12 夕暮れのアトリエ
世界を救う力を持っていても、
日常は意外と普通だったりする。
世界を守る“職業:転生”も、
普段は魔道具店で働いている。
―世界を旅する少女の物語―
夕方頃。
イリスは読んでいた本から顔を上げた。
窓の外は、少し赤く染まり始めている。
思っていた以上に、時間が過ぎていたらしい。
「……」
机の上には、開いたままの歴史書。
ファキリスの成り立ち。
魔法文化の変化。
知らないことばかりだった。
けれど、不思議と読む手は止まらない。
知るたびに、この世界が少しずつ広がっていく気がした。
イリスは小さく息を吐き、本を閉じる。
少し休憩しよう。そう思い、静かに立ち上がった。
部屋を出て、階段へ向かう。
一階へ降りるにつれて、魔鉱石と薬品の匂いが少しずつ強くなる。
ライラ。
ノエルの魔道具店。
店内を覗くと、カウンターには誰もいなかった。
代わりに、店の奥――アトリエの方から小さな金属音が聞こえる。
「……」
イリスはそっと奥を覗いた。
机の上には、分解された魔道具。
細かな部品。
淡く光る魔鉱石。
ノエルは椅子に座り、工具を片手に回路を調整していた。
カチ、と小さな音が響く。
その手つきには迷いがない。
「……すごい。」
思わず小さく呟く。
すると、ノエルが顔を上げた。
「ん?イリス。」
「すみません、邪魔でしたか?」
「全然。」
ノエルは軽く笑う。
「休憩?」
「……少しだけ。」
イリスはアトリエの中を見回した。
棚には整然と工具や部品が並び、机の上だけが作業途中らしく少し散らかっている。
ここが、ノエルの仕事場。
そんな空気があった。
「それ、何の魔道具なんですか?」
イリスは机の上の部品へ視線を向ける。
「あー、これ?」
ノエルは手に持っていた部品を軽く回した。
「自動調理器。」
「自動調理……?」
「食材入れるだけで、勝手に調理してくれるやつ。」
さらっと説明する。
イリスは少し目を丸くした。
「そんなものまであるんですね。」
「便利系は結構人気。」
ノエルは再び工具を動かす。
カチ、と小さな音。
「まあ、これは壊れてるけど。」
「直せるんですか?」
「んー、たぶん。」
軽い返事。
けれど、その手は迷わず回路を繋ぎ直していく。
イリスはその様子をじっと見つめた。
歪みを止めていた時とは違う。
けれど、どこか似ている気もする。
慣れた手つき。
落ち着いた表情。
ノエルにとっては、これも“当たり前”なのだろう。
「……ノエルって、何でもできるんですね。」
ぽつりと零れる。
すると、ノエルは少しだけ困ったように笑った。
「そんなことないよ。」
工具を置く。
「できないことも結構ある。」
「例えば?」
その問いに、ノエルは少し考える。
「……掃除。」
「えっ。」
あまりにも予想外の返事だった。
ノエルは真顔のまま続ける。
「気づいたら部屋散らかってる。」
イリスは数秒黙ったあと、小さく笑った。
「なんですか、それ。」
「ほんとだって。」
ノエルは肩をすくめる。
静かなアトリエに、小さな笑い声が響く。
机の上には、修理途中の魔道具。
淡く光る魔鉱石。
知らないものばかりの世界。
けれど――
少しずつ、その日常が分かり始めている。
そんな気がした。
「職業は転生です!」第12話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。食材を入れるだけで自動で料理してくれる魔道具、普通にほしいです。焼く系の料理をすると高確率で焦がすので……。毎週日曜日20時頃に更新しているので、また読んでいただけると嬉しいです。Xでも作品の告知などをしているので、もしよければフォローお願いします。
https://x.com/yoizuki_nvl




