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第1話 「色なし」の技術官、僻地に飛ばされる

魔法世界の独自の都市技術の話と、そこに暮らす人々ならではの物語や文化をゴリゴリと入れていきたいと思ってます!


まずは一区切りとなる5話まででも!

是非読んでみていただけると大変嬉しいです!^0^

廊下の壁に手を当てると、微かに温かい。

朝脈の残り香だ。壁の中を走る定着回路が、地下の地脈から魔力を吸い上げ、この建物を呼吸させている。

いい脈動。安定してる。

この回路を担当してるの俺なんだけど、まあ誰も知らないだろうな。


「……ここの分岐、おかしくないか」


都市管理局本庁舎、地下二階。薄暗い天井裏に上半身を突っ込みながら、レン・メーダは独り言のように呟いた。


「二本の魔力線が交差してるのに、被覆が擦り切れてる。予備線もなし。これ設計した奴、冗長性って言葉知らねーのかよ」


いや、以前周りに聞いたが「冗長性」はどうやら自分だけしか知らない概念らしい。都市設計やシステムについてのそうした独自の知識がレンにはなぜか多かった。


細い(のみ)で劣化した接続部を剥がし、指先から構築系の魔力を流し込む。

カチッ、と見えない歯車が噛み合う感覚。

断線しかけていた回路が繋がり、壁の奥で振動が変わった。

建物が、正しい呼吸を取り戻す。


「よし。いい子だ」


言ってから気づいた。いや、気づいてないふりをした。

天井裏から顔を出すと、通りかかった掃除係の女性が微妙な顔でこちらを見ていた。


「……今、何か言いました?」

「いえ、何も」


回路に「いい子だ」って言いました。

レンは埃だらけの手をぱんぱんと払い、床に降りた。


灰色の作業着。胸元の紋章は色褪せ、階級を示す色帯はない。灰色だけ。

この国では、八歳の色見の儀で適性が六色のどれかに染まる。

火なら赤、水なら蒼、風なら翠。

色を持つ者は力ある術者として扱われ、色の濃さで序列まで決まる。


だがレンは、どの色にも該当しない。

構築系。

回路を繋ぎ、制御し、都市の裏側を支える地味な系統。

王都ではそれを、もっと簡単な言葉で呼ぶ。


——色なし。


「おい、また壁いじってたのか」


背後から声が飛んできた。振り返ると、赤帯の制服を着た技術官が二人、あからさまに嫌そうな顔をして立っていた。


「ん?東棟の温度回路、落ちかけてたから直しただけだけど」

「勝手なことすんなよ。お前が触ると面倒なんだよ」

「いや、触らなかったら明日の朝にはこの区画ぜんぶ冷えるぞ」

「うるさい。色なしのくせに」


はぁ。出た。便利な言葉だ。相手の仕事を見なくて済む、思考停止の呪文。

レンは額のゴーグルを下ろしかけて、やめた。

今それをやると、たぶん余計な一言まで出る。


「はいはい、すみませんね。底辺の灰色が生意気で」

「ほんと生意気だな、お前」


同僚たちは吐き捨てるように去っていく。

レンは肩をすくめ、もう一度壁に触れた。じんわりと温かい。さっき繋ぎ直したばかりの回路が、ちゃんと生きている。

派手な炎は出せない。怪我人を光で癒せもしない。

でも、都市を生かしてるのはこういう血管だ。

それを誰も見ないだけで。


「レン・メーダ」


低い声が落ちてきた。

上席監査官ハイゼンが、階段口に立っていた。赤と白の二色帯が付いた上等な制服。皺ひとつない。どうやったらそんなに綺麗なまま生きられるのか、逆に気になる。


「あ、上席監査官。珍しいですね、地下まで来るなんて」

「君に辞令だ」


前置きなく差し出された羊皮紙を受け取る。嫌な予感しかしなかった。

開いて、三行で理解した。


「……辺境都市セーラ。現地調査」

「そうだ」

「放棄候補地?」

「そうだ」

「修繕可否の確認」

「正確には、修繕不可能の確認だ」


ハイゼンは冷えた目で言った。

「古代回路が死にかけた廃都だ。今は数百人の流民が住み着いているだけの瓦礫の山。王都が金をかける価値はない。君の仕事は現地へ行き、見て、修繕不可能の報告書を書くことだ」


「……つまり見捨てろ、と」

「そう理解して差し支えない」


左遷だな、とレンは思った。

生意気で、扱いにくくて、しかも色なし。中央に置いておくには邪魔だが、露骨に追い出すには体裁が悪い。だから辺境の廃墟へ飛ばす。よくできた人事だ。褒めてやろう。


だが、レンの意識は別の言葉に引っかかっていた。


古代回路。

廃都。

そして――放棄候補地。


「セーラって確か、六色ノードの都市ですよね」


ハイゼンの片眉がわずかに動いた。

「知っているのか」

「名前だけは。全色が交わる古代都市。理論上は六色を統合した大規模回路が存在した可能性がある」

「だから何だ」


だから何だ、じゃない。

そんなものが本当に残っているなら、回路屋にとっては宝の山だ。

レンは羊皮紙を丸めた。


「いつ出発で?」

「明朝だ」

「急ですね」

「不満か?」

「別に。面白そうなんで」


ハイゼンがあからさまに顔をしかめた。

「勘違いするな。遊びではない。君は直しに行くのではない。終わりを確認しに行くんだ」


「そりゃすいませんが、現場を見てから決めますよ」

「何?」

「回路が生きてるか死んでるか、図面の上じゃわからない。見もせずにバツを付ける技術者、僕は三流以下だと思ってるんで」


一瞬、空気が凍った。

やばいなー、とは思った。思ったけど、もう遅い。

ハイゼンのこめかみに血管が浮いたが、怒鳴る代わりに冷たく言った。


「勝手にしろ。ただし結果は変わらん。セーラは終わった都市だ」


監査官が去ったあと、地下は妙に静かだった。

レンはしばらくその場に立ち尽くし、それからまた壁に手を当てた。

温かい。この壁はちゃんと生きてる。

王都の誰にも褒められなくても、回路は嘘をつかない。


荷物をまとめるのに一時間もかからなかった。作業道具一式、予備のゴーグル、鑿、羊皮紙、炭筆。着替えは少なめ。代わりに古い回路図の写しを大量に詰め込んだせいで鞄が変な形に膨らんだ。人としてどうかと思うが、回路図のほうが大事なので仕方がない。


夜、寮の窓から王都を見下ろした。

整然とした赤い屋根、温度管理された街路灯、呼吸する壁。誰もそれを都市の奇跡だとは思わない。壊れるまで、当たり前だからだ。

辺境の廃都セーラは、そうした当たり前を失っている場所なんだろう。


なら。

もしそこにまだ回路が残っているなら。

もし古代の設計思想が眠っているなら。


「……見たいな」


左遷でも何でもいい。

面白い回路があるなら、行く理由としては十分すぎた。

レンは灰色の鞄を肩に担いだ。


「待ってろよ、廃都」


その時のレンはまだ知らない。

自分が書くはずだったのが「修繕不可能」の報告書ではなく、都市そのものの再設計図になることを。


ここまでおよみいただきありがとうございました!

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