2014クリスマス小話
クリスマスに間に合わず……。
読みにくくてすみません。
ジングルベル、鐘の鳴る聖夜のこと。
良い子は寝る時間、をとっくに過ぎたころ、とある男の人が、とっても困っていました。
メガネをかけたおとなの男の人の名前は、叶野和成さんと言います。
彼は、とっても困っていました。かおは笑っていても、心のなかではとっても困っていました。
なぜなら、和成さんのかわいいかわいい息子さんが、おやすみしてくれないのです。
今日は、クリスマス・イヴです。そう、子どもたちが一年に一度だけ、サンタクロースさんに欲しいものをおねだりしていい日です。
子どもたちはこの日をとっても楽しみにしています。チキンやケーキのごちそうをたくさん食べて、クリスマスのおうたを歌って楽しく遊んで、疲れて眠ってしまった後には、赤い服のおじいさんがきて、すてきなプレゼントを枕元においてくれるのです。
明日の朝、プレゼントを開けるときのわくわくな気持ちといったら!
よのなかには、サンタさんなんていないよ、お父さんとお母さんがプレゼントくれるんだよ、なんて夢のないことを言う子どもだっていますが、叶野家、そして近くの橘家はきちんとサンタさんを信じさせていました。まだ子どもたちはようちえん。せめて小学校にあがるまではと、おとなたちはそう思っていました。
子どもたちが目をまあるくして、うれしそうな声を上げる姿を見るのは、おとなたちも楽しみだったからです。
トキヤくんと和成さんは、ふくざつなじじょうで家族になりました。ほんとうの親子ではありません。でも和成さんは、めいっぱいあいじょうを込めて育てているつもりです。
そして叶野家と橘家の人たちも、ふくざつなじじょうで知り合い、それから家族みたいにすごしていました。
だからおとなの人はみんな、子どもたちが楽しそうに笑っているのが、とてもとてもうれしいのです。とくにトキヤくんはほんとうのお父さんとお母さんを亡くしてしまい、ずっと落ち込んでいたので、橘家の子どもである美弥ちゃんと弟の弥白といっしょにあそんでいるところを見ると、とっても安心できたのでした。
和成さんも、橘家のお父さんとお母さんといっしょに、子どもたちへのプレゼントをちゃあんと用意していました。もちろん、欲しいものもリサーチずみです。
でもいざ子どもたちが寝るころになっても、和成さんの息子さんであるトキヤくんがねてくれないのです。それどころか「サンタさんがくるまでおきてる」といって、お気に入りのペンギンのぬいぐるみを抱きしめて、まどの近くにすわり込んでしまいました。
「サンタさんはちゃんと来るから、安心して寝て良いんだよ」和成さんはいいますが、トキヤくんは首をよこにふります。
「寒いから、トキヤくん風邪を引ちゃうわ」と橘のお母さんが心配そうにいいますが、トキヤくんはやっぱり首をよこにふります。
「サンタさんも、恥ずかしくて出て来れないかもしれないよ?」とちゃめっけたっぷりに橘のお父さんもいいますが、トキヤくんはやっぱり首をよこにふります。
それきりトキヤくんは何を言っても聞かないので、和成さんは困ってしまいました。もちろん、クリスマスパーティーをいっしょにした、橘の家のお父さんお母さんも困っています。
このままだと、クリスマスプレゼントを枕元におきに行くことができません。さあ、どうしましょう。
すると、眠そうなかおをした女の子が、まぶたをこすりながらひょこひょこと歩いてきました。
弟の弥白くんといっしょにベッドに行ったはずの、美弥ちゃんです。トキヤくんもいっしょにねるはずだったのにいつまでも来ないから、気になって見に来たのです。目をしょぼしょぼさせながら、まどのところにいるトキヤくんにトコトコと近づいていきました。
「ねぇ、トキヤくんどうしたの? もうおねんねしようよ」
「ねむくないもん。サンタさんまってるんだもん」
「でもサンタさんいつくるか分からないから、ねむれなくなっちゃうよ?」
「ねむれなくなってもいいもん。ひとばんじゅう起きてれば、サンタさんに会えるもん」
ひとばんじゅう、と聞いて美弥ちゃんはびっくりしました。夜九時になったらねなさいね、とお母さんに言われて、いつもそのぐらいに眠くなってしまう美弥ちゃんには、ひとばんじゅうがとっても長いじかんに思えたのです。
「そんなにながくおきてて、トキヤくんだいじょうぶなの?」
「だいじょうぶ。おふろはいって、あったかくしたもん」
「サンタさんにあいたいの?」
「あいたいよ。だってサンタさんは、お父さんとお母さんなんだから」
そばではらはらしながら二人の会話を聞いていたおとなたちは、はっとしました。
美弥ちゃんは首をかしげます。
「トキヤくんのおとうさんとおかあさんなの?」
「だって、すずきくんが言ってたんだもん。サンタってほんとうは、お父さんとお母さんなんだぜ、って」
どうやら、ようちえんでのできごとのようです。
サンタさんを信じていない、または信じさせないごかていの子どもが、まわりの子どもたちにそう言いふらしていたようでした。
ほんとうはたぶん、サンタさんなんていないよ、と言いたかったのでしょう。
でもトキヤくんは、少しちがったようでした。
トキヤくんは、お父さんとお母さんがサンタさんになってきてくれる、と思ったようでした。
だからトキヤくんは眠たいのをけんめいにがまんして、サンタさん、つまりもういなくなったお父さんをまっていると言っているのです。
そばで聞いていた和成さんは、目のおくがあつくなりました。
トキヤくんは今日のクリスマスパーティだって、楽しそうにあそんでいたのです。
でもきっと、じつはとってもさみしいのでしょう。
だってまだ、ほんとうのお父さんとお母さんがいなくなって、一年ぐらいしかたっていないのですから。
ほんとうのお父さんとお母さんに、和成さんはなることができません。
いっしょうけんめいがんばっていますが、でも、やっぱりかなわないのです。
和成さんが泣きそうになったところで、美弥ちゃんがにっこり笑いました。
「じゃあ、いっしょにまってる! みやもおきてる!」
トキヤくんはびっくりしたかおをしました。それから、首をよこにふりました。
「みやはまだむりだよ。おきてられないよ」
「なんでー?」
「だってぼく、今日のためにくんれんしたんだもん。ちゃんとおそくまでおきてられるように、ずっとねないでおきてたんだもん」
橘のお母さんはあら、と思います。どおりで、さいきんトキヤくんは昼間もちょっぴり眠そうにしていて、おひるねのじかんも多かったのです。
「でもトキヤくん」
美弥ちゃんもいっしょにおきていたいようで、いっしょうけんめい、トキヤくんに言います。
「トキヤくん、ひとりはさみしいよ」
そのことばにはトキヤくんもまゆをしかめましたが、ペンギンのぬいぐるみをぎゅっとだきしめてしまいました。
「ペンくんがいるからだいじょうぶ。ひとりじゃない」
美弥ちゃんはぷぅ、とほおをふくらませました。それから、あ、となにか気付いたようなかおをしました。
「おはなししてればいいよ! トキヤくんとずっとおはなししていれば、おきてられるもん」
「おはなし?」
「うん! やしろはねちゃったから、わたしとトキヤくんとペンくんと、三人でおはなししよう! そしたら、サンタさんもきてくれるよ!」
それから美弥ちゃんは、トキヤくんのとなりにすわってしまいました。そうして、ぴったりと体をくっつけます。
「えへへ、こんなふうにしてればあったかいんだよ」
美弥ちゃんはにこにこと笑います。トキヤくんはぽかんとしていました。
でも、かおが少しずつ赤くなって、それからペンくんをぎゅっとにぎって、うつむいてしまいました。ペンくんにかおをうずめたまま、ぽつりと言います。
「……あったかい」
「あったかいねー」
「あったかい。……みや、おかーさん、みたい」
美弥ちゃんはきょとんとします。
「みや、おかーさんみたいなの?」
「うん。おかーさんみたい」
「そっかー。おかーさんみたいなんだ」
美弥ちゃんは、うまくいみが分かっていないようでした。でもにこにこと笑います。
トキヤくんは、うれしそうに笑いました。
橘のお母さんが、すっといなくなって、しばらくしたら毛布をもってきました。
「ほら、二人とも。寒いから、これにくるまっちゃいなさい」
「あ、おかーさん。ね、みやね、トキヤくんのおかーさんみたいなんだって」
「そう、良かったわね美弥。……さ、窓の近くは寒いから、ソファに行きましょう? ソファで待っていればいいわ。ソファでも窓の外は見えるでしょう?」
橘のお母さんがうまくゆうどうして、トキヤくんと美弥ちゃんは、ふたりいっしょにソファのうえで毛布にくるまりました。
和成さんも、橘のお父さんも、橘のお母さんに手まねきされてソファにいどうしました。
そうしてまどの外を見ながら、みんなでいっしょに、サンタさんをまちました。
次の日のあさ、いつのまにか眠ってしまったトキヤくんと美弥ちゃんはベッドの上にいて、枕元にはすてきなプレゼントがおかれていました。
トキヤくんのプレゼントには、おてがみもありました。
『トキヤへ。よく寝ていたから起こさなかったけれど、会えてよかったです。わたしたちは簡単に会えないけれど、いつでもトキヤのそばにいて、見守っています。げんきで、がんばってね。おとうさんとおかあさんより』
そのてがみをよんだトキヤくんは、和成さんに「どうしておこしてくれなかったの!?」とおこりながらたくさん泣いてしまうのですが、おひるごはんを食べおわるころには泣きやんでくれました。
そしてトキヤくんはお父さんとお母さんからのおてがみを、大事にだいじにたからばこへしまうのでした。
* * *
「お邪魔しまーす」
「あれ、いらっしゃい和成さん。おかえりなさーい」
「んー、久しぶりだな美弥ちゃん。もう冬休みか?」
「昨日からですよ。本当に久しぶりです、和成さんお仕事でずっと忙しそうでしたからね。まともに話すこともできなかったですし」
「ん。クリスマス・イベントでずーっと出ずっぱりだったからなぁ……おかげでクリスマス・イヴもクリスマス当日もぜぇんぶ仕事だったわ。あーしんど、ねむ、あ、これお土産な」
「あ、わーいこれ有名ホテルのロゴ! なんのお菓子だろー楽しみー!」
「…………んー? 美弥ちゃん、それ、抱えてるの何?」
「あ、これですか? 天気がいいから日干ししようと思って」
「……懐かしいな。しかし、ずいぶんくだびれたな、それ」
「あ、覚えてます? 幼稚園の頃から持ってますしね。でもなんか、捨てられなくて」
「……ありがとうな、美弥ちゃん」
「え、なにがですか?」
「……別に。ただ、美弥ちゃんがいてくれて良かったなぁって、改めて思ったんだよ」
トキヤくんはすっかり大きくなって、もうクリスマスの夜にサンタさんをまつことはなくなりまりました。
けれどもペンギンのペンくんは今もまだ美弥ちゃんのところにいて、みんなをやさしくみまもってくれています。
今もこうして、やさしく笑う和成さんのことも、和成さんのことばでまっかっかになってしまった美弥ちゃんのことも、ちゃんと。