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味見したら奴隷にされました

 今日程自分を呪ったことは無いと片手で自分の頭を鷲掴みにしている男子生徒を見て思った。

 ルーナは此処、魔界ではこれといって珍しくもない種族の女の吸血鬼だ。そんなどこにでもいる吸血鬼の彼女は学院ではちょっとした有名人だった。


 魔界都市ヴェルヘルムの中心にそびえ立つ王城に負けず劣らず豪華絢爛な学院がある。それが魔界きってのエリート育成校、ヴェルヘルム魔術学院だ。

 入学するのも難関と言われているこの学院に彼女が入れたのは勿論それなりに裕福な家庭に生まれたからということもあるが、その身に膨大な魔力を有していたからである。

 大抵の者が苦労して組み立てる高度な術式を彼女は何食わぬ顔でやってのけてしまう。しかも彼女は術式を自分の頭で組み立てていないのだからその手のプロからしてみれば腹立たしいことこの上ない。

 彼女の魔術にロジックは通じない。彼女の場合、難しい術式を組み立てるのではなく、ただ念じて口に出すだけでいいのだ。

『燃えろ』『溺れろ』『切り裂け』等、魔力を込めて口から出た言葉が実際に起こる。威力は本人が軽減しているのでまだまだ未知数だ。 


 もし彼女が本気を出したらどれ程のものなのか……。


 中には戦闘狂の生徒や教師もいるので彼女に本気を出してもらおうと企む輩もいるが、面倒な事が嫌いでやる気のない彼女が相手にしていないのが現状だ。

 膨大な魔力を持っているから学院で有名人。そしてそれに拍車を掛けるかの如く彼女を有名にしている事がある。

 『ブラックホールの胃袋を持つ吸血鬼』、そんな異名が彼女にはついていた。

学食のメニューを毎日全種類平らげてしまうのだ。にも関わらず毎回食べ終わった後にお腹が空いたと呟くのだからシェフは涙目である。

終いには幼馴染みを筆頭にクラスメイトの血をたかっていた。食べても食べても彼女の胃袋は満腹を知らない。

年中無休はらぺこなのだ。


 今日も今日とてお昼をしっかり食べたのにはらぺこな彼女は午後の授業をサボり、食料を求めて学院内を徘徊していた。

 ふらふらと覚束無い足取りで暫く彷徨いていると、中庭の大きな木に背を預けて眠る男子生徒に目が入る。

 艶のある黒髪に紫のメッシュが入った青年。寝ている姿も綺麗な彼は彼女と同様にこの学院で有名人である。

否、彼の場合、魔界で有名人と言ったほうがいいかもしれない。

 彼の名はイザーク。魔界を治めてる大魔王の息子である。

生まれながらに高い地位と権力、魔力を持ち合わせ、勉学や剣術にも長け、おまけに容姿端麗と種族関係なく女性達が虜になっている次期大魔王様だ。

勝気な性格にやや難があるが、それがまた良いと言う女性のが多い。

 魔界にとって最重要人物である彼がいつも連れ歩いているお供もつけずに木陰で昼寝をしているとはどういうことだろうかと無表情で見ていたルーナだが、ぐぅーっとお腹が痺れを切らして鳴ったので、良い感じに忘れていた空腹感がまたやって来た。


 はらぺこな彼女は思わず目の前の人物の首筋を見てしまう。


(……無防備なのが悪い。ちょっとくらい味見してもバレない)


 無防備に惜しげもなく晒している首筋を食い入る様に見ていた彼女は牙を尖らせ彼の首筋にそっと立てた。

 口の中に広がるのは今までに飲んできたどの血よりも甘く、濃厚だった。一度飲んだら病みつきになる美味しさにもはや味見では済まされないくらい飲んでいた。


 首に熱と痛みを感じた彼は少し前から自分の首に噛み付いてる女に声を掛けてはいるが、夢中で血を啜っているルーナには届かない。

 ピキッとイザークの額に血管が走る。

 我慢の出来なくなった彼は強引に彼女の頭を片手で鷲掴み、軽々と持ち上げた。ぷら〜んっとまるで猫の様に持ち上げられた彼女の口元は彼の血で紅く染まっている。

怒りの形相をしている彼を見て我に返った彼女の額には冷や汗が走った。

 そして冒頭に戻ると言うわけだ。


「……おい、女。お前、このオレが誰だか分かってるのか?」

「……い、一応は存じてます。イザークサマ。けぷっ!」


 緊迫した雰囲気をぶち壊すかの如くルーナの口からはゲップが漏れた。そのことに彼女自身が驚いた。

今まで食事で満腹感なんて得られた試しがないのに彼の血を飲んだらそれが訪れた。

 大魔王の血を引く彼の血には何か秘密でもあるのだろうかなどと考えていたルーナだが、自分のゲップを聞いて眉間に皺を寄せた彼が頭を掴んでいる方の手の力を僅かに込めたため、痛みで何も考えられなくなった。


「ほう……。そんなにオレの血は美味かったのか? ああ?」

「いたっ……頭割れるっ」

「美味かったのかと聞いている」

「と、とても美味でしたっ! ご馳走様ですっ」


 そうルーナが言い返せば当たり前だろとイザークは鼻で笑い、ルーナを放り投げる。いきなり解放された彼女は直ぐに対処出来ず、べちゃっと芝生に顔面を叩きつけた。

カエルの潰れた様な声を上げた彼女にイザークはゆっくり近付き、彼女を見下す。


「オレの寝込みを襲う躾のなってない吸血鬼、どうしてくれようか。高貴な血を無償で吸っておいてまさか何の見返りもないとは思っていないだろう? そうだな……お前は今日からオレの奴隷だ」

「え、嫌で──っ!」


 拒否しようとしたルーナだが、イザークはパチンと指を鳴らした途端、また芝生と顔面がご対面した。

 何が起こったのか。突然身体のいうことがきかなくなり、何かで引っ張られた様な感覚に陥った。


「な、に…… したの」

「ハッ。何だ女、お前知らないのか? 魔王の血族の血には特別な力があるんだよ。オレの血を浴びただけでそいつの動きを鈍らせることが出来る。じゃあその血を飲んだら?」

「まさか……」

「頭の悪いお前でも分かるんじゃないか? 動きを鈍らせるどころか、操れる。今みたいにな。勝手にオレの血を飲んだんだ。自業自得だろ」


 殺されないだけ有り難いと思えと勝ち誇った笑いを浮かべているイザークにルーナは芝生を握りしめる。


(こんな奴、魔法でやっつけようと思えばやっつけられる)


 そう思った彼女は彼に向かい『吹き飛べ』と魔力を込めた言葉を口にしたが、何も起こらない。目の前には相変わらずにやりと笑った彼が自分を見下していた。


「な…… なんでっ?」

「お前の馬鹿げた威力のある魔術なんてくらったら流石のオレもやばいからな。“オレをお前の魔術で殺せない”命令を血にしといたんだよ」


 ざまぁと舌を出すイザーク。

『お手』、『お回り』、『お座り』と彼が指を鳴らしながら言うと、ルーナの身体は勝手にお手をしたり、回ったり、座ったりする。その従順なルーナの様子にイザークはケラケラと笑っていた。

 これでは本当に彼の奴隷だ。奴隷というよりは犬? 新しい玩具?

 ルーナは自分にふざけた命令をするイザークを見やる。

彼が飽きるまでの辛抱だ。きっと直ぐに飽きる。血の効力だってその内切れるだろうと考えていた。


 既に彼の血が麻薬の様に依存性があり、彼の血でなければ美味しく感じられなくなっている事をルーナはまだ知らなかったのだ。

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