星空の用心棒その5:決着
その鬨の声は村のほうにも届いた。
「来るわね、備えなさい」
「応!」
緊張を孕んだ声が答える。
村人達は塹壕の中でライフルを構え、じっと待っている。
空は血のような夕闇に覆われ、空気は冷たく張り詰めた糸のようだ。
そのとき、敵方から声がした。
「野獣は足を鎖につながれていれば、うち震えながら奪われた自由を求める」
それは夜のような暗く冷たい合唱だった。
大気が震え、濃密な死の気配、獣のにおいがあふれ出す。
「だがひとたび鎖から放たれれば誰もが背を向けて逃げ出す。 怒れる獣がすぐさま、情け容赦なく襲ってくる故に」
獣の咆哮がいくつも上がった。野太く、おぞましい貪欲なうなり声。
飢えた息遣い。地を蹴る足音。
そして、ついにその姿が見えた。
小さな家ほどもある体躯。力強く地を蹴る四足。
全体的には真っ黒な狼か悪魔の猟犬といった感じだ。
目は赤く燃え上がるかのように輝き、体毛は硬くまるで刃のよう。
「いくぞおおお!!」
獣の上には虎獣人のキッドが鉈をかかげて目を爛々と輝かせている。
後ろから盗賊たちが徒歩で鉈や銃を振り回しながら突撃してくる。
「まずい、これはまずいわ。戦車による塹壕突破、そこから電撃戦を狙ってきたわね」
「どーすんだよ姉ちゃん!」
「うろたえないで、手は在るわ。全員、あのデカブツは無視して!
雑魚を撃ちまくって突破されないようにするのよ!
進入されたら炎で合図すること!」
「姉ちゃんは?」
「私が出るわ。私が大物を叩く、皆はその隙に雑魚を倒しなさい。
私遊撃、あなたたち弾幕。オーケー?」
「お、OK」
ヤソメが糸を遠くに伸ばしてそれを伝って空を飛ぶ。
敵陣の目の前に踊りだしたのだ。
「てめえが例の女ガンマンだな!俺はタイガー・キッド!
てめえの首を手柄にしてやるぜ!」
「私はヤソメ。ぐだぐだ言わずにかかって来なさい!」
「はっ、こんな場末で戦の作法がわかってるやつがいるたぁな!」
狼が巨大な口をあけてヤソメを襲う。
しかしヤソメはひらひらと避けて捕らえさせない。
だが、敵もただやられているばかりではない。
キッドが片手に構えた銃からヤソメを狙い、すれすれのところを何度も通る。
「願わくばこの一糸を持ってわが爪牙と成せ」
ヤソメの腕が黄色と黒の二色の縞に覆われた甲殻となり、鋭い爪が生える。
その爪を持ってヤソメは騎上のキッドに向かって切りかかれる。
「やらせるかよ!」
爪と鉈がかち合い、つばぜり合いをする。
両者、ワンインチ。顔と顔を付き合わせる距離だ。
「横合いからなぐりつけるには絶好のタイミングですね」
「応!俺ごとやれ!」
獣の影に隠れていたエルフのゴールド・ベアがその細面で杖を構えて呪文を唱え終わっていた。
「凍れ、彫像の如く」
空中に空気が冷やされ、液体窒素が浮かび上がる。
だがヤソメの行動はそれより素早かった。
ヤソメは口から透明な液体をコップにして3杯はありそうな量、キッドに吹きかけた。
瞬間、キッドの顔がどろどろに溶ける。
「土蜘蛛八十女のキスはどう?刺激的でしょう!」
「きったねえぞ……畜生俺の顔が!見えねえ!ベア!ベア何をしてやがる早くコイツを氷漬けにしろ!」
「ああ彼ね。彼はかわいそうだけど、もう死んでるわ。そして、あなたも、あなたの狼も」
ヤソメがぐいと腕を引っ張るとベアの体がバラバラになり、そしてキッドにも、狼にも切れ目が走り始めていた。
「さすがブラックドッグ。硬いわね。でもこれでおしまい」
ヤソメはM500を抜くとキッドの頭と心臓に一発づつ、残りを狼にすべてくれてやった。
「クソがっ……」
キッドは絶命して狼の上から落馬してしまう。
だが狼はまだ生きていて、走り続けている。
そうしている間にも周囲を随伴する盗賊がヤソメに弾丸を浴びせかけている。
「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!昨日ぶりだな女!」
「あら、片腕は治ったの?」
「今朝ようやくだ畜生が!」
バラキが恐るべき速さで狼の疾走についてくる。
村まで残りわずかだ。塹壕が見えている。
「バラキ!犬はもう使いものにならねえ!あと少しだ!ぶっとばせ!」
「了解!おかしら!」
そしてバラキはぐっと拳を構える。
「げっ、マジ?」
「片腕の借りだ!もっていけ!」
瞬間、ヤソメは狼と共に宙を舞って塹壕の上に墜落した。
バラキの拳による一撃がそこまで吹き飛ばしたのだ。
狼は塹壕の上に張り巡らされた糸によりバラバラになったが、その残骸は塹壕をまたぐ橋として機能してしまっている。
血によって赤く光る切断糸に頭領であるステンノが突撃する。
「鋼の牙持つ火神よ。我が剣に宿れ。火炎もて邪術師どもに触れよ。その舌を持って邪術師を捕らえて喰らえ!」
ステンノの持つサーベルから炎が噴出す。その高さは三階にとどくほどだ。
勢いはバーナーのようにすさまじく、そのまま振り下ろされた炎の剣は糸を切断し、塹壕を埋めた。
「う、うわあああ!!」
村人達が焼かれ、あるいは逃げ出す。
「うろたえないで!ここは私が食い止めるわ!だから貴方達は持ち場を守りなさい!」
「どうかな?ここから先は皆殺しだ」
「させるもんですか」
塹壕の中でヤソメとステンノは対峙した。
ステンノの炎の剣は今や3メートルほどに小さくなっているが、必要ならばいつでも大きくなるだろう。
方やヤソメは絶体絶命だ。糸を出しても焼かれる。毒霧も同様。
爪牙では間合いに入れない。
ならばとヤソメは銃を選択した。
ライフルに手をかける。
じり、とステンノが間合いを少し詰める。
一瞬の緊張感。
そして銃声が鳴り響いた。
だが、倒れる音はなく、金属による甲高い音が響き渡った。
ステンノがその炎の剣で弾丸を叩き斬ったのだ。
「メチャクチャね」
「その首、貰った!」
ステンノが勝利を確信して剣を振り上げながら突撃してくる。
絶体絶命だ。
そこに複数の銃声が響いた。
「馬鹿な!」
ステンノが膝を突く。
後ろには村人達がライフルを構えて立っていた。
「俺達も!俺達だって戦えるんだ!」
ライズが今だ硝煙が漂う銃口をステンノに向けながら吼える。
遠くから呪文が聞こえる。低い、しわがれた声だ。
「ナウマクサンマンダボダナンメイギャシャニエイソワカ
天竜八部衆が八大竜王、善女竜王・沙掲羅が幾千万億の眷属、これ我が祖なり。
我が祖、霊鷲山にて釈尊により阿耨多羅三藐三菩提、無上正等正覚を得たり。
我八大竜王の眷属に加わる者。
この血を以って我が祖の業を使わしめたまえ」
そして、雨が降った。
「一切の諸仏に帰依し奉る。
厳つ霊の神威を以って天翔ける雲上雷尊よ!あなかしこ」
最初はぽつりぽつりと、だんだんと激しくしのつく雨に。
やがては水の中にいるような豪雨と化して。
村長による雨乞いの魔術だ。
「まれびとよ、お主のおかげで今一度魔術が使えた。溜飲が下がったぞ!」
ヤソメとステンノが同時につぶやいた。
「あんたたち……」
「てめえら……」
ステンノの炎の剣は強烈な魔力を含んだ雨により鎮火してしまってただの剣と化している。
ヤソメはすでにM500の弾丸をリロードしている。
そして、静かにホルスターにしまい、ステンノを見た。
ステンノもヤソメの目を見ていた。炎は消えたが、剣は未だ健在だ。
そして、どちらからともなく弾かれたように動き出す。
ヤソメがM500を構え、撃つ。
ステンノはその弾丸を切り払い走りながら近づく。
1発、2発、3発。
次々に切り払われていく。
ついに両者、剣と拳の間合い。
ステンノが振り上げた剣が振り下ろされる。
ヤソメの鋭い爪が下から振り上げられる。
人の倒れる音。
果たして残ったのはヤソメであった。
その理由は切断されたステンノの両足にあった。
ヤソメは銃弾と雨というステンノの注意を鈍らせる状況において、足元に切断糸を張っていたのだ。
ヤソメの手の上にはステンノの心臓があった。
「汝、吸血鬼を倒さんと欲するならば心の臓腑を抉りぬけ、ってね。
それじゃあ……さようなら」
心臓が握り潰されるとおぞましい量の血があふれ出し飛び散った。
「あんたらのお頭は討ち取ったわよ!さあ退きなさい!」
だが、盗賊たちに動揺はない、いや、そもそも動揺すべき数がもういないのだ。
数えるほどしかいない盗賊たちは唯一残った幹部であるバラキを見た。
「……いいや、まだだ」
バラキは幽鬼のようにゆらりと、禍々しい気配に満ちて立っている。
「おお人間よ、しかと聞け。深い夜が何を語るか」
それは呪文だった。呪詛だった。
「私は眠りに眠り、今、深い夢から覚めた。この世は深い。「昼」が思うよりさらに深いのだ」
「アレは、まずいわ!全員バラキを攻撃して!残りの命をかき集める気よ!
唱え終わる前に殺しつくさなきゃこっちが殺される!」
銃弾がバラキに殺到する。
ヤソメは糸を何度も振るう。
だが今度のバラキは倒れない、破壊する端から再生していく。
盗賊や村人たちの流した血がバラキにまとめて集まっていく。
「世の苦悩は深い。だが快楽は世の苦悩よりさらに深い。苦悩は我に「滅びよ」と言った」
血が、河の様にあまりにも多く血がバラキの体に吸い込まれていく。
「だが、すべての快楽は永遠を欲してやまぬ。
深い、深い永遠を欲してやまぬ!」
そうして、全ての血が、命がバラキに吸い込まれた。
見た目は変らないが、存在感も禍々しさもまるで別物だ。
「何が一体何が起こったんだよ姉ちゃん!」
「吸血鬼の本質は「生命の支配」よ。あいつはこの場で散った命全てを自分のものにしたの。
復活させるも自分の力として取り込むも自由」
「じゃあ、あいつの気分次第で倒したやつらがいくらでも復活するのかよ!
そんなのアリか!」
「ナシよ。でもね、私が何も対策をしてなかったと思う?」
ヤソメは懐から一発の銃弾を手にしてM500に込める。
その弾丸こそ「対策」なのだろうか?
バラキは静かに笑った。
「そうかい。だが俺は逃げさせてもらうぜ。いったん立て直しだ。
二度目も戦う余力はねえだろう?」
「通すと思う?」
「いいや……」
二度目の決闘は雨でぬかるんだ地面、夜の大気、漆黒の中で行われる事と成った。
ぴたり、と雨だれが落ちた音が合図だった。
ヤソメは片手で糸を鞭の様に振るう。
だがそれは見違えるほどに速くなったバラキの動きでかわされる。
ライズたちが応援射撃をするがやはり見切られたように鉈で叩ききられ、あるいは避けられる。
バラキはステンノの弾丸を叩き落すその技を吸った命の中から借り受けているのだ。
戦闘は膠着していた。
一発しかない弾丸を撃てないヤソメ、弾丸を避けるほどに速いバラキ。
それでもバラキが逃げられなかったのは村人の援護射撃とヤソメの戦闘の巧みさによるものだ。
ライズは焦燥していた。ここでもなのか。ここでも自分は力なきただの村人なのか。
何か、何か方法はないのか。
この膠着を破る方法が。
そして一つ思いついたのが戦術ともいえない一つのアイデア。
「姉ちゃん!」
「『解っている』わ!やってみなさい!」
「何かやる気か?生憎付き合ってる暇はねえし、女子供が決闘にしゃしゃり出てくるな!」
「一切の諸仏に帰依し奉る。
万障一切を燃やし尽くす大蛇の竜王、火光味龍王よ!
その炎と「光」を持って一切障難を滅尽に滅尽したまえ!あなかしこ」
ライズは炎を上に向かって吐いた。
その炎はすさまじく、何よりまぶしかった。
ステンノの炎の剣の何倍も有る巨大な炎。それがこの辺境の村を昼のような光で照らした。
「くそっ目が!」
吸血鬼であるバラキは一瞬、目を閉じてしまった。
それが決定打となる。
すでにヤソメはワンインチ距離までつめていて、銃の引き金を引いていた。
銃声。
光が晴れるとそこにはもうバラキの姿はなかった。
「姉ちゃん!バラキは?」
「あれよ」
夜空に一つ、地上から天上へと上っていく流れ星があった。
「重力素子による転移移動弾。当たった相手を無理やり何千、何万キロと第三宇宙速度で移動させる弾丸よ。
あいつはもうこの星には戻ってこれない」
「は、ははは……バラキが星になっちまった」
そうして、村人たちによる盗賊掃討が終わるころには空は晴れ渡っていた。
□
数日後、ヤソメは村から数キロという所をバイクで走行していた。
空は晴れ渡り赤茶色の地面が砂塵を上げている。
後ろから馬の音が近づいてきた。
「おーい姉ちゃん行っちまうのかよ!オレもつれていってくれよ!」
ヤソメはちらと後ろを振り返り笑う。
「あんたは男でしょう?だったら、故郷を守りなさい。世話になったわね」
ライズはもじもじとしばらく顔を伏せた後ばっと胸をまくりあげ、頭のバンダナを外した。
そこには長い黒髪をポニーテールにしたやや小さな胸ではあるものの……女の子がいた。
手足には若々しい緑の鱗。
「アタシは女だ!」
「ぶっふぉ!マジ!?」
<危ないところだったから運転を替わったよ。こんな所で事故だなんて冗談じゃない>
バイクがよろけ、大きなカーブを描いて止まった。
ライズの馬が速度を緩め、止まる。
「あー……どうしようかしらね。皆っていうか村長には言った?」
「当たり前だろ!ほら手紙」
ぼろぼろの茶色くなった紙による手紙を見ると「見聞を広めさせてやりたいのでどうぞよろしく」という事と、いくばくかの路銀を持たせてあることが書いてあった。
「それとも姉ちゃんは女の一人旅をさせるのかよ?」
「言って置くけどわたしも女よ。あと姉ちゃんじゃないわ。ヤソメ。そう呼びなさい」
「おう!アタシはリズだ!」
「ったく……しまらない西部劇だこと!さあ、行くわよ!」
「ああ!」
そうして二人の女ガンマンが荒野へと消えていった。
彼女達がこの星に勇名をはせるまでは、もう少しの間である。
今は、ただ雄大な大地と、赤く輝く太陽だけが彼女達を見守っていた。