10 報告
世界は本来干渉し合わない。
交わるはずのない世界。混ざるはずのないことわり。
けれど、それが崩れることが稀にある。
ほんの小さな歪みでも、放っておけば世界を壊してしまう。
だから――世界が混ざりきる前に、それを止めなければならない。
―世界を旅する少女の物語―
広場を後にしてからも、イリスの頭の中には、さっきの光景が残り続けていた。
歪んだ空気。揺れる景色。
そして、それを当たり前のように対処していたノエル。
「……」
隣を歩きながら、ちらりと横を見る。
ノエルは普段と変わらない顔をしていた。
「どうしたの?」
視線に気づいたのか、ノエルが軽く首を傾げる。
「あ……いえ。」
イリスは少し迷ってから、小さく口を開いた。
「ノエルは、いつもああいうことをしているんですか?」
「ああ、歪みの対処?」
「……はい。」
ノエルは少しだけ考えるように空を見上げる。
「まあ、それなりに。」
軽い返事だった。
「“職業:転生”の仕事の一つだからね。」
「仕事……」
イリスは小さく繰り返す。
転生を管理するだけではない。世界の異常にも関わっている。
「歪みって、よく起きるんですか?」
その問いに、ノエルは少しだけ表情を変えた。
「……前は、そんなになかった。」
「前は?」
「最近、少し増えてる。」
歩きながら、ぽつりと呟く。
「今日みたいに小さいのなら、すぐ閉じられるんだけど。」
そこで一度、言葉を切った。
「大きいのは、面倒。」
冗談っぽい言い方。けれど、その奥に少しだけ本音が混じっている気がした。
「大きいと、どうなるんですか。」
イリスの問いに、ノエルは少し黙る。
「……世界が混ざって崩壊する。」
短い答えだった。
「えっ。」
「本来、別々の世界だったものが、一つになる。そうすると世界のバランスが崩れる。」
淡々とした声。
イリスは思わず息を呑んだ。
「それって……」
「かなりヤバい。」
ノエルはあっさりと言った。
「だから、広がる前に止める。」
その言葉に、イリスはさっきの光景を思い出す。
あの歪みが、もっと大きくなっていたら。
もし、ノエルが止められなかったら。
「……」
少しだけ、背筋が冷えた。
ノエルはそんなイリスの様子に気づいたのか、小さく笑う。
「そんな怖がらなくていいよ。」
「え……?」
「今日のは、本当に小さいやつだから。」
軽く肩をすくめる。
「まあ、街中で出たのは気になるけど。」
最後だけ、少し声が低くなった。
その意味を考える前に、ノエルは話題を変えるように前を向いた。
「それより、本。」
「え?」
「さっき買ったやつ。読むんでしょ?」
「あ……はい。」
イリスは抱えていた本へ視線を落とす。
ファキリスの歴史書。
まだ少ししか読めていない。
「楽しみです。」
そう呟くと、ノエルは小さく笑った。
「イリスってほんと本好きだね。」
「……好きです。」
今度は、迷いなく答えられた。
「知らないことを知れるので。」
その返事に、ノエルは少しだけ目を細める。
「そっか。」
短いやり取り。
けれど、不思議と嫌な沈黙ではなかった。
さっきまで感じていた緊張が、少しだけ薄れていく。
街の灯りが、ゆっくりと夜に溶け始めていた。
その夜。
静かな部屋の中で、ノエルは机の上に小さな魔道具を置いた。
淡い光が灯る。
「……オリジン。」
短く呼ぶ。
少しの間を置いて、低い声が返ってきた。
「どうした。」
「報告。」
ノエルは椅子にもたれかかる。
「今日、中央広場で歪みが出た。」
わずかな沈黙。
「知っておる。我も天界から見ておった。」
声が少し低くなる。
「小規模だったけど、広がり方が速かった。」
ノエルは軽く目を閉じる。
「抑えてもすぐ反発したし、“核”もあった。」
「ふむ……」
短い返事。
「最近、ちょっと増えてる気がする。」
静かな声だった。
少しの沈黙のあと。
「……我も同じように見ておる。」
オリジンの低い声が響く。
「まだ大きな異変には至っておらぬ。じゃが、良い流れではないな。」
ノエルは小さく息を吐いた。
「だよね。」
軽い返事。
けれど、その表情は少しだけ険しい。
「引き続き警戒せよ。」
「分かってる。」
短く返す。
そして、少しだけ間を置いてから。
「イリスは問題なし。」
「ほう。」
「驚いてはいたけど、落ち着いてた。」
ノエルは小さく笑う。
「順応は早そう。」
「それは良いことじゃ。」
オリジンの声が、わずかに和らぐ。
「無理はさせるな。」
「そのつもり。」
即答だった。
「じゃ、報告終わり。」
魔道具の光が、ゆっくりと消えていく。
静けさが戻った部屋で、ノエルは天井を見上げた。
「……増えてる、か。」
小さな呟きだけが、夜の中へ溶けていった。
「職業は転生です!」第10話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。気づけば今回で10話になっていました。まだまだ始まったばかりなので、これからも読んでいただけると嬉しいです。毎週日曜日20時頃に更新しているので、また読んでいただけると嬉しいです。Xでも作品の告知などをしているので、もしよければフォローお願いします。
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