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2.忘却の日々―①


 ジリリリリリリリリ……

 気がつくと、目覚まし時計がうるさく鳴り響いていた。

 「オレ(イツキ)」は腹立ち紛れに時計をぶっ叩く。

 ――リリン!


 一際大きな音を立てて鳴り止む目覚まし時計をふと見る……午前、7時。


「相変わらず、うっさいなぁ……この、安物時計」


 悪態をつきながら目をこすり、周りを見渡す。

 ……あー。オレの部屋だ、ここ。そう思ったとき、なんとなく違和感が走る。

 なんでだろう、妙な心地だ。久しぶりで懐かしい気がする。……不思議だよな、いつもココで寝てるのに。

 でもそう思ってもある種、「仕方ないんじゃないの?」と考える自分も、少しはいるらしい。……なぜなら。


「……なっがい夢……だったからかなぁ?」


 そう、「長い夢」だった。そう思う。

 何か長くて、怖い……? だけど、ちょっと楽しい夢を見てた気がする。


「確か、えっと……ん?」


 ……おかしいな、どんな内容だったっけ?

 さっきまでそれにどっぷり浸かっていたような気がするのに、どういうわけだか思い出そうとしても思い出せない。

 ……気になるんだけどな。

 ……何か、忘れちゃいけないものだった気がするんだけどな。


「…………。」


 何か、そう。

 現実じゃ有り得ないような展開だけど、その分空気やものの質感がめちゃくちゃリアルな夢だった、とは思う。そんな気がする。


「…………。」


 暫く腕を組んで天井を見つめる。

 ……やっぱり、肝心の内容が思いだせない。


「あーくっそ! こういうのってホントいらつくよなあ!」


 改めて倒れ込む。このままだと確実に二度寝してしまうだろう。なぜかえらく懐かしい敷布団、ベッドの感触にあらためて身を投げ出しながら思い返す。

 このベッド、いつから寝てるんだっけ。小学校、2年生……3年生……なんか感覚おかしいな、もっと前だっけ……。


「いやなんだよなぁ。中途半端に忘れるとさー……」


「……イツキー?」

「ほへぇ!?」


 なぜだかひどくビックリしてしまって、慌ててがばっと起きてしまう。


「目覚まし止めたってことは起きてるんでしょー? 朝ごはん食べないのー?」


 ドアの向こうから聞こえたのは――母親の声。

 「懐かしい」。そう思ったのは、なぜだったんだろう。


「……ごめん、今行くー!」

「早くしないとあずさが全部食べちゃうからー!」


 からかうような母親の声に、重なる妹のそれ。


「兄ちゃーん、玉子焼きおいしいー!!」

「……ああああっ」


 そうだ、そうだった。……ちょっとでも寝坊したらそうだった!


「イツキー、今日のみそ汁おいしいぞー? 残念だなーお前、朝ごはん抜きかー」

「勘弁してよおおっ!?」


 慌てて鞄をひっつかむ。ハンガーにかけてある制服を叩き落とす。

 早くしないと食べるものがなくなる! ……さすがに嫌だ、授業前に慌てて売店におにぎり買いに行くのは! 大概嫌いな味しか残ってないんだよあれ!


「のっかるなよ父さん! あと頼むから母さんはあずさの暴食止めといてよ!」

「無理―」

「イツキのみそ汁貰うまでー、じゅー、きゅー、はちー」

「だからのっかるなってば!!?」


 まぁ、いいや。……そのうち思い出すかもしれないし、今はほっとこう。それより今は、目の前の現実をどうにかしなくては!

 そう思いながら慌てて飛び出した、瞬間。


「……?」


 右の手首に違和感をおぼえた。

 ……何か、巻きついているような。そう、確か。


「いたっ」


 ちり、と頭の中が焦げるような感覚がした。無理やり何かを焼き焦がすような痛み。硬い鉄板を引き剥がすような心地。

 今思い出したのは。


 革製の、()()()のような感触……。


「……気のせい、かな……?」




    *   *   *   *




 ――午前、7時半。


「……?」


 家に届いていた新聞をひと目見て、違和感。


「……??」


 開いても、違和感。どこが駄目だとか違うとかそんなんではない。それは頭には浮かばない。ただ猛烈に何か、違和感があるだけだ。


「…………。」


 ……どうしようか、見覚えのないような感覚がする。いよいよもっておかしい。夢とごっちゃになってるぞ多分。

 ってかそもそもだよ? 新聞自体を読むのがえらく久しぶりな気がしてきたんだが!? 暫くとってすらいなかったような気がしないでもないんですが?


 ……いやいやいやいや!! 嘘だろおい、毎日とってるよ!

 新聞配達の兄ちゃんとは面白ジョークをとばしあう仲だけど!?


 まあ仕方ない。あの家、欲しいときだけ通勤中に買う家庭だったからな……いや、あの家って何だ。どこの話だ。落ち着けそれは前世の記憶か何かですか。

 違和感違和感、違和感。違和感祭り。違和感バーゲンセーぇぇル!!

 ……いーや、こいつぁ叩き売りだーあ!


「って冗談置いときましてーの!! ……こんなんだったっけか? 今の政治経済?」


 何だか今朝は起きてからずっと妙な違和感がぬぐえない。まるで数年ぶりに外界に触れたような、そんな気持ちの悪い感触がして。


「……はーっはっはっはー、バっカだなー俺、こんなんだっただろ? フッツーにこんなんだったってー……えー」


 数秒前の自分の問いに答えてみるも、やっぱりぬぐえない。どうしようもない居心地の悪さが。

 何故だろう、――とんでもなく、頭の中が気持ち悪い。


「……なんというか変な夢を見たような気もするし、きっと疲れてんだろうなー……しかも、何か見たような気はしてもまったく覚えてねえし、寝覚めは妙にすっきりしないしー……? うーん、あれだな、きっとノンレム睡眠時にでも起きちまったんだな? どうよ俺の肉体? イッツご機嫌斜めバージョン?」


 ふざけた言葉を口にしようが、考えようが……答えは出ない。


「……っ、はぁ……」


 新聞を投げ出す。冬から出しっぱなしのこたつを背に、ため息をつく。

 なんだか落ち着かないし気持ち悪いが……まぁ、たまにはあったっておかしくないだろう、こんな日も。数年に1度、絶好調の日やら絶不調の日が存在するように、きっとそんな体調の日なんだろう。


「もうこんな時間か……」


 なんだかんだ、遅刻ギリギリだ。というか珍しく部活の朝練がない日だったせいか、どうにもボケっと感がぬぐえない。


「出ないとまずいな……うん……」


 よっこいせと立ち上がり……時計を見て、また呟く。

 今日はどうも独り言が多い気がしてならない。

 まるで誰かが隣にいるのが当たり前の生活をずっとしていたかのように、誰かがいる気分で異様にぽんぽん言葉が飛び出す。

 ハ、何だってんだ? こちとら大学時代からずっと一人暮らしだっつうの。


「どーすっかね……結構イライラする。心なしか頭痛が……」


 吐き気がないだけましだろう。とりあえず熱測る時間もない……いいや行っちまえ。本格的に変だと思ったら早退するだけだよ。

 ――ああ、いいんだよ! 万が一季節外れのインフルだったら、それはそれで身の周りぜーんぶ根こそぎ道連れにしてやんよ!

 皆休め! 休んじまえ!! ハッハーざまあみろ、俺の八つ当たりがこもったスペシャル・インフル学級崩壊を食らえやボケェ!

 ……ってか体の不調よりまず給料だよ俺は? そして今日働いた分だけレンタルビデオ店で死ぬほど週末に映画借りるよ俺は!?

 そんで死ぬほどアクション映画見てすっきりしてやるんだよ! そうだ待ってろ秋のB級映画祭りぃぃぃ!!


 ……そんな感じに何か方向性が妙なぶちキレ方をしつつ、俺は外へと繰り出した。そうだ、いつも通りに自転車で、最寄り駅へとかっ飛ばして……っと、とととっ?


「――あれ、なんか俺……バランスのとり方、下手になってね?」



    *   *   *   *



 ――皆、すっかり忘れていた。

 本来やるべきこと、本来のポジションすら。

 イツキも、イヌカイも、ミコトも。


 その3人が3人とも、「一緒にいた記憶もない」。顔すらもたまに道や廊下ですれ違う程度で、ほとんど覚えてはいないときたものだ。

 ……それはきっと、3人が本来出会うはずもなかったからだろう。

 ミコト自身が望み膨大な量の「リムトーキ」によって作り出したものは、【時永が壊れていない世界】だったから。


 「行方不明事件」などは一切起こっていない。ただ皆が“普通”に暮らす世界。


 だが……彼女自身が望み、それに答えるように「クロノス」が世界に投入した2人によって。そして、自分自身が慕う虚像の父親に何故かこの世界の成り立ちや、自分の望みなどを知られていることによって。

 当初の思惑とは若干のすれ違いが発生したことについて、彼女自身ははたして気がついているのだろうか?

 この世界が、ミコトの知る「地球」を基にした世界であることは間違いがない。ただミコトのいた「地球」とイツキ、イヌカイが知る『地球』には差が存在する。

 本来彼らが事件によって外界から絶たれる前に生きていたのは十数年前の世界。……しかし、ミコトが作り出した世界の時間軸はあくまで、現在とさほど相違ないもの。


 その差を埋めるものは、「この世界」にはなかった。


 いかにそれらがごまかされようと、いかに脳内の常識がそれ相応に置き換わっていようと、違和感だけがもやもやと降り積もる。

 彼らがこの世界に疑問を抱くようになるのもきっとそう、遠くはない話。

 ――そうして強引に接合され、作り出された記憶。

 それが脆いものだということを彼女は知りながら、この世界に2人を招きいれたのだろうか?


 この世界の『時永 誠』はただ全ての事実を知り、真実を知っている。こぼすことなく知っているのだ。

 この世界が自分の娘である「ミコト」の望みが具現化した、虚像の世界であることも。今、記憶をなくしてこの世界で普通に生活をしているイツキ、イヌカイの過去も。

 元の世界にいた自分のしでかした罪、最期も。

 そして――「神界」の存在さえ。


 ……彼はなぜ、ミコトと「繋がっている」のだろう。

 なぜ彼だけ、この世界の住人の中で訳知り顔をしているのだろう。


 時永という人間が知るはずもないようなことまで、何故彼は知っているのか。そして、彼は何故基となったはずの“時永 誠”とこうまで違う性格をしているのか?


 その謎が解き明かされるのは、きっと……まだまだ先の話。

 ただ今言えるのは……この男は時永ミコトという「この世界の創造主」を、本気で気にかけていたということだけだ。

 ミコトの望む通りのことをしているだけだったとしても、彼女に操られているだけだったとしても……彼はほんのちょっとだけ幸せだったに違いない。嘘をついていることに罪悪感を感じながら。この世界が嘘と知りながら。そして嘘の世界でしか自分が生きていけないと知りながら。


 ――彼は、決意する。

 否、既にしているのだ。この世界との訣別の覚悟を。


 元の時永とは違い、彼は愛している。――ミコトのことを普通に、純粋に家族として受け入れているし、情を持っている。それはミコトが望んだからかもしれない。そういう父親を望んで、この世界を作り上げたからかもしれない。だがだからこそ彼は知っているのだ。


 ――このままでは、いけないのだと。


 ミコトのため、そして3人を元の世界に戻すため……「創造主」に反抗し、ミコトの作り出した運命から、レールから……一歩、外れようとしている。

 たとえそれで世界が滅んでも。

 たとえ、それで自らがいなくなることになろうとも。


 ……そう、これは。

 「違う世界」に生きた時永の物語。



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