運命を乗り越えた日
十秒か二十秒、意識を失っていたようだ。体が重い。魔力はゼロ。身体強化で酷使した体の疲労も相当だし、素で殴られた顔面は熱を持っている。七節の制御の為に無理をしたせいで頭痛もひどい。
「どうなったんだ……」
呟く。口の中はカラカラ、殴られた頬の内側も傷だらけだ。喋るだけで痛い。
「兄上の勝ちです。杖を使用した擬似六節魔法連射。相手からの魔力強奪魔法。伝説の域にある七節魔法。加護持ちを三人抜き。文句なしの勝利です。王国最高から歴代最強の魔法使いに格上げされますよ。なにしろ七節魔法なんておとぎ話でしか聞いたことがないですからね」
「アルナード……」
マーカーは割れているものの、平然と話しかけてくるアルナード。こいつアレ喰らっても無傷なのか?
「流石にまともに喰らったら死ぬか重体でしたよ最後のは。なんとか直撃は回避できましたが、避けるのに必死でマーカーまで気が回りませんでした」
「アレでダメならもうお手上げだったよ。体もボロボロだ。あれだけくらわせてもそれだけピンピンしてるお前には脱帽だ」
心から称賛する。側から見たらどっちが勝ったかわからないだろう。
加護の力を思い知るな。
「全く、兄上にはかないませんよ。天才で、勤勉で、かっこよく、ハーレムまでつくってて、魔法の腕は伝説級だ。まるで物語の主人公ですよ」
やってられないとばかりに首を振りながら応えるアルナード。
「何を言っている。お前こそ物語の主人公だったよ。真っ直ぐに育ち、加護に選ばれて驕ることもなく、はずれ加護と言われても腐ることなく、絶え間なく努力をしてその力がこの上もなく有効である事を示した。『王国最高の魔法使い』となった俺が、お前を超えるためにどれだけの鍛錬を積んできたことか。なによりも折れず挫けず前に進むその精神。俺はいつもお前の事を恐れ、そして尊敬していたよ」
やっと素直に言えた。
「兄上、それはこちらのセリフですよ。子供の頃から身分違いの僕に家中で貴方とエレミアだけが優しく接してくれた。優しく、誠実で、勤勉で、努力家で、兄上は僕の目標であり、憧れでした。天より突然力を授かった僕に対して、兄上は卑怯と罵ることも、諦めることもせず、ただ誠実に努力と発想で僕を上回り続け、ついには『王国最高の魔法使い』に至ったじゃあないですか。兄上こそ、物語の主人公のようでした。ずっと兄上を尊敬していましたよ」
長い間、超えなくてはならない壁であった弟に思いもかけない事を言われて目が潤む。そうだな、お前は昔から俺を慕っていてくれたものな。俺が勝手に加護持ち超えという呪縛にかかっていただけだった。
「これで兄上の伯爵家継承に文句を言う人はいないでしょう。僕はもともと家の運営なんて向いてないんですからせいせいします。こういうのはどう見ても兄上の方が向いていますよ」
「家督を継がずにお前はどうするんだ?」
「僕は冒険者になりたかったんですよ。勿論兄上のお手伝いはしますが、領南部の魔物退治と開拓を命じていただければ暫く冒険者の真似事をやってみたいと思います」
晴れやかな顔で告げる弟。南部の開拓。必要な事であり、こいつを派遣する事で上下関係をはっきりさせ、中央から遠ざける事で加護持ち信望派や義母と男爵家の力を削ぐことができる。俺の派閥にも、懲罰を与えた事を示すことができる。一石四鳥の方策だ。
「お前、政治も向いてるんじゃないか?」
「勘弁してくださいよ。母上がうるさいから勉強はしていましたが、細かい数字の計算とか貴族同士の付き合いは本当に苦手なんです。兄上にお任せします」
なんだろう、他愛もない会話だが、溜まっていた澱が溶けていくようだ。俺は、本当はこんな風に弟と話したかったんだ。
同じように思ってくれているんだろうか、サバサバした顔でアルナードが告げる。
「兄上の方がこれから大変でしょう。将来を嘱望された国一番の魔法使いが加護持ち複数に勝って、伯爵家を継承ですよ。教会は加護持ちの価値を落とさないように何か特別な称号を作って与える事でしょう。王国最大の有名人ですよ。僕と兄上二人揃えば戦闘だって無敵です。領地問題にも対魔獣問題にも呼び出されるでしょうし、なにより宙ぶらりんになっている婚姻問題で引っ張りだこですよ」
うええ、そういえばそうだった。こいつに勝つことしか考えてなかったから後の事まで頭が回ってなかったけど、これからが大変だ。
「まあ、困ったら僕も手伝いますよ」
「そうだ、お前実家でなにやらやってたらしいじゃないか、ポンプとかいうやつ、あれ広めたいな。他にも何かあるんじゃないか?」
「……ビーツ探して砂糖つくるとかメープルシロップとかですかね……。バレてるし……。人生2週目で、あわせて40歳の精神年齢と現代知識、さらに神様の加護もらったのに素の努力で政治も魔法も上いかれるとか並大抵のチートじゃないですよ兄上……。訓練の内容と密度が八歳児の発想じゃなかったんだよなあ……。勝てるわけないよ」
「ん、なんか言ったか?」
「……ナンデモナイデス」
力が抜けたように苦笑いしながら答えるアルナード。
時々よくわからないことを言うんだよな。
しかし、そうだな。これからはこいつが助けてくれる。そう考えるとだいぶ気が楽になった。まあ、加護持ちと王国最高の魔法使いのコンビだ、なんとかなるさ。




