19.僕が僕である理由 2年目・12月24日(下)
……まるで見えない何かが“ぐちゃぐちゃ”と遊び食べをするように、養母のそれが小さくなる。次に食われた養父が言った。
――「……まってろ」
「……養父は食われている最中でした……こちらに手を伸ばして、鬼の形相でした。恐らく何か言いかけていたんでしょうが、気付くと既に彼は飲み込まれていて、消化が始まっていました」
そのとき養父を前にした時永くんは、自分がぼろぼろと泣いていることに気付いた――最後の最後でその人が、割と好きだったことに気付いた。
「……はみ出していた腕はくずれて、僕の前に落ちました」
……それは。
時永くんにとって、どういう光景だったんだろう。
少し震えた声が言う。
「――今更気付いたって遅かったんですよ。あの時言われた、『まってろ』が頭から離れない……彼が何を言いかけたのか、おぼろげでそれすら分からないのが怖いんです……!」
……悪夢を見たとき、わたしは、夢の中の自分が制御できないことが多い。
誰か知っている人を殺す夢を、現実感なく、ぼんやりと経験したこともある。
「……僕は半分無意識で、何を、やったんだろう……?」
時永くんはその『悪夢』みたいな感覚で、右手のハサミをスッと突き出したのかもしれない。その視覚は、聴覚は、触覚は起きていたにも関わらず――その『夢』は、きっと覚めなかったんだ。
――押し殺した声で彼は言う。
「僕はあの後、どうやってあの血だまりと手を片付けた? ――放心状態だっただけなのか? それともあの時ですら、僕は、あの神様を名乗る少年に操られていただけなのか?」
……気付くとこの家は、普段通りの様相に戻っていたという。
ただ幻のように、養父母だけがいなくなっていた。
残されていた痕跡は、ほんの少しだけの血痕と、荒れた玄関先の靴。
――こんな血の量で『人が死ぬ』わけがない。まるで全部夢の中のことみたいに。まるで全部、あの『猛獣』に舐めつくされてしまったかのように、何も残っていなかった。
「……警察を呼んでも、何も見つかりませんでした。僕が使っていた工作用のハサミはどこにもなく、謎の猛獣とやらは姿を消していました」
後で気付いたのは、書斎の奥に妙な空間があること。――そこから、あの時と同じ音がすること。
「音がするといっても、警察は首をひねりました。……「大きなネズミがいるんじゃないか」と笑われただけです。ただ、確かに帰宅していた形跡がある養父母が見つからないのだけは、気にかかる様子でした」
時永くんはその後も、知っていることを少しずつ訴え続けたという。
「しかし、僕の言葉は無視されました。色々見すぎたせいか、それとも単に流行りの風邪にかかったのか、当日のうちに高熱を出したこともあり……子供が錯乱しているだけだと認識されたんです」
「それは夢か幻だ」、「熱のせいだろう」……そう言われ、証拠のない与太話にしか受け取られなかった時永くんは、早々に理解してもらうことを諦めた。
「……記憶に混乱があるのも事実でしたし、僕自身だって、今見たことが全て事実だと言い切れるだけの確証も、我の強さも持てなかった。だから結局それは、謎の多い失踪事件として片付けられたんです」
時永くんの説明はきっと支離滅裂だっただろう。彼だって混乱の最中にいたのだし、何より……
「――僕は、そもそも『人と話すのが苦手』でした」
……それだ。
今でこそ時永くんは話上手なイメージがあるし、自分から話しだすことは少ないけれど、聞かれたことは分かりやすく答える。そんな人だ。
でも順序だてた説明ができるようになったのは、きっと「確認」するようになったから……現実の流れをしつこく確認して、「穴の空いた記憶」を埋めるようになったから。
クロノスが時永くんの体に入り込むようになったのは、きっと養父母の事件から後だ。記憶に空白が混じるようになれば、時永くんだって対策は取る……自分にとって分かりやすい説明をつけられるようになれば、当然、他人にだって分かりやすいものになるはずだ。
「僕は、『両親が行方不明だ』と言いました。――実際には違う。きっと僕は、【僕の体】は、2人を殺している」
「謎の黒い本」を読めば、養父母が亡くなった理由は単純明快だった。
あの『猛獣』を呼ぶには――そして帰らせるには、その場からできるだけ動かない、合計100キログラム超の「生き物の体」が必要だと記載されていたから。
それは本来わたしたちの住む世界とも、メティスたちの住む世界とも違う物理法則の生き物。
――それがこの地球で「形」を得るには、原生生物の細胞構成データが必要で。それを『猛獣』が咀嚼し、体内で分解することで『猛獣』は存在をその場に再設定することができる。
……つまり境界線の内側か、もしくは外側で「食う」こと。それがもっとも重要なポイントだったのだ。
「……僕が彼らを刺したのは、中身をぐりぐりと抉ったのは……『猛獣』を呼ぶ作業が終わるまで、その場から逃げられないためだった。つまり【僕の体】はある程度、計画的にやったとしか思えなかったんです」
……時永くんの中に入っていたのは、恐らく、当時からクロノスだったんだろうけれど。
それでも時永くんの自覚には、『人を殺した感覚』がこびりついた。
中を抉った感触も、養父からかけられた、あの声も。
「……随分、乱暴な口調の人でしたからね」
時永くんは言う。
「あの、『まってろ』は……なんだったんでしょうね……『待ってろ、ぶん殴ってやる』なのか、『待ってろ、ぶっ殺す』なのか。どちらにしても今際の際、僕を恨んでいるようにしか見えなかった。――僕に対して幻滅したんでしょう。僕を拾ったこと、施設から買い取ったこと。きっと亡くなる間際、相当後悔したんじゃないでしょうか」
「…………。」
なんとも言えない空気が流れた。
その沈黙を具合悪そうな声で最初に破ったのはこの人だった。
――「ト、トイレ行ってくる……!」
空気読めよメティス! そう突っ込みたいのをこらえながら……気を取り直してわたしは聞く。
「……つまり、公の場では失踪事件で済ましてる」
「ええ」
「警察も動いてはいたんだけど、結局はその、時永くんに入ってた何かが……」
クロノスとは断定しない。だって、わたしはちょっとした違和感に気づいたから。
――「僕はあの後、どうやってあの血だまりと手を片付けた?」
……だってあのクロノスが、『きちんと真面目に』後片付けをするだろうか?
「……何かが、お父さんお母さんを既に殺してたってこと?」
「そういうこと。……いや、正確には」
時永くんは自嘲気味に言った。
「クロノスに乗っ取られた【僕】が、クロノスが送り込んできた【何か】を扇動して食い殺させた……と言った方が正しいんじゃないかな」
「つまり、あくまでも時永くんは、時永くん自身が――お父さんお母さんを殺したって言いたいのかな?」
……だとしたって。
それは、あんまりな話だ。
「腑に落ちない表情してますね」
「だって、さっき――時永くん自身が言ったんでしょう?」
わたしは言う。
「『可愛がられてたのかもしれない』って」
「……ええ」
「それを言える人は、誰かを殺せない。そう、わたしは思う」
黙って聞いてたわけじゃない。今までだってはしょっただけで、何度かツッコミは入れたけれど、それでも納得いかない。
「……確かに時永くんは最初、その人たちを嫌いだったかもしれない。どっかでまだ、警戒したままだったかもしれない。今もわたしに対して、どっかで『硬さ』が抜けないみたいに」
ぴくりと時永くんは表情を変えた。……うん、少し怯えている。ここまで喋っておきながら、ここまで勇気を出しておきながら……
「……でも、それが時永くんなんだよ」
「それが僕?」
「だって時永くんって、よく人を見てるよね? ……それで、『これはこういうことかな』って、ちゃんと理解しようとするよね」
「……。」
「そんな人が、誰かをまるっとなんて。……好きになれるわけ、ないよね」
時永くんは黙り込んだ。
「悪い部分にだって気付いちゃう。それが時永くんだよ。……でも、いいんだよ。それでいいの。だって君は今、罪悪感を感じてる。全部嫌いなわけじゃなかったんだよ」
たとえ、時永くんがクロノスのせいでお父さんを殺したことも。お母さんを殺したことも。……それが巡り巡って全部、『時永くんの持っていた不信感』に起因するものだとしても。だから、クロノスに主導権をとられちゃったんだとしても。
「……ひとを、全部好きになろうなんて傲慢だよ、贅沢だ。一部だって誰かを好きになれるなら……君は」
……お父さんの前で涙を流せた、君は。
「……君は、生きてたっていいんだよ」
「……。」
「うまく言えないけど、悪くなんてないんだよ……!」
クロノスが時永くんの養父母を殺したのはなぜだろう。メティスのよくいう気まぐれだろうか。それにしたってハッキリしない。動機がよく分からない。時永くんのリアクションを見たかった? それともまた、別の理由?
――「うぅ……相当気にやんでるのね時永くん……」
あ、お帰りやがれトイレ魔神!
わたしは頭の中の疑問をすっ飛ばしてメティスに返事した。……あなたのおかげでさっきの緊張感が吹っ飛んだんだけど、その点についてはどう思われますかねカーナビ女神!?
――「し、仕方ないじゃない……うっかり『惨劇の中身』のイメージが見れそうだったから、見ちゃったのよ……あれは確かに時永くんにもなるわよ……全身全霊で納得のひねくれトッキーよ……」
……どんな凄惨さだったのそれ……
メティスに突っ込みを入れていたら、くすっと音がした。
……時永くんが笑ったんだ。
わたしの言葉を、暫くかみしめていたみたいだった。
「……なるほど」
深く、ととのえた息の音。
「……そういうこと、言う人だったんだな、君は」
何かを詰まらせたような声だった。嬉しそうな、でも途方に暮れたような。
「悪かった?」
「すごく悪いよ。……いや、ありがとう。僕が悪くないって言ってくれて」
時永くんはようやく苦笑いしながら言った。
「……ただ、これだけは僕も譲れない」
「……うん」
「僕に罪がない、僕が『悪くない』。その言葉は、多分受け取れない。……それを僕が自覚してしまったら、何もかも手からこぼれてなくなってしまう気がするんだ。ブレーキの効かない、ただの化け物になってしまうような気がするんだよ」
「そっか」
「ただ、とても――嬉しかった」
半分くらい泣きそうな表情で、時永くんは呟いた。
「……優しい言葉ですね、本当に。ここまで受け止めてくれる人、いるなんて思わなかった」
そりゃあそうだろう。はじめてだったはずだ。
だって、時永くんの言葉を信じる人なんて今までいなかった。
この間、校門前で出会った栄子さんだってそうだろう。……彼女は刑事さん。いくら事実でも、現実離れしていたから。だから、誰も『彼の言葉』に耳を貸さなかった。
「――僕は、きっとあの出来事があったから僕なんだ。だからこの『罪悪感』は持っておかないといけない。例えばそう、何も知らない人があの場にいたとしましょう、僕の言葉に偽りがないと知っていたとしましょう。……だったとしても客観的に見れば、手を汚したのは僕なんです。殺人には、僕の、この体が使われたんです。……僕が殺したも同然なんですよ。それは、空白だらけの頭の中に存在する、たったひとつだけ確信できる事実なんです」
……彼はその後もゆっくりと語る。
得体の知れない『猛獣』はあれからずっと消えていない。
この書斎の奥……いつの頃からあるのかわからない、通称『隠し部屋』と呼ばれる場所に押し込められている。その部屋はクロノスが関与してつくられたのか、それとも元からあったものなのかは定かではない。――それでもその部屋にいる限り、『猛獣』はずっと大人しいままであるようだった。
「僕には『高熱によるせん妄』と、『記憶障害』があったので、暫く通院させられましたが……」
それだけだった。時永くんは結局疑われなかった。罰せられることもなかった。
いっそ責めてくれれば楽だったのに。いっそ、「お前が悪い」といわれればよかったのに……
「……これが、いつか話すと言った秘密の全てです。ずっと僕が抱え込んできたもの。君が多分、知りたがっていたもの」
そんな赤い記憶を、どす黒い感情を――どれだけの間、胸の内に秘めてきたのか。
わからないけども、それでも。
わたしの中には、どこか腑に落ちないという気持ちだけが強く残った。
……何故、時永くんは……そんな目に遭わなければいけなかったんだろう?
* * * *
帰りのバス。
時永くんが「駅まで送る」と言ってくれて、一応一緒に乗ったは良いものの……行きのときのようなポンポンとした会話は、まったくなかった。
わたしもわたしで、時永くんも時永くんで考える事がいっぱいあったんだろう。
「こんにちは」
その時、時永くんに声がかかった。
声の主は優しげな中年の男性。手には買い物袋を1つだけぶら下げていた。時永くんはビックリしたように言う。
「……馬越さん、買い物した足で駅ですか?」
あれ、聞き覚えのある名字だ。
――「刑事の栄子ちゃんの名字でしょ」
そう言われて「ああ!」と思い出した。
ってことは、この人が栄子さんの旦那さん!
「――ええ、恥ずかしいことに買い忘れがありまして。せっかくですからスーパーをハシゴしに行くところです、こうなればもうちょっと品揃えのいいところにいって、ちゃんと『好きなもの』を買いたいと思いまして」
「ああ、分かります、その感覚」
時永くんが苦笑いしながら言った。栄子さん相手よりは楽そうだ。
……そっか。わたしは今更気付いた。
栄子さんを苦手だと言ってたのは、ガンガン来る性格的な意味だけではなくて、役職のせいだ。
『犯罪者を裁くもの』。そのくせ、『自分を見逃しているもの』。
時永くんが勇気を出して口にしたはずの「僕がやりました」という証言を、無に帰した人。
……優しく、「気のせいだよ」と信じてくれなかった人。
「いやあ〜! ほぼプー太郎ですからね。時間は有り余ってますし。少しは役に立たないと栄子にどやされてしまって……ふふっ、可愛い彼女さんもおられますし、わかりますでしょう?」
「……もしかして夫婦で同じ勘違いをしてます? 単なる友達ですよ」
時永くんの苦笑いした顔。……栄子さん相手と比べれば「余計なしこり」のない、むしろすごく信頼してそうな表情。
旦那さんはそれを見ておやっというような顔をした。
「あれ、違いましたか。すみませんね、仲が良さそうに見えたものでつい」
ニコニコとそう言って旦那さんは会釈する。
「そうそう、申し遅れましたが馬越慎治といいます」
「豊田美郷です」
しかし気になる。さっきから言葉遣いがやけに丁寧な人だなぁ……お家柄かな?
――「もしくは接客業でもしてたんじゃない? 単なる予想だけど」
さっきの時永くんに対してみたいに頭をのぞいたわけではないらしいメティスの勝手な予想は、果たしてあたっているのか。それとも外れているのか。
うん……何なら、聞いてみる?
――「そこまでしなくて良いわよ。興味ないし」
そういったメティスは疲れたのか、少し眠そうだった。
* * * *
バスを降り、慎治さんと別れる。
「……小雨だって言ってたよね」
「あてにしない方がいいですよ。この辺り、少し標高が高いんです」
「憂鬱そうに言うねぇ、雪は嫌い?」
白いものがまたちらちらと舞い出したらしい、灰色の空。
あまり似合ってないニット帽を被りつつ、息をつく時永くんに――わたしは無駄口を叩きたい一心で聞いた。
……今更だけど、不安になったからだ。
思った通り――いや、思った以上に、時永くんが背負っているものが大きかったように見えたから。
わたしを呼び出したばかりに時永くんが沈んでるんじゃないかって、ふと思ってしまったんだ。
「……昔は好きでしたよ」
「今は?」
「どっちかって言うと嫌いかな。あの家、雪かきが面倒臭いんで」
「あれだけ敷地面積大きかったらね」
そう言ってわたしは苦笑した。……それもそうか。時永くんもようやくつられるように笑って続ける。
「それに、好きだった理由はもうひとつ」
「何?」
「さっき言った通り、僕が発見されたのは5月12日。……身元不明の捨て子は基本、発見された日にちが出生日として戸籍に記載されることになっているんです。だから住民票にも免許証にも『5月12日』で誕生日が書かれているけれど……実は、発見された当初、僕は推定5ヶ月だったらしいんだ」
「……あ」
「そう」
パズルのピースがはまった気がした。――そう、それが多分、時永くんが養父母に懐かなかった理由の一端。
「つまり、僕は本来……冬生まれだった」
時永くんはいつかのように「ぱんっ」と雪を捕まえた。
……相変わらず巧いその動き。もしかして、ちいさな頃はたくさん、こうやって遊んだんじゃないだろうか。
雪の日にこそ、彼は一人で「何か」を探しに出ていたんじゃないだろうか。
「……冬生まれの子。初夏の生まれなんて嘘だ。それを伝え聞いた当時、幼い僕はなんとなく思った。冬といえば雪の降っているイメージが強い。『僕が生まれた日には、もしかしたら雪が降っていたのかもしれない』って」
単純な思い付きだったが、それ以来雪を見るつど彼は思った。……もしかしたらこの雪を、見知らぬ「親」も、どこかで見ているかもしれない。
何か事情があったんだ。何かトラブルがあったんだ。
だとしても。
――思い出して、くれるだろうか? あの時捨てた子供を。
「……昔から、好き勝手に想像するのだけは大好きだったからね。ずっと自分の中に架空の親の顔をつくってた」
「うん……」
「新しい親への不信感が消えなかったのは、それがずっと僕の中に残ってたからなのもあるんじゃないかな。――自分の中のヒーローを否定されるみたいで、悔しかったんだ」
今の人たちは本当の親の代わりでしかない。だから仲良くすれば、心を開けば。たとえ迎えに来てくれたとして、どこかに消えてしまいそうで。懐いたって仕方ない。……そう心のどこかでずっと思っていたんだと彼は言った。
「……でも、すみませんでした」
「何が?」
「いきなりこんなところに呼び出して、自分ばっかりがペラペラと話して」
「……いいよ、誰かに話しておきたかったんでしょ?」
「そんなところです」
そういって目を細める時永くんの頭には雪がうっすらと積もっていた。
「『無理したっていつかボロが出るもの。どこかおかしく見えてしまう』……」
わたしは頷いた。……覚えてる。5月、皆で一緒に時永くんをお見舞いに言った日にわたしが確かに言った言葉。
「それを聞いたとき、僕は思ったんだ。……ああ、結局、僕は全部をずっと抱え込むほどの強さは持ち合わせていなかったんだな……」
白い息がはあっと彼の口から立ち上る。
「……そう思うと、不思議と心が軽くなって」
「うん」
……話せる人なんていない。そう思って諦めていた時永くんに、わたしは手を差し伸べる事が出来たのだろうか。
「いつでも聞くよ。それだけしかできないから」
時永くんは困ったように言った。
「そういうところでしょうね。不思議と豊田さんになら、全部話せると思った。……だけど僕は口下手だから、全て話すにはかなりの時間が必要だし、谷川さんも佐田くんもいないほうが良いし……そう思って、予定が丸1日空いていて、たまたまお互い都合の良さそうな日を探して、メールを送った」
「それがマジでたまたま、クリスマスイブだったと?」
……わたしが茶化せば。
「ああ……デートでなくて悪うございましたね?」
時永くんの言った言葉にわたしは噴き出した。
――だんだんそんなふざけたやり取りがおかしくなってきて、2人でツボに入って笑い出す。
あたりは薄暗くなって――遠くに電車の音が聞こえ始めたところで、ようやくわたしたちは雑談をやめた。目の前に次のバスもやってきて、わたしたちは顔を見合わせる。
お別れにはちょうど良いタイミングだろう。
時永くんが言った。
「じゃあ――また、学校で」
「うん、また――大学で」
わたしたちはあっさりと手を振る。真っ白になった駅前で……わたしは電車へ、そして時永くんはバスへと乗り込んでいった。




