24 5日目
やりたいことは、最初から決まっている人ばかりじゃない。 分からないなら、見てみればいい。 触れてみればいい。 一歩踏み出した先で、初めて見つかるものもあるのだから。
―世界を旅する少女の物語―
今日は職業体験ツアーの五日目。残る体験もあと3つ。
イリスは机の上に置かれた参加証へ目を向ける。
今日の体験は
『農家』
そして、その下には注意書きがある。
『動きやすく、汚れてもよい服装で参加してください』
「今日は畑に入るんですね……。」
イリスは普段より動きやすい服に着替えた。
土で汚れても困らないように身支度を整え、参加証を手に部屋を出る。
キッチンへ向かうと、ノエルが朝食の準備をしていた。
「おはようございます。」
「おはよう。今日は農家だったよね。」
「はい。」
イリスは参加証を見せる。
「服装まで指定されてました。」
「土に触れる仕事だからね。」
「どんなことをするんでしょう。」
「畑仕事じゃない?」
「それは分かりますけど、実際にやったことはないので。」
「じゃあ、体験しておいで。畑仕事は力仕事だよ〜。」
ノエルは笑った。
「力仕事?どういうことかは気になるけどもう行く時間なので行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
イリスはライラを出た。
今日の体験場所は、ファキリスの外れにある農地だった。街の中心から離れるにつれて、建物が少なくなっていく。やがて目の前に広がったのは、緑の畑だった。風が吹くたびに、作物の葉が揺れている。
「わぁ……。」
イリスは思わず足を止めた。
「おはようございます。本日の職業体験は『農家』です。」
進行役の女性が参加者たちへ声をかける。
その隣には、日に焼けた男性が立っていた。
「この農地で作物を育てている、ガバレだ。今日は農家の仕事を体験してもらう。」
「よろしくお願いします。」
ダグラスは畑を指差した。
「農家の仕事は、作物を収穫するだけじゃない。」
参加者たちが畑へ目を向ける。
「土を耕し、種をまき、水をやる。作物の様子を見ながら手入れをして、ようやく収穫できる。」
「じゃあ、今日は何をするんですか?」
参加者の一人が尋ねる。
「まずは畑を見てもらおう。」
ガバレの案内で、参加者たちは畑へ入った。
「ここには何が植えてあるんですか?」
イリスが尋ねる。
「今育てているのは小麦と野菜だ。こっちは収穫が近い。」
ダグラスは作物の葉を一枚手に取った。
「農家は毎日、作物の様子を見る。葉の色がおかしくないか、虫がついていないか、土が乾いていないか。」
「毎日ですか?」
「ああ。作物は放っておけば育つわけじゃないからな。」
その言葉に、イリスは畑を見渡した。
今まで何気なく食べていた野菜も、こうして誰かが毎日様子を見て育てている。
「今日は、ジャガイモの収穫を体験してもらう。」
ガバレに案内され、イリスたちは畑の前に並んだ。
「ジャガイモは土の中にできるんだ。そして茎を引っ張るだけでは全部は出てこない。周りの土を掘って、一つずつ探してみてくれ。」
イリスは畑にしゃがみ込み、手袋をはめた手で土に触れる。
まずは茎の周りから、少しずつ土をどかしていく。
「……どこにあるんでしょう。」
指先で土をかき分けていると――
「あ。」
土の中から、丸いものが少しだけ顔を出した。
「見つけた!」
イリスは周りの土を慎重に取り除く。
すると、その下からもう一つ。
さらに、その隣からも一つ。
「わぁ……まだあります!」
イリスは土の感触を確かめながら、一つずつジャガイモを掘り出していく。
「なんだか宝探しみたいです。」
「慣れてくると、土の様子でどこにありそうか分かるようになるよ。」
「土を見ただけで……?」
「毎日畑を見ているからね。」
イリスは掘り出したジャガイモを籠へ入れる。
土の中から次々と姿を現すジャガイモを見ながら、思わず笑みがこぼれた。
「農家の仕事って、土の中までちゃんと見ているんですね。」
「野菜は土の中でも育つからね。目に見えないところを見るのも大事な仕事さ。」
イリスはもう一度、目の前の土へ手を伸ばした。
今度はどこに隠れているのだろう。
そんなことを考えながら、宝物を探すようにじゃがいも掘りをしていた。
しばらくすると、次の作業へ移った。
今度は水やりだ。
「水は多ければいいってものでもない。」
ガバレが説明する。
「作物によって必要な量が違う。また、季節によって水やりの時間を変える必要がある。土の状態も見ながら調整するんだ。」
「同じ畑でも違うんですね。」
「ああ。」
イリスは土に触れてみる。
乾いている場所と、少し湿っている場所がある。
「作物だけ見てちゃ駄目なんだ。土も天気も季節も見る。それ全部が作物に関係する。」
イリスは改めて畑を見渡した。
ただ作物を育てているだけではない。
毎日の変化を見ながら、そのときに必要なことを考えている。
「これを毎日やって、ようやく市場へ出せる作物になる。」
イリスは、職業体験ツアーの初日に体験した市場のことを思い出した。
市場に並んでいた野菜。
この間は、それを「商品」として見ていた。
けれど今日は、その商品が畑で育っているところを見た。
「……市場につながってるんですね。」
「ん?」
「農家が作物を育てて、市場に運ばれて、それを商人が売る。」
イリスは手の中の野菜を見る。
「仕事って、一つだけで終わってるわけじゃないんですね。」
ガバレは嬉しそうに頷いた。
「その通りだ。」
気づけば、体験終了の時間が近づいていた。
「今日はここまでです。」
進行役の声が響く。
参加者たちは使った道具を片付け、ガバレへ向かって頭を下げた。
「ありがとうございました。」
「お疲れさん。土の仕事は地味に見えるかもしれないが、誰かがやらなきゃ食べ物は届かない。今日のことを覚えておいてくれ。」
「はい。」
イリスは畑を振り返る。
風に揺れる作物。
土の匂い。
自分の手についた土。
農家。
作物を育てるだけではない。
天気や土の状態を見て、毎日手をかけて、ようやく誰かの食卓へ届ける仕事。
「疲れた〜。大変だけど、素敵な仕事ですね。」
そう呟いて、イリスは街へ戻る道を歩き始めた。
これまで体験した仕事も、今日の農家も、どれも違う。けれど、どの仕事も誰かの生活につながっている。
「職業は転生です!」第24話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。お盆になると休みだから曜日感覚がなくなりますよね。毎週日曜日20時頃に更新しているので、また読んでいただけると嬉しいです。Xでも作品の告知などをしているので、もしよければフォローお願いします。
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