好きになってもいいですか・・・? エピローグ
”好き”
言葉にすればたった二文字。
でも、その中には無数のときめきと無限の想いが詰まっている。
そして、その気持ちに気付いたときから、毎日がとても楽しくなる。
私が彼を好きになったのはいつだっただろう。
図書室で手を繋いだとき…?
公園のブランコで喋ったとき…?
体育祭のとき…?
メールアドレスを交換したとき…?
修学旅行のとき…?
球技大会のとき…?
それよりももっと前…?
もしかしたら三年生になってまた同じクラスになれたときから好きになっていたのかもしれない。
でも、自分で自分の気持ちに気付いていなかった。
その気持ちに気付いたのは、私がインフルエンザで休んでいたときのこと。
私を元気付けようと、裕子が学校のプリントと一緒に届けてくれた一枚の紙切れ。
四つ折にされたその紙は薄汚れていて、そんなものが書かれているなんて想像も出来なかった。
けれど、それが元々誰の物かそしていつの物か、私はそれを開いた瞬間に理解した。
”好きな人”
借り物競争のお題。
彼が手にしたお題。
本当はあんなことをするために保健室へ来たのではない。
むしろそれは私のせいでああなってしまったということ。
彼の気持ちを弄んでしまったていたのかと自分を責めた。
でも、こうして彼の気持ちを知ることが出来たのは嬉しかった。
そして、その嬉しさが自分に自分の気持ちを知らせることにもなった。
なぜ、彼が私を好きでいてくれていたことが嬉しかったのか。
それは、私も彼のことが好きだったから。
そう気付いたときから、今この瞬間がどれだけ待ち遠しかったことか。
あくまでも私が彼の気持ちを知ったのは紙の上、文字だけの話。
言葉やその声をもって伝えられたわけではなかった。
結んだ手から緊張が伝わってくる。
さっきまでよりも少しだけ声が震えている。
それは私にも伝染して、私も緊張して声も震えてしまっていた。
目は合わせられない。
恥ずかしいし、そんなことをしてしまったら心臓が破裂してしまいそうだった。
けれど手は繋いだまま、私も彼も少し俯き加減で言葉を交わしていた。
「もう忘れちゃったと思うけど、俺達、幼稚園のときに会ってるんだよ」
「えっ? どこで?」
「そろばん教室。公民館で習ってたでしょ?」
「うん。習ってたけど…」
「俺も居たんだよ。しかも、よく隣に座ってた」
そこまで聞いて、ようやく私は思い出した。
そして、デジャヴの謎もすべて解けた。
「水野君、全然変わってないね」
「思い出した? って、そうかな?」
「うん。居た。いつも後から入ってきて私の隣に座る男の子」
「そう。それ俺」
「今日もそうだったね」
「え…」
「デジャヴだなぁ…って。でもなんか聞き覚えあるし、すっごく気になってた」
「俺そんなに変わってないの…?」
「うん。全然変わってなかった」
思い出すことが出来て胸のつかえが取れた私は、椅子を少しだけ彼のほうへ近づけた。
「本当は俺も中学になるまで忘れてたんだけどさ」
「そうなの?」
「でも、初めて隣の席になったときに思い出した」
「一年生のとき?」
「うん。懐かしい感覚がした」
「そうなんだ」
「うん。でも確信したのは、左腕のホクロと傷かな」
「ああ…。これ…」
「ホクロだけなら分からなかったと思うけど、その傷は俺忘れてなかった」
私の左の二の腕にある5cmくらいの縫合痕。
それは彼が付けた物でもなければ、その傷を負ったときに居たわけでもない。
でも、たしかにそれはまだ幼稚園の歳の頃についてしまった物で、それを彼はずっと憶えていた。
「そろばん教室のときの子だって気付いたらさ、なんか色々思い出してさ。
あの頃の気持ちも全部思い出した」
大丈夫。心の準備は出来ている。
少しだけ身構えて、でも、それを受け止めるための余裕を持って。
「初恋の子が目の前に居るんだって分かったら、もう無条件で好きになってた。
もちろん今と昔は違うかもしれないけど、でも今の秋山も好きになった」
二回も言われたら、そんな準備は出来ていなかった。
射抜かれた私は、自分でも分かるくらいに顔を真っ赤に火照らせていた。
「俺じゃだめかな……」
「ううん。そうじゃないよ。嬉しい」
「良かった」
「上手く言えないけど…」
「いいよ」
「私も、好きになってもいいですか…?」
「うん。なって。俺ももっと好きになるから」
「うん」
そして、ようやく想いは一つに重なった。
水野は繋いだままの手を自分の膝に置き、それからしばらく、二人は静寂の中で同じ時間を共有した。
辺りがすっかり暗くなった頃、早希がふと思い出したようにあの四つ折になった紙切れを取り出すと、水野は思わず頭を抱えた。
しかし、早希は一度広げたその紙をクシャクシャと丸め、ゴミ箱に投げてしまった。
その姿に水野は一瞬茫然としたが、笑顔の早希を見ると納得し、自らも立ち上がった。
「私にはもう必要ないから」
「うん。俺もあんなのに頼ったからダメだったんだと思う」
「でも、強引な人は嫌いだよ…?」
「もうしないよ」
「うん。わかってる」
「暗くなっちゃったし、帰ろっか」
「うんっ!」
外の空気はひんやりと冷たく、すっかり冬の装いを見せ始めていた。
しかし、二人だけ感じる温もりは何よりも温かく永遠を予感させていた。
『好きになってもいいですか…?』は、これにて完結です。
が! 続編の執筆はすでに決定していますので、これからも二人の物語は続きます。
ここまで読んで頂いてありがとうございました。
高校生になった水野君と早希ちゃんをどうぞお楽しみに。




