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不思議な髪色の彼女のレースと、しがない僕の試合  作者: タマツ 左衛門之介久


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不思議な髪色に惹かれ焦がれた

 一目惚れだった。

 中学校の入学式だった。


 それは、見た事の無い髪色。

 何色って言うのだろう?


 特別派手とかでは無いけど、黒髪が並ぶ中にあって、それは目立っていた。

 当然黒じゃない。かと言い、茶色とも違う。

 グレー?栗色?金髪や赤毛なんかとは違う。


 そもそも髪の毛の色について、何色が有るかなんて知識も無いし、色そのモノについてだってその種類や表現方法をそれ程知っている分けでも無い。


 少なくとも、僕が通っていた小学校に、あんな髪の毛の色をした女子なんて居なかった。


 何処か違う学区の子なのだろう。


 中学生で、それも入学式で髪を染めるて来る人なんて居ないだろうし。



 顔は見えない。

 今立つ僕とは少し距離が有る。

 不思議な色、なんて言えば適当なのだろう。


 ずっと見ていられる。そして何色なんだろうと、ずっと考えていられる。

 そんな事を入学式の式の間中考えていた。


 初めて見た不思議な髪色。

 物珍しいから?そうかも知れない。

 だけど僕は、あの髪の毛に見惚れてしまっていた。


 残念ながら、同じクラスにはならなかったが、不思議な髪色との再会は、短時間で適った。


 彼女は僕と同じ、陸上部に入った。



 見た目は全くの西洋人。

 外国の人(正確にはハーフだけど)をこんなにも間近で見たのは初めてだった。

 肌の色は僕達と左程変わらないけど、それでも白い肌、青い瞳に尖った鼻が載る小さな顔。スラリとした容姿。それはお人形さんみたいだ。

 オーストラリア人を父親に持つハーフだそうで、産まれた時からずっと日本暮らし。中身は生粋の日本人と言っても過言では無いらしい。



 名前は、佐原・アレクサンドラ・マッケンジー・瑠璃子。

 オーストラリアの人って、結婚してもファーストネーム(苗字)をふたつ持つ人も居るのだそうだ。

 日本では、夫婦別姓は認められていないらしいから、そこの所はどうなのだろう?


 そしてセカンドネームはひとつだと思うけど、彼女はセカンドネームのセカンドネームであるオーストラリア人呼びの名前と、日本人的な名前を持っていた。

(アレクサンドラって、アレックスとの愛称で呼ばれる事が多いんだって。)

 瑠璃子。


 この名前のルーツを知る事なんて適わないだろうけど、彼女の髪色と合わせて、何故だか強く惹かれてしまう。

 “ルリ”って聞くと、僕が持つ知識としては、ルリボシカミキリやルリイロクワガタ。それはキレイな青色をした姿。

 でも、瑠璃色って実際はどんな色の事を言うのだろう?


 僕は中学生になって手に入れた国語辞典を早々に開いた。

(こんなに重い物を持って通学するなんて、中学生の通学は苦行以外の何物でもないよ。)


『瑠璃色』

『七宝のひとつに挙げられる青色の宝石。 瑠璃色は、深く美しい最上の青色に対する美称。』

 とあった。

 深く美しい最上だなんて、彼女にピッタリだと思った。

 瑠璃子、そしてあの髪色。

 僕にとっては入学式早々に不思議な出会いだった。


 僕が見惚れてしまった不思議な色の長い髪。




 部活の時間は彼女の髪色を見る機会に恵まれ、常に僕の意識は彼女に向っていた。

 彼女の持つ髪の毛の色。

 何色なんだろう。 


 彼女の顔、容姿にも、当然の如く惹かれてしまった。

 とにかく可愛らしい顔で微笑む彼女を見てしまったら、いや微笑まなくたって、実際男子生徒の全員は彼女の虜だった。

 『美少女』って言葉は、彼女の為に作られたと説明されても、疑わずに信じただろう。


 日本人男子は西洋人の美少女に弱い。

 それはこれまでの歴史にしろ、DNAが語っている。

 昔から映画やスポーツで現れた海外の美少女に対して『〇〇の妖精』とか『〇〇の天使』『女神〇〇』とか呼ぶ文化を持つじゃんか。

 そう、彼女は『妖精』であり『天使』だった。


 走る姿も美しく『カモシカの様な足』と言った部員も居た。

 それも彼女の為に作られた言葉と聞かされても納得しただろう。

(でも、本物のカモシカは山岳地帯で暮らすから、太く、たくましい足なのを知っているのか?)

 とにかく、彼女の事が好きになってしまった。彼女に夢中だった。

 それは全校の他の男子生徒と同じ様に。



 僕が陸上部に入ったのは、親からの勧めだった。

 小学生時代は学校の野球チームに入りサードで四番バッターで、チームの中心選手だったと言っても許されるだろう。

 中学校に上がっても皆は当然僕が野球部に入るだろうと思っていた。僕もそのつもりだった。

 だけど僕の両親は、まだ体作りも出来ない状態、今は基礎体力作りが大切だと。


 後で知ったのだけど、野球部は遅くまで練習するから、帰り時間が遅くなり勉強の時間が取れなくなる。日曜日も練習と試合で埋まってしまう。

 だけど部活の帰り時間は陸上部も野球部も変わらなかったし、家での勉強なんて、殆どやらなかった。


 走るって、楽しいよりも苦しさの方が多かった。

 部活の上級生の先輩は、僕よりも頭ひとつ、身体周りだって一回りもふた周りも大きく、正直練習にはついて行けなかった。

 でも、部活時間は彼女の姿が見れるかも知れない。

 走る彼女を目で追えば、あの不思議な髪色が広がり揺れる。

 そんな不純な動機が有り、苦しい部活動時間が好きだった。



 中学2年生では同じクラスになれ、彼女の事をもう少し知る事は出来だけど、近付く事などとうてい適わず、特に会話らしい事も無かった。

 田舎の中学生なんて、小学生時代に何故だか発生した一部の男女間での確執があり、それを何時までも引きずっていた。

 だけど彼女は違っていた。


 男女問わずに誰とでも話し、明るく活発であった。

 見た目だってその顔も、姿でさえ可愛らしい。

 皆に好かれ眩しく輝いていた。

 そう、眩しく。

 僕に取っては焦がされてしまう程に眩しく、近付く事など許されない存在であった。


 僕は席替えの都度、何とか彼女より後ろの席に成ります様に!と祈っていた。

 ツキも運からも見捨てられてる僕であったが、近い遠いは有ったとしても、僕の席と黒板との間に彼女の席がいつも来ていた。

 幸運の神様って、やっぱり居るのかなぁ。


 授業中は殆どの時間を彼女の髪の毛を見て過ごした。

 何色なんだろう、何色って言うのが正解何だろう。

 僕は数学の答えよりも、その解答を探していた。

 見飽きる事は無い、授業は上の空、『どこ見てる』と先生から注意を受けた事は数回あった。

 それはクラスの男子生徒と同様に彼女の事に見惚れていたから。

 その上僕は、彼女の髪色にも見惚れていたから。


 そしていつからか、僕は彼女の髪に触れたくなっていた。

 何時からそう想い出したのだろう。初めて見た時だったかも知れないし、異性の事を性的に考える事が多くなった最近なのだろうか。

 もしも彼女の真後ろの席に座れたら、、、触りたいけど触っちゃいけない。でも目の前に、手を伸ばせばそこに有る!想像しただけで、何だか目がグルグルと回る気持ちになってしまった。


 僕が通う中学校の男子生徒の全員は、彼女の家を知っていた。

 皆は口には出さなかったが、誰かから誰かに伝わり、徒歩であったり自転車であれ、彼女の家の前を皆が通り過ぎた。

 それは我が中学校男子の必須科目の様に。

 当然僕も例外では無かった。



 惹かれてしまった不思議な髪色と同じクラスにはなれたけど、僕が話し掛ける事は無い。

 目が合う時はあったけど、直に目を逸らしてしまう。

 僕がいつも、彼女の髪を見ている事が知られたく無かった。

 それは本人に限らず、誰にであっても。


 それに、可愛い彼女の顔を見るのが恥ずかしかった。

 『高嶺の花』って、こう言う事なんだ。高校受験には出ないであろう知識が増えて行く。


 自分とは釣り合う筈も無い相手に対して、変に想いを持つ事は失礼だとも思っていた。

 届く事の無い存在。近付く事が許されない存在。

 僕と彼女との関係性、何でも捻くれて考えてしまっていた。


 僕は相当に捻くれていた。

 そんな捻くれ者の姿が、彼女の青い瞳に映ってしまう事が嫌だった。



 中学生の部活であっても、陸上競技の大会がある。

 彼女は200メートルとハードルの選手だった。

 彼女のレース、2年生の夏からは決勝に進む常連選手ではあったけど表彰台に登った事は無かったと思う。


 僕は100メートルと走り幅跳び。

 三段跳びにも挑戦したけど、踏み切り板から砂場までが届かなかった。

 僕が出場した大会の二つの種目の成績はサッパリだった。

 予選を勝ち上り、次のレースに進める事は無かった。


 彼女は走り、次のレースへと進む。

 僕はトラックを一回走るだけ、幅跳びも砂地に三回入るだけ。

 部活の成績の面でも彼女には届かない。

 彼女はその内、表彰台に上がる事になるだろう。僕が表彰台に上がる事は無い。

 そしたら、学校の全校朝礼で競技会の成績発表の時に、彼女の隣に並べる事はないだろう。


 僕が彼女の隣に並ぶ事は無い。


 そう、彼女の隣に立つだけの部活の成績も出せなければ、聡明な彼女に近付くだけの勉強も得意じゃない。

 容姿にしたってイケメンでなければカッコいいと言われた事も無い。

 金持ちの子でもないし。

 彼女の隣に立つ事が出来るモノを何も持っていない。


 そうだ、自覚しろ。

 僕の中で別の“僕”が囁き出す。

 自覚しろ、住む世界が違う、交わる事の無い違う道を歩く存在、、、僕の中で別の意識が語り掛けて来る。


 そして、彼女と同じクラスになれた1年間は、あっという間に過ぎでしまった。



 中学生の最期、3年生の1年間は、彼女のあの不思議な髪色が見れない授業中。何をして過ごしたかの記憶が曖昧だった。

 先生の声も黒板の文字も、何も覚えていない。

 つまらなかった。

 だけど部活の時間だったら、彼女を見れる、彼女のあの不思議な髪色が見れる!

 受験生だったのに、僕はその瞬間の為に、その他の時間をなんとかやり過ごした。





 高校への進学は、地元の高校に僕らは揃って進んだ。

 彼女が自分と同じ高校に進んだ。


 それを知った時は、決して近付けない、届かぬ存在であったけど、とにかく嬉しかった。

 僕の中で爆発しそうな何かを抑えるのに、凄く体力を使った。


 また彼女のあの不思議な髪色を見る事が適う。

 これは、神が与えしご褒美なんだろうか?

 ご褒美が貰える程、何か善行を積んだっけ?

 偶然以外の何物でも無い。


 だけど、また見れる、また会える。

 僕が高校へと通う理由が出来たかの様だった。



 彼女の中学生時代の学業の成績は、常にトップだと誰かに聞かされていた。

 だから何故、こんな田舎の高校へと進んだのかとの疑問はすぐに浮かんだ。

 まぁ、家から近い範囲だから、自転車で通えるからかな、とその疑問はうやむやの間間、何処かに消えて行った。

 だけど当然ながら彼女は進学クラス、再び同じクラスとなり、机を並べる事は無かった。



 僕は高校に上がると、サッカー部に入部した。

 高校の部活動の花形である野球部は、大きなグランドを与えられていたが、我が弱小サッカー部は第二グランドであり、尚も半面コートにも満たない広さ。

 そこにゴールがひとつ置かれ、ハンドボール部と陸上部が同居する形で、グランドを分け合って使っていた。


 だけどこの状況が功を奏した。

 見惚れた髪色の彼女は、高校へ進んでも陸上を続けた。


 だけど直ぐには彼女を見付けられなかった。

 彼女は高校に上がると、ロングヘアーをバッサリと切ってしまっていた。

 その姿を見た時、僕はショックのあまり倒れそうになった。

 実際、少しだけ頭を抱えて座り込んでしまった。

 彼女のあの、美しく不思議な色をした髪の毛が、、、切っちゃった!

 何か心境の変化でもあったのだろうか?

 それが聞ける程、僕らの間柄は親しくはない。

 クラスも違えば、今や部活動も違っていた。


 それでも確かに、彼女の姿を探し、眼で追う事は、多々あった。

 でもそれは、このグランドを使っている皆が同じだったと思う。

 誰もが、それは男女問わずに、憧れと好意の目で彼女を迎え入れていた。

 あの容姿、明るい性格、礼儀正しく、聡明さ。

 僕か持っていない全てを彼女は持っていた。

 高嶺の花、いや、今や『異次元の存在』。新しく知った言葉の産まれた意味を見つけた気持ちだった。

 僕が彼女と同じ時代を生き、同じ空の下に居る事自体が奇跡だ、、、そう想う自分に納得していた。




 僕達のサッカーは初心者の僕でさえもでも分かる、戦術なんて呼べるモノでは無かった。

 バックスから大きく蹴り出されたボールを中盤が抑える。

 それを起点として皆が前を向き、攻め上がる。

 一種のカウンターとも取れるが、お世辞でもそれ程では無い。

 とにかく蹴り出せ!走れ走れ!の馬力任せ。

 この戦法、我がサッカー部が先輩より受け継いで来たモノだけど、誰も疑問も持たずグランドを駆けた。

 だけど、伝統的と呼べる戦法も、熟成はされていなかった。


 僕個人としては1年生の冬からほぼレギュラーの座を勝ち取っていた。

 部員数が少ないと言えばそれまでだけど、チームの中ではちょっと背が高い方、中学生時代の陸上と日暮れからのランニングで鍛えた脚は、スピードと体力、強いキック力になっていた。

 小学生や中学生の頃からやっていた連中と比べると、技術的な面(トラップ、リフティング、キックの正確さ)が欠けていたし、ゲームの流れや全体とした時のサッカーについての知識が足りていなかった。


 ポジションとしては右のサイドバック。どちらかと言うと守備に特化していた。

 だけど、高いボールを競ったり、抜けたボールを追いかけたり、一対一の局面であっても、他校との練習試合であっても、誰にも負かされた事は無かった。

 とにかくチームの皆に追いつきたかった。サッカーが上手く、強くなりたかった。

 そしていつしかゴールを決められるポジションになりたい!と強く想っていた。





 高校2年の春が来た。

 ゴールデンウイーク明けの中間テスト期間を待たずに、部活動は時短で切り上げられる様になった。

 その帰り道の校門で僕は声を掛けられた。


「やあ、今帰り?」

 彼女が声を掛ける方向を眼で追い振り返ったが、その先には誰も居ない。

「もしかして、オレ?」

「他に誰も居ないでしょ。」

 ウソだろっ!何だろう?だけど気持ちは早鐘を打つ。


「あのさぁ〜、ジュース奢って。」

 えっ?

「何だよ〜タカリかよ」

 嬉しかった。

「今日、どうもお財布を忘れちゃったみたいなの。」

 顔の前で両手を合わせ、イタズラっぽく微笑む彼女は罪だった。

 理由はともあれ、彼女との初めての会話らしい会話だった。その上彼女から僕に声か掛かるなんて、、、奇跡に手が届いた瞬間、、、嬉しかった。


「私たちって、付き合いが案外長いのに、キチンとお話しした事が無いわぁ。」

「いや、オレ達付き合ってなんて無いじゃん」

 思わず出てしまったが、

「そう言う意味の付き合いじゃ無くって。」

 分かってる。分かってるけど、彼女は笑っている。あの髪色が、僕の近くで揺れている。

 その上、直視出来ない程に彼女は眩し過ぎた。



 テストか終わると(2年生初っ端から散々だった。)部活動時間に制限が掛かる事になった。


 弱小サッカー部のグランドにはナイター設備は無かったが、日が落ちればランニングの時間に充てられていた。

 それが部活動時間の時短に伴い、帰宅時間を早める様にとの御達しが出された。

 ひとつは夜道を帰宅する危険からの回避。

 もう一つは、顧問の先生の労働解放時間を早める為に。

 ただ、グランドにナイター設備を持つ野球部と、体育館を使用している男子バスケット部と女子バレー部は変わらずに遅くまで部活を行っていた様だったが。


 この部活動時間の時短が切っ掛けとなり、見惚れた髪色の彼女と一緒に帰る機会が増えた。

 理由は単純、元々は同じ中学校出身なので、帰る方向が少し同じだから、防犯の面でであった。

 僕らは自転車に跨り、並んで進んだ。

 それがいつしか毎日となり、僕は夢の時間の旅人と成った。

 終わらせたくない、旅路の始まりだった。



 彼女とは色々と話しをした。

 小学生からの事や中学生時代の事、高校の先の将来の事とか。

「何で陸上部に入ったの?」

「お母さんの影響かな?」

 彼女の母親は陸上の選手だったそうだ。

 大きな記録が残る様な選手では無かったそうだけど、アマチュア選手として、外国の大会にも数回出場した事があったそうだ。



 買い食いして帰った事も多かった。

「今、パンなんて食べちゃって大丈夫なの?」

 晩ごはんも食べるんでしょ。

 それに女子の皆んなは、やれダイエットとか良く聞くけど。

「今の私は成長期なのよ。それに部活で走ったから、お腹が減ります。心配しないで。」

「心配?」なんてしてないよ。何かを食べている彼女も可愛いかった。

 そんな姿を見られる僕は幸せ者だった。


 彼女の多くを知る機会に恵まれ、校舎内や部活の時に見掛ける彼女とは少しの違いも感じていた。

 彼女は誰かの悪口を決して言わなかった。

 だけど皆に囲まれている時と違い、僕と居る時の口調には、少し尖った言い方をする事があったりもした。

 だけど全く気にはならない。


 大きく口を開いて笑ったり、嫌な顔をしたり、

 アイスを落としてバツが悪そうな顔。

 悪い考えをした時のいやらしく感じる顔。

 好きなお菓子を見つけたり、野良ネコを撫ぜたりした時は、決まって鼻に小ジワを寄せ、僕の顔を見返して来た。

 全てが可愛い。

 決して教室や部活では、誰かに見せないだろう顔を僕は見れた。

 僕だけが見れた、と思う。そう思う事にした。

 僕は奇跡が興した、夢の中に居た。


 彼女が持つ色々な面を知る事になったと、それが極僅かな事であったとしても。


 彼女との距離が縮まったのか?

 僕の意識は彼女に満たされる。

 彼女への想いが膨らみ、僕は自分が何者なのかの判断が着かなく成る。


 おい、勘違いするな。

 僕の中から別の“僕”の意識が沸き起こる。

 勘違いするな、自惚れるな、お前とは住む世界が違うのだと再認識しろ。

 これは一次的な事だ。帰宅の方向が同じだから彼女は仕方なくお前と並んでいるだけだ。忘れるな。

 お前では無いんだ。


 それであっても夢の時間の旅人は、有頂天でもあった。

 いつしか自転車を押して帰る事が増え、部活動時間が時短になったのに、家に着く時間が以前と変わらない時も増えて行った。



 お前では無い。

 この頃から、僕の中で疼き出す別の意識が強く現れる様になった。

 彼女の事を想えば想う程、それは比例して僕の中から現れる別の意識も強くなる。

 でも僕は、そんな意識を持ちつつも、そのまま彼女の事を 想う。


 彼女は毎日の様に、皆に多くの好意を寄せられ、誰かに告白されているのだろう。

 僕はどこかで毎日冷や冷やとしながら過ごし、変な絶望感にも似た、意味不明な感情を抱えていた。


 彼女は毎日の様に皆に好意を寄せられ、誰かから告白されている。

 だけど誰かにOKを出しては居ない。

 それは彼女が好きだと思っている当人からでは無いからだ。


 誰かからの告白。

 今の僕達は、異性を意識した青春の真っ只中だ。

 当然彼女にだって気になる人、いや、好きと思っているヤツが居てもおかしくない。居ない方がおかしいのかも、そんな年代だ。


 だから彼女は待っているのだろう。

 意中の人が彼女に告白して来るその瞬間を。

 それは、僕じゃない。

 悔しくない、そんな事は無い、悔しいに決まってる!

 だけど、それが僕では無い事も決まっている。



 夏の総体を前にした帰り道、僕は思わず彼女に聞いてしまった。

「佐原さあ、付き合っているヤツいないの?」

 何でこんな事を言っちゃったのだろう、聞いてしまったのだろう。

 言ってから気付いた。何時もの誰かの恋バナ的の筈が、少し踏み込んでしまっていた。

 ただ、あの時の僕は、常にその事しか頭の中には無かった。

 何でもいい、彼女の事が知りたかった。


 彼女は事実モテる。

 僕が知ってる、彼女の中学生時代からそれは変わらない。

 当時も、告白をされたなんて事は、噂話では済まされない。

 高校に上がってからは、それが加速でもしているかの様に、毎日聞きたくない話しが届いて来る。

 だけど、誰かと付き合い出したとも聞かないが、無下に断ったとも聞いていない。まあ、直接その場面を目撃した事は無かったけど。


「誰かと付き合っていたら、今こうして草刈君と帰ったりしてないよ。」

 あっ、いや、何か答えさせてしまった事が申し訳なかった。

「そうかも」

 僕は安堵のため息を酸欠する程吐き出した。

 彼女に聞かれ無い様に、気付かれない様に、ただただホットした。


「佐原さぁ、よく告られてるって聞くけどさぁ、どんな感じ?」

 見た目もいい、性格もいい、頭もいい。その上礼儀正しい。

 非の打ち所が無い、満点の女神さま。

 皆が放おって置くはずが無い。今、ここでオレと一緒に居る事が奇跡だよ。

 だけど今日の僕は口が軽かった。

 何時もの別の意識が起こる前に、、、口走ってしまっていた。


「うん、余り話したくないけど、」

 僕は素知らぬ顔をしながら、聴覚を全方面解放して続きを待っていた。

「なんだか気持ち悪いの。」

 えぇ〜?!

「気持ち悪いって?」

「だって、知りもしない人から突然好きだって言われても、私は相手の事を何も知らないのよ。」

 そういうモノなのか。経験無いから分からないよ。


「じゃあさ、付き合ってから、」

「それも一緒。」

 僕の言葉は遮られた。

「それに多分、相手の人は自分の良い面だけを見せ様とする。私だってそうするだろうし。」

 そうなのだろう。今の自分だって、彼女に嫌われたくない!醜い自分を見せたくない、知られたく無い、それは同じだ。

 まあ、イケメンでもなければカッコよくも無いけど。



「じゃあさ、好きなヤツはいる?」

 ああっ!これこそ聞くべきでは無かったと、確かにそんな流れだったけど、言った端から反省。

 僕を戒める、あの意識が今日に限って現れ無い。


 だけど凄く興味深い。彼女はどんなヤツが好きなんだろう。

 知りたい。

 テストの答えよりも、試合前の先発メンバー発表よりも、自分が迎えるだろう将来よりも、知りたかった。

 それが僕では無い事は分かってる。

 だから知ってしまったら、、、


 いや、関係無い!

 そんな事は知ってから考えよう。

 今の僕に戒めと成る意識が上がって来ない。

 そう、そいつが現れる前に、知りたい!

 宇宙誕生の秘密よりも、生命の誕生の瞬間よりも、UFOの真贋よりも、この世の成り立ちよりも、今の僕が何よりも本当に知りたかった事。



「私にばっか聞かないでよ、草刈君こそどうなの?」

 えっ、確かに僕ばかりが聞いていた。

 だけど、僕には誰かに話せる恋バナなんて経験無いし。


「えぇ〜好きな娘かぁ、んんーーー」

 どうしよう?

 『居ない』なんて言えないよ、だってそれだとただの嘘つきだもん。

 だけど『居る』とは言いたくない。

 僕は迷いと葛藤、自分が撒いた種とはいえ、凄く追い込まれてしまった気持ちになる。

 どうしよう?


「うぅ~ん、居るよ」佐原瑠璃子だよ。

 言いたい!伝えたい!だけど言えない。彼女は僕には眩し過ぎる。

 何より勇気が無かった。それに恥ずかしい。

 それよりも、もしも告白して断られたら、今のこの時間が無くなってしまうのが、なにより怖かった。

 なんとか絞り出したけど、何だか罪悪感と後悔だけが残っている。

 続きが言えない悔しさも、僕に伸し掛かる。



「私も、、、居るよ。」

 少し脱力した。

 そりゃそうだよ、そんな年齢だよ。色恋話しが無い方がおかしいよ。

 だけどそれは誰って、聞けない。怖くて聞けない。

 でも、僕で無いことだけが決まっている。

 聞きたく無い。

「そっか、居るんだ」

 何か気不味くなった。



 僕はこの気不味い空気を変えたかった。

 だから少し軽い気持ちで、大風呂敷を広げた。

「よし、今度の大会で二つ勝ったら告ろう。」

 僕は彼女に告白する切っ掛けがほしかったのも知れない。

 だけと、()()()()()()()()きっかけを作ってしまった。

 本当は、言えない、言えっこない。


「やっぱ、言葉で伝えなきゃ、人間は超能力なんて持って無いからさ」

 言ってる事と想いの内が、裏腹だ。

 僕の学校のサッカー部が試合で勝つ事なんて無い。


 入部してから練習試合も含めて、一度も勝った事が無かった。そんなの奇跡以外の何者でも無い。

 だけど、、、奇跡が起こせたら、奇跡が起きるかも知れない。

 奇跡、彼女が僕の事をまんざらでもないと思ってくれている、、、かも知れない事。



「それちょっとズルくない?ウチの弱小サッカー部じゃ、1試合でも勝つなんて無理な願掛けね。」

 僕の気持ちが、見透かされているみたいだ。

「でも分かんないじゃんか、まだキックオフしてないし」

 僕にとっては、これ位ハードルを高くするだけの問題なの!



「じゃあ私も、自己ベスト更新できたら告白する!」

 えっ?!

「そんな約束しちゃっていいの?」

「うん」

 僕が言わしてしまったのだろう。

「草刈君の言う通りだわ。言葉じゃなければ伝わらない。超能力も魔法も私は持っていないから。」

 魔法?瑠璃子は魔法を持ってるじゃんか。皆を惹きつけるチャームの魔法を!

「あっ、でも待って、それちょっとズルい」

 自分の事は棚に上げて。


「佐原って2種目出るでしょ、ハードルと200メートル。その両方で自己ベストだったらって事?」

 ふぅ〜う、彼女が告白しちゃう場面を回避出来るかも。


「ううん、どちらがひとつでも自己ベストを更新したら。」

 えー!それじゃ自己ベスト出ちゃうかも知れないじゃん!

 そんな事になったら、彼女が誰かに告白する場面が来ちゃうじゃんか!


「なんだかオレに合わせるみたいで何かなぁ。別に合わせなくてもいいよ」

 その上彼女は告白するハードルを低くしちゃったし。



「違うの。だって、今じゃなきゃ。なんか草刈君と話ししてて、言葉じゃないと伝わらない事が有る。私もそう思ったから。」

 言葉じゃないと、、、だけど僕は、告白しなくて済む方法を宣言しちゃったんだけど。

 卑怯者だ!


「ありがとう、何だか勇気をもらった気分。レースに向けて練習にも気合いが入るわ!部活は時短になっちゃったけどね。」

 そんなに明るい顔で僕を見ないで!

 あぁ、、、ゴメン。僕は卑怯者だ。


「じゃ、お互い勝負だね」

「うん」

 僕たちは優しく拳を当て合った。




 試合の結果は1回戦ボーイだった。 

 それは何時もと変わらない、我が校弱小サッカー部の伝統だったのかも知れない。


 僕達のサッカーは、全く通用しなかった。

 蹴り出したボールはいとも容易く相手に拾われ、そのまま中盤で回された。

 マンツーマンも容易に外され、僕達はボールを追いかけた。

 ボールを追い掛ける、それは確実に僕達の体力を削り取って行った。


 2点を先行されたハーフタイムでは疲労感困憊の僕達と相手チームの笑顔との対比が、この試合を物語っていた。

 後半も3点取られてタイムアップ。

 スコアだけ聞かされたら、野球の試合かと思われちゃったかも。


「彼女に告白しなくて済む」

 ホットした反面、何故だか絶望感にも似た、とにかく悔しさがあった。

 悔しい。

 試合に負けたからなのか、彼女に告白が出来なくなったからなのか。

 涙が出た。

 告白して振られた分けでも無いのに、ただ悔しさで涙が出た。


 何であんな事を言ってしまったのだろう。

 僕が彼女に『好き』だと告白するなんて出来ない、勇気が無い。

 そもそも、僕にはそんな資格も無ければ何も持ってもいない。

 彼女の隣に立つのは僕じゃない。

 分かってる、分かってる。だけど、だけど言葉で持って彼女に『好き』だと伝えたい!

 この想いが大きくなる、それは悔しさを倍増させる。

 だけど、だけど彼女に告白する事が出来無くなってしまった。


 あぁ『点を取ったら』ぐらいにしておけば良かった、、、僕がゴールを決めるなんて、それはそれは、試合に勝つ以上の高いハードルだったかも。

 弱小チームが負けるなんて、いつもの事だろ。

 いや、違うんだ。

 もしもひとつ勝てたら、次に進める。

 その次も勝てたら、彼女に近付く事が出来たのかも知れない。


 彼女に告白して、あの関係が終わってしまったのかも知れない。

 いや、違うんだ。僕はサッカーの試合で勝ちたかったんだ。

 とにかく、泣いた。




 彼女の陸上競技会は僕の(負け)試合の翌日、夏休みに入った一番最初の日曜日だった。


 陸上競技場は、中学生の時の陸上の大会で何度か来てたし、サッカーの試合でも来た事は有った。

 だけど観客となって、スタンドから何かの競技を観戦するのは初めてだった。


 眼下にはトラックが広がっていた。

 僕は帽子を目深に被り、マスクを付け、誰かに見付からない様にこっそりとしていた。

 スタンドには見知った顔もチラホラ有った。

 どうやら僕と同じで彼女が目当てなのだろう。


 彼女は二つのレースに参加する。女子100メートルハードルと短距離の200メートルだ。

 彼女が出場するひとつ目となる女子100メートルハードルの予選は、プログラムの3番目だった。


 彼女は颯爽とトラックに現れ、スタートラインに立った。

 スラリと伸びた身長に長い手足、そこはお父さんのオーストラリア人譲りなのか。

 高校入学から1年が過ぎ、だいぶ伸びて来たあの髪は、後ろで小さく縛っていた。


「あれ?」

 スタートラインに並ぶ選手達の中で、彼女は他の選手よりも一回り大きく見える。

 その上、胸もお尻も大きく膨らみ、他の選手との体格差を感じる。


 僕が彼女の身体付きに持っていた印象は、スラリとしたお人形さんみたいな姿。

 それは中学生時代の陸上競技会での彼女のユニホーム姿を見たイメージを引きずっていたからなんだろう。


 成長期。

 確かに僕だって、中学卒業から一年が過ぎ、TシャツのサイズがMからLに変わった。

 靴だって、24.5センチから25.5センチにサイズアップした。

 周りの皆んなも、身長が伸びたり、体重が増えたり、それなりに大きく成長している。

 だけど彼女は、制服の下にあの身体を隠していたのだろうか?


 いや、僕が気付かなかっただけ。

 彼女の姿を見る時は、何とも不思議な髪色ばかりを見ていたから。

 それに最近一緒に帰る時だって、彼女の可愛らしい顔よりもその髪を見ていた時間の方が多かったかも知れない。


 彼女の上下の大きくなった膨らみ。

 彼女は男子に対して新たな“武器”を手に入れていたんだ。


 だけどとにかく速そうだ、実際良い記録を持つとも聞いていたが、予選の一発目で彼女は『告白』すると言うハードルをクリアーしてしまうだろう。


 自己ベストの更新。彼女に取ってはそれは嬉しい事だろう、僕に取っては嬉しい様な悲しい様な。

 複雑では済まされない、考えると気持ちが悪くなってしまうかの様な、何かが頭の中で、ぐるぐると渦を巻き出してしまう。


 スタートラインにクラウチングスタートの選手が並んだ。


 彼女は真っ直ぐに前を向いた。

 その見つめる先にはゴールテープがあるのだろう。

 その先には、、、想像したく無いけど、彼女の告白の時が待っている。

 何故だか分かる。彼女はこのレースで一番でゴールテープを切るだろう。

 それは自己記録を更新する事になるだろう。

 僕に取っては残酷な事、だけど、大きな期待と共にスタートラインの彼女を見つめ、スタートの合図を待った。


 スタートの号砲が僕の耳に届く直前に、選手達は一斉にスタートした。


 一台目のハードルを皆ほぼ同時に越えたが、片足が着いた瞬間、彼女は皆よりその体が半歩近く前に居た。

「行ける!」

 僕は膝の上で両手が痛くなるぐらいに拳を握っていた。


2台目のハードルを跳ぶ!

「あっ!」

 先頭に立ったと見た目で分かる、彼女の脚がハードルに触れた!

「頑張れ!」

 ハードルにかすっただけだ。3台目ハードルは直に迫る。


「ああっ!」

 僕以外のあちこちでも悲鳴が上がった!

 彼女は3台目のハードルに掛かり、転倒してしまった。

 この場所からでも分かる、彼女の顔には苦痛があった。


 彼女は立ち上がるが、両膝を擦さするような仕草のままに、トボトボとコースアウトした。

 棄権だ。

 彼女の美しい青い瞳に涙が流れているのが見えた。

 僕も泣きたくなっていた。


 彼女はその後に行われた、女子200メートルの予選に姿を現さなかった。

 この日、彼女の姿を再び見る事は無かった。





 試合で負けたのと同時に部活も夏休みに突入となったが、それも地区の大会が終わるまで、我が弱小サッカー部の練習は休みとなった。

 部活が無く学校に行かない夏休みは、彼女の姿を見る機会を無くしていた。


 彼女はどうしているのだろう。


 あのレースで負傷した彼女が気になって仕方が無かった。

 お見舞いに行く?

 いや、実際にどの程度の怪我をしてしまったのかも分からないし、幾ら一緒に下校した仲だと言っても、それ程親しくは無い。ただ、それだけだ。

 ノコノコと出向いて行った僕に会ってくれる保証は無い。


 もしも会えたとして、残念な結果に終わった彼女のレースに対して、掛ける言葉も慰める言葉も持っていない。

 彼女の自宅は知っている。


 それは、僕と同じ時代の中学校出身男子だったら必須科目であったから。

 たけど理由をあれこれ考えても、何も思い着かない代わりに、別の僕が起きてしまう。


『勘違いするな、自惚れるな。お前はその資格を持っているのか』

 彼女の隣に立つのは、僕じゃない。



 8月に入ると、部活が再開された。

 とは言うものの、自主練に近いモノだった。

 先日の初戦敗退で3年生は引退となり、僕達2年生の新チームが始動となった。

 僕は始動初日の練習時に皆に提案した。


 とにかく悔しかった。全く通用しなくて、サッカーの試合にはならなかった。

 もっと強くなりたい。どうせ負けたとしても、この前みたいな惨敗はしたくない!

 とにかく勝ちたいんだ!と。


 僕がチームメイトに想いを伝えても、僕が持つサッカーに対する知識は脆弱だ。

 そこは、小中時代からのサッカー経験者達が練習方法を考える。

 チームとしての戦術も持つ。

 僕は言葉で持って勝ちたい気持をチームメイトの皆に伝えた。

 僕の持った悔しい、勝ちたい気持ちは伝わったみたいだ。


 そう、試合で勝ちたい。

 皆んなの持つ想いも一緒だった。


 そしてもう一度、今度こそ試合に二つ勝って、彼女に告白するんだ!奇跡は興すモノなんだ!

 そんな不純な僕の動機が有る事は、皆には伏せておいた。




 盆休み前の練習帰りにチームメイトから聞かされた。

『成長痛』、なんか聞いた事がある。


 あの日に陸上競技場に集まっていた者は、僕が思っていたより多かったみたいだ。

 その中の一人が陸上部女子の友達から聞いた話しだった。

 又聞きの又聞きだったけど。


 彼女は成長期だった。それは僕達皆、変わらない。

 だけど彼女の成長は急速であり、成長する肉体に骨がついて行かず、関節が痛みを訴え出す。

 我慢はしていたそうだけど、彼女は無理してでもあの大会に臨んだ。

 だけど成長痛の痛みのピークとレースとのタイミングが合致してしまったようだ。

 我慢を越えた痛みを迎える事になった彼女は、暫く歩けない程であったと。


 痛みを我慢していたなんて、、、僕との下校時にそんな素振りは全く以て見せなかったのに。

 僕は彼女の事が何も見えてなかった。

 それに、あんな約束をしたから、、、だから彼女は無理を押してまでレースに出場したんだ、、、後悔した。


 成長痛なら確かに僕にも有る。

 膝のお皿辺りが飛び出して来て、少し痛みを感じるコレが成長痛だと、父に連れられて行った病院で先日説明を受けたばかりであったから。

 でも、痛みで暫く歩けなかったなんて、、、今の彼女はどうしているのだろうか?

 何もしてあげられない僕は、勝手に心配している他なかった。



 夏休みは続いていた。

 彼女の姿が見れない夏休み。

 陸上部の練習も、少人数ながらチラホラと姿が見られる日もあった。

 だけど彼女の姿を見る事は無く、夏休みは過ぎで行った。


 だから僕は新チームでサッカーに打ち込んだ。

 サッカー初心者の僕でも分かる。

 チームが日々変化し、新しい流れ、新しい動き、別のチームへと変わって行く事を。

 僕は確実に手応えを感じていた。


『秋の試合(全国高校サッカー選手権の地方予選)で必ず勝とう』

 これが今の僕達のチームが揚げたスローガンだった。

 そう、必ず勝とう、初勝利を揚げよう!

 そして僕は、彼女に改めて申し入れよう。


 『今度の試合で勝ったら告白する』

 あの日の二人の誓いの続きをやるんだ。


 彼女に直接告白するだなんて言えないし、二試合ではなく、とにかく勝ったらと、ハードルを下げる事にもなるけど。

 だけど、彼女の横に立つ、僕では無い誰かの登場を待つより、僕なりに決着を付ける事は必要だろう。


 そうでないと、僕では無い誰かが現れた時が来ても、僕はその場面から立ち去れない、何時までもいつまでも、彼女の事を探してしまう。


 彼女のあの不思議な色をした髪を探してしまうだろう。


 そうだ、言葉でもって伝えるんだ。

 告白の勝率は皆無だろうけど、僕なりに決着をつけるんだ。

 そうでないと、もしかしたら彼女だって今の僕との関係で、彼女の道を塞いでしまっているのかも知れない。


 彼女が想いを向ける、僕では無い誰か。

 それは彼女が切るべきゴールテープを僕のワガママが遠ざけてしまっているのかも知れない。


 僕たちは、ただ帰り道が同じなだけ。

 いつまでも続ける事は適わない、

 彼女の隣に立つのは僕じゃない。

 だけど終わらせたくない。

 だけど、、、



 だけど彼女に会えない夏、彼女の姿を見れもしない夏。

 僕に取っては新チームでの体制作りをしつつも、だけど残酷でつまらない夏だった。


 彼女に会いたい、彼女の姿が見たい、あの不思議な髪色が見たい!

 その想いは加速する!


 だけど、彼女の将来、横に居るのは僕じゃない。

 それぐらいの認識と自覚、分相応さは持っているつもりだ。

 悔しいけど、否定出来ない事実だ。


 今は見えもしない、その誰かが現れるまで。

 それは明日かも知れない。

 それまで怯えて暮らすしかない。


 だからその瞬間まで、僕はこのまま続けたい、許される限り、、、だけど、いつまでも。

 許される限りで続くだけ。

 ああ、彼女に会いたい、彼女の髪色が見たい。

 早く僕の『夢の時間の旅人』に戻りたい!



 もうすぐ夏休みも終わり、二学期が始まる。

 そうしたら彼女に会えるだろう、彼女のあの不思議な髪色を見れるだろう。

 もう直ぐだ。



 突如として僕の夢の時間の旅人は終わりを告げる。

 二学期が始まって早々、僕は家族と共に県外へ引っ越す事になった。


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