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「ちょっと、ママだまってー」
ママが妙な合の手を入れるから、話が進まない。
リンが説明をしてレンが補足して、なんとかパパにわかってもらった。いや、この状況をわかるのもどうかと思うが。
「異世界じゃ大使館もないよな。リンもレンも明日から夏休みだし、いっしょに帰る方法を探したらいいよ」
そうじゃなくても不安がいっぱいのリチャードを、さらに不安に陥れるような親じゃなくてよかったとリンは思った。
頭ごなしに「そんなバカな話があるか! ふざけるな」とリチャードを叩きだしたらどうしようかと思ったのだ。
パパもママもレンも、案外あっさりと受け入れたことに、拍子抜けすら感じる。リチャードの出現のただひとりの目撃者であるリンは、ちょっと責任を感じていたから。
「で、リチャードくんは何才?」
そう言えば、聞いていなかった。
「17才です」
「なんだ、レンと同じじゃないか。きっと話が合うよ」
その理屈で言ったら、学年全員と話が合うことになるが。
ごはんとみそ汁と、野菜炒めととんかつ。いちおうキャベツの千切りもついている。
「さあさあ、遠慮なく食べてね」
リチャードはかしこまって座っている。
「お箸、使える?」
「おはし……」
リチャードはお箸を握ってまじまじと見る。
「フォークのほうが使いやすい?」
リチャードはこっくりとうなずいた。
「ナイフはいらないわね」
とんかつは切ってあるし。
だいたいフォークに替えたところで、ごはんとみそ汁を知らないだろう。リチャードはじーっと見ている。
「これはごはん。これはみそ汁」
ママがひとつずつ説明する。
「で、これが野菜炒めでこっちがとんかつ。とんかつにはソースをかけてね。あっ、それとも塩で食べるタイプ? おしゃれとんかつかな?」
なんだ、おしゃれとんかつって。とんかつ自体はじめてだと思うが。
「マナーなんてないから、好きに食べていいのよ」
「そうだぞ。日本式だからな!」
パパは「ははっ」と笑って、みそ汁を
ずずっとすすった。レンは
「そうそう、気にしない気にしない。ほら、とんかつうまいぞ」
と言って、どぼりとソースをかける。
リチャードは少しの間、みんなが食べるのをながめていたけれど、見よう見まねでみそ汁をすすった。
すすり方も優雅。音なんか立てない。
「これは?」
スプーンですくいあげたのはさいの目に切った豆腐。
「それはね、お豆腐。あんまり味はしないわよねぇ」
ママの説明は、ぜんぜん説明になっていない。
「えーと、アレだ。豆だ。豆をつぶして固めたやつだ」
パパの説明も大雑把。微妙な顔つきのリチャード。
次にごはん茶碗を手に取ったリチャード。
ごはんを一口食べて、リチャードは首を傾げた。
「……味がない」
「お、ごはんに味がないと食べれないタイプか? ふりかけあるぞ。ソースかけてもいいが」
「ソース」
リチャードは興味深げにソースのボトルを振ってみた。
とんかつにもどぼどぼとかけていたし、気に入ったようだ。ごはんにもどぼりとかけて、一口口に入れる。
「……おいしい」
よかったです。
「おれ、明日から午前中課外授業なんだよね」
レンが言った。さっき、そのあとカラオケなんだとメッセージが来ていたのだった。
「わたしも明日から夏期講習。午前中」
リンは塾である。通常の夜の授業に加えて、一週間の夏休みの特別講習だ。
「あらあら、じゃあみんな出かけるのね。リチャードひとりでお留守番できる?」
子どもか。でもなにも知らない、できない状態でひとりぼっちは心細かろう。
「わたしはお昼には帰ってくるよ。それまでテレビでも見てたら?」
「そうね、それがいいわ。誰か来ても出なければいいのよね」
「お兄はカラオケに行くんでしょ?」
「あら、そうなの?」
「気分次第だな」
そ。
「冷蔵庫にはジュースもアイスも入ってるし、テキトーに食べながら待っててくれればいいから」
「はい、待っています」
リチャードは、そうとしか言えないだろう。まあ、半日の辛抱だ。
「っていうか、誰か来ても出ちゃダメよ。最近、強盗流行っているから」
強盗が流行るってなんだ。でも、たしかに不審者の目撃が相次いでいる。この近辺は高齢者の世帯も多いから、闇バイトの強盗に狙われているかもしれない。
用心に越したことはない。
「誰かになにか聞かれたら、ホームステイってことにしておけばいいよ」
パパがとてもいい考えを言った。
「そうね、それがいいわ」
「……ほーむすてい」
リチャードが首を傾げた。
「あれよ。外国から子どもが遊びに来るやつよ」
雑なママ。
「宿屋に泊まるんじゃなくて?」
リチャードの疑問ももっともだ。
「一般家庭に泊まって、その国の文化や社会を勉強するシステムだよ」
レンが言った。よく知ってるな。
「夏休みにオーストラリアに行くヤツがいるんだ。そいつが言ってた」
また聞きか。
「そうだ。リチャードもオーストラリアから来たことにすればいいよ」
安直だ。
「おーすとらりあ」
「うん。聞かれたらそう言えばいい。それ以上は『ニホンゴワカリマセン』で通すんだ」
「ニホンゴワカリマセン」
「よし! 決まりね!」
なんの作戦か。




