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12.夜道を歩けばバッタリと


 あまりの大荷物に、思わず手が滑る。

 慌てて持ち直しながらイヌカイは言った。


「……重い、というよりは、かさばっててだな……! 持ちづらいっていう方が、近いか……!」


――『すみませんねー、お手伝いできずー』――


「おう、声だけの存在に言われるとこんだけ腹が立つもんなんだな、知らんかったわ……!」


 ……日が暮れたばかりの、まだ少し空が明るい時間。

 イヌカイはたった1人、まだあまりよく分かっていない町のメインストリートを大荷物を両手いっぱいに持ちながら、えっちらおっちらと進んでいた。


「大体、ほぼ知らない場所でだぞ? 1人でずっとほっつき歩いてるほど心細い物はないってんだよ。だっから子供におつかい頼んで見守る的なアレが……!」


――『……あれですよね。年末年始にやってるお尻叩かれるやつですよね』――


「何か番組名が違う気がするがまあそんな感じの! ああいうほほえましいっていうより、ハラハラ地獄のコーナーが長続きすんだっつの、アホかお前ら!」


――『いや、あの、今の渾身の地球ジョークだったのですけど!?』――


「っつかなんなのあの店長? もしかして俺一人で今日晩飯抜きですか? イツキくんだけおこぼれ的にあれですか、もぐもぐタイムですか! 俺のご飯はどこにもないの!?」


――『ああ、そういう意味で妬いてるんだこの人……』――


「ってかアリスとかタイオスとか、ワケのわかんないのが来たのも確か昨日のこんな時間だったよねメティスさんとやら!?」


――『え? あ、はい』――


「またあんなのが出てきたらーとか、ぜんっぜん考えてねえの!? 俺だけで立ち向かえるかっつーの。二手に分かれてくれたからまだよかったんだぞアレ? ケッ、バーカバーカ! 俺の屍が明日見つかったりとかしたら覚えてやがれ、手をこう……わーっと前に突き出してキョンシーみたいな格好で化けて出て……って」


――『どうしました?』――


 遠くに見覚えのある背格好が見える。……アレは確か。


――『……おや』――


「……昼のお客さんじゃないっすか」


 下へ目線を向け、何やらきょろきょろしているフード姿の女性に声をかけると、その人はハッと声をあげた。


「え? ……あっ、あのパン屋の手伝いの……ハジメさんだったか? この辺だと変わった名前なので合っている自信はないが、違っていたらすまない」


 ああ、やっぱりそうだ。この口調。


「大丈夫、合ってる。……で、こんな所で何を?」

「あー……実は、だな。その……」


 照れくさそうにフードの客は頬をかいた。


「落とし物をしてしまったんだ……まったく、本当に今日はボケッとしてしまってるな」

「また財布でも?」


 思わず苦笑しながら聞くと、向こうもつられるように苦笑した。


「いや、さすがにお財布はアレ以降落とさないように注意を向けていたんだが……次はペンダントをね。母親の形見なんだ」


 病弱な人だったらしくてね。あまり覚えてはいないんだが、捨てられない。

 そう呟いた彼女に、イヌカイは少し目を瞬くと小さくメティスに問う。


「……いいか? 寄り道しても」


――『……どうぞ。迷ったら私がアシストします』――


「……ん」


 許可も取れた。


「……よし」

「よし?」

「今、見ての通りあいにく、荷物ダルマ状態なんだが、じゃあこうしましょう」


 イヌカイは一度どさっとすべての荷物を降ろすと、一番軽そうな袋を探し出す。


「……何を?」

「いや、その……これ」


 イヌカイは目当ての袋をフード前に押しつけた。「八百屋」からもらった、イモやニンジンの入った袋だ。


「……少しだけ持ってくれたら手伝いますよ、探すのを」

「い……いいのか!?」

「ええ。ウチの店主は何もかもアバウトだし、あの蜂相手に格闘してたバカも今は食事中だ。目当てのものを探してる最中に追い抜かれたところで、連絡手段もある」


 な? とメティスにそれとなく問えば、頷いたような印象の息が返った。

 ……というかこのメティス、よく考えたら相手からはどういう立ち位置に見えているんだろうか。

 この世界の一般人からするともしかして、こういう遠距離相手の「会話」は珍しくないのか? 電話のようなイメージ?

 いや、いいか。今はそんなのどうでも良い。……問題は。


「……ちょっとぐらい遅れて帰っても、怒られやしませんて」


 ……この、目の前で困っている美女だ。

 いや、本当に何故だろうか、助けてあげたくなるような変な魅力がある。フードの客はくすっと笑うと明るい声で言った。


「そうか……ありがとう」


 あっ、まただ。

 ……イヌカイはまた頭がフワッとするのが分かった。

 あのキラースマイル。そうか、ああいうのに弱かったのか俺は! すぐさま自分の両頬を思いっきりバシッと叩く。


「ど、どうかしたか?」

「いや、こっちも今日はどうもボケッとしやすくてー……ヘヘ、ちょっと気合をねー……」


 ……よ、よーし、もう大丈夫だ。下心とか何にもない。

 ただ善行を積んでるだけ。なーんにも問題ない。きっと大丈夫。俺今無敵だから。腕クロスさせたらきっと小学生男子みたいにバリアをはれるはず!


「……そ、それで? 落としたペンダントってどんな形状なんですか?」

「この国の紋章の形をしているものだ。銀色をしている」

「……えっと」


 どうしよう。まずその紋章とやらを見たことがない。


「……名前の奇特さからしてもしやとは思っていたのだが、あなたはかなり遠くから来たのか?」


 客の問いに少し迷う。そもそも……事情をどこまで言っていいのやらさっぱり分からない。この客はこの世界における『一般人』だ。

 メティスも「好きにしてください」的なあれなのか、助け舟を出してくれる様子はない。


「……世間知らずでね。まぁそういうことです。かなり遠くからちょっとした用事で」


 異世界から来たということまでバラすと、色々と面倒なことになりかねないのかもしれない。

 とりあえずそこら辺はうまくぼかそうと色々考えあぐねていると、運のいい事に客はそこで納得してくれたようだった。


「いや、大丈夫だ。要するに……そうだな、ペンダントの特徴としては……下を向いたユリの花に似た形状のそれが彫り込まれている」

「ユリ?」

「ああ、朝露に濡れたヤマユリだ」

「……了解、とりあえずそれっぽいものを見つければいいんだな」


 そういう例えは本当に助かる。昼のスズメバチといい、この世界に生息する生物は地球のものとあまり変わっていそうにない。

 ……ただ、ヤマユリは確か日本特有のものだったような気がするのだけが、まあちょっと引っかかるが。そんな地球の常識はもう無限の彼方にロケットパンチで吹っ飛ばした方がよさそうだ。


「この国の山中には本当によく咲いているからな、ある種、シンボルマークと言ってもいい。ちなみに、隣のゲィプト国はバラでモーラ国はリンドウと聞く」

「ほう」

「私は結構好きなんだ、こういう話」


 クスッと笑ってフードの客は言う。


「……花はいい。人の気持ちを運べるし、見たものの寂しさを和らげてくれる。たとえ普段何のやり取りもしていなくても、人から送られてきた花を見ただけで……触れるだけで。水を替えるだけで、なんとなく気持ちが通じる気がするんだ。気のせいかもしれないが、それでも通じているといい。そう思う」

「ああ……」


 なるほど。


「……誰かに花を贈ったり、が多いんですね。その感じだと」

「ふふっ。そうだな、よく贈るし贈られてくる。なぜだか現物ばっかりで手紙なんて書かないから、きっと余計に不安になるのかもしれないな。物心ついたときから花のやり取りはあったんだが、手紙をしたためたところで何も返ってこないからな。……多分、忙しいんだろう、私の兄上は」

「お兄さんね」

「我が家の家庭は少々複雑でな。私だけ、離れて暮らしているんだ」


 フードの客は小さく呟く。


「……だからこそ、不安になる。私は、あの家にいる意味はあるのか。生きている意味はあるのか。私は、誰かに必要とされているのかと」

「…………」

「いや、変なことを言ったな。気にしないでほしい」

「どこにだってあるでしょう、そんな悩み。気にしないっすよ」


 イヌカイはさらりと流した。


「で、いつ気づいたんです?」

「ん?」

「ペンダント」

「あ、ああ、なくなったことにか? ……そう、確か40分以上は前の話になるかな。ふっと気付くとないんだ。ずっと身に着けていたものがないと、途端にそわそわするだろう? だから必死に探したんだが、しっ……う、うん。家中探しても、どこにも見当たらない……」


 ……『しっ』?


「だから外だと思ったんだ」


 なんか変な言い方をしたような気がするのだが。……いや、まぁいいか。


「それからずっと今日歩いた場所を歩いて探しまわっていたと?」

「そういうことになるな。私は町の外れにある高台のほうに住んでいるのだが、家から町に下りてきて、ココまでは探した」


 イヌカイは周囲を見回した。町の外れ、高台。……ああ、あれか。薄暗くてシルエットがどうにかわかるぐらいのものだったが、なんか小さい古城みたいなのが立っているような気が……ん? あれ……いや……


「どっちっすか、高台」

「ん?」

「よく見たら盛り上がってるのが二つある」


 高台というべきか、丘というべきか。いや、町に対しては少し切り立っているところもある気がするので崖というべきか。盛り土でもしたのか、少し不自然な地形が2つ、町の隅に見えた。


「……ああ、そうだな。ここからだと……右のほうだ。両方建物は建っているが、左にあるそれのが立派だろう。あっちは王族本家の持ち物だ」

「ああ……ってことはあっちに色々あるのね……」


 王様やら、あのアポロンやらがいると。


「ともかく、私は右側のあそこからこの道をつつーっと来て。あと行ってない箇所は肉屋と八百屋、あと、ハジメさんのところのパン屋だけなんだ」

「そっすか、じゃあ……次は」


 と、その次の瞬間。


「――!!?」


 何か視線と殺気のようなものが集中するのを感じた。


「は、ハジメさん!?」


  ――キィン!!


 とっさに客をひき寄せると、持っていたナイフで飛んできた何かを弾き飛ばした。体質の効果は弱まっているとはいえ、どうもそれが働いたらしい。ピクッと体が動いたのだ。

 メティスが叫ぶ。


――『無事ですか!!?』――


「一応大丈夫だ!」


 叫んで返す。……刃物も意外と使えるもんだ。

 近くの街路樹で寝ていたのか、バサバサと鳥が飛び去るのが見えた。

 と……


――『……へーえ……』――


 ……その時。イヌカイは聞いた。


――『やるではないか。たかだか人間風情が。そもそも元々は、「あちら側」の人間なのだろう? 平和ボケした奴が多いと思っていたが、少し認識を改めるべきか?』――


 メティスと似たように反響した声。……だが、声質は違う。声変わりの最中にふっと止まったような、「少年」の声だ。

 それもただの少年の雰囲気ではなかった。

 何年も生きてきたかのような威厳があり、艶やかさがあり、話の通じない雰囲気がある。


――『さて……神界にようこそ。時永家の門番よ』――


「も、門番だぁ?」


――『だってそうだろう? 財宝を守る石像のようなものだ。あの時永のように、駒として最適にチューンナップされていたものであろうと……普通の人間ならばまず勝ち目がない。貴様ら2人……おっと、2匹だったかな? まあいい。2頭を差し置いてミコトになど到達はできまい?』――


「……『匹』の次に『頭』、ねえ……」


 ここにいたらカンカンになっていそうなイツキの顔を頭に浮かべつつ、イヌカイは大きく息を吐き、思いっきり吸った。

 ……メティスの声がする。


――『イヌカイ、抑えてください』――


「抑えてないように見えるか?」


――『冷静に見えてキレてるのがあなたの怒り方でしょう?』――


「……よくご存じで?」


 ……何を知っている。

 八つ当たり気味に思うのを抑えつけ、イヌカイは客の体温を感じつつ拳を握った。

 分かっている。冷静に。さすがに目に見えて煽ってきているそれにのっかるほど短慮ではない。あんなのに乗っかったらそれこそ、時永と似たり寄ったりだ。


――『イツキとイヌカイだったか……人ではありえない機能、回復能力、打たれ強さ、馬鹿力……確かに見事なものだ。見た目が悪いのが玉に瑕だが……まあ、特に美しいものである必要もないだろう。どうせその素体自体が虫けらのようなものだとしか、奴には感じられなかったのだからな。ただの人間とは認識が違うわけだよ。人は盤上の駒だと、よく刷り込んだ……』――


「!」


 ……刷り込んだ。イヌカイの頭に何かがひらめきかけた。


――『だから。奴はあえてそう、自らデザインしたのだろうな。ミコトに「人のいない理想郷」を作らせた後の、ある種の『防衛機構』を。万が一、反逆者がいた場合。もしくは外部からの侵略者が来た場合。それらを排除するための、攻撃と防御に特化した二つの駒。……そう』


 少年は邪悪に笑いながらイヌカイの推察を肯定した。


――『……それが、我が地球に送り込んだイメージだとも知らずに』――


「……おい、まさか」


 俺がこうなったのは……こいつが、原因か。


 ――かち、と歯が鳴る。


 あの酒も、あのイツキの言っていた木の実も。時永一人がやったのではなく……こいつがいたから成し遂げられた。

 イヌカイは自らの喉をおさえる。奥から少しだけ「音」が出るのを感じた。まだ、分からない。細かいことは何も。ただ……


――『ああ、そうだ』――


 少年の声はゆったりと呟いた。


――『我はクロノス。この世界でただ1人、最高神と呼ばれる生き物だ』――


 ……頭が、急速に冷えていく。


「……メティス」


――『はい』――


 イヌカイの静かな声が言う。


「……これが、俺らのラスボスか」


――『はい。どう見ても』――


 メティスはクロノス同様にゆったり、静かに……大真面目に肯定した。



――『……私の知っている、アホ丸出しのクロノスです……!』――



 ずるっ! と何かがこけたような音が響いた。……あっ、クロノスか。クロノスのこけた音だな今の。

 ああ……そう。そういう感じなんだ。おう。はいはい。とうとう現れやがった。というかね、色々突っ込みたいんだよ。

 ええ、まず初めに。


「……孫がデカい割に声が若いなおい!?」


――『いきなりそこ!!?』――


 真面目なつもりだったらしきメティスが突っ込みを入れた。

 ――いや、だって! イヌカイは思わず空中にチョップをぶち込んだ。

 シリアスな雰囲気ぶち壊したのって、そもそもあんただよ!?


「ガキじゃん! ちょっとこう、なんていうか! 巧く言えないけど何千年か生きてるガキじゃん!」


――『わ、我にとっては肉体の老成など無意味な行為にすぎんわけだよ! つまりこれくらいがちょうど良いのだよ!!』――


 何だこれ。意外とぎゃんすか煩い、ラスボスの癖に。っていうかなんか、クソガキにもてあそばれているようで腹立ってきた。実際は年上っぽいが。何? 神様ってそういうのが多いの?

 そう思いながらどう答えてやろうかとイヌカイが考えあぐねていると……


「……は、はじめまして」


 困惑気味だが、凛とした声が横から聞こえた。


「王族から生まれた異分子として国から疎まれつつ、のうのうと生き続けている異端の私に何の用です? お爺様」


 フードの客。思わぬその一言に、イヌカイが口を開けた。


「は? お……おじいさま?!」


 え、ちょっと待て、今何言った? ……王族? えっ、この人もしかしてお姫様かなんか?

 ああ、とクロノスは興味なさそうに呟いた。


――『あぁ、あれか。あの、血の繋がってる方の……』――


「……アルテミスです」


 ……どうもこの人、マジでクロノスの孫にあたるらしい。

 イヌカイはそう、ようやく理解した。

 ああそっか、ちゃんと血の繋がってる孫がいたんだな。しかし……混乱してまったくこの一家の家系図が思い浮かばないし話も頭に入ってこない。

 ってかまず、昼間応対した常連っぽい客が偶然クロノスの孫だったということが恐ろしい。


――『ああ、これは申し訳ないなアルテミス姫。まったく歳というものは恐ろしい、それに名があるということ自体を忘れていたわ』――


「名前という概念すらも、とは重症ですね。……もしやとは思いますが、コンセンテの居城を出て行ったのも「お散歩」の途中で帰り道が分からなくなったから……ということでしょうか?」


――『ほう、よく吠えるな、群れから追い出された羽虫の割には』――


「私が羽虫に見えるとは……なかなか面白い老い方をいらっしゃるようだ。昨日の夕飯はいったい何をお食べになられましたか? 体の老化を止めていらっしゃるなら、同様に脳細胞の老化も止められるはずですが? 実際どうなるか、試してみてはいかがです?」

「……あ、はいはい、ちょっとストップストップ!」


 突然目の前で繰り広げられはじめる静かな皮肉合戦。なかなか間に入るのも抵抗があるが、今聞かなければいつ聞けるかわからない。

 ……そう、忘れかけていたが、会ったらどうしても聞きたい事があったんだ。

 イヌカイは口を開いた。


「あのー、クロノスさんとやら?」


――『ああ、なんだ? ……そろそろ、本題に入るのか?』――


「本題……?」


 フードの客……アルテミスは訝しげな声をあげた。


――『そう、我は残念ながら姫に用があって声を飛ばしているわけではないのだよ。我が用事があるのはこちらの、異世界からの来訪者の方だ』――


「異世界……」


 アルテミスははっとしてイヌカイを見た。


「もしや、地球……!?」


 ……イヌカイは大きく息を吐いた。


「そりゃ奇遇だな、俺もあんたにしっかりと用事があるんだ。まず、1つ確認したい。最近知り合ったあんたの知人のメティスさん。その言うところによると、ウチのミコトっていう女の子がそっちに拉致られてるらしい。この神界を経由して、全然違うところにいると……そうだな?」


「……女の子……?」


――『あぁ、確かにだ。我が連れ去った』――


 ついていけてないアルテミスをよそに、クロノスは楽しそうに返す。


「おう、ガキの声らしく素直だな。じゃあ、さっさと返しやがれ」


 イヌカイは懸命に息を整えながら言った。


「お宅に拉致られてるミコトちゃんだがな。――俺にとってはそこまで大層な女の子じゃない。普通に笑って普通に泣く、ただの人間だ」


 ――涙ぐんだそれが目に浮かぶ。時永に向けて啖呵を切ったそれが、激昂したそれが。幼い頃の、何も考えずに抱き着いてきたそれが。


「そう、ただの人間だが……友達だよ。親ほど年が離れてようと、妹みたいなもんだ。家に帰してやらないと心配する人がいるんだよ。それも、俺を含めて3人ほどな」


――『ハッ、何を言い出すかと思えば。……それが容易くできるとでも?』――


「……容易くできると思ったから俺は言っているんだが? それとも何か? まさか神様とまで呼ばれるような何かがだよ、人質抱えて何か、突飛なゲームでも企んでるってわけじゃねえだろうな? 金をよこせとか、嫁に欲しいとか」


――『……確かに頭は回る。だがやれやれ、やはり地球の人間だな。そこから説明せねばならないか』――


――『クロノス、やっぱりあなた……』――


 メティスの声を遮るように、クロノスは大きく声を上げた。


――『いいか? 彼女は珍しく地球に生まれたイレギュラーだ。しかもそこいらにいるような類のものじゃない。もっと大きな魂を持ちながら安定した能力だ』――


――『……ええ』――


――『どこにも魂を分けていない。欠片を塵の一つですら落としていない。完全無欠の、大きな器……しかもそれをまったく使わないまま、自分がそれを持つことにすら気づかないまま生きている』――


「あー……うん、何が言いたい?」


――『……ミコト嬢のその力は誰にもはかれない。大きすぎるからだ。地球人でもよくやるだろう、ものの大きさをタバコと比べる。もしくはマッチ箱と。もしくは米の一粒と。……だが、あの娘のそれは何を持ち出しても比較になるようなスケールじゃない。測定不能で未知数。それがミコト嬢のポテンシャルだ』――


 イヌカイは唸る。

 ああ……それはメティスからも聞いた。


 クロノスは朗々と話を続ける。


――『ただしバカでもわかることは、解放すれば地球や神界の1つや2つ、“イチから”作り出すことも可能なほどのエネルギー量を持っているということだけ。時永も言ったか、もしくは匂わせただろう? 「自分の世界を創る」と。理想的なそれを、手に掴むと』――


「…………」


――『世界征服などまだ、小さい小さい……ここのような異世界にいながらでも、その強大さは嫌というほど伝わってくるほどなのだ。そんな力……どうして野放しにしておけようか? 利用せずにはおけないだろう? 眠ったままにしておくというのは、かなり勿体無いことだと我は思うがね』――


「……はあ、なるほど」


 理屈としてはなんとなく分かった。つまりあの時永は……奴のそれはつまり、クロノスから「刷り込まれた」、借り物の願いだったと。

 時永自身がどう思っていたかはともかく……いや、時永にとってもあれは「自分の願い」だと錯覚していたのだろうから、本気であれを為そうとしていたのかもしれないが。

 とにかく時永の存在はあくまでクロノスにとって「操り人形」に過ぎなかった。


 そう、全ては己の描いた世界を手に入れるため……

 ミコトを、手に入れるため。


「……おいあんた、まさかこんなことは言わないよな?」


 ふと思いついてしまい、イヌカイは冷や汗を流しながら呟いた。


「『あんたが介入しなかった場合の時永は、誰もが頷く善人だった』……とか」


 ……バカバカしい。


 イヌカイは自分の言葉ながら、自嘲気味に思い返した。……まさか。ただの思いつきだし、疑惑だ。


――『さあ…….どうだかな。見る人間によるのでは? 誰もが善人と呼ぶ人間など、存在しなかろう?』――


 ハッと笑うクロノス。イヌカイは舌打ちした。

 確かにそうだ。正論ではある。だが、丸め込まれてしまってはいけない気がする。

 なるほど、メティスの言うことも頷けた……確かに、こいつは最悪の人間性だ。勿論そんなものにミコトを預けたままではおけない。


「ミコトの力を使って、お前は……」


 イヌカイが眉をひそめながらいうと、クロノスは馬鹿にしたようにまた笑った。


――『そういうことになるな。これはゲームだ。お前が頭に浮かべた単語をあえて口で言ってやろうか。そうだ、「遊んでいる」。我が勝てば一つの遊び場が、惑星が、宇宙が、この手に落ちるのだ』――


 ……スケールのでっかい話だ。


――『我はあの娘の力を搾り取る為に、ここまで遊んだ。シナリオを作り、シナリオを越えてきたお前たちの前に駒を置き……だって、つまらんだろう? 簡単すぎるのだよ、この神界は。願えば願うだけ全てが手に入るのだから。見れば見るほど物語の先はバラされるのだから』――


 イヌカイはふっとメティスの言動を思い出した。

 ……神様には、なんとなくこの先の展開が感じ取れる。直感的に。そして、ほぼ無意識に。


――『……だからこそ、遊びにしたのだ。お前たちの性質をいじくり、我でも先を見えぬように『器』をおかしくした』――


 ……イヌカイは思い出した。魂は目に見えない人の器官。臓器。

 中身にエネルギーをたたえた、器。

 思ったことを実現させるエネルギー、リムトーキ。

 それを動かすことで人に戻ったイツキは、そのままつるを得た。

 そして自分は……打たれ強さと怪力を得た。

 あの姿も……もしかするとリムトーキのありようだけで……


「……おう、神様だかなんだか知らねぇが、随分と思考回路が幼稚だな……」


――『何とでも言うがいい。我は楽しいのだよ。先が見えないというのはここまでいいものだと思わなかった。スリルがある』――


 メティスがうんざりした様子で言った。


――『随分とペラペラしゃべりますね、クロノス。で、そんなことを言うためだけにイヌカイを足止めしたわけではないでしょう。要件は何です?』


「……足止め?」


 さすがに頭に血が上りかけていたイヌカイは、きょとんとした。クロノスはへらへら笑いながら言う。


――『ああ、そろそろ教えてあげようと思ってだね。メティス。何せ見ていたのだろう? 預言師などとは比べ物にならない、まさに神というべき目……我同様に先のハッキリ見える眼を持っているのだから』――


――『やはりそういうことですか。早く言いなさい』――


 次の言葉を聞いたイヌカイはぴくりと眉を動かした。


――『「鍵」はどこ?』――


 ……鍵。ミコトのいる場所につながる、たった一つの手がかり。クロノスはふっと笑って呟いた。


――『……「門番」たちの降り立った場所には穴がある。次元を通じる穴が、まだ残滓として空いている……』――


 門番というのはさっき聞いた単語だ。つまり、イツキとイヌカイ。

 つまり、神界に来た最初の場所に戻れということか?


――『そこでメティス、お前は「耳を傾けろ」。以前までミコトの世界を観察してたのだろう? その時のチャンネルに合わせて、耳をよくすますんだ。そのとき聞こえるだろう語句を、一字一句聞き漏らすな。そして口に出せ。それはミコト嬢の声で聞こえるはずだ。それが糸になる』――


――『糸……あ、そう、そういうことね……』――


「おい、メティス、一人で納得するんじゃ……」


 ……何か、ぽんぽんと進みすぎだ。全く分からない。

 それにこのウェルカムな感じ、まずは罠を疑うべきだ。


――『……罠であったとして。先に進まずに終わるの?』――


 珍しくメティスがですます調を外した。


――『そこにミコトがいるのに?』――


 ……あまりにも真剣な、その声。イヌカイは少し驚き、違和感を感じた。


 メティスはミコトに何を感じている?

 もしかして何か、ミコトに変な思い入れがあるのか? ……だとすると、なぜ?


――『一応言っておくがな。“我が”仕掛けた罠は一切ないぞ。ただ忠告しておこう……一筋縄で行くことはないということは覚悟しておいた方が良いんじゃないか? 何せこれは遊びだ。何事にも演出という物がある。ああ……』――


 へろりと笑って、クロノスの声は言った。


――『こんな時間か』――


「おい、まだ話は……」


――『そろそろ我はお暇させていただこう。……あ、そうそう。探していたんだろう?』――


「!」


 ぼわん、と音を立ててアルテミスの目の前にペンダントが現れた。


「……お礼は言うべきでしょうね、ありがとうございます。」


 ペンダントをキャッチし、渋々という感じでアルテミスが呟く。


――『それではまた……ククッ、会う事があれば、ね』――


 声がはたと止み……気配がなくなる。イヌカイはようやく肩に力が入っていたことに気づいた。……そうだ。今気づいたが結構なプレッシャーだった。

 我ながらあれだけ喋れたのが不思議なほどだ。

 やれやれと頭を振る。

 どうも自分たちは時永以来の理解不能な輩を相手にしてしまったらしい。


「あの……ハジメさん?」

「はい?」


 あぁ、そういえばこの人の存在を忘れていた。……もう自分は既に落ち着いている。……うん。クロノスの孫ということは、「はじめまして」とは言っていたが、元からクロノスと繋がっていた可能性もあるわけで。

 そしてクロノスとは繋がっていなくてもアポロンと繋がっている可能性も否定しきれないわけで。


「アルテミスさん、でしたっけ」


 ……警戒しなくてはならない。


「……あぁ、合っている」

「……これ以上、自分たちには近づかないほうがいいかもしれないですよ」


 突き放す気持ちで言った言葉だった。そうでなければ、自分はこの人を信用してしまう。

 あの、理解不能なクロノスの孫。そんな人間相手に……いくら可愛いからとか綺麗だからって、骨抜きになってはたまらない。が、しかし……


「……それは確かに言えることだ。地球からの来訪者を狙う馬鹿な輩に襲われるかもしれない」


 別の意味でアルテミスはその言葉をとらえたようだった。


「しかしそれでも思うことがひとつある」


 アルテミスは向き直り、真っ直ぐとイヌカイの目を見据えた。

 それは、誰の指図も受け付けないような強い意志を秘めた瞳。


「………。」


 あまりにも綺麗なその瞳に、思わずたじろぐ。

 アルテミスはふぅ、と息を吐くと言い放った。


「――ファイトだ、ハジメさん!」

「……は?」

「それでも私は、貴方を応援している」

「……はい?」


 ……いきなり、何を言いだすンすか、あんたは?

 アルテミスは少し考え込むように言った。


「うん、とだな。ええと……その、なんといえば良いだろうか? 私はなんというか、不人気の権化でな。幼少の頃から友人と呼べる人間がいなくて、だな。ずっと1人だ。人付き合いとか、お友達とか、それがどういうものなのかを完全に理解しているわけではない」

「はぁ……」


 イヌカイは頭をかいた。話が読めない。


「しかし、友人というのは何にも勝る大切なものだと、私は父、ゼウスから教わっているのだ! すごく、何にも勝る宝物のようなものなのだと」


 さらっと名が出たゼウス。……それが父親だということは、アポロンと血は繋がらないが兄弟と言うことになる。が……


「今の会話から察するにだ。……友人を取り戻すために、貴方はわざわざ異世界から来たのだろう? これは私の印象だが、非があるのは祖父、クロノスの方だ。違うか?」


 そのあまりにも単純で真っ直ぐな言葉、目に、イヌカイはようやく気づく。……ああ、うん。違う、誰かと手を組んでるとかそういうのじゃない。

 ……多分だが、ホントに何も知らないんだわ、この人。


 兄貴だか弟だかがこっちを狙っていることはまったく耳に入ってない。

 ただ、異世界からの『来訪者』があちこちで指名手配中だということしか。


「……俺らを殺すとか、そういう方面の方じゃなかったんですか」


 ホッとしたイヌカイは思わずそうもらした。きょとんとするアルテミス。


「な、何を言っている。私は父から祖母と国を捨てたクロノスへの恨み言ばかりを聞かされて育ったんだ。それに今ようやく出会って確信した。たとえ血の繋がった祖父とは言え、あまり好かない種類の人間だということはすぐにわかった。……それに、父は来訪者に関しては、出会ったらまず、敵か味方か様子を見るようにとハッキリ申されている」


 父も娘も親子揃ってまぁ……ハッキリクッキリクロノスを嫌ってるな?

 イヌカイは苦笑しながら考える。さて……この分だと、どうもこの一家の中で意見が分裂しているように思えてならない。

 今わかったこと……それはこの国の王様自体は、俺達“来訪者”と呼ばれる2人組に関しては基本的には刺激しないようノータッチを決め込んでいるということだ。

 それに反し、王子のアポロンは来訪者に対して何か、アクションを起こそうと企んでいることは間違いない。

 どうもイツキは無視で俺限定らしいというのが未だに府に落ちない点ではあるんだが。

 ……まぁ、そこで閉話休題。

 考え始めるとすぐこれだ。いつまでも思考の海から帰ってこない。


「……じゃあ、ハジメさん、私はこれにて。探し物は見つかったので失礼する。あ、おいしそうなお野菜だったな。パッと見た限りでは根菜類が多い。煮込み料理にするといいぞ!」

「あ……あぁ、どうも。気をつけて」


 あまりにもふわっふわした、なんというか、能天気な言葉だ。

 荷物を普通に返却されたイヌカイは、若干頭をかかえつつ、手を振った。

 ……さて、帰ったらこの新しい情報をすぐに誰かに言うべきだろうか。言うべきなんだろうな? ああ、もう。



「……知恵熱が出そうだ」


――『お疲れさまでした』――



 メティスの声は、いつもの坦々としたそれに戻っていた。

 あの瞬間的な「真面目っぽさ」はなんだったんだ……考えるのも嫌になりながら、石畳の上に足を踏み出す。


「こっちだったよな?」


――『そうですね』――


 元の世界ではなかなか見られないような満天の星空の下……イヌカイはパン屋に向かって1人、ぽつりぽつりと歩いていった。



……それを。



「……うまく、やってくれたものだな……」


 遠くから、物陰で見つめるアポロンの姿があった。


「ぽー」


 特殊能力で出来た鳥が、まるでハトのような鳴き声を出した。

 しかし、見た目はハトではない。もっとシャープな輪郭の……嘴が太い鳥だ。


「わかっている。…今回は見逃してやろう」


 まるで会話でもするようにアポロンは答える。あのたった一度でも自分の不意をついてなされたクロノスの「攻撃」。

 それを防いだのは、あの男だった。


「あれは向こうも手を緩めていたとはいえ、あいつがいなければ死んでいた。…あの無防備なお転婆姫のことだ。武装はしていても油断をしていたんだろう」


 甘やかしてしまったかな……と、アポロンは呟いた。


「前にも幾度かああなりそうになったことだけはある。だが、その前に私が全部追い払っていたからな。……実質、あの姫が襲われたことは一度たりともなかった」

「ぽー」


 静けさの中……鳥だけがアポロンに相槌をうつ。


「……その記録を一度だけ、悪い方向に塗り替えてしまった私に代わって阻止したのは、確かにあいつの功績だ」


 アポロンははじめて、仮面の下で微笑を浮かべた。


「だから見逃してやろう。あいつがその友人とやらを助けてやるまではな。……いくら、父上の言いつけを破った私でも、姫の意思には逆らえん」


 ――アルテミスは、イレギュラーだ。神の予想を狂わせる。そして、「預言師」の予想をも狂わせる。だからこそ忌み子として、王と離して育てられた。


「……全く……」


 イレギュラーの力ではあるのだろう。実際、今まではその手であいつを近いうちに葬ることは目に見えていたはずだった。

 なのに今は、そのビジョンもおぼろげだ。

 ただ「見えない」からと言って、諦めるわけにはいかない。アルテミスはアポロンがイヌカイを殺そうとしていることなど欠片も知らない。……知らないということは、阻止できないということだ。


 ……「殺す」。

 その意思はまだ、自分にある。


「さぁ行こう。どこへ行こうが、あいつはそのうち帰ってくるだろう。姫へことを報告しにな。……その時だ。相手になってやるのは。強くなっているはずだがな、あの、初めての刃での反応の速さと集中力の高さを見るに――」


 そこで鳥とアポロンの姿は夜の闇へと消えた。




   *   *   *   *




 アポロンはその日、最後までその“姫”の名を呼ぶことはしなかった。

 ……何故なら、その姫とは書類上の兄妹ではあれど、きちんと顔を合わせたことは一度だけ。そして顔をあわせたことも……アポロンは覚えていても彼女は覚えてはいない、そんな、昔のお話だ。


 彼女を外敵から人知れず救ったことはあっても、それが彼女の耳に届く頃にはもう事は全て済んでいる。


 アポロンたち王族の住む城すらもアルテミスの家……この町の郊外にある古城とは離れた場所にあった。


 ……イレギュラーであるために、許されない同居。

 だが、アポロンはそんな遠い存在の姫に深く入れ込み、深く憧れていた。



 何故なら、昔に見たその少女はひどく儚く、きれいで――




「……ああ」


 ようやく住処へ帰り着き、自室の前に置かれたそれを見て……優しい声は呟いた。


「また、花が届いている」


 ――鳥が飛び去った。

 アポロンはしゃがみ込み、そこに置かれた鉢植えの……紫露草を見た。


「……この間は翁草にしたのだったか……さて、次は何にするかな」




  ――花のようだと、そう思ったのだ。

※ 二人とも花言葉を欠片でも知っていたらアポロンも翁草とか贈らないし、受けたアルテミスも紫露草とか絶対返さないよね。



【(現時点での)キャラクター紹介】


・アルテミス


 神界の国、コンセンテの隠れたお姫様。一見落ち着いた物腰だが、中身はテンション高くはしゃぎやすい性格で若干頑固の負けず嫌い。

 本来なら現王ゼウスの一人娘であり後継になるはずだったのだが、幼い頃に発覚したのは「夢」を見ないということ。

 つまり神界では迫害されるマイノリティ、イレギュラーと呼ばれる存在だった為、後継の座は急遽アポロンがかっさらうことになってしまった。

 それ以来家族とは引き離され、半ば隠れるようにして別宅ならぬ別城に住んでいる。パン屋の常連。

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