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11.強がりの向こう

「…………。誰のことだ?」


 ……えっ。

 オレは思わず目を剥いてアポロンを見返した。ミコトが今問いかけたのはアポロンの妹の名前だ。


「……」


 『血の繋がらない妹を、どう思っているか』。


 オレが思わず頭に浮かべたのはミコトの世界で暫く相手をしたあの子の顔だった。

 ミコトの世界に現れた、自分の記憶から形作られた。



  ――「にいちゃん、あそんで!」



 自分の妹。

 ……もちろん、本物とは違うかもしれない。実際にあんな子だったかどうかは分からない。


 『なんとなくそうだった』の枠組みに、『この状況ならこう言うんじゃないか?』の自動予測を勝手に当てはめたものだという確信が、なぜだかずっとついてまわった。


 ……夢の中の登場人物と同じだ。

 本物はもっと幼なげだったかもしれないし、逆にもっとしっかりしていた可能性もある。


 それでも最終的にその子はわらって、オレの予測に反したことを言う。


 それが当たり前であるかのように、確信と覚悟と、説得力のようなものをもって。



  ――「……わたしね、にいちゃん」


  ――「うん?」


  ――「さよならしても、さみしくないよ?」


  ――「……そっか。本当に?」



 虚像を軸にしていても――オレの想像を種にのびた子葉でも。彼女はそう育った。

 そんなあの世界の妹を、オレは好ましいと思っている。手放した割に。


 虚像から生まれて、ミコトの世界で育って、おそらく自分が切り捨てられることを最後に察したくせに『兄ちゃん』の背中を押した。


 そんな小さな『はりぼて』を、きちんとオレはおぼえている。


 ――だから通常なら即答するだろう。

 オレだったら。


 好きも嫌いも一瞬に。その子の事実を刻むように。ただ……。



「おぼえてない……その、【枠組み】があったことすら?」



 信じられないものを見たようなオレのリアクションに、アポロンは自嘲したような表情を浮かべた。今理解したようすで肯定している。

 ――妹というものがいたことすら初めて知ったようなリアクションだった。


 義理とはいえ、家族の名前を。それも――『一瞬遅れて納得したような表情』をして。

 忘れた原因を、自覚しているように。


「ッ……空間地雷撃(ギックージ)[gikkuujikan(カンライエ)raie ]!!」


 ――パチッ!


「リオさん!?」


 僅かな違和感! ――つるの盾を展開した瞬間、ドカンと認識外の方向からプラズマが着弾するのが分かった。慌てる様子もなくアポロンが音もなしに飛び退く。


「あっぶないな!? オレたち巻き込まれかけたんだけど!」

「ヘェ――? そんなヘマすると思いマス小生?」


 手は構え、腰は丸め、明らかに力の入った体勢なのに、首から上はゆるっとした様子でリオさんは言う。


「注意がせっかくキミに向いてるンなら、隙をつくしかナイっショ? ――まー小生、そこの自称・王子サマと違って、雇い主の影響で『弱き人民の味方』の自覚はありマスが⭐︎」


 なぜだかリオさんは自分の耳飾りを少し弾いた。


「そこのヘボ太と違ってネ!」

「……私が守るのは自国民だけだからな」


 うっ、アポロンから暗にオレたちが守備範囲外だと言われている!

 いやアポロンもイヌカイ相手と違ってオレには敵意がない。……助けてもらったことは、あるけども。ただ――そう、あくまでオマケの扱いなのは分かる。


「で、変わった術だ。詠唱からして電撃系か?」


 連鎖的に発生するように()()()()()()()()から仕組んであった――そんな様子のプラズマ球に囲まれながら、アポロンは静かに問いかける。次々に着弾するように見えるが、まるで蜃気楼を挟むように軌道が逸れた。


「ま、そーともいえマスし、そうじゃないともいえマス! その辺に常にある自然光、そういうエネルギーを自分のものとして取り込むには、そういうのに近いモノに変換するのが手っ取り早いのデスよ、ッと!」


 首を振った瞬間、パスッ! とリオさんの耳元を何かが通過した。


「ヘーェ、王子が戯れに持つにしてはあまりに地味……いや、レト氏の影響かなッ」


 弾けたような音だけはする。リオさんの外套の端が裂けた。けれど、アポロンの口は動いていない。


「イツキ?」

「……何も、予備動作がない」


 今更気づいた。

 アリスとタイオスのそれと違う。呪文のような文言の詠唱がなかったし、体勢もほとんど変わらない。


 ――ばしゅっ、ばすばすばす!


「いやあ、すげーデスね! 母ちゃんに教えてもらいまシタ?」

「……」


 プラズマ球が弾ける瞬間、爆発音がくぐもった音に変わる。まるで見えない手に掴み取られるように。


「それ、王族のというより従者のソレデスよ」

「修めてはいる」

「でっショーね!」


 オレに目配せしてパチン、とリオさんが指を弾く瞬間。

 ほぼ同時につるから聞こえたアポロンの脈拍が一瞬乱れる。それが予備動作代わりか!


「だってソレ、他国との会談中、曲者を見つけたトキのヤツ!」

「!」


 アポロンの指が動く。


 瞬間、オレはミコトをしゃがませながらもう一度つるの盾を展開した。以前とは葉っぱの形が違うのを目視で確認。……うん、今度はちゃんと改良版になってる。

 できるだけ炎に耐性がある植物。

 熱に耐性がある植物。

 丈夫な植物。


「――光の矢[ anohaki(アノハーキリィ)riy]!」


 アポロンの腕が見えない矢を番えると同時に、ズバンッと空気を裂いて光が発射される。


「……成程、ブラフが多い。さっきは確かに脈拍の乱れがあったんデスが、今度は動作を作ってきた!」


 プラズマと光の矢の爆発が続く中、リオさんの言葉を聞きつつ、オレは盾の防御力に集中する。


「い、イツキ……」

「ミコト、ヤバかったらイヌカイに雨除けでもらってた上着、頭から被って!」


 オレのつるはそもそも回復、修復力が売り――被ダメは受けるってことだ。痛みらしい感覚がないのは幸いといっても、残機がなくなるたびに補填してる感じというか。盾の形状にいくつもつるを重ねた状態なので、油断すると全部燃え尽きそうだ。


「掻き乱しマスね! タネが分かった瞬間逆に利用するとは、頭の回転も早い。……大物はさすがに使うんデスねコターボ。――脈、視線、呼吸。使えるもんは全部使うって感じデス?」

「――ハッ、よく喋る、地球人への解説のつもりか?」

「エエ勿論!」


 アポロンの攻撃で発生した砂煙を『光がはらう』。リオさんがプラズマの爆風で吹き飛ばした瞬間、相手の間合いに踏み込んだ。


「付け焼き刃にもほどがある。……『お勉強』したところで、地球育ちが神界人に対応できると?」

「……あれェ、知りまセンでシタ?」


 おどけたようなリオさんの言葉と同時に、アポロンの腕の小手に拳が食い込む。


「できマスよ? あのイツキクン、結構頭いいデスから!」


 ――頭いいかどうかはともかく。


「今の熱量くらいなら防げるかも」


 直撃でなかったにしろ、温度感は掴めた。あの、矢じりに見える攻撃――単純な火でも雷でもないが、発光と威力の原理はリオさんのプラズマと同じようなものだ。

 気体に電気を通してプラズマが発生するのがリオさんのそれ。だからリオさんは雷からのアプローチ。


 アポロンは少し違う。彼が普段使うのは雷ではなく風、つまり空気だ。空気という気体を操る過程で空気中の水分子を振動させるとどうなるか――答えは同じように。


 熱が発生する。


 端的にいえば電子レンジと同じ状態だ。空気中のエネルギーがプラズマ化する条件は揃っている。

 それをどう発生させるか。

 そして最終的にどうか使うかが違うだけ。


「……!」


 アポロンがこちらを見る。

 気づいたせいだった。――盾の形状が見る見る異なっていくことに。


「アイビー……イチョウ、ガジュマル……」


 漏れ聞こえるのは聞いたことのある植物名だ。オレはそこまで詳しくない。が、乾燥に強い植物、水分含有量の多い植物を探して腕の先が形状を変える。まるで『仲間なら全部把握している』と言わんばかりに。


「……リュウゼツラン……!」


 見覚えはありつつ名前も知らない、アロエに似たトゲトゲの分厚い葉っぱをかまえる。

 ……自分でも知らないものに形を変えてるところをみると変な感じだけど、使えるんだからしょうがない。


 熱帯、乾燥地帯の植物なのだけはなぜか分かる。だってプラズマは両方とも、太陽が光る仕組みと同じ。日差しに強いものならまだ効くはずだ。


「……見覚えのあるものなら対策とれマスよ。コイツらナメてんじゃねーや、ッ」


 まるで槍のように突き出される、【電撃】を帯びたリオさんの拳を、【風】で受け流すアポロン。


「……成程」


 サクリと音がした。


「風の音で聞き取りづらかったが、覚えのない詠唱だ。オリジナルか?」

「おかしいデスか?」

「オタクだな」


 一発入れたようだ。

 どさくさに紛れて新しい呪文をぶち込んだリオさんはニヤッと笑った。


「あのメティスの弟子デスよ、自前で色々できずにどーしマスッ!」


 ドスンと音がした。

 ――アポロンの手足につけられた装甲。小手と脛当ての一部が焼け落ちた音だった。



   *   *   *   *



 ……その防具自体、安物というわけではない。素材としても熱を通さない裏地と強度の強い特殊な合金だ。

 手間と金自体はかかっていて――だとしても接合部を狙われては意味がない。一般兵と同じ素材のそれをかなぐり捨てた。


「……空間地雷撃(ギックージ)[gikkuujikan(カンライエ)raie ]……」


 メティスの弟子/助手/同居人。

 ここ数ヶ月城下町に出没していた行商人風の男は目の前で口を開く。

 謎が多い。ただし言葉数も多い。

 ふざけた言動もする。ただ、攻撃のみは異様な重たさの男。


「ええい……一々読みづらい。女神の入れ知恵というのはこれだから!」


 ……『神界人にはオリジナリティがない』。当人たちが口にする合言葉に近しい言葉だ。

 彼らが自力で発達、発展させる技術、文化はほとんどない。

 祭事、政治、文化、食事、なんなら普段使う言葉まで――あくまで、地球からの借り物だ。

 彼らが日本語で喋るのも、この近辺の人間は日本語話者を夢に見るものが多いから、日本語なら通じるから。


 山間部なら当然中国語圏もあるし、ヨーロッパ系の多い村もある。元々は地中海沿岸の人間が多かったせいで人名地名のチョイスに古い言葉の名残はあるものの、それにしたって古代ギリシャ語に近い音。地球の言葉だ。


 地球人と比べて好奇心がない。

 探究心がない。

 必要でなければ開発しない。開発したところで盗用と引用の雨あられ。


 ただ――きっと例外もある。


太陽光撃[tiya(ティヤ・ギィ) gikoukeo](コーケオ)!」


 ぱり、と光が走る。


 ――ああ、“見たことがない”。書物でも実物でも実戦でも。こんな荒れ狂う嵐のような戦い方は、雷光をまとうような術はとんと覚えがない。先人の真似事ではない。異世界の模倣でもない、先人の真似事から発展させたオンリーワンがきっと、目の前の嵐だった。

 手間を惜しまない、熱量を失わない。

 神界人としては異質なオリジナリティ。


「……ハッ、アンタもなかなかやりマスね、ココまで空気を読む相手ははじめてデスよ!」


 ――模倣が軸だと見破られた気がした。

 否、とっくの昔にこの男には分かっていたのかもしれない。目の前の行商人がオリジナリティとオンリーワンなら、こちらは常に物真似だった。


 拙い。しかし繰り返せば強固になる、物真似。

 ――そう、過去の自分の物真似だ。

 元々どうであったかなど、とうに忘れている。


「――ッ、は」


 針に糸を通すような精密さでなぞる。

 ――脳裏に浮かんだ直感だけが頼りだった。うっすら残る残滓のみがヒントだった。視野を広げる。演算機構を追加する。今現在の判断機能に代替していく。

 そうだ。――ほぼほぼ、自分の中の「何か」が削れていく。

 【最初】など、要らない。

  【当初の思惑】など、知ったことではない。

 過程すら、要らない。

 自分が何者かなど。何がほしくて戦い始めたのかなんて。


 結果の前では些細なことだ。


 ……そもそも切り捨てられるほどの熱量なら、要らないものだったのだ。


「はっはーん……そのバカみてェな膂力……迷いの、なさ……」


 行商人が半笑いで口を開くのが分かったが、続きは要らない。


「……やり口に敬意くらいは向けてやってもいーデスが、伴ってねーデスね、結果が!」

「元より、評価される為にはしていない!」


 撃ち合う。――この国を導く預言師。その血筋を引く、自らの体質。

 欲しいタイミングでの未来予測はあまり来ない。そもそもガチャガチャのようなものだ。コインを入れれば入れるだけ手に入る景品は、欲しいものとは限らない。

 だから、都合のいい未来が手に入るまで対価を払い続けるのが必勝法だった。


 ――死を視る。視野が狭い。術式的な【目】を増やす。避ける未来に切り替える。死を視る。避ける為に何するか選び取る。ああ、視座が足りない。


 ――自分の周囲に盲点を作らない。


 その為に自分の中身を切り売りするくらいならば、安いものだ。

 ――その時だった。


 ザッ!!


 今増やした使い魔の視界ではない。そこに風を切り、飛来してきたのは1羽の鳥だった。

 覚えのないそれ。だが、自分が作ったものであることだけは、その見た目で分かった。


 ……おおかた、身内からの伝言だろう。


「……管絃出力750、光量生成230……」

「おっ、と!」


 無理やり割り込んだ作り物の鳥。行商人がバランスを崩す。


「――光の矢[ anohaki(アノハーキリィ)riy]!」

「!? おわっ」


 そこを逃す自分ではない。

 目を瞑る――至近距離からの光の矢は、相手の視野を瞬く間に白く潰した。


 瞬間。




「……流石に、それは凄いな」




 目を瞑ったまま、思わず口に出した。

 ――鳩尾を何かが突いている。これにもう少し角度がついていたら、確かに貫かれていた。


「見えているのか?」

「見えてないね」


 返してきたのはそう。

 先ほどまで流れ弾を必死に防いで手一杯、防御に徹していたはずの――植苗イツキの声だった。


「聞こえたか?」

「いや、うるさかったね」


 つん、と鳩尾に何かが当たる。


 その声は落ち着いていた。――本来、彼は怯えが強い性格だと認識している。自分のことはよく分からないが、印象としてはだいぶ強かったらしいそれは、【犬飼 元】からすると庇護対象だ。――ただ。それでも。


「……博識だと思うから知ってはいると思うけど。オレの得意分野だ」

「……」

「アポロンは太陽、神託、預言、つまり人生における『希望の光』――人々の道行を指し示す光明神であると同時に、音楽の神様の名前でもある」


 目を開けば、その手はミコトと呼ばれていた女の子の両耳を抑えていた。その子が頭から被ったイヌカイの上着の上から強く頭をかかえた、その手。針のような鋭利なトゲがこちらの腹部まで伸びている。


 自分の耳は守らず、余裕はない。嘲笑も怯えもない。――けれどそれは、ひたすらに正面から。視覚としては軽く見て数分間機能しないはずの目で、こちらを捉えた。


「太陽と光明なら、光はそりゃあ使うでしょ。熱も使う。更には天を駆ける車の乗り手だ、だから空気、風由来の力を使ってる」

「……」

「後は感染症……流行り病と、まだ見えていない要素としては、音楽、竪琴の要素が残っていた」


 【地球の古い神話】と【現実の神界】が時折、不思議なほど似通った状況になるのは知っている。そもそも、名付けにサイコロという偶然を使うとはいえ――「すわりのいい名前になるまで賽の目をみる」ということは、「すわりのいい名前」という概念、定義があるということだ。


 名前らしい響き。

 人名だと認識される文字列。


 ……たとえばこの大陸で古い時代に使われていたギリシャの響きと合致すれば、赤子はその名前になる。その時に初めて、その子の名前に意味がつく。


「……その矢、音が出せるでしょ。リオさんの目を潰すと同時にオレの耳を潰す予定だった。違う?」


 自分、アポロンの場合は、「太陽、弓、医術、音楽の神と同じ名前だ」という意味。

 当然そのイメージから想起されるものに才能が付随することは多かった。そもそも、互いへの思い込みが押し合いへし合いするのがこの世界だ。


 地球人より、神界人の方が「思い込みを実現させる能力リムトーキ」の力は強い。他者から「アレが得意そうだな」と思われれば、当然得意になる。


「……頭がいい、か」


 行商人の発言をふと繰り返す。意外とこの少年、敵に回すと怖い人間だ。


「……しかし予測がついていたとして」

「短い時間だ。耳を塞ぐ手立てはそこまでない。知ってる。……実際オレ、今、耳わんわんしてるし」

「…………」

「でも、人の耳じゃなくてつるの方なら」


 今更緊張が解けてきたのか、膝が少し震えだす。……お前が先程叱りつけていたその子と大差ないのでは? 呆れて指摘しようかと一瞬思う。そんな虚勢をはった少年の声がした。


「土の奥深くに入れておけば……()()()()()()()になるんじゃない?」


 本性を隠していた、というわけでもなさそうだ。単に――気質の問題か。以前、彼を助けた時のことはさすがに覚えている。半泣きで情けない、弱い。奇妙な因果に巻き込まれただけの一般人。大方、クロノスに振り回されている哀れな地球人。そういう認識だった。


 しかし今は違う。少なくともこうして相手の裏をかき、視界も音も封じられたその他の中から飛び出して、その手を相手に突きつけるだけの能力は持っている。


 「自分が死ぬのは嫌だ」。

 だから、殺し屋からは泣いて逃げる。

 ただ。


「そうか」


 ただ単純に、立場の低いもの。年下の女の子が害される様を、放っておく方が寝覚めが悪い。そんな意志を感じた。


「…………」


 重ねられるような気がする。

 何かを、思い出すような気がする。


「……どうも苦手だ」


 口の端が少し上がるのが不思議と分かった。切り離した何かを。ゴミ箱に捨てた何かを。……この世界を救う為、諦めたものを。


 眺めているような。

 自分の中で何かが、喚いているような……。


「――あ、逃げやがりマスかもしかして!?」


 行商人が見当違いの方向を慌てて見た。私は先程の使い魔を回収して風に乗る。――足が風を蹴り、瞬く間に野を飛び越えて浮き上がった。


 振り払う。

 自分の中のゴミ箱を無視して、残り滓を、名残を無視して……遙か上空で、使い魔の知らせを眼前に展開した。

 『地球人、捕縛の知らせ』。


「ああ、これか」


 それから一切記憶のない、おそらく思い入れを消してしまったであろう『姫君の処刑』。

 ――それに伴って展開される警備隊の編成。


「……鎧の回収はさすがに、ヴァレテーラにでも担当させるか……」


 ……これ以上油を売る意味は、こちらにもない。

 溜め息を吐く。

 ――そうだ、ないはずだ。

 不要な記憶に引っ張られている余裕はない。


「……」


 使い魔を増やして野に放つ。

 ――迷う暇があるのなら、気を回せ。

 そんなもの、空に飛ばしてしまえばいい。


()()、しかし……。ん?」


 思わず昔の癖で舌打ちをしてしまい、苦笑した。

 地球のドローンカメラのように遠くのものを見、聞いた言葉を届ける『小動物の形をした絡繰り』。

 ……常人なら1体、できても2体が限度のところを40も50もまわしていたら、それはもう通常なら廃人だろう。何せその絡繰り仕掛けのエネルギー源は『術者の心』だ。

 絡繰り人形に『自分の心の一部』を込めて世界を騙す――自分がもう一体いると誤認させるのが、このコターボ術の特色だった。



  ――「そのバカみてェな膂力……迷いの、なさ……やり口に敬意くらいは向けてやってもいーデスが、伴ってねーデスね、結果が!」



 メティスの弟子を名乗る行商人には恐らく、完全にバレている。

 こちらにはもう、素材として使える記憶(こころ)がほとんど残っていないことなどお見通しなのだ。


 記憶なんてものはそもそも勝手に生まれる。結局のところ息をしていれば、勝手に増えるもの。それをバカスカ使っていたところで、死にはしない。

 ……しかしまだまだ、無駄なものが残っていたとは。


 【舌打ちが癖でよく怒られていた】――次に使うなら、この記憶か。


「……どうでも良すぎて忘れていたよ。しかし大層な取引をした割に、回してくる情報が古いぞ……レト」


 もう少し目が必要だ。先を見通すための情報が。

 あと幾つ増やせるかは定かでないが、とにかく全力は尽くさねばならない。

 その為にエネルギー源を増やす。増える可能性のある事象なら、全てを捧げてテストする。


 神界人には時折、暴走するほどの力を持った異分子(イレギュラー)が現れる。

 その共通項が、【地球の影が病死でない死に方で突発的に死ぬこと】だというのであれば。



「自分の影を殺し、葬り去る」



 必ずやらねばならない。

 この国の先――この些細な強がりの先にある、()()()()()

 その突破口を、自分一人で探すために。

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