3.慣れてきた頃 1年目、夏休み~夏休み明け。
・2010年8月11日(水)
今、1年でもっとも蒸し暑い時期。世間一般では夏休みだ。
……無論、わたしも。
しかしわたしは今、外出するつもりで色々考えをめぐらせていた。ご飯はいつも定期券で出かけた先――つまり、学校付近の店ですましている。
当然ながら自炊はしていない。料理は苦手中の苦手だ。できないということはないものの……大概殺人料理が出来上がる。やっぱりいつもどおり外で済ませたほうが手軽だし、おいしいと思うんだ。
そう思っていたらふと、ラーメンが食べたくなった。知っているお店でラーメンといったら、頭に浮かぶのはやっぱり学校近くのあのお店。
……。そうだ、あれしかない。
部屋着のまま自室でゴロゴロと過ごしていたわたしは、それを考えついた途端さっさと着替えると外出の準備をしだした。
――「あれ、美郷、今日どこか行く予定なんてあったっけ?」
「うん。ないんだけど今できた」
――「……なにか食べたくなったの?」
図星。……呆れたような返答にわたしは満足した。
うむよろしい、説明要らずだ。超便利。
靴を履きながらわたしは呟いた。
「さすが神様、わたしの行動パターンをよく理解していらっしゃる」
――「基本インドア派な美郷のことだからね、外で遊ぶことって基本的にないでしょ。それにちょうどお昼時だし、そんなもんだろうと見当つけただけよ」
なるほど……この女神様はどうやら名探偵らしい。わたしはそう心の中ですましていうと扉を開けた。
バスで15分に電車でまた10分。いつもの定期付カードで大学最寄り駅まですぐに辿り着くと、最早条件反射に近いようなスピードで店の戸を開けた。
「いらっしゃいませー! ……って、え? あ、あれっ」
「よーっす来たよー」
わたしはバイト中の友人に軽く片手をあげて返した。ここは、大体春くらいから行くようになった大学近くの店。
隠れた名店、というべきか。
テレビや雑誌等にはまったく載らないが、学内では比較的高評価のラーメン店である。……にもかかわらず、ちょっと人の入りが悪いのが不思議なんだけどね。
「ちょっ、ちょっと! 豊田さん!」
「なにー?」
わたしがそう言い返した瞬間、ガッと肩を掴んでカウンターに着席させたのはわたしの友人、谷川ユキだ。
うん、店員とは思えないとても丁寧なご案内ありがとう。
メンマを増量してください。
――「恐ろしいわこの子、心の底から皮肉を言ってる……!」
そしてメティスは何か言ってる。
――「普通、人間の皮肉って本音と建前が違うじゃない……なのに本音の段階から皮肉とか、正直すごく高度なんだけど……」
……そりゃあ、四六時中頭の中から本音を見通してくる人がいるんで、当然の進化かなって。
ともかく同じサークルに所属しているが、現在このラーメン屋でバイト中の谷川さんはかなり焦った様子でこそこそと聞いてくる。
「あの子は?」
「あの子って?」
「ほら、あの眼鏡の子! いっつも一緒にいるじゃん!」
「あぁ、彼……学部もサークルも違うし、そもそもわたし家から来たんで今日はいないけど、それがどうかした?」
「あ、マジ?」
谷川さんがギョッとしたように呟く。
「あんだけひっついてて、同棲とかしてなかったんだ!?」
「は……?」
わたしが聞いた次の瞬間、店主からの怒鳴り声が飛んだ。
「谷川ァ!!」
「ひぃっ!」
びくりと谷川さんは肩を震わせた。
わたしはのっそりと厨房から顔を出している店主を見やる。
……目つきが鋭く、いつも口は真一文字。背は決して高い方ではないのだが、妙な威圧感があるせいで大きく見える店主。
その見た目で怒鳴られると、なんというか怒られているその対象でなくても怒られているような気分になる。
「お客さんが来たならさっさと水を出せ! あと同時に注文を聞く! ランチタイムに話し込むなコレ鉄則! やらんのならさっさと帰ってくたばれ!!」
「は、はいぃっ……」
谷川さんは勢いで返事して、1.5秒だけ「…………」と考えた。
「……ねー店長ぉ」
「何だ不真面目!」
「不真面目は頷くー。……でもくたばれは言い過ぎでは?」
「……うるせぇ」
いや、今のでなぜ照れた。もしかして聞き返し方がちょっと可愛かったから?
――「谷川さんがマイペースで懲りてないし、反応がよく見たら照れてるからまだいいけども」
「……うん」
――「一言めは相変わらずおっかないわね。あの人」
「ね」
わたしは思わず同意した。……本当、おっかない店主だ。
だがそこがいい。でないと昔ながらのラーメン屋って感じがしない気がする。
――とぽとぽとぽ。
「あ、お冷ありがとー」
「いいのいいの、叱られたし仕事だし。で、注文何にする?」
「塩ひとつ」
「はいよ。……おやっさん塩ラーメン一丁入りましたー!」
「おう!」
古い扇風機のファンがうるさい中、どうやら一発で奥の厨房まで届いた様子――うん、さすが谷川さん。高校のとき演劇部のナンバーツーだったらしいだけある。
……といってもそれ、別の学部の子の情報なんだけどね。
谷川さんは気を取り直すようにこそこそ聞いてきた。
「……で、さっきの話なんだけど」
「さっきの話?」
「もしかしてスピード接近、スピードバイバイ? さすがに早くないです君?」
「ぶぶっ!」
――「?!」
その一言でわたしは口に含んだ冷水を全て噴出した。ようやく何を言ってるかに合点がいったから。
「うわ、なんか言っちゃったあたし?」
「た、たたた、谷川さんじゃあるまいし!? 何それ、わたしが時永くんと付き合ってるってこと?!」
――「ぶ……ぷぷっ……! あはははははははは!」
その言葉の最中、出遅れてメティスが噴出す音が聞こえ、やがて頭の中で爆笑しだす。
……おのれ。
――「ふふ、噴水、噴水! 屋内噴水! はっははははははっ……ひぃっ……ひぃーっ……!」
しかも笑っている意味がよくわからない……天然要素でもあるんだろうか、この神様は。
「あ、あのね谷川さん? 時永くんとは別にそんな……」
「まったまたぁ、照れちゃってさ。へーぇ……時永くんって言うんだあの子。いいイケメン見つけたねぇー」
「えと、あの……だっ、かっ、らっ……」
完っ璧に誤解だ。とにかく何とかして解こう。谷川さんがニヤニヤしながらポケットに入れていた布巾を取り出すのを見つつ、わたしは必死に言った。
「だああああ!!! ……そーーーーいう関係じゃないと言ってるでしょうに!」
「だーって一緒にお昼食べに行くとかさぁ、よく見かけるよぉ? 仲良さそうじゃん? そういう噂立つのも時間の問題じゃない? 中まで追っかけたことないけどぉ、どうせ人目とか気にせずあーんなんてやってんじゃないの?」
「ばっ!? 妄想は頭の中だけにしてってば恥ずかしいなもう!」
「赤くなるなよ。んじゃ何さ?」
わたしは大きく吸い、大きく息を吐いた。ああ、落ち着け、わたし。
まだニヤニヤしながら聞いてくる谷川さんから目を逸らし、呟く。
「……友達」
「ははぁ」
谷川さんは息を吐く。
「信用してないでしょ」
「するかっての。何、そこまで奥手なガールだった?」
意外そうな顔されたところで逆に困惑しかしないわ。君、わたしのなにを知ってるの。話すようになってまだ2ヶ月なんだけど?
「じゃあ何、発展する前、ってこと?」
「じゃなくてまったくそういう関心はない、たぶん。今は」
「何だ、つまらん」
谷川さんはニヤニヤ顔を解除し、ふてくされたような表情で言った。……普段から思うけども、表情がコロコロと変わる人だ。
「じゃ、逆に聞こうではないかネ豊田さん」
「それは誰でなんのキャラですか、谷川博士?」
「ふぉっふぉっふぉ。……で、なんでいっつも2人っきりなわけ?」
「茶番を早めに打ち切りすぎでは?」
「あ、脱線する前に」
「仕掛けたのはあんただよ、谷川さん?」
まあ脱線はともかくとして。……それぐらいならすぐに答えられる。
「あまりにも「人を寄せ付けない雰囲気」っていうか。わたしぐらいしか友達いないらしくてね」
「へえ?」
「見てて気になるっていうか。寂しいじゃん? ……ようするにエゴ。ただのおせっかい」
――分かってる。自覚はしてるんだよ。時永くんって多分、そういう子だ。……群れるのが苦手な子。大勢でいるより一人の方が安心する子。
「……はいはい、なんとなーくわかった。ようするに人付き合いが苦手っていうか、不器用なんだ?」
――誰かに気を遣いたくない子。
だから、本当は……「楽しい」というポーズは見せても、笑っても。
きっと気を遣ってくれてるだけなんだろうなって。
「うっとうしい」、そう影では思ってるんじゃないかな、なんて思う。
反応はするけど、わたしのバカな話を「面白い」とは思うけど。
本当はきっと、そうっとしておいてもらいたい……
「んで、優しい優しい豊田さんだから、お昼誘ったり空きコマ被ったら一緒に潰したりと?」
「言い方がやたら悪いけどね……まぁ、そういうこと」
ふと思った。人付き合いが多方面に向いている谷川さんなら、あの物悲しい雰囲気を何とかできるかも。いや、でもなー……。
これ以上、騒がしいのが増えたところで――――
そう思った次の瞬間だった。
「ユっキ姉ちゃーん!」
カランコロンとドアベルが音を立てて、すっ飛んできた男の子がいた。
「おっ、とぉ!」
渾身のハグだ。口調のはっきりした感じから小学生くらいかとは思うんだけど、背丈はかなり小さい。たぶん、普段は自分の背負ったランドセルに振り回されてるんじゃないかと思うような。
「どすこーい! すっ飛ぶかと思ったぞー!」
「ほんと? すっとぶ?」
「うーん! すっ飛んじゃうなー、イッちゃんおっきいからなあ!」
「おっきいよね、おもいよねっ」
目をキラッとさせて男の子は言った。
「クラスでチビなだけだよね、オレ!」
……どうだろう。いや、ちょっとちっちゃいのは否めないかな。
うーんどうかなー。
「そうだねー、たまたま巨人族が集まってるんだよー、頸をねらえ頸を」
「うなぎ??」
うなぎじゃないぞ、少年。うなじだぞ。何のネタか知らないけど。
わたしは深くため息をついた。――ほーら、交友関係が広い。
「ところでイッちゃん今日は平日だよ、もしかして夏休み?」
「夏休みのね、プールあと! ひまだからきた」
「そっか暇なんだー、よしよし、お姉ちゃんお仕事終わったらいっぱい遊んじゃうぞぉ!」
「やったぜ!」
さすがにわたしも、こんな小さな男の子なんて無縁中の無縁だ。まぁ、知り合いに居ないことはないんだけど……親戚関係の子だし。こんな感じにバイト先の息子さんやらお孫さんに懐かれるなんてほとんどない。
「あー……こら、イツキ、仕事場に来ちゃいかんと言っただろう」
「うぇー!」
男の子が舌を出した。カウンターの奥の店主の言葉は、どちらかというと呆れ気味だ。先ほどとは違い、普通に困り顔。
谷川さんが盛り上がっていても怒れないらしい。
――「親バカならぬ、孫バカね」
ようやく落ち着いた様子のメティスの言葉に深く頷く。子供相手にはさすがにあれを浴びせるわけにもいかないのかもしれない。
「だって暇なんだもん……ゲームないし」
「そんなこと言ったって、いっつもゲームしてるじゃんイッちゃん。取り上げられるくらい」
ぶう、と男の子が頬を膨らませる。
「……とりあげられた」
「あ、やらかし済」
「だからかして」
――「この現代っ子め、そこのおじいちゃんの時代には全部なかったのよ。コンピュータゲームの代わりにメンコで白熱してた時代よアレ」
こらこら勝手に何を代弁してるの、この脳内駄女神は。
「あ、わかったあとでね。持ってきてるかわかんないけど」
「ええー? かくにんしてきてよ」
「無茶言うなあ」
「あっ! そうだ思い出した! 聞いて聞いてっ? この間イモ男爵がレベル99までいったんだーっ!」
「うわーイッちゃんおめでとー!」
――「99!? マジで? あれ美郷もやってたけどそんな強くなるの!?」
多分彼がやっているのは有名なアレだ。道端のモンスターを仲間に従えて魔王を倒す系の名作筆頭。『イモ男爵』はほぼ最初期に出てくるモンスターで、鍛えないとひどくザコかった気がする。
……っていうかそりゃ、地道にやり続けてれば強くもなるよ。でもまさかそんなカンストするまでやって……
「しかも交配してたら、すっげー素早さのイモができちゃって!」
「うんうん」
「調子に乗って道端の廃人に喧嘩売りまくってたらさ! なんかいつの間にかネット掲示板に晒されてた!」
「ああ、あれイッちゃんだったんだ。動きがバグってるみたいで気持ち悪いとか、ホバー移動するジャガイモとか書かれてたやつ」
「それ!」
何それどういうこ……うわあ本当だ、調べたら動画で出ちゃってる。
――「しかも対戦時の名前が「✝漆黒の覇王チャーシューメン✝」なのにつっこんでいいかしらこれ……どういう命名センスしてるのあの子」
ダガーがついてるってことは絶滅してるんだね、この子の中のチャーシューメン。
ふむふむ……失われし肉を求めて。いいと思うよそういうファンタジー。うん、センスいいね。
――「マジか美郷……。なんか言ってる意味がよくわからないけど、マジなのか……」
「やったねイッちゃん! これで名実ともにイッちゃんが覇王となったわけだ!」
「知らない人に『気持ち悪いイモの人』って言われてんの、なんかうれしい!」
いや正直わたし、自分に置き換えたら特にうれしくないと思うんだけど。
「ちなみにあたしはキューカン婆オンリーで進化キャンセルしながら四天王戦を勝ち抜いてエンディングまで行った勇者を見た事ある!」
「なにそれすっげぇ! イモより弱いじゃんあれ!」
うん……そろそろ仕事に戻ってくれないかな。1周もクリアせずに引き出しの中にしまいこみ、そのまま電池が切れて眠っていったわたしの数々の詰みゲーを思い出して虚しくなるわ。
そんなわたしの内面を知ってか知らずか、いつの間にやらやってきた店主がわたしの目の前に塩ラーメンを静かに置いた。
「アレが騒がしくしてすまん……悪く思わずまた来てくれ」
「あ、はい」
「言っても聞かねえんだわアレ……」
「お疲れ様です」
――「あれっ、お詫び? 心なしかチャーシュー多いわね」
なるほど、あの子のプレイネームはフラグだったか。つまり漆黒の覇王の失われたチャーシューがこう言う形で目の前に現れたと。
あ、ちがう、さすがに現実に戻ろう。ただのサービスだ。うん。
――「正気に戻ってくれて何よりよ」
メティスに言われて見れば、確かにチャーシューの量は多かった。なんかいろいろ誤解されてたこともわかったけども……結果的に得したし、まぁいいか。
それに誤解は一応、解いたみたいだしね。
そう思い、わたしはバイトをすっぽかし少年と話し込む谷川さんを見ながら――なんとなくほっこりとした気持ちでラーメンをすすった。
――うん、うまい。あっさりした海鮮ダシだ。
* * * *
・2010年9月27日(月)
大学生の夏は長いらしいと、昔からよく聞いていた。
実際は学校にもよるらしいけれども、わたしたちの学校の場合は結局のところそうだったし、長い理由は簡単だ。
……単純に、休める期間が長いからだけだったりする。
普段から休まず頑張って通っていれば――7月の後半から、だいたい9月いっぱいまで休める。高校と比較するとひと月ぐらいも増えちゃって、「えっ、それって夏休みって言う?」みたいな雰囲気になってしまっていたりとか……。
だいたい、そんな長すぎる休みなんてどう使ったものやら分からない。積みゲー消化? 積み本消化? サークル活動? 自分探しの旅? もしやアルバイト?
……当初はそう思ったりもしたものの……意外にも終わってみると短かったような気がする。
気がつけば秋になっている! ……と、まぁそんな感じだ。
「――どこか旅行にでも行きました?」
時間的にお昼にはなったものの、なんとなく食堂にはまだ行かず――適当に自販機でジュースを買っていると、ふっと軽い調子で時永くんが聞いてきた。
退屈そうな様子で何か土産話でも期待しているかのようだったが、インドア派なわたしはあいにくどこにも行っていない。
「いーや? 時永くんはどう?」
「同様にまったく。……豊田さんはお盆中、田舎に里帰りとかしないんですか?」
「里帰りかあ……そうだねー」
思い返してみて、ちょっと妙な気持ちになる。
――わたしは苦笑いした。
「親戚中の人間が集まってー……とかよく聞くけど、正直、あんまりやる気でないなあ」
里帰りイベント……いや、来いとは結構言われるけど、結果挨拶ぐらいにして電話で済ますのが大半だ。だって元々特殊な環境だったし、親戚を転々とした経緯があるから基本的に一度暮らした家が多い。
実家がいっぱいあるものだと思えば、なんとなく雰囲気は察しがつくだろうか。
……そう、帰る家が多すぎ選手権大会が開催されてました、そして全部抽選漏れですごめんなさい。
あとご夫婦が多いのだけど正直、向こうにも実子くんや実子ちゃんもいる。
ので、すっごい、居づらい。
居候みたいな人間のくせに甘えていられるような素直さもない。強靭メンタルもしていない。
わたしは時永くんに聞き返す。
「時永くんところはどうなの?」
「……まあ、似たようなもんです」
自販機で買ったストレートティーを飲みながら、時永くんは澄まし顔で呟いた。
「父方の親戚の家は昔一度だけ行った事があるんですけど……」
「うん」
「僕の父親も母親もどうやら嫌われ者だったようなので、あまり良い扱いはされませんでした。それ以来一度も里帰り的なものはしてません」
「あらら……」
時永くんも色々あるようだ。
「そういえば、時永くんのお父さんとお母さんって地味に話題に出ないよね?」
途端に、時永くんの表情が少し変わった。
「……うん、まぁ……そうですね」
なんだろう、何か考え事があるような表情だ。……まさか夫婦仲が悪いとか。
あ、いや、親子仲が悪いというセンもある。
「……そう言われたら、そうかもしれません。そこぐらいなら特に隠す必要ないし、隠そうとは特に思ってなかったはずだけど、もしかしたら僕自身、無意識に話題に出すことを避けているのかも……って、あああっ!」
途中から独り言みたいになっていたのか、しまった! とすぐに口をつぐむ時永くん。あーあるある。無意識に口から重いのがぼろっと出るやつ。
わたしもたまにやらかしては、身の回りが全員ドン引きしたりなんかして、何かと苦い思い出が。
……そう、だから嫌だったんだよね。
――「美郷?」
今更気付いた。わたし、だからこそ仲の良い子が少なかったんだって――わたしが「普通の子」じゃなくて、「重苦しいやつ」だって分かった瞬間、見る目が変わる。目の前の子が、言葉を濁して困る。ちょっとだけ距離が遠くなる。
それを、きっと見たくなかった。
「……話題に出したくないって、何で?」
……あえて聞こう。言いたくないなら構わない。
だって、わたしだって結局のところ、周りがドン引きする状態だったんだから。
だから時永くんがあんな涼しい顔してオカンと連日大乱闘してるとか、オトンの不倫に気付いて5,6年とか。そんな爆竹ぶっ放されたところで何も思わない。
「…………。」
「…………別にいいよ? 言わなくても」
「それ、言ってくれって言ってるようなもんじゃないですか」
目を逸らしながらいうそれに。
「……そんなことない」
わたしは首を振った。
「わたしだって、秘密はある」
「…………。」
「いくつも、いくつもある」
ぴくりと動いた時永くんはちらりとこちらを見る。それはまるで、何かに怯えているようで……
「だから敢えて言うよ? これはただの好奇心。君にこの好奇心に答えるような意味はない、動機もない。――嫌なら嫌って言えばいい。納得するから」
……少しだけ間が空いた。
「……まぁ、えっと」
「うん」
「その……」
わたしは頷く。――さすがに、無理だと思ったほうがいいか。
「とりあえず、ご飯行こ――」
「待って」
足を踏み出した瞬間、時永くんが声をあげた。それはどこか――
「……そうですね」
――置いていかれる寸前の子供みたいな。
「意味はない。動機はない。強制権はない」
「うん」
「……僕にだって秘密はある」
泣きそうな声だなって、思った。
「いくつも、いくつもある」
――だろうね。わたしにだってあるんだから。
「……そのうちの、一つです。詳しく話し出すと長くなるんですが……要約すれば、2人とも行方不明なんですよ。数年前に僕だけ残して失踪したんです」
「うん」
――爆竹とかいうレベルじゃなかったらしい。
これ、わたしからみたら核弾頭だ。
「……意外と驚きませんね」
「驚いてるよ?」
「ドン引きするとか」
「ああ、うん――ドン引きしてるよ?」
「……ひどいなこの人」
……子供のとき、帰りをひたすら待っていたのを思い出した。スリップ事故のニュースを見るまで、いつもの日常は帰ってくるんだとばかり思っていた。
「嘘つかれるよりマシでしょ?」
「かもしれませんね」
目の前の時永くんは何でもないふうに口を開く。割と飄々と、気にしないでほしいっていうみたいに。
「――謎の、失踪ですよ。前日まではまったく普通の生活でしたし、あの金まみれの両親が借金などをつくるわけもなく、失踪する理由なんてまったくない。にも関わらず、起きたら誰もいなくなっていました」
……なんか、心なしか早口だ。まるで喋りたくないと言うような、そんな感じ。
もしくは――そこまで考えて、メティスが聞いてきた。
――「もしくは?」
うん。
……嘘ついてる?
――「ふふ、まさか」
いや、うん。やっぱメティスの方が嘘っぽいかな。
――「何でよ!?」
「でもそれってさ」
「はい?」
「結局、どうしたの?」
わたしが続きを聞くと、時永くんは表情も変えずに瞬きした。――そう、何かの嘘であれ、本物であれ――『続き』をどう言おうか考えてるみたいに。
「いなくなったあと、どうなったの? 警察には行ったの?」
「……もちろん。でも足取りはまったくつかめず。ずっと音沙汰無しなんです」
「で……両親がいないままで時永くんは……何年?」
「中学の頃なんで、3、4年はそのままですね」
時永くんは何かをごまかすみたいにうっすら笑った。
「高校は内部進学が決まっていたので困りませんでした」
「で、今、苦学生的に働いてたり?」
「いや、まさか。……自慢じゃないですがお金だけはあるので、そういう生活は一応せずに済んでます」
「そうなんだ」
「ええ、特に母方がそういう家系だったらしく、余裕で授業料が払えるどころか、僕が一生思いっきり遊んで暮らしてもお釣りがバンバン返ってくるくらいの額があるので、金銭的な問題で特に困ることはないんですが……」
――「わあ……おぼっちゃまっぽいとは思ったけど、ここまでとは」
うーん……なんだか言い辛そうにまごまごしているのだけが少々気になるものの……とにかく、わたしと同じくらい「特殊な環境」にあることはわかった。
そりゃあ、お金だけ残して失踪されても困るだろう。
「じゃあ……」
「やあっほーう!! 豊田さーん!」
その時だ。――空気を読まない「女の子」の声が響いたのは。
「っと、おお? もしかしてお喋りの最中だった? ごっめ~ん!」
「びっくりした、谷川さんか……」
わたしは平静を取り戻そうと咳払いした。
「なんか用?」
「えっ、用がなきゃ声かけちゃいけない感じ?」
「それはない」
おどけて言う谷川さんに苦笑いしながら返す。……あ、でもよかった、この感じだと時永くんの「秘密」は聞かれてないみたい。
時永くんがひょこっと首をかしげる。
「豊田さんの友達?」
「あー、同じサークルの谷川さん。」
「よろしくー! 豊田さんからちょこっと話は聞いてるよ。あと、何回か『アオギリ』で見かけたね」
あの校門前のラーメン屋さんの名前。それで時永くんもピンと来たらしく。
「あ……あぁ! あのラーメン屋で働いてた?」
「そーそー、ほとんど毎日のようにシフト入れてるからさー! 行くたびに見かけるでしょ? あっそーだそーだ! 今からお昼だったらちょうどいいや。あそこでラーメン食べない? 今、期間限定で値段下げてるんだ。今なら塩・味噌・醤油、ぜーんぶ450円!」
「「やすっ!?」」
思わず時永くんと声が重なってしまった。いつもと比べて100円~200円安くなっている。
――「いつも550円だもんね塩。更に客の入りでも鈍くなったのかしら」
……というか、さすがアルバイト。情報が早いな。
「よーっし! その反応だと無論行くよね!? んじゃ決定ってことで――いざ聖地へレッツらゴー!!」
「はーいちょーっと待てー!」
「待たんぞリア充!」
「誰がリア充だ! っていうか、まずあそこさーっ、聖地っていう空気じゃないでしょーっ!?」
ぱたぱたと走っていく谷川さんにわたしが突っ込むと、時永くんがため息をついた。
「類は友を呼ぶって言うかなんというか、似てるなぁこの強引さ……」
最早諦めてしまったのか、そう言いながらも心なしか楽しそうに見えるのは、別に断る理由もないからだろう。そう思っていると、時永くんが不意にわたしに耳打ちした。
「……さっきの話」
「ん?」
「誰にも言わないで下さいね」
大事にしたくない、ということだろうか?
時永くんは人づきあいこそ少ないが、確かに何となく目立つ。半分ぼけっとしているような空気だったり、かといえば人と距離感が違ったり。
一緒にお昼を食べていても周りには近寄り難いのか、気がつくと身の回りの空間がぽっかり空いている。
だから良くも悪くも印象に残りやすいというか、彼の顔を覚えているような子も意外といるんだろう。
――この話をわたしがもし誰かにもらしてしまえば、噂話ばかりが一人歩きしたりすることも有り得る。
「わかった」
「うん」
少し笑って、時永くんは前を見た。
「谷川さーん、疑問なんですがー!」
「なーにー!」
……うん。わたしは思わず笑ってしまった。
「アルバイトさんから見てー! お勧めのメニューは何でしょうーっ?」
ホッとする。
ああ、よかった……これ、いつもの時永くん。
いつもの、気負いすぎな質問魔だ。




