16 留守番
知らないことは、少しずつ減っていく。
けれどその先には、また新しい発見が待っている。
小さな一歩の積み重ねが、人を成長させるのだから。
―世界を旅する少女の物語―
イリスがライラに来て一週間ほどが経った。
最初の数日は慌ただしかった。
知らない世界。知らない街。
歴史書は読み終わった。
ファキリスの街並みも覚えた。
買い物へ行く道も迷わなくなった。
けどまだ知らないことは多い。
それでも、一週間前よりはずっと落ち着いている。
そんなある日の昼過ぎだった。
パタパタと羽音が響く。
開いていた窓から一羽の鳥が飛び込んできた。
「ん?」
カウンターで作業していたノエルが顔を上げる。
鳥は迷うことなくノエルの手へ降り立った。
足には小さな筒が括り付けられている。
「使い鳥ですか?」
イリスが尋ねる。
「うん。」
ノエルは慣れた様子で筒を外した。
中に入っていた紙へ目を通す。
「あー、届いたんだ。」
「何がですか?」
「注文してた素材。」
そう言いながら紙を畳む。
「隣町まで取りに行ってくる。」
隣町。
まだ行ったことのない場所だった。
「隣町って遠いんですか?」
「歩けば二時間くらい。」
「歩けば?」
「私は空飛ぶからもっと早い。」
あっさりした返事だった。
「……。」
やっぱりノエルは参考にならない気がする。
「じゃあ、行ってくる。」
「お気をつけて。」
イリスがそう言うと、ノエルは少しだけ笑った。
そして扉へ向かう。
「あっイリス、店番お願い。」
「え?」
思わず声が漏れる。
「店番、ですか?」
「うん。」
ノエルは当然のように頷いた。
「今日はたぶん夕方まで戻らないし。」
「でも私、接客なんてしたことありません。」
「大丈夫大丈夫。」
軽い。ものすごく軽い。
「商品の場所とか分からなかったら後で来てもらえばいいし。」
「それでいいんですか……?」
「いいよ。」
即答だった。
ノエルはひらひらと手を振る。
「じゃあ、よろしく。」
そう言って店を出ていった。
「……。」
1人になったライラは静かだった。
普段と同じ店内なのに、少しだけ広く感じる。
イリスはカウンターの前に立ったまま小さく息を吐いた。
「店番……。」
普段は自室で本を読んでいることが多い。 お店の仕事をじっくり見たことなんて、ほとんどなかった。
一方その頃。
ファキリスの街道を歩きながら、ノエルは空を見上げていた。
青空。雲は少ない。
飛ぶには悪くない天気だった。
「そういえば。」
ノエルはふと思い出した。
せっかく隣町へ行くのだ。
何か依頼でも受けとけば時間を有効活用できる。
冒険者ギルドに寄ると
『薬草二十本納品』
と書かれた依頼があった。
道中の草原で採れる薬草だった。
「これでいいか。」
報酬も悪くない。何より楽だ。戦闘もいらない。
ノエルは依頼票をマジックバックへしまう。
「さて。」
周囲に人がいないことを確認する。
そして腰に付けていた魔道具へ魔力を流した。
淡い緑色の光が灯る。
次の瞬間。
ふわりと体が浮き上がった。
「よし。」
風が足元を支える。
ノエルはそのまま空へ上昇した。
ファキリスの街並みが少しずつ小さくなっていく。
上空から見る街は地上とは違う姿を見せていた。
屋根が並び。街道が伸び。
その向こうには森や草原が広がっている。
「相変わらず平和だなぁ。」
誰に聞かせるでもなく呟く。
飛行速度を上げる。
景色が後ろへ流れていった。
風を切る音が耳を通り過ぎる。
途中、依頼の薬草を見つけるたびに採取しながら進む。
降りて摘み。バックへ入れ。また飛ぶ。
そんなことを何度か繰り返しているうちに、薬草はあっという間に集まった。
「終わり。」
依頼票の条件は達成。
あとは帰りに納品するだけだ。
ノエルは再び空へ上がる。
視界の先に街が見えてきた。
ファキリスより少し小さい町。
石造りの建物が並び、人の姿も見える。
「着いた。」
ノエルはゆっくり高度を下げる。
注文していた素材を受け取れば今日の用事は終わりだ。
そんなことを考えながら、隣町の入口へ降り立った。
――その頃。
ライラには、イリス一人だけが残されていた。
「……。」
イリスはカウンターの中から店内を見回す。
並べられた魔道具。
棚に置かれた鉱石。
「何をすればいいんでしょう……。」
小さく呟く。
店番と言われたものの、具体的に何をすればいいのか分からない。
とりあえず店の中を歩いてみる。
商品を眺める。
値札を確認する。
ノエルから簡単な説明は聞いていた。
けれど、全部覚えた自信はない。
「誰も来ませんように……。」
思わず本音が漏れた。
その瞬間。
カラン。
入口のベルが鳴った。
「っ!?」
イリスの肩が大きく跳ねた。
恐る恐る入口を見る。
そこには一人の女性が立っていた。
「あら?」
女性はイリスを見るなり首を傾げる。
「ノエルちゃんは?」
早速お客さんだった。
イリスは慌てて姿勢を正す。
初めての接客が始まろうとしていた。
「職業は転生です!」第16話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。今回はようやく1回も保存し忘れずに書き終えることができました。毎週日曜日20時頃に更新しているので、また読んでいただけると嬉しいです。Xでも作品の告知などをしているので、もしよければフォローお願いします。
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