[6]
…
……
………
“はあ?
そんなの聞いてないわ。
先生、ちゃんと説明してよ”
そう言い放つ生徒が居たならば、教師がどの時点で話していたのか、答えられる。
鮮明に記憶され、具体的に説明でき、聞いていなかったのはそちらだと言い返せる。
そんな俺が通りかかるだけで、周囲は萎縮し、近付こうとしなかった。
“嫌味ったらしい。
科学者の金持ち坊ちゃんはこれだからうぜぇ。
どうせ俺等の事バカにしてんだろ?
わざわざ貴重な時間を使ってまで見下しに来るとは、ああありがてぇ!
時間の使い方も贅沢か!”
幼い頃からずっと、授業内容や周囲と学力が合わなかった。
いつもレベルが低く感じてならず、難問に苦しむクラスメートの横でつい、つまらない、簡単過ぎる、何故分からないのかと口走ってしまう。
それ故に、最高学年のカリキュラムを先々に触れた。
新鮮な情報に惹かれ、直ぐに習得してしまう。
高成績を難なく叩き出した事は、大人にとっては良くとも、全生徒が俺を妬むだけに留まらず、攻撃が増え続けた。
歳を重ねる毎に、物の紛失やロッカー荒らし等の些細な虐めは、質を変えていった。
自転車破損、盗難の濡れ衣、階段からの転落。
それらの影響から、手の震えと動悸が定着し、学校が怖くなった。
“ああまぁ…仕組みも良いし相変わらず圧倒される。
ただ…他がついて行けない。
クラスで教えてない事が含まれ過ぎだ。
口頭説明するにしてもこれだと授業になって、発表するという目的から逸れる。
ハードルを下げてくれ。
じゃないと受け取れない”
課題で提示した、産業用ロボットの使用を目指す為の、金属アームの設計図。
使用する物に対する全ての耐性率と生み出す効果、材質の特徴、電力消費量等、数式を並べて具体的に叩きだす。
あらゆる発見と可能性を論理立て、デメリットに対する仮の策までも明記する。
細部に渡り、どこまでも追求し、可視化できてしまう特性は、大人顔負けだった。
“いい加減にしろ!
学校だけならまだしも、俺の研究やチームまで蔑むな!
その目はどうなってる。学べ!
これまで誰1人、お前に付いて来なかった理由は何だ。
自分に圧倒的に欠如している物の分析ができないなら、開発者だの科学者だの名乗るな。
チームで動く社会を学べ。
俺が評価する部下だぞ。
後から来たお前がしゃしゃり出るな!
いつまで我が儘だ!?
いい歳だってのに、卒業しろ!
俺に恥をかかせるな!
ったく、耳に付いてはいちいち問い質しやがって、ただ黙って合わせて、やれ!”
周囲からの視線や言葉に耐えきれず、続く体調不良が辛くなり、大学を中退した。
父や祖父に迷惑をかけまいと、学校生活で起きていた事を言わず、ずっと耐えてきた。
その努力が崩れ、働けるかどうか不安になった時、製造工場の社長を勤める父の元に、身を置く事になった。
だが、チームの思考や環境設備に対する疑問が多発し、ファクターを延々求めてしまった。
なんとなくである事や、曖昧な状態ではなく、確かな事を知ろうとしてしまう。
より良い結果が出る可能性があると感じると、求めずにはいられない。
この性質に対し、理解を得られた事など、無かった。
“勉強ができるだけでは駄目って、何度言えばいいの?
また誰もついて来てないじゃない。
学校でもそうだったでしょう?
現実から学んで。
そんな事ではいつまで経っても無理よ?
お爺様やお父様の立場を、そろそろ考えられる様になってもいい頃なのに。
将来、貴方がチームを持つと本気で言うのなら?
尚の事、人との関わりについて、振り返りと修正は必要よね?
発言も一方的過ぎ。
そんなの、誰だって受け入れ難いわ。
集まりに同席させてもらえなくなったのはそういう所だって、分からない?
一度、機械や薬品開発から離れなさい。
いい加減、未だに出来てない人と世間の学習に集中して。
今のままでは駄目。
何かを得る為の我慢なんて、皆してる。
こんな事、当たり前よ。
子どもじゃないんだから、面倒ばかりかけないで。
お二人が気の毒だわ”
母親が居ない。
その為、幼少期からシッターを雇いながらも、大半は祖父の側近であるシャルが世話をしてくれた。
優秀な彼女は、父と祖父の助けになるならばと、依頼を引き受けた。
多忙な2人は、シッターと顔を合わせる事など殆どない。
そんな彼等にとっては、よく知る彼女に託す方が良かったのだ。
だが、彼女の発言や態度からは、受け入れ難いものが多かった。
歳を重ねるにつれ露骨に感じるようになった、仕事に生きる性格と、2人の為にしているという態度。
それが億劫になっていった。
しかし、祖父や父にとっては信頼のおける存在。
彼女と上手く付き合えないと口にしても、環境は何も変わらなかった。
母親代わりなど、微塵も思えなかった。
だが、祖父や父からすれば、彼女はそういう役割でもあった。
そんな彼女の言う事が常に正しく、それをなかなか聞けない俺は、注意ばかりされてきた。
嫌々ながらも、彼女からの提案を受け入れた。
俺には、欠如している物がある。
それは、埋める必要がある。
高成績を納めてきた事以外、碌な経験が無い。
好きで仕方がない事を長く仕舞い込み、自分を変える事に努めた。
事を進めるべく、手始めは世間の話題収集から入った。
興味がある物に目を奪われ、没頭してしまうが為に、流行に乏しかった。
会話では、冗談の言い方や、その時に合った表情はどうか。
人の観察をかなりする様になった。
誰かが楽しく話していながら、どこか浮かない表情をしていたり、声のトーンの違いがある。
そんな事を、意識する様になった。
気付けば、職場やその関係で向かう場所の先々にあるガラスや鏡に、目が留まっていた。
そこに映る自分が、その輪から浮いていないか、不安で確認する癖がついた。
本は1度読めば内容が入る。
その為、人間関係に関する情報収集は、容易いものだった。
しかし実践は、勉強よりも初めて難易度が高く感じた。
すぐに成果が目に見える訳ではなく、進捗すら曖昧だからだ。
独りは楽な反面、酷く疲れた。
ふと、自分の行いが正しかったのかどうかが不明瞭で、心配になる。
見通しが立たない事が、不安でならない。
だが、誰もそんな様子は無い。
そうならない事が自然である世の中に、同じ様に立っていても俺は妙に浮いていた。
それを見せぬよう努めたが、なかなか承認されず、腹を立てる時間は長く続いた。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。