[12]
ターシャはじっと彼を見ていると、咳が激しく襲い、震えがした。
彼はそんな彼女を見て近付き、様子をじっと観察する。
一体その冷静さは何なのだろうか。
這う視線がどうも擽ったく、勝手に身を縮めてしまう。
「パニックでも起こしてたか?
呼吸が何度も乱れてる。
よく脱水に耐えてるな。
それに怖いものでも見たか?
じゃなきゃそんな」
「言わないでっ!」
顔から下へ流れる様に目配せしながら発言する彼に、ターシャは声を上げた。
その途端、喉に痛みが走り、激しく咳き込む。
焼却現場に向かう辺りから、ずっと体調が妙だ。
彼は、突如放たれた大声に目を見開き、ゆっくりと瞬きする。
その動作に彼女は益々顔を近付け、食い付いてしまった。
本当にアンドロイドなのだろうか。
見てきたそれらとは違い、口調もより一層滑らかで、表情変化も細かい。
彼は首を傾げると、彼女に左手を差し出した。
「君の対処が未定になってる。
トップに確認した方が良いから、立って」
やはりとんでもない事を言うのか。
ターシャは一気に身を引き、激しく首を振った。
そしてよろめきながら、壁を支えに何とか立ち上がる。
前屈みの姿勢が楽な程、体は重く、胃の不快感をまた感じた。
だが、進まねばならない。
「行かない!ここから出る!
ここの事を世間に知らしめてやる!」
言い放つと、記憶を頼りに突き止めたガレージに向かって、不安定な足取りで駆けた。
彼女の姿が小さくなり、奥のガレージに続く扉に消える。
その光景に彼は目を鋭くさせ、足早に追った。
灰色で、薄く排気の臭いが残るそこにはボートが揺れている。
その臭いに嗚咽を上げ、肌が粟立つ。
ゲートの開け方も操縦も、何も分からない。
辺りを忙しなく見渡し、壁に視線を這わし続ける。
そこへ、分厚いキーボックスの様な物を見つけた。
咄嗟に飛び付き手を掛けるが、開かない。
苛立ってそれを引っ叩くと、その音に被さる様にドアが開いた。
彼に追い付かれたターシャは、透かさず距離を取る。
不意に見つけた立て掛けられた担架を、勢いよく彼の足元に投げ飛ばした。
それは床を滑走し、彼の脛に衝突。
その時、彼は数秒そこを見下ろしてから目を強く瞑り、肩を窄め、2歩引いた。
表情は戻ると、ターシャに先程の鋭い目を向ける。
「君は決定を受ける必要がある。
ここに居ても分からないだろう?」
その発言の最中も、かなり真剣な顔をしていた。
ターシャは零れる咳を必死に抑えながら、睨み返す。
「ここに居たら死ぬっ!
見つかる前に絶対出てやるっ!
あんたの言う事なんか聞かないっ!」
それを聞きながら、彼は呑気に飛んできた担架を端に寄せている。
「死ぬ?死にはしないよ。
それより何でだ?
君は運転できないだろう?無茶だな」
ターシャは首だけで否定した。
これまで何度も死にかけていると言うのに、信じられるものか。
だが、彼の表現も行動も気がかりである。
放たれた疑問は、眉を顰めながら零していた。
連れられる事は恐怖でしかない。
だが、先程差し出された手や態度からも、凶暴さを感じない。
抵抗する言葉すら、冷静に聞いて返答してくる。
何より口調が優しく、自然に落ち着いてしまうせいで、思考が巡り始めた。
そして
「あ…貴方もっ!
貴方もここに居ちゃいけないっ!」
口は勝手に動いた。
「こんな所に居ちゃダメ!
一緒に出るのよ!お願い、運転して!」
ターシャは真っ直ぐ彼を見つめる。
こんな事を言うつもりは、毛頭無かった。
なのに説得しようとしてしまう。
それは、今でも何も言わず冷静に立ち、じっと目を見て聞き続ける彼だからだ。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(11/29完結予定)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




