時、巻き戻った後3
プログラムでの成り上がりを考え始める輪太郎。
しかし、熊本という土地が結構な問題で・・・。
さて、次の問題となるのが株式以外での金の稼ぎ方だ。
取り合えず、高校・大学からの労働で何とかなるかから考えよう。
まず、安牌であるはずの社会に出てから貯めるルートはタイミング的に選べない。
先ほども書いた通り、1995年の俺は22歳。
順調にいって年度末にやっと大学を卒業する位の年である。
となると、大卒ルートの場合、稼げる金額は3年分のアルバイトからの収入が上限になる。
とりあえず、扶養の制限額を考えると3年の手取り上限は230万円、扶養を無視して働くとしても、実家暮らしかアパート生活なら親に介入されるだろう。
当然アルバイトの時間は限られる。300万行けばいいほうだろうな。
ここから実家暮らしの場合、実家にも入れなきゃだろうし、自活する場合でも生活費に飛んでいく分がある。家からの支援を考えても一人暮らしは支出も多い。
いいとこ150万円残ればいいほうではないかと思う。
残念ながらこれでは、株式投資の頭金としては少々厳しいと言わざるを得ない。
では、高卒就職ルートではどうか?
県内就職をしたとしようか。
残念ながら熊本は平均賃金が国内順位が低い県であり、しかも、バブルの崩壊自体は1991年から始まっている。バブル末期水準の給与で滑り込めるかは微妙な時期だ。
それを前提に高卒のフルタイム勤務の手取り給与がだいたい11万前後としよう。
すると、3年でほぼ400万弱。
バイト同様、実際にはここから実家に入れたり、交通費や交際費等も出ていくので、やっぱり300万残れば良いほうじゃないだろうか。
大卒ルートに比べるとだいぶ貯蓄額は増えている。
しかし、金額的にはそれでも厳しい。
高騰したといわれるネットスケープ株だが、バブル後の水準であって株価上昇率は2.8倍前後。
期間が短いために大きく伸びたという印象が強いが、実際にはそんなもんである。
つまり、300万を全額投資しても税引き前の840万にしかならない計算である。
実際にはここからさらに諸経費が引かれるので、利益率はもっと落ちる。
これでは、生活費の捻出で手いっぱいでインターネットバブル時に投資する頭金が残らない。
高卒でこれ以上の金額を求めるとなると、県外に出て自動車会社の期間工とかを狙うことになる。
確かに給料は良い。入社支援金が10万前後、月手取り30万以上、期間満了時には満了金ももらえる。
3年節約して勤めきれれば手持ちが1千万を超すのは株式投資を目標にするとやっぱり魅力である。
ただ、当時のライン工は負荷も高く、故障者も多かったと聞く。
3か月間生き残るライン工がどれくらいいるのかとか言われていたことを考えると、全額をライン工で稼ぐという選択はかなりリスキーである。
可能ならそれ以前から何らかの方法で金を稼いでおき、不足分だけライン工で埋めるとかがが無難だろう。
それに、期間工の場合、無事期間契約が満了できたとしても、その後の再就職にも難がある。
期間工を3年やると再就職は大学卒業時の1年前、しかも既卒扱いとなる訳で、結局また氷河期戦線に突入する羽目になる。
大卒いわんやというやつだ。
結論。
ネットスケープ株で勝負する気なら、高校卒業後に稼ぐだけでは不十分である。
高校卒業後、よほど高効率に金を稼ぐ方法があるなら別だが、そうでないならもっと早いうちから金稼ぎにいそしむ必要がある。
理想的には中学校から、最悪でも高校までには何らかの方法で金を稼ぎ始めなくてはならない。
そうしないと、再び氷河期に飲まれる人生になる。
さて、では、中高生のうちから金を稼ぐ方法とは?
俺が思いつくのは1つだけ。プログラムだ。
今の俺なら40年分の知識と経験を生かすことができる。
見た目は小中学生だからそれらしい段取りは踏まなきゃならないだろうが、プログラムの質となったら、それなりに自負もある。
その力を使って、氷河期になる前にスタートダッシュを切ってしまえばいい。
何しろ、就職氷河期の前は狂乱のバブル期である。
そこに滑り込めれば十分に勝算はあるだろう。
とはいえ、成り上がるには問題もある。
場所の問題だ。
なにしろここは熊本だ。
巨人の星でもド田舎扱いされる九州の中心。
まだインターネットもパソコン通信もない時代だから情報収集のハードルも高いし、製品広報も難しい。
せめて福岡県なら大型電算機センターのあった九州大学辺りに売り込めたのに。
子供のうちから開発力を売り込んでいけば、教授経由で大きなソフトハウスに紛れ込むとか、情報収集のための策も打てたと思うのだ。
だが、熊本の小学生じゃそれは無理だ。
いや、別に熊本の大学が悪いわけじゃない。
純粋に時代の問題である。
1985年というと、やっとある程度地方に情報工学科が普及し始めた位だ。
熊本にも高専・大学はあるけれど、1985年現在でパソコンをガンガン取り扱っていたかは疑問がある。
ワンちゃん熊大工学部、他で可能性があるとすれば熊本工業大学か熊本電波高専とかでギリギリくらいか。
電波高専あたりだと、まだ電子回路周りの技術習得が中心だった可能性すらあるなあ。
記憶にある限りだと、どの大学にもデータセンターは存在しなかった気がするし、あっても県とか熊本市、或いは銀行みたいな複数拠点があるような企業オーダーだろう。
そうなると、使われるのはパソコンというよりはミニコンやメインフレームの時代だろうし。
パソコンに関する情報交換の場としては難しそう。
下手すると、高専・大学のマイコンサークルのメンバーの方が情報を持ってるかもしれないまであるな。
教育機関以外で期待できるとすれば、地元に有名ソフトハウスがある場合だが・・・。
果たして、熊本に有力なソフトハウスってあったのだろうか?
工場系システムや勘定系システム辺りからスピンオフした会社はありそうだが、そっちだとメインフレームやミニコン寄りになるだろうし。
パソコン中心となるとどうだろう・・・。
調べてみないと解らないが、かなりレアな感じがする。
関東や関西とは言わないからせめて北海道ならハドソンとかデービーソフトとか有名どころもあったんだけどなあ。
まあ、情報交換だけに限れば、パソコン通信の充実を待つのも手だ。
今年中には電気通信事業法が制定されて通信事業が解放される。
そうなれば数年中には商用パソコン通信が出そろって懐かしのNifty-Serveも利用できるようになるし、全国の情報を集めることも出来るようになるだろう。
そうなれば、趣味でパソコン通信のホストを始める連中も増えて、草の根BBSも出てくるだろう。
まあ、関東や関西に比べればあまり期待は出来ないが、アクセスできるようになるだけマシだよな。
それでちょっとは状況が変わってくれることを望みたいもんだ。




