内の窓を開け、身を乗り出す。低速ながらも風に煽られる。擬態の筋力で耐えつつ、上を目指す。疾走する電車に苦戦しつつ、そのままよじ登った。遮る物のない車上では風が振り落とそうと必死に吹き荒れていた。
「くぉお、なんで俺がこんな目に」
息を切らしつつ車上を確認する。他の地域でよく見かけるパンタグラフはなく、車上は殺風景だった。いつの間にか立ち位置は白神が後部車両側に立ち、妖魔は3両目で立ち止まっていた。登ってきた俺に白神が気付き、大きく声を張る。
「乗客は誘導しましたか!」
「お前がやれって言ったからな、全員押し込んだよ! 」
こちらも負けじと声を張る。その間、妖魔は何も動かずこちらを見据えていた。
(しかしこいつ……なぁんで俺をマネしてるんだ?)
それに、前会った時より筋力が弱い気がする。反対に前よりかなり俊敏。
「私は戦闘に集中するので、支部へ通信を頼みます!」
白神は妖魔めがけて距離を詰めた。




