第3話
これは、一匹狼の令嬢の話である。
王立学院の平等制度は弱体化し、
生徒が等しく勉める学び舎も、ついに弱肉強食の時代に突入した。
その危機的な教育現場の暴発に現れたのが、
愚と賢の令嬢
すなわち、一匹狼の女学生である。
例えばこの女。
群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い。
魔道具士のライセンスと、上級魔法のスキルだけが、彼女の武器だ。
魔道具士ゾーイ・アーリントン、
またの名を「善と悪の魔女」
★☆★
空は青く澄み渡り、海を目指して歩くのに最適な休日。
じいやは深く長いため息をついて、ゾーイに説教を始めた。
「たった1ヶ月で、なぜ3回も呼び出されるのですかな?お嬢様」
「オーケーオーケー。魔法の実験は、どこでやっても警報器が作動することを覚えたので、もう大丈夫だよ!」
ゾーイは言い切って親指と人差し指で円を作り、頬を挟む。「ローラだよ♪」と可愛く言うと、その右手をスパン!とじいやにぶっ叩かれた。
「お嬢様…!」
「や…やめて、仁王立ちやめて!赤い彗星が本気になったら、雑魚ザクの私なんてすぐ死んじゃうからぁ!」
「…もう呼び出されませんかの?」
コクコクコクと壊れたオモチャのようにゾーイは頷く。それを見てじいやはようやく向かいの椅子に腰掛けた。
座ったじいやを見つめて、ゾーイは聞いてみる。
「はあー。もう退学しても良いですか?」
「入学したばかりですぞ、お嬢様」
「望んで入学したんじゃないもーん」
ソファにゴロリと寝そべって、ゾーイは不貞腐れたように言う。
だらけた姿に苦笑しながら、じいやは続けた。
「本邸からの要請では、仕方ありますまい」
「気まぐれだよね。なんで今更干渉するのかしら?」
「それは、兄上方のご意向でしょうな」
「お兄様たちもなぁ。ご心配はありがたいけれど、態度で示さないで欲しいな」
ゾーイはすでに母が亡い。父親との関係は大層希薄なものだし、お兄様方とは母親が違う。ゾーイは異母兄弟とは仲が良かったが、彼等の母親と義姉には毛嫌いされている。
「兄上方は、お嬢様を構い倒したいのですぞ」
「ええ…」
怪訝な顔つきのゾーイに、ふぉっふぉっと意地悪そうにじいやは笑った。ーー実際、あの兄弟達はゾーイを愛し、いまや完全なる妹好きだった。
ーー仲直りにキスさせるとは、中々のシスコンぶりですな…。
ゾーイの味方は、昔からじいやだけだった。だからこの際、兄弟のシスコンを利用してゾーイを本邸の悪意から護らなければならない。
「ところで、また魔道具が増えてるようじゃが…」
「ふっふっふ!これらは、いつか来る日の強請りのネタよ!」
無為に学院生活を送ってないわ!とふんぞり返るゾーイ。……あかん。常識が足りてない。
その内の一つを手に取って、じいやは問いかける。
「こんなものを、どうやって集めたのですかな?」
「ああ。大抵はリリアン嬢の傍にいれば事件が発生するわ。あの子、どうやら貴族に虐められているようだし」
「………」
あっけらかんとゾーイは言う。いじめを知り、見て見ぬ振りどころか、完全無視だ。
ゾーイは悪びれない。彼女は身に掛かる火の粉なら積極的に払ってみせるが、他人の火の粉には毛ほども関心を示さない。
ーーそれは、善悪を超えた感情であり行動である。
じいやも、正義の味方を気取って欲しいとは思わない。こんな風に他人への関心が薄いのは、そうじゃなければ生き残れなかった事情があるからだ。そして、その事情をじいやは知っている。
「…女性として、非常に残念に育ちましたな、お嬢様」
「やだ☆褒めないで!」
ゾーイは無意味に照れた。ーー褒めてない。ディスられてる事に気付け!
「魔道具を作れないなんて、ストレスだわ」
「そういえば、学院内で魔道具を使うことは可能なのですかな?」
「うん。それはいいみたい。魔道具が発する魔法は認識されないわ。魔道具を使用するために使う魔法は、探知されるけれど」
「なるほど。であれば、生徒自身の魔法の使用を禁じていることになりますな」
それはそうかもね。結局学院の狙いは、魔力保有者を全て登録し監視することにあるのでしょうし、とゾーイは言った。
ーーううむ…。
じいやは唸る。ゾーイは本当に有能で異能の持ち主だった。本邸で普通に育てられたら、さぞや素晴らしいレディとなっただろう。ましてや、これほど美しいゾーイだ。彼女の夫たらんと男どもは競って彼女の関心を得ようとするだろう。
普通のーーいや、極上の女性になるべき運命だったのに、彼女はそれを家族によって捻じ曲げられたのだ。
だから、じいやは誓う。せめてゾーイ自身が『幸せ』を感じられるような人生を歩ませてあげることを。それまで側にいることを…。
☆★☆
ある朝登校すると、教室の入口で、リリアンが立ち尽くしていた。
邪魔だな、と思いつつ、ゾーイはリリアンに声をかけた。
「どうなさいましたの?リリアン嬢」
「あ…アーリントン様…」
邪魔して申し訳ございません、すぐに退きますと震えた声でリリアンが横にズレる。教室内を見ると、真ん中の席がポッカリと空いていた。
ーーくだらないことを。
そもそも机と椅子は学院の備品だ。生徒が好き勝手していいものではない。ーー仕方ない。
「リリアン嬢、お手伝いしますわ」
「……え?」
ゾーイは戸惑うリリアンの腕を引っ張り廊下に出ると、ポケットから魔道具を取り出した。
「探し物探知機~」
「………」
魔道具を掲げ、不思議なダミ声で道具名を言うゾーイに対し、賢明にもリリアンは突っ込まなかった。その道具は、円盤状で先に穴が空いている。
「リリアン嬢。スイッチを押したら、この円盤の穴に指を当てて下さいまし」
「は、はい」
言われたとおりにスイッチを押すと、風魔法が発動する。穴に指を当てると、何やら吸い込まれた。
カチッと音がして風魔法が止むと、今度は円盤の矢印がクルクル回る。そしてある方向でピタッと止まった。
「矢印の方向に、リリアン嬢の机がありますわ」
「ええ?!」
そう言って円盤を片手にゾーイはスタスタ歩き出す。半信半疑でリリアンもその後を追った。右…真っ直ぐ…左…左…。
行き着いた場所は、音楽室だった。
「あ…!ありました、ありました!」
「良かったですわね」
ゾーイは微笑んで翻った。リリアンはその背中をじぃぃぃぃと見つめる。ーーなに?これって私も手伝う流れ?
やだやだ。とゾーイは歩き始めるが、リリアンからの視線は一向に無くならない。ーーもはや痛い。
はぁぁーと深いため息をついて、リリアンの椅子を持つ。
「…手伝いますわ…」
「ありがとうございます!アーリントン様!」
パアっと輝く笑顔で礼を告げるリリアン。ゾーイが負けた瞬間であった。
二人は並んで机と椅子を運ぶ。リリアンは不思議そうにゾーイに聞いた。
「アーリントン様は魔道具にお詳しいのですか?」
「そうですわね。私は魔道具士ですから」
「ええ?!すごいですね…!」
ガタガタッと机を持つ手を震わせて、リリアンは驚く。そして懇願した。
「あの、『探し物探知機』を…私に譲って頂けませんか…?」
「銀貨1枚でお売りいたしますわ」
「銀貨1枚…!」
リリアンの息を飲む音がする。ゾーイは心の中で舌打ちした。これでも同級生価格だ。領地なら銀貨5枚で売っている。
押し黙ったリリアンに目もくれず、ゾーイは椅子を運んだのだった。
翌日、リリアンは銀貨1枚をゾーイに渡し、『探し物探知機』を手に入れた。これにより、貴族からの嫌がらせによって隠された物を全て取り返すことが出来て、リリアンは大満足するのであった。
『ドラえもん』と言えば大山のぶ代の世代。