その④
彼女は何も言わなかった。
耳を澄ませばため息が聞こえたかもしれない。
この発想の飛躍は、彼女としては、単なる "距離感" としてしか感じる事が出来なかったようだ。
当然だ。
彼女は、呆れとも、落胆とも取れるような表情を見せて、そのまま目線を道の先に戻した。どうでもいい出来事が目の前を通り過ぎ、どうでもいいから目線を元の位置に戻した…というだけのような雰囲気で。
厳密には、僕も彼女の顔をまじまじと見ていたのではない為、正確には分からない。ただ、恐らくそんな感じだったのだろう。
僕は突然アリの話した事を後悔する事もなく、そのまま歩き出した。
信号、青に変わったし。
そして雑踏の中を二人、何も話す事なく歩いた。お互いの気持ちが交差する事もなく、ある場所に向かうという "目的" に辿り着く為だけの為に。
この彼女とは、その後、一年ぐらい付き合って別れた。
今思うと、あの頃から既に何かが緩やかに崩れ始めていたのだと思う。
彼女を失った今、
僕が、ぼーっとしてても、何考えてるの?なんて聞いてくる人はいない。
誰もいない。
僕は今、一人で交差点に立つ。そして思う。
僕が今ここで消滅しても、四日程悲しむ人はいるだろうが、困る人はいない。絶望に身を焦がし、その後の生活すら崩壊してしまうような人もいない。
誰もいない。
一匹のアリが消滅したとしても、蟻塚は続くのと同じような理由で。
一匹のアリの代わりはいくらでもいるのと同じような理由で。
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