回想・第2話 初対面
インターホンが鳴ったとき、
俺はキッチンでコップを洗っていた。
窓の外に、
見慣れないトラックが止まっている。
引っ越し業者。
隣の家は、長い間空いていた。
ようやく人が来たらしい。
玄関の鍵が回る音がする。
百合だ。
その直後、
外から大きな声が聞こえた。
「エクスキューズミー!」
日本語じゃない。
でも、はっきり百合に向けられている。
胸の奥が、少しだけ硬くなる。
百合は、
昔から声をかけられやすい。
悪気がない人ほど、
距離が近い。
俺は、無意識に髪に触った。
耳を隠す癖だ。
少し迷ってから、
玄関へ向かう。
ドアを開けると、
金髪の男が立っていた。
背が高い。
体格がいい。
派手なタンクトップ。
目立つ。
百合が名乗る。
「沢田百合です」
男は、胸を張る。
「マイケル・ワンダーフォーゲル!」
声が大きい。
テンションが高い。
正直、
百合には近づいてほしくないタイプだ。
そのとき、
男の視線が俺に移る。
――見られた。
反射的に、
一歩下がる。
警戒だ。
男の目が、わずかに見開かれる。
「……!」
声にならない反応。
次の瞬間、
勢いよく近づいてくる。
「ツイン!?」
近い。
俺は、
百合と男の間に立つ。
百合が言う。
「はい。兄です」
男は、
俺と百合を交互に見比べる。
じっと。
長い。
その視線の向きが、
百合から逸れていることに、
少しだけ違和感を覚える。
でも、
深く考えなかった。
「すごい! そっくり!」
そう言いながらも、
男は距離を詰めてくる。
文化の違いだ。
そう思うことにした。
男は、
段ボール箱を一つ持ち上げる。
「引っ越しの挨拶、行く!」
「ギフト!」
百合が断ろうとする。
でも、
俺が先に手を出してしまった。
百合に直接渡させたくなかった。
それだけだ。
「ありがとうございます」
男は、
俺の顔をじっと見てから、
満足そうに笑う。
「グレイトゥー!」
意味はわからない。
でも、
悪意がないのは伝わる。
だからこそ、
油断できないとも思った。
男は、
その日からよく家に来るようになった。
距離は、ずっと近い。
俺は、
百合の前に立ち続けた。
それが、
兄として当然の役目だと思っていた。
このときはまだ。
あの視線の意味を、
自分に向けて考える理由が、
一つもなかった。




