最終話 未来
縁側に、夕暮れの風が抜けていく。
ワシは座布団に腰を下ろし、膝の上で手を組んだ。
耳を隠す癖は、もうない。
髪のない頭は、風の温度がよくわかる。
「のう、マイケル」
「Hm?」
マイケルは湯呑みを置き、こちらを向く。
白くなった口ひげが、少し揺れた。
「付き合ってるって報告した時じゃ」
ワシは、目を細める。
「若い頃、英語で早口に言っとったやつじゃ。
ワシ、honest と gentleman と restraint しか拾えんかった」
マイケルは、一瞬だけ目を丸くしてから、笑った。
「Oh… that one」
「今さらじゃが、何て言っとったんじゃ」
マイケルは、少し考えるように顎に手を当てた。
「……ちゃんと聞く?」
「聞いてみたい気はするのぅ」
マイケルは、ゆっくりと日本語に切り替えた。
『正直に言うと』
声が、少し低くなる。
『君の存在で、
ボクの判断力が、だいぶ乱れていた』
ワシは黙って頷く。
『はっきり自覚している衝動があって、
でも、それに名前をつけたくなかった』
縁側に、鳥の声が落ちる。
『急ぎすぎたり、
一線を越えたら、
ボクは後悔すると思った』
マイケルは続ける。
『君に向かう気持ちは、
ごまかせなかった
だから、ボクは我慢すると決めた』
少しだけ、照れたように笑う。
『衝動より、
紳士でいる方を選んだ』
そこまで聞いて、
ワシは、ふうっと息を吐いた。
「……なるほどのう」
そして、にやりと笑う。
「よう覚えとったのぅ。
紳士、か」
マイケルが首を傾げる。
「最初は、じゃろ?」
「最初はな」
ワシは、はっきり言った。
「確かに、紳士じゃった」
それから、少し身を乗り出す。
「だがの」
マイケルを見る。
「途中からは、
欲望の塊だったぞ」
「……Oh」
「オオカミじゃ。
ちゃんとしたオオカミ」
言い切ると、
マイケルが吹き出した。
「Hahaha!」
「笑うでない」
「だって、ケンジが言うと説得力ある」
マイケルは目尻を拭う。
「でもね」
少し真面目な声になる。
「ボクは、
ケンジが止めなかったから進んだ」
ワシは鼻で笑う。
「止める気がなかったからの」
「Exactly」
二人で、しばらく笑う。
マイケルは、ワシの隣に腰を下ろした。
「翻訳、どうだった?」
「今さら聞いても、
大した違いはないのぅ」
ワシは、ゆっくり言う。
「意味を知らんでも、
お前が抑えとるのは伝わっとった」
肩に、軽く寄りかかる。
「それで十分じゃった」
マイケルは、満足そうに頷いた。
「グレイトゥー!」
「やかましい」
そう言いながら、
ワシは、その温もりを受け入れる。
紳士だった時間も。
オオカミだった時間も。
全部ひっくるめて、
今ここにある。
それで、良い。




