4.
昨日は疲れて結局コンビニ飯で済ませたし、実家に着くまで長い日数がある訳でもないし、体力に余裕が出来て気晴らしに料理するとまでやるだろうか。カセットコンロ、これから使うだろうか。そんな事を思いながらも、それは結局捨てずに持って行く事にした。
自転車をこぐ度に筋肉痛が足に響く。昨日より速度は結構落ちる。でも、前に進もう。
こんなもう知らない土地で、立ち止っていても余計に辛くなるだけだ。
誰かと喋る事は出来ない。一人でずうっと立ち止っていても、何も起こらない。
それは、ほぼほぼ確定した事実だ。
脅威も無く、変化も無い。あるのは孤独だけ。ずっと続くかもしれない、孤独。
次第に建物が増えて来て、地方都市の風貌が見えて来る。
この地方都市には、学校は複数あった。小、中、高、専門系の大学やらから総合大学まで色々と。
大きい規模の学校には寄って行く事にした。
期待と、それを裏切られる恐怖があった。ここで、誰も見つからなかったら、一体何分の一の確率で、僕は取り残されたんだ?
ぞく、ぞく、と体に恐怖が走る。
そんな事実、確認したくないとも思う。
「……行くか、行かないか」
ぶつぶつ言いながら、自転車を走らせる。どうせ、大通りを進んでいたら、二つ三つの学校には当たる。
息は、自転車をこぐ以上に荒くなっていた。
何だろうな、これ。
僕は一体、どうしてこんな目に遭っているんだろう。選ばれたとかそんな理由じゃ断じてないと思うけど、もし誰かが僕を選んだとしたら、ブチ殺してやりたい。
殺せるかどうかは別として。
「あー、泣きたい」
涙は枯れた訳じゃない。でも、心は早速枯れ始めているような気がする。
理系でウェイ系みたいなハチャメチャしてる人間みたいに心が毎日ウキウキウハウハしているような人間の割合なんて、とても少ないと思うし、静かにリアルの人間関係の薄い趣味に静かに熱中しているような人がかなり多めだと思うけれど、今の僕は、そんな静かに熱中する事も出来無さそうだと思う。
完璧に一人で自己完結するような趣味なんて、ほぼほぼ無い。
心は今、平静を保っているけれど、それも爆弾が爆発しないでいるだけのような感じだ。
またいつ、爆弾が爆発するか、分からない。
爆弾が爆発しても、でも、僕は前に進むと決めたけれど。
…………。
大きく、息を吸って、吐いた。
足は、止めない。
実家に着くまでは。
一つ目の学校は、全く何も無かった。中に入ってちょっと外見を確認してみても、物が浮いていたりとかそんな事、全く無かった。
中にも誰も居ないだろう。
でも、ここは小さな専門学校だ。
まだ、望みはある。
そう思いながら外に出て、自転車にまた乗った。筋肉痛が響いている。
でも、とふと思った。
まだ、物が浮いている光景を、僕はこの地方都市に入ってから見ていない。
……そもそもだ。
考えたくなかった事だけれども、考えてしまう。
大学の方で、二日位過ごした。大きな二つのランドマークに行って、少し待ってみたりもした。
でも、誰も来なかった。
あの市の人口は、少なくとも数万はいるだろう。数字を知っている訳ではないが、十万以上居るかもしれない。
そうだったとして、単純計算だと、ここに取り残された人数は10万分の1という事になる。日本の人口は確か、1億2000万位だったはず。それが、たった1200人になった。デカい高校の人数より下回る。
それが、日本に散らばっている。
昨日の昼過ぎから50から60km程走って来たと思うけれど、誰の痕跡も見つけられていない。
そして、ここでも何も見かけなかった場合、どうなる?
合計で20万から30万位にはなるだろう。
20から30万分の1になる。600人から400人。
吐き気がする数字だ。高校どころか、中学校とかそんな話になってくる。会える可能性なんて、あるか? どれだけの可能性だ? 物を宙に浮かせておくというとても分かり易いメッセージを置いとけるとは言え、そのメッセージに会える可能性もどの位になるんだ?
考えたくも無い。
前向きに、居るだろうと、考えられない。
「ああ、くそ。だめだ、くそ」
叫びたい気持ちだ。でも、喉はまだ、ちょっとおかしい。初日に泣き叫んでから。
大声で叫べば、喉が痛くなる。
「くそったれ」
本当に、だ。
本当に、だ。
二つ目の高校。居ない。
三つ目の小学校、居ない。
そして、昼の時間になった。日の出のままだけれど。
でも、飯を食う気になれない。立ち止りたい気分で一杯だ。寝たい。起きたら、元通りになっていないだろうか。ならないだろう。
くそったれ。バカヤロウ。
雨でも降ってくれたらもう休むのにと思ったけれど、雨ももう降らない。
晴れる事も曇る事も雪が降る事も雷が落ちる事も、何もない。
「あーーーーーーーーー」
人が壊れていくって、こんな感じなんだろうかとも思う。
希望なんて、どこにもない。
「希望なんて、どこにもない。」
どこにもない。
「どこにもない。」
あー、くそ。
拷問されてるよりかは、よっぽどマシだろうか。マシだろう。
今の所は。
今の所は。
精神的苦痛が、肉体的苦痛を上回る時というのが、どういう時なのか、僕は全く知らない。
今、そういう状況なのだとは、思えるけれど。
溜息を吐いてスーパーを見つけ、そこで止まる。
足は疲れている。尻も結構痛い。柔らかいクッションか何かを買う……取って来るとして、どの位休むか。
降りて、足の疲労が溜まっているのを実感する。
体力の無い人間が、いきなり毎日自転車で長時間走るってのも、無茶な事か。ゆっくりと走るか、どこかで一日休んでを繰り返すか。
僕は、ゆっくりと走る方にすぐに決めた。
止まった世界で、僕まで一か所に長い時間留まっていたくない。
荷物を降ろして、布を被ってスーパーのガラス扉を壊す。薄暗いその中で、トマトを齧った。新鮮な味だった。
齧りきって、ヘタを捨て、ミネラルウォーターで手を洗う。
生鮮コーナーは相変わらず冷たいまま。電気が切れた瞬間の状態を保っている。何も腐っていない。相変わらず。
近くにパンがあった。後、加工肉も。
歩くのが多少辛いけど、マヨネーズも持ってきて、と。あ、あと、クッション。
食材を手に持って外に出れば、自転車も荷物もそのままだ。
持ち去られたりとか、それが壊されたりとかでも、僕は喜ぶだろうに。何も変わっちゃいない。
「嫌だなあ」
本当に、マイナスな言葉しか言っていない気がするし、そんな気持ちのままだ。
でも、それは仕方ないだろう、とも思う。こんな世界で、一人ぼっちで前向きで居られる人なんて、それこそ例外だ。アウトオブエクスペクテーションだ。
溜息を吐いて、クッションを置いて、そこに座る。
パンの袋を破って、耳を千切って食べた。
三枚千切って食べて、マヨネーズを塗って、レタスを千切って乗せ、トマトを切って乗せ、チーズを乗せ、ハムを乗せ、トマトを乗せ、レタスを乗せ、パンを乗せ、それをもう一回。
大きく口を開けて、食べた。
美味しい。
もう一口。
美味しい。
何か、それでも悲しくなってくる。
水を飲んで、もう一口。
「……悲しいなあ」




