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「飛行機じゃなかったよ。空に穴が開いて、そこからぽんって出てきたもん」
「えーっ、そうなの? ぽんって? さすが王子さまねぇ」
なにがさすがだ。
「じゃあ、また穴が開くの待つしかないのかしらね」
待つのか。
「うちには遠慮なくいてくれていいからねー」
少々置いてけぼり気味だったリチャードは、それを聞いてほっとしたように肩を下げた。
「あっ、ねえねえ。その白いのはなあに?」
ママはようやく気付いた。
「ぼくの使い魔のペンドラゴンです」
「へえー、使い魔なんだ」
びっくりしないのか。
「ペンドラゴンちゃんはなに食べるのかな? とんかつ食べる? ああ、でも油物はダメか。あっ、ちくわあるよ。どう?」
「さっき、あげたー」
「あっそう? じゃあもうちょっとしたらあげるね」
ほかのものにしたらどうだろうか。
ママは晩ごはんの支度にとりかかった。
「よんちゃんのママがね、夏期講習に行くのに、なにを着ていくんだって気にするのよ。なんでもいいわよねぇ?」
リンは生返事をしながらテレビをつけた。
とたんに、リチャードが目を丸くして固まってしまった。
「光った? ひ、人が……。え? どうして絵が動いているの?」
リチャードは口をパクパクしている。あー、テレビも知らないのか。なんて説明したらいいんだろう。
「こういう機械だ。おもしろいだろう」
レンは一言ですませてしまった。なるほど、その手があったか。レンもたまにはいいことを言う。
リチャードはその説明に納得したのか、テレビの前に座り込んで食い入るように見て、ペンちゃんはちょろちょろとテレビの裏に回ったり。
レンはSNSをチェックしているのか、ソファに寝転がってスマホを見ている。
「ねえ、よんちゃんと服の話した?」
ママの話は続いている。
「してないよー」
なんか、不思議な光景だ。リンはぼーっとリビングを眺めた。
レンはたいてい部屋に籠っているから、リビングにいることはあんまりない。きょうはきっとリチャードを気遣ってここにいるのだ。
ちょっと密度が高い。
キッチンからジャーッと炒める音がする。醤油が焦げる香ばしいにおいがする。おなかが空いたなぁ。なんて思う。
がちゃっと玄関が開いた。リチャードははっとそちらを向いた。
「パパ、帰って来たわねぇ」
「ぱぱ」
リチャードが助けを求めるようにリンを見る。
「おとうさんが帰って来たんだよ」
「父君がお帰りか」
だから、ただのおとうさんだって。リチャードはパパを迎えるために立ち上がった。
そんなに気を遣わなくてもいいのに。
「ただいまー」
リビングのドアが開いた。入ってきたパパ。正面にリチャード。
「お?」
ドアノブに手をかけたまま、パパが止まった。
「お帰りなさーい。王子さまなのよ」
「へえー、そうなのか」
かみ合っているのかいないのか、よくわからない夫婦の会話。
「お世話になっています。リチャード=グリーンヒルズです」
リチャードはやっぱり胸に手を当てて優雅にお辞儀をした。
「あ、どうも。牧野林です」
パパはぺこりと会社員らしいお辞儀をした。優雅さはゼロだ。
「どちらの王子さまなのかな?」
「はい、フォックスホール王国です」
「へえー」
と言いながらパパは斜め上を見る。たぶん、どこにある国か、脳内で検索しているのだ。
「……勉強不足で申し訳ない。どこのお国ですか」
「はい、東の大陸の中央にあります」
「……東の大陸」
パパはまたしても斜め上を見た。
「あのねえ」
このままではらちが明かない、とリンは思った。
「空から降って来たんだよ」
「ええ? そうなの? 飛行機から落ちちゃったのか?」
なぜ、3人が3人とも同じことを言う。
「ちがうのよー」
ママが口をはさんだ。
「空に穴が開いて、そこから落ちちゃったんだって」
「え! 空に穴が開いたのか! ネットニュースになってるかな」
なってないよ。
「でね、また穴が開くまで、うちにいることになったから」
「ああ、そうなんだ。あれ? 大使館とかいいのか? お付きの人とかいないの?」
「お付きのドラゴンならいるけどね」
レンがヒヒッと笑った。
「え! ドラゴン? あっ、ほんとうだ! え? あれ? それドラゴンなの? おれが知ってるドラゴンとちょっと違うな?」
パパがうるさい。ちょっと落ち着いてほしい。
「そうよー。ペンドラゴンちゃんっていうの。かわいいわよねー」
ママはずっとマイペースだ。ある意味すごい。