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5.告白



 ……靴箱から見つかった紙くずを隠したまま、秀ちゃんと一緒に怒りの形相から戻らない元くんをなだめすかして無理やり帰路につく。

 別に、誰がやったのかなんて心当たりがあるわけでもない。あたしからすると、「あれ、何かしたっけ?」ということで当たりが強くなるのは割と日常茶飯事だ。

 そういうことをいうと、元くんは呆れたように息をついた。


「例えば?」

「ん?」

「……その、いきなり当たりが強くなる人の好きな『男の子』と仲がいいだとか?」

「よくわかったね?」


 そう、一応「理由」を聞くと必ずそれを言われる。

 『嫉妬』。

 そういう感情があるのはなんとなく経験的に理解しているし、恋愛相手がそれを口に出すならまあ、なんとなく納得してしまう。

 でも、あたしがそれを満足におぼえたことはなかった。

 だってそうだ。あたしには生来、なかなか嫉妬する為の燃料がない。たまに口では「妬いた」と嘘をついたとしてもだよ? 中身ではね、「あー、負けたなー」なんて思っちゃうんだ。


 ……だって、素敵じゃん?


 「妬ける」っていうことは、そこまで相手を真摯に愛してるっていうことなんだ。

 何にも負けない、芯を持っているということだから。あたしのように「寂しさ」や「人恋しさ」で縁を結ぶんじゃないから。

 いっときの休憩所だったり、お宿がほしいがために、暖をとるためにそこにいるんじゃない。相手とちゃんと暖め合おうとしてる人だということだから。


 ……あたしのように、相手に返せるものが見当たらない。見つからない。だから貰うだけ。そういうことじゃないから。きっとすっからかんではないということだから。


 嫉妬するってことは、悔しいってことは。「相手より自分の方が上だった」、そう確信できてたってことだもん。

 「私の方が/俺の方が絶対相手を幸せにできるのに!」

 そう自信たっぷりに思うからこそ、人の心には憎しみが生まれる。そして多分、悔しさが生まれる。

 ……うん、頭ではわかってるけど実感できてたような記憶はない。あたしの到達しそうで、なかなかできない領域。


「よくわかったねっつったってさ」


 元くんはくるっと振り向いて苦笑した。


「あんたの言動見てたら丸わかりだよ……まあ、そういう意味でのトラブルメーカーだろうな、ユキ先輩は」

「でもさー」


 からかうような言動に思わず反射的に頬を膨らませた。

 まあ、本当は大して怒ってもいない。ただたぶん……その方が「可愛く」て、愛してもらえて。そう、いつだってどこか寂しくて人恋しい……脆いような気のするあたしの心を暖めてもらえる。

 そんな気がして。


「でも、なんだよ?」

「……そんなんでヤキモチ焼くぐらいなら、自分だって仲良くなりゃあいーんじゃん?」


 人恋しい。甘えたい。なのに何も返せる自信がない。だからあたしは軽い恋愛しか経験してこなくて……だからこそ分からない。

 あたしよりもきっと、「嫉妬できる子」たちはきっと気持ちが強い。なのにあたしを上回ろうとしない。


「だってそれって、人がいうよりめちゃくちゃカンタンなことなのに!」

「……簡単って。そりゃあんたたちみたいな人間だけ地球上にいるんならそーでしょうよ」

「あたしみたいなのだけ?」

「まー……普通は! って言い方は好きじゃねえんですけどもね、大概は多分、垣根があるんだわ」

「垣根?」

「そう」


 元くんはため息をつく。


「あんたには周りに対する壁がない。崖がない。垣根がない。人との間に堤防みたいなものがないんだ」

「え、何それ」


 『犬みたいで可愛い』元くんにあたしは問うた。


「……もしかして、あたしの名前が川だから?」

「言葉的にはかけちゃいるさ。随分前の仕返しだ。……つまり、水みたいにっていうの? 誰とでも馴染むし、人に合わせて形を変える。水とか川以外ならあれか、低反発のクッションみたいなもんだ。だから誰しもが思うんだろう……あんたの隣はぬるま湯みたいに居心地がいいと」

「……?」

「……まあピンとは来ないだろうさ、自覚なさそうだし。つまりはだからモテる」


 元くんは呟いた。……変なの、とは思った気がする。そうやって「谷川ユキ」を分析する人間に、あたしは1人も出会ったことがなかったから。

 でもだからこそ少しだけ怖くて、わくわくする。「この子は今、どういう気持ちでこの言葉をあたしに向かって吐いているんだろうか」と。


 そういう点ではこの子は、全く見ていて飽きない。最高の「お宿」だ。お代が心許ない……何も返せないあたしに、それとわかってるくせに最高のサービスを提供してくれる。


「……誰とでも馴染む、間をつめられる。つまり見方がまだまだ浅いやつには『八方美人』と間違われる。あんたは意識的にも無意識的にも寂しがりで、かつ我が強いほうでもない」


 そう、だからすぐに気になった相手に近づいて……


「そいつの望む人間になっちまうんだな。あんたは人間社会が好きで、その多様性が好きだ。変わったものとか目新しいものが好きだからこそ、目の前にいるやつが世間から見りゃ少数派で、王道とかぶっちぎりに外れたアウトローだったとしてそれもまた良しとする。悪いやつにも引っかかるし良いやつにも平等に引っかかる」

「それ褒めてんの?」

「褒めてるさ! ……そうして色々な人間の中を泳いでいって、そのあり方を少しずつ知るのが好きなんだよ、あんたは」


 ……なるほど?


「特に気に入った異性のことなんざなんでも知りたいと思うし、それがあんたの恋愛における一番の山場なんだ。少しずつ観察して、底が見えるまで心の風景をすくい出す。そうして相手が一番好みそうな相手を知る。無意識に真似る。そうして全部知り尽くして……相手の好みの人間にパーフェクトに化けたとき、あんたは満足してしまう」


 ……そう、今から思えば、その言葉は……


「一気につまらなくなっちまうんだ。更に言えばその頃には、向こうもあんたにあまり執着しなくなっている。何故ならあんたが理想を超えてこないからさ。これがあんたの恋が長続きしない理由だよ。違うか?」


 ……正しすぎるほど、正しかったよ。

 ホントにそう思う。

 だってあの言葉は、そのあと他ならぬ元くん自身が証明してくれた。

 じゃなけりゃ、あたしはあの子との日々を「本気の恋」だなんて、絶対に言わない。


 そう……あの後たぶん、道半ばで終わってしまったんだ。

 相手を知り尽くす前に。相手好みの女の子を全て知って狐みたいに化ける前に。

 コンプリートする前に。


 だから、きっとずっと覚えているしこうして詳細に語れるんだろうね。あたしにとってこの物語は、きっとまだ終わっていない。そういう話だから。



 ……家に帰ってきたあたしは、すう、と一呼吸おいた。

 そうして、ゆっくりと靴箱の紙を広げていった。



  ――拝啓 谷川ユキ様



 血で固まったくちゃくちゃの紙。それをどうにか破らずに広げるのは苦労した。そこに書いてあったのは実に「本物」くさい、嫉妬にまみれた「谷川ユキ」宛の手紙。

 しかもすごく歪んでて、まったく知らない字に見えて。

 でも本当はなんとなく、その瞬間にだったり。状況的にだったり。確証というものがまだなかっただけで……あたしはその手紙の主だったり、その感情の流れだったり。そういうのがおぼろげにわかっていたのかなって、今となっては思う。


 ……客観的に考えたら、元々はあたしに対する手紙が最初なわけでもない。

 元くんに対するそれが最初だ。

 そして、『犬飼 元』に嫌がらせをする動機のある人間って、たとえば幾らでもいて。

 特に普段は立ち位置の被ってるバスケ部の落合くんなんか、彼を邪魔者扱いしててもあんまりおかしくないわけで。


 でも、もう一つ重要なポイントがある。

 たとえばあのバスケの試合後、ロッカールームでの元くんの嫌そうな顔。そこから出てきた手紙。

 もし、あれがいじめだったり嫌がらせが目的ではなくて。


 ……元くんに対する求愛が目的だとしたら。



  ――「もし彼がああ見えて、パックじゃなくてオベロンだったら。それとも序盤のハーミアに恋しているディミトリアスだったら?」



 せせら笑うような津田さんのそれが頭に浮かんだ。こびりついて離れなかった。

 違うはずだ。違うと思いたい。……だってたとえ、彼女だとしたってまさか、こんな文章!




  ――拝啓 谷川ユキ様


  ――あなたには、言いたいことが多々あるのですが、まずひとつ目。




 その文章に続くシンプルな言葉。ありきたりな。だけど思いつく限りで一番重い、()()


 ――小学生が言うならわかる。中学生が戯れで発する。それなら空気が違う。でもこれはリアルガチ。

 そんな言葉を単純に彼女が発するなんて思えない。思いたくはなかった。

 だっていつだって津田さんは自分なりに人に厳しい。まず他人に厳しくて、他人よりも自分に厳しい人だ。敬虔な修行僧のように、いつだって自分を律してきた。


 ある種……そうだね。憧れだと言ってもよかったかもしれない。

 演じてみろって言われたって、あの人の真似だけは未だに出来る気もしない。


 だって彼女は、自分を律して、縛り付けて……可能性を狭めて、自らの行く末を決める人。

 あたしは気ままに行きたい方向、やりたいもの、それを目指して糸の切れた凧みたいにフワフワ彷徨うだけの人間。


 だからそんな彼女がこんな気ままに、心を縛り付けずに。あんなに感情を剥き出しにした文章をあたしに送りつけるだなんてあたしには思えるような気がしなかった。


 ……続きを、指でなぞる。




  ――拝啓 谷川ユキ様


  ――あなたには、言いたいことが多々あるのですが、まずひとつ目。


  ――『死ね』




 字が赤く、血がひとりでに這って描いたかのように紙に踊っているのをみて。何度も見返して。

 あたしはそのとき、少しだけ息を止めた。


 ああ、初めて思ったんだ。――ようやく認識した。これが、嫉妬。

 これが、妬み。恨み。軽くはない。

 その感情の「重み」は、自分の持っている「それ」と重さが釣り合わなければ、きっと気付かないものだった。だから……あのとき、ようやくあたしはそれに向き合えたのだ。


 あたし以外の人にとって――「恋」とは、如何なるものだったのか。



「……元くん、どうしよう」


 思わず口が滑る。目の前に当人はいないのに。



「……めちゃくちゃ()()んだけど」




   *   *   *   *




 ……元くんは次の日、いつも通りの彼に戻っていた。ふざけて茶化して、スカしまくる問題児に。ただいつもよりも……ちょっぴり大げさな気がしたぐらいだ。

 そうしてそのまま、時期は文化祭に近づいていく。――少しの恐怖と、楽しさと。それから手紙の主に対する「優越感」を内包して。


 うん、大丈夫。

 あたしには元くんがいる。手紙の人とは違う。あんなことにはならない……あんな呪詛、まき散らす間もない。彼がいる。


 だから、大丈夫。――手紙には慣れよう、もう怖くない。



「……ああ、またか~」



 その日も昇降口であたしは呟いた。

 朝、上履きの端をつまんで、ゴミ箱の上でひっくりかえす。

 金属音を立てながら落ちていく剃刀の刃。いつも4本。死ね、の4本だ。


「なんだかマジで呪術的ー……」


 繰り返すが、こういうこと自体には「慣れて」はいる。女の子ってそういう生き物だ。大人しいだとか可愛いだとかそういうパッケージと、中身の暗さや容赦のなさ、計算高さは連動しない部分がある。

 ……あの後は帰宅時の革靴に限らず、朝上履きを履くときですらもこの有様。単発で終わらない分、粘着質というか……うん、ずいぶんと手が込んでいる。

 

 この人は何をしたいのかなぁ。


 チクリとした違和感。以前、剃刀と一緒に出てきた手紙の「死ね」の文字。

 それからなんとなく理解した……いや、「してしまった」相手の感情。


 その人は多分、元くんのことが好きなんだろう。いや、「好き」というよりも「欲しい」んだ。片思いで、気持ちが抑えられなくて、思い通りに感情がコントロールできていない。

 いっぱいいっぱいできっと、爆発しそうなんだ。

 そうやって暴れたくなる自分を抑えるのは、一体どんな気分だろう?

 一刻も早く苦しさから解放されたくなる、そんな気持ちなんだろうか。


 ああ、だから「つながり」を壊せば振り向くと思っているのかもしれない。


 「犬飼元に近づくな」と。

 「近づいたらこうなるんだぞ」と。


 ……うん、つまりは抱えきれなくなった感情を人にぶつけたいのかな? 好きだから害したいのかもしれない。思い通りにいかない、そのストレスをぶちまけたいんだ。ストレスの元凶である「あたしたち」に何らかの形で、自分の受けた苦しみを返したい。

 ――嫉妬で嫌がらせに走るのって、きっとそういうことでしょう?


 ……なーんてふと考えながら、絆創膏のあとを触る。

 と。


「……ユキさん?」

「あ……」


 慌てて刃を隠して振り向くと、今登校してきたばかりですよと言わんばかりの落合くんがそこにいた。


「お、おはようっ」

「おはようございまーす。……へへ、よかった、動かないからなんかあるのかと思った」

「何にもないよ」


 未だに寝癖のついたくしゃくしゃの頭に、形の整っていないタイ。


「……寝坊したでしょ」

「なんで分かったっすか!? 一応間に合ったのに!」

「見て分かるよ?」


 元くんの真似をして言ってみると、落合くんは苦笑した。


「珍しく一緒じゃないんすね?」

「ああ、元くんと? そうだね、会わないときもあるよ、特にバスケ部が朝練のとき、とか……」


 ふと気付いた。あれ、そういえば元くん、何で今日いないんだっけ?

 だって落合くんって今、登校してきて……


「朝練? 今日はないっすよ」

「……だね。今君、一応間に合ったとか言ったもんね」


 ……元くん、まさかあの野郎……嘘をあたしの携帯に……!?


「……なんすかその浮かない顔。浮気でもされました?」

「されたかもしれない」

「マジすか」

「バスケ部のスケジュールで嘘ついたことなかったしあの子」

「意外と束縛激しいんすね」

「あ、それはない。というよりかは都合のいい男の子が好き」

「確かに犬飼先輩、フリーダムに見えて付き合い良いですもんね」


 ……え?


「……犬飼()()?」

「あ、もしかして普段タメ口だから学年勘違いしてた感じ? いやー、よく言われるんすよ~! 年上に対するアレじゃないって」

「……もしかして落合くんって、元くんの1個下?」

「そっすよ! ユキさんからみたら2年下」

「1年生だった!?」


 何このあっけらかんとした感じ!?


「でもこっちが無礼なわけじゃねっすからね? 元々は山内先生のローカルルールなんですもん、『バスケ部内では上下関係禁止、タメ語推奨、ただし先生除く』って」

「何それ異常に運動部らしくない……」


 ああ、だから皆元くんのこと呼び捨てするんだ。パッとみて学年が分からないわけだよ……そう思ってあたしは気づかなかった自分に苦笑いしながら口を開く。


「だったとしたら落合くんの靴箱ここじゃないじゃん、わざわざ遠回りしてこっち来るなんて下級生にしちゃ珍しい」

「あ、それです」

「へ?」

「わざわざ遠回りして、こっちにきた理由なんすけど」


 ……ん?


「実は、その……タイミングとか狙ってたんですよ。でも、今……ちょうど犬飼先輩いないし」


 これ。もしかして。


「……正直に返事をください」



 落合くんはごくりと唾を飲み込み、そして……



「おれ……! ユキさんのこと、好きっす!!」

「…………。」

「付き合ってください!」



 ……うっわー……ドっストレートぉぉぉ……



「犬飼先輩いるのは知ってんですけど、やっぱそれでも言わなきゃ後悔すると思って!」

「……まあ気持ちは分かるよ?」


 よくある話だ。大体あたしが付き合う子を変えるパターンって、最初はこんな感じが多いし。それこそ10回ぐらい見てる気がする、この光景。


「でもさ!」

「うん」

「犬飼先輩、ユキさんに嘘ついたんでしょ!?」

「うんうん」

「ユキさんは一緒に登校したかったのに、今、いないんでしょ!?」

「そーだねぇ」


 ……手の中で、剃刀の刃が転がる。


「だったら……!」


 身を乗り出す落合くんに、あたしは少し息を吐く。

 ……手紙の文字が頭をかすめる。別れろと言わんばかりのあれが。あの、悪意が。感情が。あたしの心を思いっきりどついていった恐怖心が。


 ……うん。



「……一応だけど、答え言おうか?」

「勿論っす」



 ふっと思い出したのはあの言葉だった。



  ――「あんたは意識的にも無意識的にも寂しがりで、かつ我が強いほうでもない。だからそいつの望む人間になっちまうんだな」


  ――「そうして全部知り尽くして相手の好みの人間にパーフェクトに化けたとき、あんたは満足してしまう。一気につまらなくなっちまうんだ」



 その時、あたしは全くその言葉を自覚もしてなかったし、大してよく分かっちゃいなかったのだけど。



「ぶっぶー」


 ……手でバツをつくる。

 ああ残念、まだまだ。



「――元くんには飽きてないんだよね、あたし」



 ……そう思ったのは確かだった。



「でッッすよねアンチキショーウ!!!」


 落合くんは分かっていたらしく発狂した。


「恥ずかしぃぃぃ! 恨めしぃぃ! 犬飼なんざブラックホールに沈んでいなくなれぇぇ!!」

「あっはっはっは!」


 一瞬でバスケ部モードに入って元くんを思いっきり呼び捨てるそれに大笑いした。――ああもう、おかしい。まあいいよね。本来ならそう。よかったかもしれないんだよね、落合くんでも。


「まあ落ち着いてよ」

「当人に言われて落ち着いてられますかっ、くそっ……恥ずかしい! もうあったまきた! ユキさんなんかぁぁ!」



  ――あなたには、言いたいことが多々あるのですが、まずひとつ目。



「……あ」



  ――『死ね』



 ……まさかとは思うんだけども。


「死ッ!!」

「……ねー、とか」

「……すんません言い過ぎました。冗談っす」

「はいオッケー、よく謝れました! いや、冗談でDEATHとかあたし以外には通じないから言わない方が! ……ってか今断ったの正解だと思って正直ホッとしたー……ちょっとだけ愛の重さにひいたわ!」

「ちょっとだけなんすか今ので!?」


 死ねですよ!? と落合くんが言うのに対してあたしは二ヨっと笑った。


「あたしの愛はシロナガスクジラレベルらしいよ?」

「重すぎません!?」

「哺乳類最大級」

「やっべーやつじゃん……っていうかなんかカッコいいんだけど……人を振っときながらこのごく普通な感じちょっとすごいんだけど……」

「人とかめっちゃ振り慣れてるから。ってか逆に変に気ぃ遣ったら傷抉るでしょ?」

「確かに」


 というか分かんないなあ。今更だけど。……普通男の子ってあれじゃないの? 清楚系の恋愛経験ゼロ系お嬢様とかのほうが好きなんじゃないの? 何で一定数こんなのに引っ掛かるの?


「ちなみにあたしと付き合えたとしたら何したかったの、落合くんは」

「……引きません?」

「たぶん引かない」

「すねをですね」

「うん」


 落合くんは言った。ええ――無駄にシリアスな顔で。荘厳に。


「――ぺろぺろしたかった」

「――わかった」


 正直な気持ちをありがとう。今あたし、最高級にきもちわるいよ。

 ……心の中がすんごい「うぇ!」ってなったよ。


「引いてませんか?」

「うん、すっごい引いた」

「……あっけらかんとてのひらを返されたおれの複雑な気持ちを、誰かですね」

「うん、すまん」


 ぎょ、と落合くんが固まった。うっわ……。


「――すねぺろぺろは、複雑な気持ちとやらを代弁しようにも、うん。理解できない……」

「……元くんだ」

「来ないっつってたじゃないですか犬飼先輩ぃ!?」


 ……スポーツバッグを背負った彼が、あたし以上にドン引きした表情でそこにいた。


「い、いや……そりゃ現行の彼氏さんとしては覗き見ぐらいはすんだろ、そもそも落合くん焚きつけたの俺だし」

「え? 元くんが?」

「……捨てられない自信くらい最近はあるわ一応」


 コホン、と咳払いする元くんに、アワアワしたままの落合くん。

 ――うわあ。ナニコレ。


「ともかくこいつ人の彼女にですよ? 割と分かりやすく態度変わるんだもん。見かけた瞬間イライラしててもパッと機嫌直るし、俺がそういう話してたら食いつきがすごいし……」

「あ、そこまで分かりやすかったんだ」

「そう」


 ぱしん、と落合くんの背中を叩いて彼は意地の悪い顔で言った。


「――だったら、早い段階で玉砕させようかと?」

「いや、はい」


 肩を組まれ、みるみる顔色の悪くなる落合くん。


「そこのファミレスに昨日呼びつけられまして……問い詰められまして……」

「何それ怖い」

「責めるでもなく咎めるでもなく淡々と事情聴取された挙句になんか……こういう感じに、なりまして……」


 ……どうしよう、普通なら元くんのがいたたまれない気持ちになりそうなところが、逆に一番居心地悪そうなのが落合くんな時点でジワジワ笑えるんだけど。


「そうそう、ウジウジやってるぐらいなら思い切ってコクってきたら如何ですかー、と」

「それ、一番君が言ったらマズイ立場では?」


 あたしはプッと吹き出した。


「……まあ、まさかすねぺろ希望とは思わんかったが」

「すねぺろって略すんだあれ……」

「で」


 元くんは落合くんの肩を突き放し、つかつかと近づいてきた。


「あ……。」


 ぽん、と押し出すような形であたしと落合くんの間に割り込んだ彼は、真っ直ぐと前を見た。背中越しに見える落合くんは頷き、元くんを見返す。


「……落合」

「はい」

「ここまでやってみて、どうだよ」


 落合くんは大きく息をついた。


「諦めきれるか?」

「……はい」

「そ。……スッキリした?」

「ええ」


 ちょっと悔しそうな顔をした落合くんは、次の瞬間、切り替えたように。


「……しました!」

「そ!」


 元くんは苦笑いしつつうん、と頷いた。


「だったらいいや」

「元くん?」

「何だよ」

「……もし、とられたら」


 ふっと思う。……もし、逆のシチュエーションだったなら。元くんが、誰かの気持ちに応えてどこかへ行ってしまったなら。

 あたしは何をするのだろうと。

 今までは特に何も思わなかった。不思議と相手と「別れたい」タイミングがかち合ったから。


 ……でも、もし。今。


 元くんは聞き返す。


「とられたら?」

「……どうするつもりだったのか聞きたいんだけど」

「……まあ、悔しいだろうな」

「そんだけ?」

「そんだけ」


 訳もわからんままに取られるよりは、こういう流れだってわかってる方が納得はいくだろ、そう言った彼は思った以上にサバサバしていて。


「……経緯が分かってて、あんたが俺を切り捨てるのを見たんであれば引き下がれる。そんな気がしてさ」

「うん」

「色々あるじゃん、今」


 それとか。――そう元くんの示した先には靴箱があって。ふっと思い至る。

 そっか。やっぱりこの子も、「あれ」を気にしてたんだ。


「俺たちが付き合ってるのが気に入らない。そんな奴ってーのは意外と沢山いるんだろうさ」


 ぼそりと彼は呟いた。


「それで被害を被ったりするのは別にいい。自分一人だったなら」

「元くん……」

「なあ、先輩」


 元くんは呟くように問うてきた。



()()()()()か?」



 聞こえた気がした。


 ――お前にとって、恋人っていうのは作るに困らないものかもしれない。いくつもある選択肢のうちの一つで、飽きたら捨てる、気の変わる何かかもしれない。

 一生をかけて一つの淡い恋をする。……そんな人間じゃあ、お前はないのかもしれない。だからこそ。



「……嫌がらせを受けてまで傍にいる。その価値はあるか?」



 あたしはふう、と息を吐いた。

 ――そうして出来るだけ明るく、けろっとした様子になるように呟く。



「……あるよ?」

「そう」

「今は、そう思ってる」



 珍しいことにさ。

 「割と本気でそう思えていた」なんて言ったらなんか、おかしいけれど。


「……まあ、なんてーの? 綺麗ごとかもしれないんだが、俺が欲しいのはだな。……自分の満足感より、周囲の和だとかあんたの幸せだよ。恋愛なんて多分そんなもんだろ? 「自分が自分が」だけだと破滅するだけで、相手と自分の感情が噛み合って、初めて両思いになる」

「うん」


 つまり、彼が言いたいのは……


「多分だぜ? 何事もバランスだってことだ。……俺だってその価値はあると思ってるさ。()()()。でももしこれから先、噛み合わなくなっちまったらバッサリいっていい。俺は、引きずったりしない」

「しないの?」

「しない」


 『思い出になる』みたいな……そういうことはあったとしても。


「噛み合わなくなっちまったっていうのは、きっと自分が駄目だっただけだ。それはもう死ぬほど悔しいけどな」

「ふーん……」


 思ってた以上に難しいことを考えているな、と思いつつ……ちらっと落合くんを見た。流れはちゃんと分かっていないにしろ、「何かあったのだろう」とは感じ取れたらしい。

 目が合うと途端に肩をすくめるそれ。


「……そっか、スッキリしてるね」


 あたしはようやく口を開いた。

 苦笑い気味になる元くんは、少し言いたくなさそうに言葉を紡ぐ。


「……スッキリさせなきゃ駄目だろ、でないと前に進まない」


 らしいといえばらしい。

 でも、少しだけ寂しい言葉だった気がした。


【(現時点での)キャラクター紹介】



落合(おちあい)


 高校生。元の1個下でユキの2個下の学年。

 生粋のムードメーカーでお調子者。

 ただ――ぺろぺろしたい発言等、若干変態の匂いがする。

 入学当初からユキに淡い片思いをしていたが、元との付き合いもあり表に出さないようにしていた。

 ちなみに元とは普段から「年上の友達」のような関係性であり、元側からすると「下級生とここまで仲良くなったのは彼が初めて」とのこと。

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