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9.会話


 申し遅れていたような気もするけれど、その高校の文化祭は季節からちょっと外れた台風なんかがやってこない限り、11月のどこかの金土。通常2日間に渡って行われる。

 ゲネ直前の準備で元くんが派手に転んだ後は、不気味なほど何もない。

 手紙だって見かけない。……ただ……


「どういうつもりよ!?」


 何事もなく初日が終わり、照明機器に異常がないかのチェックで上を見上げていた元くんが、突然聞こえた声に「ふっ」と目線をずらしたのがわかった。


 ……ゲネを含めて何とか3回の公演を終えた結果、中間結果としては大盛況だった初日。それも「有志含めた全員がノーミス」だったというのが、正直なかなかに印象深い出来事だったのは覚えてる。


 ……コレ、実を言うと結構珍しいんだよね。


 いつもは大抵、誰かが台詞をとちっていたり。それがストーリーの進行に影響のあるものだったら、それを誰かが巧く誤魔化したり。

 流すBGMを間違えたり。その場面にあるはずのない小道具が出ていたり。


 ……とにかく演劇部って、何かしらトラブルが付き物。むしろそういうトラブルにどう対処できるかでチームレベルをはかろうとする人もいるくらい。


 お客さんに「ミス」がばれないように、ミスをミスにしない。話の一部と思わせる……そんなふうに気を遣うのが日常茶飯事。

 だから思わずお客さんを差し置いてあたしが感動してしまったほど、初日の上演は「良いもの」だった。

 でもその直後に聞こえた言い争いについては……


「声が大きい」


 ……未だに心の隅に引っかかってるし、悪印象が拭えない。


「……元くん」

「ああ、心配すんなまだ持つさ、8番のアレだろ?」


 ごまかすように全く違う話題を振りながら、元くんは口の前に「しーっ」と人差し指を持ってきた。それから上の方をさりげなく指す。

 ……逆光で分かりづらいが、照明近くに誰かいるらしい。


「騒ぐな。煩いやつに聞こえるからな。……ともかく演者に穴を開けるわけにはいかんだろう。お前もゲネは有志の誰かが引っかかればいいと言ったはずだが」

「でもよりによって昨日は!」


 元くんは聞こえていないかのように振る舞いつつ、舞台上から上手(かみて)の袖に入ると、一緒にいたあたしを物陰に引っ張り込む。

 聞き覚えのある声だった。昨日っていうのは……元くんが転んだ事件のこと?


「別に良いだろう、大した問題ではない。たかが照明だろう? 代わりなどいくらでもいるさ」


「……意外と段取り細かいんだけどなあれ」


 ぼそりと元くんが呟いた。


「『たかが』、なんて他人のポジションにカンムリつける人間にはできなかろうよ」

「それも知ってる」


 「誰々役が右手を挙げた瞬間から、6番を5秒かけてツマミを落とす」。「歩き始めた瞬間、8番のツマミと2番をうっすら3秒程度で上げる」。

 ……そういう感じに照明さんの仕事は進んでいく。


 下手すると誰よりも「他人」を細かく観察しなければいけないのが照明さんだった。

 うっかりするとベストなタイミングを逃してしまうと思えば、旗上げゲームみたいなものだ。


 といっても元くんのことだから一応、念の為に自分なりのメモは残してあるだろうし、演出担当の津田さんもある程度は覚えてるに違いないが、いきなりできるかといえば……個人差がある。

 特に一番向いていないだろうと思われるのが、「この声の人」だ。


「そう……お前は羨ましいんだ」


 緞帳(どんちょう)のすぐ上から聞こえたやりとり……


「演技ってのは馴れ合いじゃない。感情の爆発だ。フラストレーションだ。それを体現してきたのはお前だろう」


 緞帳を含めたいくつかの幕は手巻き式で、背景パネルよりももっと後ろの、中2階に操作紐が設置されている。

 多分そこで言い争っていたんだろう。でも今はパネルが一時的に取り払われていた。

 だから普段とは違ってそこでのコソコソ話も、音が篭らず遠くまで響く。姿らしきものもぼんやりとは……見える。


「……あそこで作戦会議とかよくやるんだろうな。普段聞こえてないからこそのあの、一周回った堂々っぷりよ。下には響いてないと思ってやがる」

「まあ、普段から仲は良さそうだもんねぇ、あの2人」

「そうか? あれはどれかっていやぁ仲悪い部類じゃねえの? 手を組んでるのが不思議なくらいだよ俺からしたら」


 ……で。


 元くんはあたしを見て、呟いた。


「……照明、落としてくるか?」


 ……確かに今すぐ照明を切れば、今喋っているこそこそしたウィスパーボイスの主がハッキリするだろう。恐らくこの2人、一連の騒動の犯人だ。半ば予想していた一方はともかく、この囁き声の方は予想外だった。


「……いい」


 でも照明を消せば、聞いていたことは気付かれる。それが明日の最終日にどういった影響を及ぼすかは知らない。あたしは……


「……知らないふりをして、最後の舞台を踏みたい」

「そうかい。……あー」


 元くんは呟いた。


「ケツ、見えねえなぁ」




   *   *   *   *




「じゃあ改めてー!」


 ……さて、今は2日目の午前中。

 公演3回目……ゲネ含めて4回目、少し前のミーティングだ。さすがに気持ちを切り替えていこうと副部長……秀ちゃんを見る。ペットボトルの水を片手に全員に向かって声をかける彼は、やっぱり次期部長に相応しい感じに思えた。


「2日目の1回目、昨日と同様! ミスなし、トチりなしを目指して、頑張っていきまっしょー!!」

「「「おおー!」」」


 しかしさすが、本番初日を終えた面々の面構えだ。一昨日ゲネの準備をしていた際のダラけきったそれとはまた、まるで違った。……というかまあ、当たり前か。昨日はいい感じだったんだし、皆のスイッチを押すのには十分だったことだろうし。


「でももし誰かミスったら助けたげてー!」

「「「おおー!」」」


 秀ちゃんの掛け声に津田さんが割り込む。


「佐田くんはそういう甘っちょろいこと言うけどね。もしなんてないわよ! 皆、気合入れて臨みなさい!」

「まあ……津田の言うとおりだな」


 柏原先生が頷く。


「確かに昨日はマシだった。あれ以上レベルを落とさないことを祈っておくか……」


 ピキン、と空気が凍った。秀ちゃんが顔芸をする。「え? 普段稽古とかほぼ見てないお前が言う?」という表情だ。……あっ、珍しい。津田さんが全く同じ表情をしてる。


「……あー、お言葉ですがね、柏原先生」


 元くんがニヤッとして手を挙げた。


「レベルレベル言いますけど、先生としては【どの辺】がプロレベルなんです?」

「ん?」

()()()()()()()()を感動させて、が基準ですか?」

「何が言いたい」

「……柏原先生、キャスト決めのときぐらいしかほぼいなかったっしょ」


 ぴく。柏原先生が不機嫌そうに眉を寄せた。


「あとはゲネの直前あたりから何故かいたのと、稽古も終わり間際に様子見に来るぐらいか? はっ、それでその言い草? 大概にしとけよ」


 秀ちゃんがたしなめるように言う。


「……犬飼、いいから」

「よくねえよ俺が。……あ――――、じゃあさ、稽古中とかお前と津田先輩に丸投げでバックレて何時間でもタバコ吸ってるこのアレな先生……失礼、()()()代表はさておきだよ?」

「犬飼」

「……ハッ、いいわよ、言わせて」


 津田さんは薄く笑って呟いた。


「不満や(うみ)は、出しておくべきだから」


 ……あ。

 分かりづらい津田さんの言葉選び。そして表情の関係性に気付いたあたしは思わず咳き込みかけた。


 これ、あれだ。柏原先生の手前一見、元くんを困ったクレーマー扱いしてるように見えて実は元くんに加担している。彼の発言を認めることによって、暗に同意してるんだ。……この津田さん、実は遠回しに柏原先生に向けて、「黙れ部外者」「お飾り顧問!」って言ってるんじゃない?


 元くんもそれには気づいているようで、若干苦笑いした顔を一瞬津田さんの方に向けた。


「そ。『最終日だから波風立てない』? そりゃあそのほうが楽だろうさ。ただこれ以上、妙なモヤモヤ抱えたまま俺としてはやりたくないんでね。部員じゃないのが偉そうに、とは思うだろうが口だけは出させてもらった」

「いや、それお前のメンタル事情だろ……」


 げっそりとした表情の秀ちゃんに、元くんは軽いノリで言う。


「でもこのままじゃ佐田と津田先輩のメンタル事情も良くなかろうよ? ……で話戻すけど、ほぼノータッチの割にアレな柏原はさておき、津田先輩?」

「え、私?」

「そう、演劇部の現部長。柏原先生に演劇部全体を押し付けられて、一応は一番近くで部員と有志を統括してるはずの人間」


 元くんの指がくるりと回る。


「今日が文化祭の最終日、つまり先輩が一番最後に部長をつとめる舞台、最後の日だ。……部員全員にあんたはミスなしを望むと言った。その心は? 津田先輩、アンタは一応……柏原先生と違って、半ば本気で取り組んじゃあいるだろ?」


 元くんと津田さんの目線がぶつかる。……真っ直ぐと。両方とも若干妙な気迫が出ていた。

 津田さんは呟く。


「……そういうの、苦手なんだけどな? 私」

「苦手だろうがなんだっていいんですよ。本音を言え。……なんだかんだ、ここで過ごしてきたんでしょ、3年間。後輩にかける言葉の一つくらい、()()()()()言っといてもいいんじゃねえの?」

「……含みがある気がするけど、まあそうね、言いたいことはある。まず『手を抜かないでほしい』。『気を抜かないで頭を働かせてほしい』。そういうと、綺麗ごとになってしまうのかな」


 少しため息をついて、津田さんは言った。


「本当はそんな、ちょっとありきたりなことでも言うべきなんでしょうけど……柄じゃないからね、私。谷川さんと違って『綺麗ごと』は舞台上でしか言えない」


 いやなんでそこであたしを出すのか津田さん。ちょっと注目集めちゃったでしょうが。


「だいたい、部長? ……本来ならもうちょっと甘ちゃんがやるべきだったのよこういう仕事。言葉や態度をオブラートに包めないトップなんか、絶対ろくなことしないもの」

「自覚あったのかよ……」


 秀ちゃんごめん、口から出てる。

 出てるからおさえたまえ。


「ともかく嘘をつくのが苦手だから正直言うわ。――私、言っとくけどこの場の誰より巧いから」

「自慢かよ」

「自慢じゃなく事実だもの? ともかく、私が最後に言えることは一つだけ。……『最後まで、足を引っ張らないでほしい』」

「……おぅふ」


 あたしは思わずずっこけるかと思った。元くんがあそこまでおぜん立てしたのに。立派なことでもいうかと思ったら結局それか……!


「うん、なるほど? ま――――ったく役に立たねえな。じゃあ佐田くんよ」

「……え、オレもなんか言うの」

「当たり前だろ、どんな空気だと思ってんだよ今。どん底に落ちてんだよ演劇部のモチベーション」


 普通に元くんが蒸し返した。


「……今津田先輩言ってたじゃん。オブラートに包めないトップはろくなことしないって」


 いや、本当言うとそこは絶対突っ込んじゃいけない部分では……


「そうそう。いちいち部員や有志のご機嫌取り。モチベ回復に努めてたというか、器用に私の尻拭いしてたの誰よ?」

「それあんたが言います!?」


 秀ちゃんがドン引いた。……うん、分かる。あたしも同じ気持ちだわ正直。


「いや、私だって考え無しなのは否定しないし。それにほら、さっきも言ったでしょ? 絶対思ってもいない綺麗ごとは言えないの。自分を騙すだけの才能がない。私にとって取るに足らない物は全て、取るに足らないものだとしか言い表しようがない」


 あたしはそのとき、ようやく気付いた。……津田さんがいちいち「巧く」感じるわけを。

 彼女独特の雰囲気だったり、流れだったりに周りが巧く乗せられてしまう、容易に飲み込まれてしまう、その理由を。


 ……なるほど、彼女は「嘘」をほとんど言わない。

 正しくは「嘘になってしまうことを言わない」。


 どんな短い台詞でも、はっきりした言葉でも、実は解釈の仕方はまるっきり一つだけじゃない。必ずいくつか答えがあって、選択肢があって。彼女は自分の気持ちに嘘をつかない解釈をいつだって選んでいる。だから説得力があるんだ。


「でもあなたや谷川さんは違う。相手のレベルに合わせた物言いができる。甘っちょろいって言うのは、転じてそういうことよ。要するに貴方たちは器用なの。私にないものを持ってる……っていうか」


 津田さんは思いっきりため息をついた。


「……持ちすぎてる、私にはそれがすっごい腹立たしい」

「羨ましい通り越して腹立ってるんすかオレらに!? 死ぬほど怖いんだけど!! ……うん、じゃあ……マイク向けられてるようなもんだし、普段言わないスッゲーまともなこと言いますけどオレ」


 やれやれとため息をつきながら、現・副部長……次期・部長確実の秀ちゃんは言った。


「……オレがこの場で言いたいこととしては、レベルだの才能だのって演劇やる分には正直、全く関係ないと思うんすよ。津田先輩とか柏原先生には申し訳ないんだけど。……オレが作りたいのはあくまで、『全員が全力を出せる舞台』だ」

「幼稚園児のお遊戯会か?」


 話に付き合っているのもバカバカしいと言った様子で柏原先生が言う。


「頑張って台詞言えたからそれでいいねー、と?」

「あー……うん、そういう意味ではお遊戯会ですよ、柏原先生」


 秀ちゃんはけろりとした調子でいう。


「だってさっき津田先輩が言ったように、オレには恐らく柏原先生や津田先輩の見えないものが見えてるし、感じ取れている。それは何もオレが特別だからじゃなくて、津田先輩が別格だからじゃなくて、『別の人間』だからだ」


 それはある種、秀ちゃんらしい言葉だった。


「……人の性格や心が全員違うように、持ってる物差しも全員違う。『どれがいい』とか『これがいい』に分かりやすい正解なんて、1個もないんすよ」


 小学生の作文と同じだ。

 勿論文法には正解があるかもしれない。丸と点の使い方で減点はされるかもしれない。

 ただ、中身だけは違う。

 正解はなく、失敗もない。

 何を書いたところで――自由なのだ。


「各々が好き勝手思うだけだし言ってるだけだ。だったら最初っから個人の主観に頼るなんてバカバカしいじゃんよ?」

「うん、なるほどな?」


 元くんが頷き、先を促す。


「……人それぞれには『好み』がある。ゆえに、あえてオレの好みを語るとしたらっすよ? ストーリーが客席にちゃんと伝わるなら、()()()()()()()んです」


 秀ちゃんは部員と有志を見回しながら言った。


「それこそ子どものお遊戯会だろうが、ちゃんと中身が理解できるなら構わない。――だって考えてもみてくださいよ、本当にシンプルな話だ。いかに主役が棒読みだろうが、いかにヒロインの滑舌が悪かろうが……そんなもんゼンッゼン気にならないぐらいに相手の心が激しく動けばそれでいいんだ」


 秀ちゃんは柏原先生の視線を()()した。


「そこに理屈も技術も必要ない」

「……。」

「だから全力なんだよ。『ベターではなくベストを尽くした』。それがわかるようなものにこそ、オレは拍手を送りたい。……そんな空間を、オレたち自身の手で作りたい」


 こうして見るとホント、真っ直ぐな子だと思う。

 ゲネ前に秀ちゃんが絡んでいた漫研の女の子達も多分今頃、内心の評価がガラリと変わってるに違いない。


 ……だってこの子、普段はまるでサーカスのピエロみたいだ。人を笑わせるばっかりでカッコ悪くてふざけてる。でもおバカな振りしてるだけなんだ。


 水面下では、()()()()()()()()に考えてる。


 けど逆にいえば……そんな評価がくだせるのは「あたし」だからなんだろうなって思うことも、割とたくさんあった。


 「谷川ユキ」が偶然、秀ちゃんの内面を知っていたから。彼の親友の彼女だったから。巻き込まれるようにして彼の仲良しでよく見ていたんだ。

 彼という人間にちょっとだけ興味があった。だから彼の秘密を容易に知っていた。


 ……逆にいえば彼をただの道化と侮っていた人は今、相当に度肝を抜いたに違いない。

 一体今までどれだけの人間が、彼の真面目な一面を知っていたというのだろう?


「だからオレたちは……たとえば部員は、全員己の持てる全てを使って『人』を描き。有志は照明、介錯、音響そろって『場』を作る。その助けがあってはじめて、客席がちゃんと動くんだよ。己の空想をフルに使って、『出来事』を見てくれるんだ。……舞台上につかの間の、(ユメ)(うつつ)か分からん胡蝶の夢を」


 秀ちゃんは津田さんと違うタイプの表現者だ。「嘘をつくタイプ」の人。

 正確に言うと津田さんのように「本当」の解釈で理屈を付随させるのではなくて、「嘘」と分かっていながら文字通りの「台詞」を口に出す。


 津田さんはあくまでも台本の役柄を自分に置き換えて当てはめる人だけど、秀ちゃんは1からオリジナルで組み立てる。


 だから脚本に書かれた設定を忠実に作るし、演じたときに自分の色があまり出ない。どれかというとカメレオン俳優と呼ばれる人たちに似ている。


「……オレがこの演劇部に欲しいのは、『()()()()()()()()()()()()()()』。逆に言うとそれだけ出来てりゃいい。小難しいことは要らない。その代わり全力で事に当たる。それぐらい、所詮素人集団のオレたちにだってできるだろ?」


 でも嘘を嘘のまま言うからって、全部嘘なわけではない。嘘から、()()()()()()()()()()()()のが秀ちゃんの武器だ。――その言葉で、火がついた人間が少なからずいるようだった。柏原先生のアレな発言で萎えていたり、津田さんに対して殺意を向けていたような後輩たちがようやく息を吹き返したのが何となくわかる。


 改めて思った。



 元くん……こういう引っ掻き回しが、すごく巧い。



    *   *   *   *



 その後、昼公演の開場までの、つかの間の自由時間。他の部員や有志はちょっとだけ違うところの出し物を見に行ったり、宣伝用のチラシを配りに行ったりしている。そんな中、あたしは最後の確認で台本をチェックしていて……


「全く、やられたわ」


 ふと、横に津田さんが近づいてきて――ため息をついたのが分かった。少し向こうでは元くんが居眠りをしているらしいけれど、そっち側にはいかないみたい。


「……柏原先生に噛みついた挙句、沈んだ空気を持ち上げると同時に、どさくさに紛れて佐田くんへの代替りの流れを作ったでしょ、犬飼くん」


 あたしは苦笑した。


「まあ……そういう子だよね元くん。変なところ器用っていうか、とんでもないっていうか」

「とんでもないよねえ……無理。あんなの絶対無理、私」


 ……珍しいな。そう思ってその時、相手の顔をまじまじと見つめてしまった。

 思えばここまで弱気な津田さん、初めて見たかもしれない。


「津田さん、あんなふうになりたいとか思ったり?」

「……憧れてるだけよ」


 直球だ。


「……私につられて入ったような阿呆が割といるのよ、この演劇部。あの『津田実記』の子どもってどんなだろうっていう野次馬」

「みたいだね」

「で、私が卒業したらもう演劇部いる意味ないわけ、そいつら」

「うん」


 津田さんはそこで、何かを言うのを迷ったらしい。

 けど、結局口から出たのは「本題」ではなくて……


「……やってけるかしら、あの子」

「大丈夫じゃないの、秀ちゃんだったら」


 ――他愛もない、最後の世間話だった。



「……だといいけど」

【(現時点での)キャラクター紹介】



津田(つだ) 美潮(みしお)


 周囲からの呼び名は「津田さん」「津田先輩」等。

 名字呼びが多いが、クラスメイトには地味にニックネーム呼びをされることもあるらしい女王様系ツンツン女子。

 ユキの同級生(クラスは違う)で有名女優の2世。自他共に厳しい性格で、()()()()()()他人を追い詰めやすい。

 歯に衣着せぬ物言いをするが、それは彼女なりに「おべんちゃらは言わない(自分が言われたらプライドがズタズタになるから)」という信念の裏返し。

 彼女なりに頑張ってはいるが、「欲しいもの」がいつも手に入らない。

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