メリーバッドエンド。
メリーバッドエンドの主人公は十六才、女子高生。
虐待されていたが、お金持ちの同級生でもある恋人と同棲して幸せな毎日を過ごしていた。
金銭面での虐待も激しかったので、お金に対する執着は強い。
心身ともに恋人に依存しているが、なるべく愛情を返そうとしている。
猟奇、グロ、残酷描写が多めです。
高校生らぶらぶカップルを書くのが難しかった……。
地味なダーク回。
今日は学校をサボって大好きな彼氏とショッピングデート。
大大大好きな彼氏、小林連君は、美桜にすっごく優しくて何でも買ってくれる。
何時だって友達にも羨ましがられる、自慢の彼氏。
イケメン……ではないけれど、背丈もあって、がたいがいいせいか、男性特有の威圧感が凄い。
同じ学校の同級生どころか、先輩や先生からも一目置かれている。
頭も格別良くないが、勘が鋭い。
特に危険回避能力は抜群だ。
高校生がヤクザに喧嘩売って、逃げおおせるとか普通あり得なくない?
それに関してはまぁ、家がお金持ちっていうのもあるかもしれないけどね。
「それにしても連君、桜グッズに関する情報収集能力、半端ないよねー」
「伊藤……美桜には桜が似合うだろ。いいものがあったら買ってやりてぇと思うじゃん。あとはあれだぜ? 何度か買い物すっと、オススメアイテム欄に出てくる頻度が上がるからな」
そんなにすげーもんじゃねぇよ、と言いながら顔を背ける。
照れているのだ。
名前だって、二人きりのときにしか下の名前を呼んでくれないのは、恥ずかしいから。
連のいいところは、それをちゃんと教えてくれるところだ。
男子高生って、ほら、格好付けたがりで、その手のことは教えてくれない場合が多いじゃん?
友達とか、彼氏の説明不足が原因でしょっちゅう別れてるし。
連が好きで仕方ない気持ちがこみ上げてきて、美桜は、これも二人きりのときしか握ってくれない手を、ぎゅうっと強く握り締める。
「でも桜グッズって、四六時中新作が出てるから、買いたいものがたくさんあって困っちゃうよねー」
「遠慮しないで買えばいいじゃねぇか。美桜は本当慎み深いからなぁ……」
イケメンでなくても、迫力があってお金持ちの連はモテた。
すっごくモテた。
彼女が途切れたタイミングで、その隙間に滑り込むのは、本当に苦労したものだ。
苦労して手に入れた連を手放す気は微塵もない。
手放さないためなら何だってする。
連はそれだけ価値のある男だ。
「全然慎み深くなんかないよぅ。本当は全部欲しいけど、我慢してるんだもん。強欲な女って、連君に嫌われたくないからね!」
自分からオネダリなどしなくても、連は美桜の好きなものを熟知していて、定期的にショッピングへ連れ出してくれる。
しみじみできた彼氏だ。
美桜は貪欲過ぎる自分を押し殺して、連が提示してくれた中から、二番目か三番目に安いものを一つ選べばいい。
そうすれば、連はもっと高いものを選べよ、とか、一つじゃなくて二つ……いや、三つは買えよ! 何て言ってくれるからだ。
それなりの謙虚さをだしておけば最終的に、そのときどうしても欲しかったものを手に入れられる。
「……アイス、食うか?」
「うん! アイス代はいつだって、私のおごりだよ! トリプルにしたっていいからね!」
金額的にはゼロが二つ、下手したら三つ違う。
でも集られ慣れしている連にとって、人から奢ってもらう経験は驚くほど少ないから、とても喜んでくれるのだ。
ポイントは、奢ってもらったら、その都度奢り返すこと。
そこに金額は関係ない。
関係あるのは、連が喜ぶか否かにある。
だから美桜は、料理もお菓子作りも上手い。
編み物も複雑な模様のセーターまで編み上げられる。
洗濯や掃除は、高性能な便利家電に助けられているが、そつなくこなせる……はずだ。
今すぐ結婚しても、専業主婦としてやっていける自信があった。
イベント日や特別日には、手作り品をかかさない。
連は美桜の手作り品に対して、たとえ下手でも自分のためにかけてくれた時間が嬉しい、という思い込みがあるので、その点は大変有り難かった。
「ん? このミサンガ、そろそろ切れそうだね。新しいのを作るよ!」
特別な日以外でも、こうやって手作り品を押しつける機会を淡々と狙っている。
手作り品を身につけてもらうのは、連を狙う女子に対していい牽制にもなるしね。
「お、そうか! じゃあ、頼んでもいいか」
「うん! 色のリクエストとか、ちょーだいね?」
「ああ、ありがとう」
ぎゅっと強く手が握られる。
吊り目が下がって、美桜が大好きな連の穏やかな笑顔になった。
「今日こそは、一番高いもの、選べよ?」
「ふふふ。それが一番欲しい物だったら、お願いしちゃうかも」
連が事前に教えてくれる桜グッズ情報。
今回一番欲しいのは、和紙でできたフロアライト。
光がともると桜の花びら型に、光が零れる雰囲気のある一品だ。
お値段は、二万円、消費税込み。
一人暮らしの連のマンションにある、美桜の部屋に置かせてもらう予定。
特別でもない日にもらうプレゼントとしては、ちょっとお高い。
けれど連の中で、自分の家に置く=自分のものとなっているので、自分の家のインテリアを美桜が選んだ、という認識になる。
ゆえに、高いという認識は覆され、俺のためじゃなくて自分のための買い物をしろよ! というお決まりの流れになるのだ。
美桜は連にお似合いで、連は美桜にお似合いだと、感慨に浸ってしまった。
今日もまた、いつも通りの展開になると信じて疑わなかった美桜は、行きつけの駅ビルに足を踏み入れた。
「……んだよ、これ!」
そこに見慣れた光景はなかった。
駅ビルの中が、何故か、廃墟になっていたのだ。
「イベントか、何か、かな? ドッキリ?」
「イベントなら事前告知すんだろ。そうじゃなきゃ、こんな御時世問題になっちまう。ドッキリにしちゃ、規模がでかすぎるぜ。特に日本でこれはないな」
思わず出た美桜の言葉に、連は少し冷静さを取り戻したようだ。
外国のイベントやドッキリならいざ知らず、日本のしかも駅ビルではあり得ない状況だろう。
「こういう、場合、どうしたらいいんだっけ?」
少し前に見たゾンビ映画を思い出す。
何故、そんなホラー映画を思い出したかというと、廃墟にはゾンビが徘徊していたからだ。
たぶん、仮装ではないだろう。
本物の、ゾンビだ。
薄くではあるが、表現しがたい腐臭が漂ってくる。
「ゾンビ対策だけなら、火が一番なんだがな……」
連は殺す前提で考えているが、美桜は逃げの一手で考えている。
まず、数が多い。
しかも、徘徊しているのはゾンビだけではない。
狼人間、半魚人、巨大な黒いG、巨大な無数の足で地面を這いずり回る奴といった、かなりの種類の化け物がいるのだ。
さらには、自分がまずい。
連が戦っている間、無防備な美桜は己の身を守る術を何一つとして持たない。
足手まといなのだ。
「映画みたく、襲ってはこないみたいだよ?」
「でも、ほら……あれ、見てみろよ。あ! グロいからな、覚悟を決めてから見ろよ」
美桜の手をしっかりと握り直した連が、顎をしゃくった方向を見る。
「っ!」
悲鳴を上げなかったのは、声を上げてしまったら襲われるかもしれないと、本能が押し止めた成果だろうか。
細めた目の先では惨劇が起こっていた。
学生服を着た男女が殺されている最中だったのだ。
半魚人に首を高く持ち上げられた男は、そのまま床に叩きつけられた。
首が、あり得ない方向に曲がっていた。
女はもっと酷い。
生きながら集られたゾンビに貪り食われていたのだ。
吐かなかったのは、あまりに非現実的な光景だったので、脳が現実だと認識できなかったからかもしれない。
ただ、冷や汗と痙攣は止まらなかった。
「ひでぇもん、見せちまったな。すまねぇ。美桜は俺が絶対に守り抜くから、安心しろ」
「う、うん。ごめんね、連君。取り乱しちゃって。ちょとだけ、待っててね、落ち着くから」
胸に掌をあてて何度か深呼吸を繰り返す。
位置的に考えて血臭が届くはずがないのに、血の香りがして噎せ返った。
「何もしなきゃ、襲ってこねぇみてーだからな。大丈夫だ。ちょっとだけじゃなくて、何時まででも待ってるから」
大きな掌が優しく背中を摩ってくれる。
その温もりに涙が出そうになるのを、必死に堪えた。
「歩けるようなら、出口を探してみようぜ。まずはこっちだ。行き止まりまで行ってみよう」
「そうだね。明るくて、良かった。足元がちゃんと確認できるからね」
「まぁ、化け物の細かいところまで見えるのは、気味悪りぃがな」
「ははは。そうだね。昆虫系は、特に駄目かも。うん、駄目かも!」
連の背中に隠されるようにして進む途中、連よりも背の高い黒いGと目があった。
目があったのにも驚きで、その目がつぶらで可愛かったのも、驚きだ。
まぁ、目がつぶらだからといって黒いGに対する忌避感は、微塵も減りはしないけれど。
恐怖にか足が震えて歩けなくなっても、連は辛抱強く美桜が落ち着くのを待ってくれた。
果ては有るのかと、内心怯えながらの移動は続く。
何とか、ここが巨大な廃墟の突き当たりではないか、と思われる場所までたどり着いた。
「ん、だよ、これっ!」
絶望的な状況に、連は壁を殴りつける。
天井が見えないほど高い、高い、壁を。
巨大な箱庭の中に、廃墟が設置されており、美桜たちはその中に閉じ込められている。
そんな結論に、行き着いてしまったのだ。
美桜は壁を背中にして、へたり込む。
連とのデートだからと、わざわざ学校指定のスニーカーから、ミュールに履き替えてしまったので、足が痛くて仕方ない。
「大丈夫か、美桜。あぁ……酷い靴擦れだな。絆創膏は持っているか?」
「あるよ。大丈夫、自分でできるから!」
ショルダーバッグからポーチを取り出す。
よく喧嘩をして擦り傷を作る連のため、一般的な女子高生より多くの絆創膏を持っている。
傷薬も、痛み止めも、包帯だってあるのだ。
化け物に襲われたら、この程度では対処のしようもなさそうだが、靴擦れの治療には十分だった。
「ひでぇ……皮がずる剥けじゃねぇか! 気付いてやれなくてごめんな。消毒もしておかねぇと……」
自分が怪我したときには絶対に見せない辛そうな表情を浮かべた連は、まず丁寧に消毒してから、傷口がすっぽり隠れる大きめの絆創膏をぴったりと貼ってくれる。
反対側も同じように処置してくれた。
「あぁ、水分も取っておかないと駄目だな。腹も減ったんじゃねぇか?」
尋ねられて、おなかはそこまで空いていないが、喉は緊張と疲れでひりつくほど渇いている自覚が促された。
「買っといて良かったぜ、スポドリ。ほら」
「ありがと」
ペットボトルの蓋を開けて手渡してくれるので、まず一口飲む。
それだけでも体が潤った。
「連君も飲んで」
「や、お前が先にもっと飲めよ」
「ダメダメ! 連君も飲んで!」
「お、おう」
ここで強く押しておかないと、連は水分を取ってくれない。
たとえ美桜が一気に飲み干してしまっても、文句など言わないだろう。
不快にすら思わないはずだ。
一口飲んで、ペットボトルを渡してくれるので、首を振る。
じっと見つめれば苦笑して、数口飲んだ。
「……水分と食料の確認、しておくか」
「……そうだね。他に何か使えそうな物がないかも、一緒に確認しておこう」
廃墟は明るいままなので、どれぐらいの時間が経過したかわからない。
スマホで時間を確認しようと思ったが、バッテリー切れでもしたかのようで、使えない。
連のスマホも同様だったのは異常だ。
腕時計は駅ビルに入る前に、何となく見たときと同じ時間で止まっていた。
時間がわからないというのは、意外にもストレスだ。
何時までにこういった行動をする、という計画が立てられない。
美桜は不安を隠しながら、ショルダーバッグの中を隅々まで探した。
小腹が空いたとき用の、ドライフルーツ入りシリアルバー未開封一本と、半分以上残っている一口チョコのビター味。
ノンシュガー果実のど飴十個。
眠気覚まし用のミント。
二口しか飲んでいない麦茶。
「私はこんな感じだったよ。連君は?」
「あーまーぁ、美桜よりは多いが……俺は燃費が悪いからなぁ……」
ピーナッツ入りチョコバー五本。
おにぎりおかか昆布、鮭、梅干し味各一個。
フライ麺風スナック菓子ミニサイズ五袋。
開封済みスポーツドリンクのペットボトル。
未開封緑茶のペットボトル。
おなかを常時空かせている男子高校生ならではのラインナップだったが、廃墟で何日も彷徨えるほどではない。
「節約しなきゃだね……」
「……通ってくる途中、食べ物や飲み物を売ってる店も、あるにはあったんだがな……」
「! す、すごいね、連君。私、歩くのがやっとで、周りを全然見てなかったよ!」
「や……美桜は見てなくて良かったぜ。あっちこっちで……グロいことやってる奴らがいたからな」
ゾンビに貪り食われていた女子学生の姿がフラッシュバックする。
美桜は必死に、目の前にいる連の姿を見つめて、その残像を追いやった。
「……あとは……ファンタジー映画みたいな、よくわからないけど、すげぇ商品もあったみてぇだ。この調子だと何日かここで過ごす羽目になりそうだしな。夜安全に眠るための便利グッズを買っておきたいんだよ」
「お金、使えるかな……」
美桜は現金がいくらあるかも確認しておいた。
財布の中には2852円。
ショルダーバッグの隠しポケットには、一万円札と五千円札が一枚ずつ。
女子高生が日常的に持っている金額にしては多いと思う。
「俺たちと同じ価値観かどうかはわからねーけど、使ってる奴がいたからな、大丈夫みてぇだ」
「そっか。じゃあ、なるべく早く、必要なものは揃えておかないとだね」
「だな。不自由させちまって悪いが、無事ここから出られるように頑張ろうな」
「うん! 大丈夫だよ。私もなるべく連君の足手まといにならないように、頑張るからね!」
ファンタジー映画で時々あるように、精巧なお札や小銭が、通常のレートより高く取り引きされたらいいなぁと、考えていたら連のおなかが大きな音を立てた。
「あー、ちょっと飯食っていいか」
「当然だよ。しっかりめに食べて、買い物に行こうね……やばそうな奴がいたら、隠くれさせてね……」
「おうよ!」
厚い胸板を叩く連を惚れ惚れと見つめる。
二枚ある大きめのハンドタオルを、比較的綺麗な大きめの石の上へ敷いて、食べる物を並べた。
連はおにぎり一個と、ピーナッツ入りチョコバー半分。
美羽はピーナッツ入りチョコバー半分。
それだけでいいのかと目で訴えてくる連に、大きく頷く返事をする。
「いただきます」
食事の挨拶をしてピーナッツバーを囓る。
このバーは、甘みが強くて美味しい。
ピーナッツの食感もまた、好ましいのだ。
「止まれっ!」
少ない量で満腹になるようにと、常よりゆっくりと咀嚼していた連が突然大きな声を上げる。
びくっと大きく体を震わせたのは、美桜だけではなかった。
二人が全く気がつかない間に、近くに置いていた荷物に手をかけた小さな影もまた、同じように体を硬直させた。
「俺は、相手がどんな事情があるガキだろうと、盗みは許さない。そのバッグから手を放せ!」
連も自分のバッグだったら、そこまで厳しく咎めなかったかもしれない。
ただその影……幼稚園ぐらいの男の子は、美桜のバッグに手を突っ込んでいたのだ。
そして、封の切られた一口チョコレートの袋を握り締めていた。
買い物ができそうなら、チョコレートぐらいあげてもいいかな? と思うほどに、男の子はやつれていた。
全体的に薄汚れていたし、目が酷く窪んでいる。
「連君。この子、本当に大変そうだから、チョコレートぐらいあげても……」
「駄目だ! くださいと頭を下げるくらい、幼児でもできるだろうが! 盗もうとした時点で、慈悲なんかねぇよ!」
「で、でもね。彼はきっと、私たちより酷い目にあって……」
「逃げんじゃねぇ!」
私たちがやりとりをしていたら、男の子は逃げようとした。
袋の中に入っていたチョコレートを一個だけ、握り締めて。
美桜は全部あげてもいいと思っていた。
しかし男の子は、一個しか持たなかったのだ。
彼なりの、申し訳なさの表れのように思えて、男の子を引き留めようとした。
引き留めて、全部持っていっていいよ、と言おうとした。
けれど。
連が男の子を蹴り上げた。
異常な状況で。
美桜を守らなくてはならないと、頑なに思っていて。
気を張っていたにも拘らず、美桜の持ち物を盗まれた。
守れなかった。
そう、感じてしまったのだろう連は。
元々恵まれていて、更に鍛え上げた体で、一片の躊躇もなく。
男の子の腹部を蹴り上げてしまったのだ。
何本か骨が折れる音が聞こえた。
弱った体では、それだけでも致命傷だっただろうに。
蹴りで吹っ飛ばされた男の子の体は、勢いよく巨大な壁にぶつかってしまったのだ。
しかも、頭から。
ぐしゃっと、変な音がした。
壁の下に転がる男の子の頭が一部、奇妙に凹んでいた。
また窪んでいたはずの目が、異様にせり出しており、血の涙が流れている。
生きているようには、見えなかった。
「っち! 死んじまったか。一応殺すつもりはなかったんだけどな。美桜の物を取ろうとしたんだ。仕方ねーな」
立ち上がった連は男の子の様子を見て、首を振ったあとに腕を組んだ。
人を殺しておいて、仕方ねーな、と言い切ってしまえる連が。
自分が愛して止まない相手が、別人のように。
徘徊する化け物のように、見えてしまった。
「仕方なくないよ、連君。仕方なくなんかないよぉ……」
人を殺したのだ。
どんな理由があってもそれは、許されるはずがない。
「泣くなよ、美桜。大丈夫だ、安心しろ。この状況がおかしいんだからな。人一人殺したくらいで罪に問われねぇよ。ってーか、これ。ゾンビだろ。な? 美桜。これはゾンビだ。人じゃない。だから殺したところで、殺人罪には問われない……そうだろう?」
しかも、人を殺したと自覚しておりながら、人ではなくゾンビだったから、罪にはならないと、狂人のような主張まで始めてしまった。
「そうだ。ゾンビだ。ゾンビは、火に弱いからな。こいつも、また復活したら困るから、燃やしちまおう!」
証拠隠滅。
連は更に犯罪を重ねようとしていた。
「駄目! 燃やしちゃ駄目っ!」
何時もだったら、抱きついて連を止めようとしただろう。
だが今回は。
足元に転がっていた手頃な石を握り締め、背伸びをしながら連の後頭部へと打ち付けようとしてしまった。
「っ! 私! 何やってんのよぅ……」
背伸びをした態勢での殴打など初めてだ。
当然成功するはずもなく、美桜は勢いよく転んでしまった。
ちょうど、血の涙を流す男の子と、目が合う位置だった。
「燃やしちゃ駄目ぇえ!」
止められないとわかっていても絶叫する。
大好きな連に、これ以上罪を重ねてほしくなかった。
「連っ! 大好きだから! 私も一緒に罪を償うからっ!」
言葉が本心だと伝わったのか、連の体が一瞬だけ、固まった。
美桜はミュールが脱げるのも気にせず、歯を食いしばって立ち上がると、男の子の体の上へ覆い被さる。
「だから、罪を認めてっ、連っ!」
男の子を庇いながら連を見上げた。
不思議そうな顔をした連の手から、ライターが滑り落ちる。
火がついたままのライターは、美桜の頭の、真上へと落ちた。
「きゃあああああああ!」
ぼっと、髪の毛が焼ける音がした。
皮膚の焼ける臭いが鼻をつく。
頭が炎に焼かれているのに、感じるのは痛みよりも熱さだった。
「あづぃいいいい!」
『おねえちゃん、ごめんね』
「?」
悲鳴を上げ続ける美桜の耳が、死んだはずの男の子のものと思わしき声をとらえた。
「わ、わたしこそ、ごめんね。ま、まもれなくて、ごめん、ねぇ……」
幻聴かもしれない。
けれど謝られるいわれはない。
謝るべきは、美桜だ。
そして、連だ。
せめて男の子を焼かせまいとして、抱き締める力を込めた。
「れ、ん、あや、ま、って、あや、ま……って!」
喉の奥までも焼け焦げたのか、声を出すのがつらいが、どうにか連に謝罪を要求する。
焼けただれた瞼が痙攣して、視界が覚束ない。
霞がかった視界の向こうでは、最後まで謝罪を口にできなかった連が、途方に暮れたように立ちすくんでいた。
『大変残念ではございますが、ダンジョン攻略に、失敗いたしました。エンディングは、メリーバッドエンドです。メリーバッドエンドには、罰則が科せられます……』
連の声でも、男の子の声でもない、どちらかといえば女性的で無機質な声が、意識を失いかけた美桜の耳に届く。
意味がわからない点が多かったが、メリーバッドエンドが、美桜にとって好ましい終わりではないのだけは、落ちかけた意識でも理解できた。
駅ビルで大好きな連と一緒にショッピングをしていたら、男の子が男性に殴られそうになっている現場に遭遇してしまう。
虐待された経験のある美桜は、反射的に殴られている男の子を助けようとして、代わりに殴られてしまった。
美桜を殴った男の子の父親は、怒り狂った連に殴り殺された。
連は人殺しとして、刑務所へ入ってしまう。
「おねぇちゃん、ごめんね……」
もう二度と来るなと、連に面会を拒絶されて泣きじゃくる美桜に、男の子……大人の事情で、名字が小林に変わった翔が申し訳なさそうに謝罪をする。
初めて聞いたはずの、何一つ悪くない翔からの謝罪は、どうしてだが二度目の謝罪のような気がした。
美桜は今、翔と二人で、連が住んでいたマンションに暮らしている。
虐待経験のある二人の生活は、お互いを思いやる穏やかなものだ。
二人の未来は決して暗くない。
連の両親が、二人の生活を保障してくれている。
たった一つの条件さえ守れば、美桜の生活は安泰なのだ。
二度と連に会ってはいけない。
それが、提示された条件だった。
ダンジョンについて詳しく盛り込んだトゥルーエンドも書こうかと思ったのですが、時間内にネタが練り切れず断念しましたとさ。
迷い込んだ人の善良度によって、危険度が上がるダンジョンとなっています。
最後までお読み頂いてありがとうございました。
よろしければ、他作品も読んでくださると嬉しいです。