4 やりたいとこ
本の中には、たくさんの世界がある。知識として知ることはできても、そこに触れることはできない。
だからこそ――
実際に触れて、確かめてみたいと思った。
―世界を旅する少女の物語―
「『本で読んだことを、自分の目で確かめてみたい』かぁ。すてきな目標だね。」
ノエルは少しだけ笑ってから、言葉を続ける。
「でも、元いた世界と今の世界じゃ、あるものも違うよ。」
世界はいくつもある。そして、世界が違えば常識も違う。数多ある世界の中で、まったく同じものなど一つとして存在しない。
「わかってます。」
イリスは小さく頷く。
「でも、ファキリスに来る前に、神様からこの世界のことを少し聞いたんです。」
少しだけ視線を上げて、言葉を探すように続ける。
「この世界には、前の世界では物語の中にしかなかったものや……すごく珍しかったものが、普通にあるって。」
ノエルは、興味深そうに目を細めた。
「……想像でしかなかったものを、実際に体験してみたいってこと?」
「はい。」
迷いのない返事だった。
「境界で、魔道具のお店をやってるって聞いたとき、私すごく驚きました。」
イリスは、アトリエで見た光景を思い出す。
「この世界では当たり前みたいですけど……前にいた世界では、国が一つ買えるくらいの価値があったんです。」
「え、そんなに!?」
ノエルは目を丸くする。
「同じ魔道具でも、世界が違うとそこまで変わるんだね。」
ノエルはそう言って、少しだけ考えるように視線を落とした。
「見てみるだけじゃなくて、やってみる?」
「……え?」
思わず、イリスは聞き返した。
「魔道具。作ってみるってこと。」
あまりにもあっさりと言われて、イリスは言葉を失う。
「いや、でも私……何もできないですし……。」
「最初からできる人なんていないよ。」
ノエルは即答した。
「知ってるんでしょ?いろいろ。」
「それは、本で読んだだけで……。」
「十分。」
かぶせるように言う。
「知らないより、ずっといい。」
ノエルは軽く笑うと、くるりと背を向けた。
「ちょっと来て。」
そう言って、アトリエの方へと歩き出す。
戸惑いながらも、イリスはその後を追った。
ノエルは机の上を軽く探ると、小さな魔石といくつかの簡単な器具を取り出した。
「ほんとに簡単なのだけね。」
振り返って、イリスを見る。
「“作る”ってどんな感じか、ちょっと体験するくらい。」
「……はい。」
緊張したように頷き、イリスは机に近づく。
「ここに手を置いて。」
ノエルに言われるまま、そっと手を添える。
「で、体のなかにある魔力を意識して流す感じ。」
「意識して……。」
本で読んだ記述を思い出しながら、ゆっくりと息を整える。目の前にあるのは、知識の中でしか知らなかったもの。けれど今は、触れられる距離にある。
わずかに、指先に熱が集まる。
次の瞬間。
ふわりと、魔石の中に淡い光が灯った。
「……!」
思わず息を呑む。
「お、できてるじゃん。」
ノエルが軽く覗き込んで言った。
「初めてにしては上出来。」
イリスは、目を離せずにその光を見つめる。本で読んだもの。想像していたもの。それが今、自分の手の中で動いている。
「すごい…」
小さく、思わずこぼれた言葉だった。
「面白いでしょ。」
ノエルは少し楽しそうに笑う。イリスは、ゆっくりと頷いた。
「はい。知ってるだけじゃ、全然違いました。」
その声には、確かな実感があった。ノエルは満足そうに一度頷くと、手を伸ばして魔石を受け取る。
「ま、今日はこのくらいでいいかな。」
あっさりと言って、机の上に戻した。
「最初からやりすぎても疲れるし。」
少しだけ肩越しに振り返る。
「街も見てみない?ここにいるだけじゃ得られることも少ないし。」
そう言って、アトリエを出ていった。イリスは一瞬だけ、その場に立ち尽くる。手の中に残る、かすかな熱。扉の前で足を止め、振り返る。作りかけの魔道具、散らばった工具、さっきまで触れていた場所。まだ知らないものばかりの空間。
けれど――
「……はい」
小さく頷いて、前を向く。今はまだ、全部じゃなくていい。一つずつ、確かめていけばいい。ノエルの背中を追いながら、イリスはそう思った。扉の向こうには、賑やかな街の音が広がっている。知らない世界。けれどもう、ただ怖いだけではなかった。
「職業は転生です!」を最後まで読んでいただきありがとうございました。初めて書いた小説のシリーズだったのですがどうでしたか?気に入ってくれたら嬉しいです。4話では魔道具作りの体験シーンがあったのでいつもよりも長くなってしまいました。毎週日曜日20時頃更新するのでまた読んでいただけると嬉しいです。Xにて作品の告知などをしているのでもしよかったらフォローお願いします。https://x.com/yoizuki_nvl




