弟子入り、そして……
老女のか細い腕から繰り出されたとは思えない程の、重い一撃を放つと、ノーラは那岐に切り出した。
「あんた、行く所がないなら家に来な」
それはあまりにも唐突で、理解するのに数秒を要した。
遊びに来い、と言っている訳ではなさそうだ。
「でも……」
「でももくそもあるかいっ! あんたどうせ行く所なぞないだろう!
それに、そぉんな無防備にボケーッとしてたら、忽ち身ぐるみ剥がされるか、さもなきゃボケーッと野垂れ死にだよ!」
「……別にボケーッとしてる訳じゃ……」
慣れない翻訳機能を使っているように、二重音声がかかるような状況がもどかしいと那岐は感じているのだが、ノーラはそんな那岐の様子を、ボケっとしていると感じていたようだ。
「ふんっ。何だってかまやしないよ。
で? 来るのか来ないのか?」
「仕事を探そうと思っていたんだ」
「なら、あたしの仕事を手伝っとくれ。
あたしももう年だからね。そろそろ弟子をとろうと思ってたんだ。
あんたはデリカシーはないが、魔力はある。
あたしの弟子には丁度いいさね」
「…………よろしくお願いします」
何故か森の魔女に気に入られた那岐は、こうして就職先を見つける事に成功した。
すぐにでも森の家へ行くのかと思われたが、宿を3泊分とっていたこともあり、折角だからと生活に必要な雑貨等が売っている店や、買い物の仕方。それに食糧事情など、実地で教わる事になった。
「このあたしの弟子が、世間知らずな馬鹿者だと町の連中に気づかれるのは癪だからね」
「…………」
一々癇に障る言い方だが、世間知らずは本当だし、デリカシーに欠ける質問をしたのも事実だから、言い返す事も出来ない。
それにノーラはこう嘯くが、エイミーとやらと同郷だという那岐を、憎からず思ってくれているのは分かる。
エイミーが地球のどこの国の、どの時代から来たのかは知らないが、ノーラの話しの中のエイミーに、那岐もまた親近感を感じていた。
なにはともあれ、就職先が決まるのは願ってもない事だった。
買い物を済ませると、ノーラの店に戻り話しを聞く。
杖屋だと思っていたが、魔導師を相手にした魔道具屋だという。生活する上で必要な、最低限の現金を稼げればいいという方針なので、あまり店を開ける事はないそうだ。
主に扱っているのは、魔導師の武器である杖、魔力制御用のピアスや指輪、腕輪等のアクセサリー類らしい。
他にもちょっとした傷薬なんかも扱っているとか。
魔道具に興味を持っていただけに、那岐にとっては正に渡りに船だった。
☆★☆★☆★
魔の森はその名の通り、魔力を持つ獣──魔獣──が生息している。
と言っても、普通の獣がいない訳ではなく、奥に行く程魔力が濃くなり、生息する魔獣も強くなっているのだとか。
森の浅い場所では、そうした魔獣もあまり出ない為、冒険者が採取や狩猟に訪れる。
植物は薬やポーションの材料に。魔獣の肉は食糧に、皮や爪、牙などは武器や防具になる。もちろん種類によるが。
ノーラの元に弟子入りして10年、そうした薬を作り続けた。
那岐の作る薬やポーションはなかなかに評判が良く、ノーラの店だけでなく冒険者ギルドにも卸していた。そこそこの値段で買い取ってくれる。
また念願だった魔道具だが、火を付ける魔道具、水を出す魔道具、簡易結界など、簡単な物しか卸さない。
それというのも、転生だか転移だかのチート能力なのか、エイミーの作る魔道具と同じで、自重を知らない代物が出来上がったからだ。
那岐は便利だからいいじゃないか、と思うのだが、ノーラに言わせると非常識極まりないのだかとか。
例えば、那岐の持つ鞄のように、入れた物が劣化しないように時の魔法をかけたり、空間を無視して収納出来るように空間の魔法をかけたりする。
那岐がサラッとこれを作って見せた時、ノーラはリアルに頭を抱えた。
『あんたの頭の中は一体どうなってるんだ……。
あたしはこの年になって、赤子同然の非常識な人間を育てにゃならんのか……』
『お師さんの身の回りの世話をしてるのは誰だと?』
『……確かにあんたの作る食事は美味いがね……』
そして更に20年。
那岐はひたすら薬作りや魔道具作り、魔法の研究に没頭した。
ここへ来た時にメモした属性については、早々に答えは出ていた。
赤橙黄緑青藍紫白。
何のことはない。
年々人間の持つ魔力が少なくなっており、空間魔法と時魔法の使い手がいくなった。というだけの事だった。
これには那岐も拍子抜けしたが、使い手がいないという事は、どこの国のどの立場の者にとっても、利用価値があるという事だ。
使う時は慎重にならないとな、と心に決めた。
使わないという選択肢はなかった。
───だって便利なんだもん。
『……』
少々規格外ではあるが、一人前の魔導師になったといっていいだろう。
見た目も性格も、全くもって変化はないが、瞬く間に50年が経った。
そして今。那岐が最も恐れていた事が起ころうとしていた。
ノーラとの別れの時が近づいていたのだ。
ノーラの細くしわがれた手を握る。
出会った時より幾分細くなったと感じさせるその手に、那岐は胸が締め付けられるような痛みを感じた。
「なに辛気臭い顔してんだい」
「……お師さん……ノーラ……」
「あんたは良くやったよ。
ちゃんと、あたしの弟子として役目を果たした。
もう教える事は何もないさね」
「……っ…、でも、」
「大丈夫だ。……ちと不安だが…………まぁ大丈夫だろ」
ぶつぶつと口の中だけで呟いた言葉は、那岐の耳には届かない。
「最後にね、ナギや。
あんたはもっと、他人と関わらにゃいかん」
「っ、最後なんて……」
「いいからお聴き。
あんたはこの50年で、魔法は大分上達しただろう。
だがね、魔導師とは、他人と関わって生きなきゃならんのさね」
「……関わってる」
「商売相手は関わってるとは言えんよ。
友人、恋人、家族。
大切な人を作るんだ」
「……ノーラがいる」
「あたしはあんたの師匠だ。
友人じゃあないよ」
「……………」
「あんたは、その気にさえなれば
ちゃあんと繋がりを持てる子だよ。
それにね。
あたしはあんたに、きちんと生きて欲しいんだ。
研究してる時のあんたは、随分楽しそうだったから止めなかったが……
今思えば、あんたに友人の一人や二人出来るのを、この目で見てから……」
「お師さん!」
「あんたは孤独に慣れすぎてる。
いいねナギ。
あたしが旅立ったら、冒険者におなり。
そして色んな所を旅して、大切な人を見つけるんだ」
「そんなのいらない……お師さんだけ……」
「馬鹿言ってんじゃないよ。
出来がいいんだか悪いんだか分かんないような弟子の相手なんざ、もう懲り懲りだよ」
憎まれ口を叩きながらも、那岐の手を握るその手にキュッと力が込められる。
「それと、これは忠告だ。
本当に信頼出来る相手に出会うまで、あんたの二つの秘密は漏らしてはいけないよ」
こくこくと子供のように頷く事しか出来ない。
「じゃあ、あたしはいくよ……
ナギ……この家はあんたの好きにしていい。
売るなり焼くなり好きにしな」
そう言うとノーラは、老女とは思えない身のこなしで、森の中へ疾走して行った。
2500年ぶりに迎える同族の出産の為に、生まれ故郷であるファダへと旅立ったのだ。
那岐の作った無限収納鞄だけを背負って……。