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Chapter-15

 城南大学工学部、波田町直也教授の個人ラボ。


「教授」

「む?」


 ノックもなしに、室内に入り込んできた相手に、波田町は訝しげな表情を向ける。


「結果の報告を受けるために来た」


 その男は、波田町にそう言った。


 外は夜。オムリンとパティアの“決闘”から、丸3日が経過していた。


「いつもの連絡員とは違うようだが?」


 波田町は、その男に、そう言った。


「地元警察が余計なことをしてくれたからな、何人か、連行されることになった」

「ああ、なるほどな」


 男の説明に、波田町はそう言った。


「君達にしては時間がかかったのも、そういうことか?」

「まぁ、理由の一端ではある」


 波田町が問い返すと、男はそう答えた。


「それで、結局、今回もR-1の機能停止と回収には失敗した、そう考えていいのかな?」

「まぁ、あくまで今回は、の話だがね」


 男の言葉に、波田町は苦笑しながら、そう言った。


 波田町は、着けていた白衣の胸ポケットから、ハイライトのパッケージを取り出す。

 1本咥えて、100円ライターで、火を点けた。

 波田町が紫煙を深く吸い、タバコを口に咥えたまま、紫煙を吐き出した。


「左文字朱鷺光の『Library STAGE』のようにはいかんが、29号も、学習型のシーケンサ制御ユニットは搭載しているんだ。今互角ならば、すでにある程度成長してしまっているR-1より、29号の方が、時間が経つほど、有利になる」


 波田町は、自信有り気に、パティアの設計図を展開したNEC製PCの前で、そう言った。


「残念だが、その機会は、もうない」

「? 何を言っているんだ、左文字朱鷺光を学会から放逐する、それは君らの目的でもあったはず」


 波田町は、そう言って、怪訝そうな顔をしながら、振り返った。

 …………の、だが。


 次の瞬間、波田町の腹部に、その男の手が、突き刺さっていた。

 殴打ではない。鋭い刃物ののように、突き刺さっていたのだ。


「が……は……」


 波田町が、息を吐き出しながら、呻き声を上げる。


 波田町の口から、火のついたままのタバコが、床に落ちる。

 それは、積み上げられたA4用紙の資料に触れ、燻った煙を上げ始める。


「これは……丁度いい、か」


 男は、タバコの火が燃え上がりそうな様子を見て、ニヤリと笑いながら、そう言った。


「教授、お客人ですか────」


 その時。

 扉を開けて、パティアが、室内に入ってきた。


「!?」


 その状況を見て、パティアは驚き、絶句し、立ち尽くした。


「貴様!」

「フッ!」


 パティアは、嵩張る左腕のシールドは外していたが、それ以外の武装は、装着していた。

 手甲一体の右腕のブレードが、折りたたみ状態から、展開する。


 ──モーターのパルスノイズ、センサー類のアクティブ反応、こいつは!?


 パティアは、コートを着た眼の前の男から発せられる反応に、困惑しつつも、身体は身構える。


 男とパティアが、ほぼ同時に、相手に向かってダッシュし、交錯しかける。

 パティアが、ブレードで突きを入れようとした────


 男は、それを難なく捻って躱し、逆に、パティアの右肩を、鋭い、文字通りの手刀で、破壊していた。

 パティアの肩が外れ、床に転がる。


 パティアは、振り向きざまに、レーザーで男に撃ちかける。

 しかし、男は、それを姿勢を低くして躱すと、そのまま、パティアの腹部と腰部の付け根、やや左側を、その鋭い腕で貫いた。


「ぐ……」


 パティアは、表情を歪めながら、崩れ落ちる。


「『Library STAGE』のデータが手に入らなかったのは、残念だが、これでいい」


 男は、そう言って、床に仰向けに転がったパティアを見ながら、ニタリと笑った。


 タバコの火が、いよいよ、書類に火の手を挙げさせ始める。


 パティアは、激しくよろめきながらも、なんとか、立ち上がった。

 エアーサーボ系統は、2系統とも、致命的に圧力ヌケを起こしていた。

 潤滑油、冷却液の漏出も、許容値を超えている。

 バッテリー群も、正常な回路接続が、不可能になっていた。


 それでも、なんとか、デスクの上の電話機を上げて、外線発信しようとした。

 だが、電話機の受話器からは、何の音も聞こえなかった。電話線が、切断されているようだった。


 パティアは、なんとか、119番をコールしようと、最後の力を振り絞って、部屋から、出る。

 だが、そこで、限界だった。

 扉から、通路に完全に出て、少し離れたところで、パティアの全機能は停止し、そこに、崩れ落ちた。



「次のニュースをお伝えします。昨日、城南大学工学部の南部棟で火災がありました。火災は、同学部の波田町直也教授の研究室の焼失にとどまりましたが、室内に居たと思われる、波田町直也教授(46)が、遺体となって発見されました」


 朱鷺光の作業部屋。

 ブラウン管式の小型テレビに、デジタルチューナーで受信したテレビニュースを、朱鷺光はそれまで、黙って見ていた。


「死因が、発表されてないみたいだけど?」


 朱鷺光は、ニュースが別の話題に切り替わったところで、視線も動かさずに、そう言った。


「この部屋は、タバコはダメだぞ」


 朱鷺光に訊ねられて、背後にいた淳志が、ポケットに手を伸ばしかけた、が、見てはいなかったが、感じ取ったかのように、朱鷺光は、制するように、短くそう言った。


 淳志は、「チッ」、と、舌打ちしてから、


「他殺だよ。焼死じゃない。刺殺されてる」


 と、言った。


 朱鷺光は、淳志のタバコは止めておきながら、自分はOAローテーブルの上に置いてあった禁煙パイプの箱を手にとって、1本、口に咥えた。


「それで、一番の手がかりがこの状態ってことか」


 そう言ったのは、PowerMacの前に座る、弘介だった。先程までテレビの方を見ていた視線を、メンテナンスデッキの方に向ける。


 そこには、破壊された、パティアが横たえられていた。


 オムリンとイプシロンも、メンテナンスデッキを挟んで、弘介の反対側にいた。

 オムリンは、ニュートラルな表情だが、イプシロンは、どこか心配げな表情をしている。


「ストラト・フォー関係の逮捕者から、この件を聞き出せなかったのか?」

「そんな事を知ってるような連中まで、尻尾を掴ませてはくれないよ」


 朱鷺光の問いに、淳志は投げやりにそう言った。


「なんとか、情報を復元できれば、いいんだが……」


 淳志が、パティアを見て、そう言った。


「幸い演算系はほとんどダメージを追ってない、イプシロンのツールを使えば、データは回収できるだろう」


 弘介は、そう言った。


 だが、その当のイプシロンは、憂い気な表情を、破壊されたパティアに向けている。


 朱鷺光は、禁煙パイプを咥えた口を、への字にしながら、腕を組んだ姿勢で、OA座椅子ごと、PCやテレビの方から、メンテナンスデッキを振り返る。

 しばらく、眉間に皺を寄せつつ、目を閉じて、唸りかけながら、考える。


 数分たっぷり悩んだところで、朱鷺光は、カッと目を開き、


「よし、直そう!」


 と、張り上げるような声を出した。


「朱鷺光さん!」


 イプシロンが、ぱっと表情を明るくする。


「いや、修理までは出来なくても…………」

「状況を把握したいんだろう? データだけ抜き出すより、パティアに喋ってもらってネゴシエートした方が、状況の再現をしやすいはずだ」


 少し驚いたようにしつつも、困惑したように言う淳志に対し、朱鷺光は、真剣な視線を向けて、そう言った。


「それに、R.Seriesのデッドコピーなんだ。R-AIの子供なんだ。製作者は波田町教授とは言っても、俺にとっては、他人じゃないんだよ」


 朱鷺光は、そう言いながら、OA座椅子から立ち上がる。


「シロ、シータ呼んでこい、それとついでにありったけの予備の部品持ってこい。オムリンやシータの部品が、基本的には使えるはずだ」

「解りました!」


 イプシロンは、朱鷺光の言葉に答えて、弾むように、作業部屋を出ていく。


「超特急でやるぞ、コムスター、準備しろ」

「了解」


 朱鷺光は、コムスターに言いながら、天井から吊り下がっているケーブルを、下へと引き寄せる。まず、オムリンと同様のアンテナ/センサー基部のカバーを外し、Ethernetケーブルを接続した。


「プロトコル調停問題なし、論理接続完了。メンテナンスハッチ、ロック解除」


 コムスターの言葉とともに、パティアのメンテナンスハッチが開く。


「明後日の昼、いや、明け方までにはなんとかするぞ!」

「了解!」


 朱鷺光の言葉に、弘介とコムスターが、同時に、真剣な声で答えた。


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