森の魔女
翌日。
宿で朝食を摂ると、本を読むか出掛けるか迷い、せっかくだからと出掛ける事にした。
街を見て回って、気になった事を後で調べるつもりだ。
それに職も探したい。
鞄の中に硬貨はあったが、自分で稼ぎもしないでいるのは、何となく落ち着かない気分だった。
かといって那岐が就ける仕事などあるのだろうか?
不安になるが、それを探る為に外出するのだと、気分を切り替える。
こういう時、人気の小説や漫画だと、冒険者になって無双するというのがセオリーだろう。だが、那岐はどうしても自分が冒険者に向いているとは思えなかった。
剣道は授業でやった事はあるが、真剣など使えないし、スライムならともかくゴブリンやオークに勝てるとは思えない。
だから自分にも出来る仕事を探したい。親戚の家では家事を殆ど任されていたし、料理の腕はなかなかのものだと自負している。
出来れば戦闘職以外の職にありつきたいと願うが、この世界での職の探し方からして分からない。
まずはそこから調べなくてはな……と、気合いを入れた。
あのまま死んでしまっても良かった……という考えが過ぎったのは本当だが、積極的に野垂れ死にするのは趣味じゃない。
創造神の脛を齧り続けるのは、矜持が許さない。
意地っ張りと言われようと、譲れない事はあるのだ。
あまり張り切りすぎて視野が狭くなってもいけない。
とりあえず目的を決めずにぶらぶら歩いてみようと、宿を出た。
街は朝から賑わっていて、那岐の興味をひくに充分だった。
映画のセットのような風景だが、確かに皆ここで生活しているのがうかがえる。
城塞都市ときいてイメージするような閉塞感などなく、景観を失わないよう計算されて造られたであろう街並みは、那岐のいた世界では西洋風と呼ばれる建物が整然と建ち並んでいた。
地球の歴史に無理矢理当て嵌めるなら、時代は中世~近世、産業革命が起こる前位だろうか?
地球の歴史みたいに、道に汚物が撒かれている事がないのに、心底ホッとした。
飲食店、酒屋、仕立て屋、帽子屋、靴屋。様々な店があり、そのどれもが賑わっている。
魔道具を扱っているような店はあるだろうか?
那岐を雇ってくれるような店はあるだろうか?
キョロキョロと辺りを見回しながら歩いているのが物珍しいのか、不躾な程の視線が四方から寄せられる。
「…………?」
しかし視線を感じた方を向くと、顔を赤くして目をそらされてしまう。
動物園のパンダよろしく注目を集める理由が分からず、居心地が悪くなって自然人気のない方向に足が向かった。
いつの間にか裏どおりに出ていたのか、急に薄暗くなったように感じ、目の前にある古びた店に気づく。
「……杖屋?」
看板には杖が描かれている。
老人が持つような杖ではなく、イギリスの魔法使いの映画で出てくるような、体重を支えるには不向きなデザインだ。
興味をひかれて店に入る。
出迎えたのは、黒いローブを身にまとった老女だった。
「おや、珍しいね。魔導師かい?」
「魔導師……? いや、気づいたらここに」
「ヒヒヒ。そうかい、好きに見るといいさね」
棚には杖の他に、指輪やブレスレットのようなアクセサリー類も置いてあった。
棚に無造作に陳列された杖を、一つ一つ眺める。
植物の蔓を意匠にした物や、蛇を象った不気味な物など様々なデザインの杖がある。ほとんどが木を切り出して作ったような印象を受けるが、その中で一つ、特に那岐の興味を引いた物があった。
それは他の杖よりも細く短い造りだが、木目が目立つ他の杖とは違い、金属を思わせるツルッとした質感だ。
色味も不思議な感じで、ベースは黒いが角度をかえると白く光るように見える。
「おや、それに興味をお持ちかい?」
先程から興味深そうに那岐を見ていた老女が、目を細め声をかける。
「これだけ素材が違う?」
「ああ」
「手に取って見ても?」
「好きにおし」
老女に断りを入れてから、杖を手に取ってみる。
軽い。
金属のようだと思ったが、よく目を凝らすと、他の杖と同じように、木目があるのが分かる。
「それは世界樹の幹を使って作った杖さね」
「世界樹?」
那岐が知る世界樹は、ユグドラシルと呼ばれる架空の木だ。確か北欧の神話だった。この世界の世界樹は、実在するらしい。
「貴重な杖だよ。そいつは持ち主を選ぶからね。ここ数百年は誰も手に取る事が出来なんだ」
「え? こんなに目立つのに」
「そいつがこの棚に出てくる事がないのさね」
「どういう事だ? ……ですか?」
人と接する事を極端に嫌っていた那岐は、表情を出す事や人と長く話す事が苦手だった。
家でははい、と分かりました、位しか喋らなかったし、学校、職場でも然り。必要事項くらいしか喋らなかった。
幼少期に、無駄に話すと煩いと罵られた事や、泣くと外に出された事が原因だと思っていたが、成長しても変わらないのは元々の性格もあるんだろうと自己分析していた。
それに加え、那岐としては日本語を話しているつもりだ。しかし、実際声に出すと日本語とは全く違った響きだし、耳に入る言葉も聞き慣れない響きだ。なのに理解出来ている。その感覚に慣れていなかった。
「別に丁寧に話す必要なんぞないさね。杖は持ち主を選ぶって事さ」
老女の申し出に、失礼かと思いつつも素直に甘える事にした。
「杖が棚に出てくる事がない、とは?」
「そのまんまさね。気に入らない奴が来ても、奥に隠れちまう」
「……杖が?」
「ああ、杖が」
「……意味が良く分からない」
「そのまんまの意味さ。杖が人を選ぶ。あんただって働くなら、上司を選びたいだろ? それと同じ事さね」
実際上司を選べるかどうかは運もあるだろうが、言いたい事は分かった。分かったが、理解は出来ない。が、納得するしかないのだろう。
「なるほど……」と頷いてみせる。無理矢理自分を納得させた。そういうものなのだろう、と。日本の、いや地球の常識は通用しない世界なのだろう。
「お買い上げかい?」
「いや、折角だが使い方が分からない」
「ふぅん? 兄さん、ちょいとこっちへおいで」
老女が人差し指をクイクイッと動かし、傍へ来るよう促す。訝しげに近寄ると、老女は那岐の胸元に手を翳した。
ブツブツと口の中で何か呟いているが、何と言っているかは分からない。
老女の手から出た魔法陣がクルクルと回り、スッと消えた。
「……っ……驚いたね……」
「?」
「ああ。あんた、竜かい?」
「いや……」
「エルフ……ではないね。まさか魔族?」
「いや、人間だけど……」
「…………」
あんぐりと口を開け惚けたように那岐を凝視する老女を、訝しげに見る。
しかし那岐は人間をやめた記憶はない。
「……なにか?」
「なにか? じゃあないよ! これだけの魔力を持つ人間なんざ、いやしないさね! 目の色は魔族の色じゃあないね。てことは、やっぱり竜だろ?」
「………」
那岐を人間ではないと断言する老女に、若干機嫌が下降するも、その態度に不安にもなっている。本当に自分は、人間でなくなったのだろうかと。
「何か事情がありそうだね。少し話しとくといい。
時間はあるんだろう?」
職探しを……と思っていたが、老女の言葉にそうも言っていられないかも、と焦りを覚える。那岐は、目の前の初対面の老女の話しを、詳しく聴く事にした。
店の奥はちょっとした休憩スペースになっているようで、簡易キッチンと小ぶりなテーブルがあった。
店はいいのか訊ねると、どうせ誰も来やしないと返される。
ノーラと名乗った老女に促され、椅子に座ると温かいお茶を振る舞ってくれた。
「で、あんたが知っている事から話しておくれ」
那岐の正面に座り、自分もお茶を飲みながらノーラが切り出す。
「知っている事……と言っても、どう答えていいのか……」
「ふむ。まぁそりゃそうか」
「どうして私を魔導師だと?」
「この店に来たからね。この店には認識阻害の魔法をかけてある。魔力感知に長けた者じゃないと、辿り着けないのさね」
「そうなんだ……」
那岐は人目を避ける為に歩いていただけだったが、今は黙っておく事にした。
「ああ。それで、あんたの中の魔力を見せて貰おうとした」
「そんな事が出来るのか?」
「滅多に出来なるもんはいないだろうさね。あんたも、簡単にさせるんじゃないよ。してもいけない」
「…………」
「あたしはいいんだよ。ただの婆の好奇心だからね」
「はぁ」
この世界の住人は、多かれ少なかれ魔力を持って生まれる。魔法は那岐のいた世界で電力の変わりになるものだと、宿屋に宿泊して思った。
例えば、ランタン。これも魔法で作った魔道具だ。蝋燭や油を使わずに、灯りを得る事が出来る。それなりに高価なのか、宿屋は薄暗くはあったが、夜でも視界に困る事がないのは便利だろう。
内包魔力が大きければ大きい程、寿命が伸びるらしい。平均寿命は二百歳。長寿国といわれる那岐の故郷でも、考えられない程長い。
魔導師と呼ばれる、人より大きな魔力を持つ者は、その二倍から四倍を生きる。
それだけ長くて人口は大丈夫なのかと心配になるが、ここは地球より遥かに広い上に、命が軽い。どこの国の支配下にも置かれていない、未開の地も未だ多くある。魔物たちや敵国と命のやりとりをする世界だ。飽和状態にはならないのだろう。
魔力には適正があって、火の属性に適正があれば、火の魔法が使える。水の属性なら水の魔法。主に使い手が多いのが、火・水・地・風だ。
珍しいとされるのが、光・闇となるという。
そこで、一昨日の魔法陣を思い出した。赤橙黄緑青藍紫、に加えて白。全部で八つある。
だがこの世界で一般的だとされている属性は四つ。レア属性で二つだ。
これも後で調べようと決め、心のノートにメモをした。