[13]
強引に連れ戻そうとするのか。
考え付く彼の反応に怯えながらも、ターシャは少々身構えながら待つ。
随分と大人しい彼は、見るからに何かを考えていた。
視線は下に落ち、合わなくなる。
何を探っているのか、目を左右させながら首を数回、間隔を空けて傾げた。
その間、腕組みをする。
「何でだ?ここに居てはいけない理由は?」
話を更に聞こうとする。
ターシャは不思議に思いながらも、若干胸を撫でおろした。
彼からは、襲ってくる気配を感じない。
「……貴方は亡くなった…
であれば、大切な場所で眠るべき…」
「大切な場所?何だ?それ。
今は起きてここに居るから、俺の居場所はここ。
試験起動中で、トップに見てもらったら、ここで任務をする事になってる」
「違う!」
ターシャは彼の腕に飛び付いた。
「ここは、あいつの玩具にされるだけの地獄よ!
貴方には別に居場所がちゃんとあるっ!
家族が居るっ!愛してくれた家族がっ!
あたしもよっ!
だから行かなくちゃいけない!
お願い来て!ここから出るのよっ!」
喉の激痛に耐えながら、掠れ声で説得する。
知らぬ間に涙ぐむと、彼はそれを食い入る様に見た。
直に彼女の頬を流れ落ちたそれを、不思議そうに指で触れる。
「痛っ!」
ターシャは咄嗟に後退り、驚く。
まるで硬いボタンを押す様だった。
力が強過ぎ、恐怖すら感じる。
「何だ?それ」
彼女の説得を他所に、新たな疑問をぶつけてきた。
「………涙…」
「なみだ?」
任務だの何だのと言っていた大人が、急に幼児の様に思えた。
ターシャはふと、笑みを溢す。
「なぁ、何だ?」
顔を歪める彼を見て、ターシャは勘付いた事に従い始める。
「そこ開けて。そしたら教えてあげる」
彼は目だけで示されたボックスを振り返り、再び彼女に向き直る。
理解に苦しむのか、怪しげに彼女を見た。
試験起動中。
殆ど人間を思わせる生々しい彼だが、力加減や、涙、恐らく他にも判別が付かない事があるかもしれない。
ターシャは涙を拭うと、彼の肩に手を置いた。
「涙だけじゃない。
あたしが、何でも、全部、教えてあげる。
だからそこ開けて!時間が無い!」
ターシャは彼に背を向け、ボートを調べた。
先端に繋がれたロープを見つけ、不器用ながらに解く。
その脇で、金属が破壊されるけたたましい音が鳴り響き、振り向いた。
キーボックスの蓋が完全に取り払われ、掴まれたそれは歪んでいる。
ターシャは背筋が凍り付いた。
あの時、頬が砕けなかったのは奇跡である。
「開けた。で?」
「まだ!それ押して!」
「開けたのにか!?」
歪な蓋を手に腕を広げ、呆れている。
そしてやや片目を細め、引く様な目で彼女を見た。
「ありがとう!
次はそれを押してゲートを開けて!
そして運転して!早く!」
「ありがとう?」
動かない彼にターシャは駆け寄り、そこに佇む掌程の赤いボタンを見た。
その横に掛かるのは恐らくボートの鍵。
透かさず手に取り、ボタンを拳で叩いた。
屋内に3ヵ所、ゲートに2ヵ所赤いランプが点灯し、重い軋み音が迫り上がる。
外の世界が徐々に、ゲートの真下から顔を出す。
温かい風が吹き込むと、次第に快晴の青空が見えた。
それについ、小さく感嘆を漏らし、ターシャは彼の手を引く。
だが、重くて閊え、転倒した。
「早くっ!」
「何だ?ありがとうって」
首を傾げる彼に、ターシャの目は丸くなる。
足の向こうでは、ゲートが完全に開き切る音が轟いた。
「お願いした事をしてくれて、感謝してるの!
乗って!」
彼はその手を慌てて引かれ、ボートに導かれた。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(11/29完結予定)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。