スタートラインが見えてきた日
親とパソコン調達に関する話をする輪太郎。うまく調整してほしいパソコンを手に入れられるか?
5月20日。
中間試験の結果発表が行われた日の夜。
俺は親に対して成績の報告と、パソコンの調達に関する交渉を試みた。
「父さん、洋ランの世話は終わったかな? ちょっといい?」
「何だ?」
「以前言ってた、中学校最初のテスト、結果が出たから報告しようと思って。」
「ああ、成績が良かったらパソコンを買ってやるってやつか。
いいぞ、和室の方へ来い。」
和室へ移動すると、父と母、2人ともが待っていた。
早速、成績表を引き渡す。
名前の書かれた細長い紙だ。それに各教科の点数と、総合成績、学年順位が記載されている。
「成績、この通りです。
どうかな?自分ではほぼ会心の出来だと思うんだけど。」
「2位か。確かにな。」
父は成績表を母に渡しながら、俺に向き直る。
「いいだろう。パソコンの購入については認める事にする。」
「っ、よしっ!」
「このところ、勉強を頑張っていたのは見てて解ったからな。
全力を出して頑張ればこれくらいは出来るという事だ。
今後勉強する際の参考にするように。
それから、今後もある程度の成績を取り続けない限り、パソコンは禁止にするからそれは覚えておくように。」
多分、親父に都合のいい基準になるような気がするが一応聞いておくか。
「どれくらいの順位?」
「少なくとも、学年の半分を下回ったら絶対に使わせない。
半分以上、50位以下なら一日1時間、50位以上、20位以内なら1時間半まではいいだろう。
20位より上であれば、日常生活に支障が出ない限り、使用制限はないものとする。」
「生活に支障が出ないって?」
「当たり前のことを当たり前にやっておればそれでよい。
親に怒られるような事をしとればその日は使用制限だ。叱られた内容に応じて時間を減らすものとする。」
とりあえず、親父は話を止めた。
思いついたことをだいたい伝え終わったんだろう。
予想通り、親父の気分で時間が減らせる仕組みだったな。
まあそれはいいや、言っても意固地になるだけだろうしな。
「輪太郎から何か聞きたいことはある?」
母が話を振ってくれた。
「設置場所は?」
「現物が来ないとサイズが解らんが、今の所、この和室の縁側の作業机に置くつもりだ」
あー、親父の部屋かあ。
まあそうね。前世でもそうだったし。
ちょっと面倒くさいけど仕方ないかな。
「機種については?」
「今の所決めておらん。
電気屋の店員の話を聞いてから決めるつもりだ。
こういうのは詳しい人間に確認しないと変な機種を買ってしまうものだからな。」
つまり店員に丸投げ、と。
それじゃ高いのを言われるまま買わされるだけになるでしょ。
一応、簡単に補足しておいてみるか。
「父さんとしてはどういう条件で決めるつもり?」
「そうだな。
俺も仕事でつかえる機種が望ましいので、ワープロが動いてほしい。
家で入力した内容を小学校のパソコンでも使えると一番いいな。
あと、ワープロを使う都合上、プリンタは購入する予定だ。
その範囲で一番安いものを購入するつもりでいる。」
「あー、その条件だと、実質的にPC-9801シリーズしかないね。
小学校に導入予定のパソコンって、今中学校に導入されてる奴と同じ機種?」
「そう聞いている」
「じゃ、実質的にPC-9801 VM2しか選択肢がないかも。
使えるフロッピーディスクの規格が2HDなのは他にドライブの規格が最新のものになるから。
高いとか安いとか以前に選べる機種がほとんどない、かも。」
「何か問題があるのか?」
「値段が圧倒的に高くなるんだ。
えーと、以前整理したノートがあるからちょっと待ってて」
雑誌広告を元に計算した内容がキャンパスノートに整理してあったはず。
2Fに上がって急いで持ってくる。
親父にノートの中の数字を見せながら説明する。
ちなみに、金額の部分は全部広告を切り抜いたのを張り付けてるので、手書きの数字はない。
「じゃ、まず学校のパソコンとの互換性を前提にして機種を選んで計算してみるよ。
パソコン本体がPC-9801 VM2だと、本体だけで定価が415,000円。
モニタが14インチモデルを選ぶとして純正のPC-KD854を選ぶと定価が89,800円
NEC系列向けの標準的なプリンタのPC-PR201の定価が298,000円
この前発売された一太郎Ver2の定価が58,000円だから、全部定価で買うと860,800円になるね。」
「送料などもかかるだろうから実質90万か」
「そうだね。定価で計算するとそうなるね。」
母がちょっと渋い顔をしている。
想像していたよりだいぶ高かったみたいだ。
「これが、一太郎をあきらめてPC-8801シリーズにするとだいぶ下がる。
PC-8801 Mk2 SRのModel30、VM2と同じフロッピーディスク2台付きモデルで定価258,000円
プリンタとモニタは同じものが使えるから価格は同じ。
PC-8801向けの一太郎は無いからユーカラシリーズのワープロのK2を選んで28,000円
だから、全部定価で673,800円ですむ。」
あと2年後だとデービーソフトのP2とかもあるんだけどね。
この時代だとユーカラが安牌でしょ。
「ざっくり20万の差か。結構大きいな。」
「まあ、その価格分の性能差はあるから、安いのは安いなりってってことは覚えておいて。」
「比較する際にすぐ機種名が出てきたようだが、輪太郎としては、そのPC-8801とかいうのが欲しいのか?」
「そうだね、自室に置けるならその方がうれしいかな。
でも、買えるならPC-9801も悪くないよ。ただ、高価いでしょ?
PC-9801シリーズは業務用のパソコンなんだ。
だから僕の趣味で使うには性能も金額も過剰だってこと。
正直、9801シリーズのパソコンはゲームとかも少ないから、ホビー向きじゃないし、ね。
自室に置けるなら8801がいいけど、父さんも使うなら9801のほうがいいかもね。」
8801が欲しい風を装いつつ、親父の希望通りだと9801シリーズしかないように誘導するっと。
前世と違って、ゲームがしたいってよりはプログラム開発が出来る機種の方がいいからなあ。
ここはPC-9801一択なんだよなあ。
「そうか。
まあ、信じないわけでもないが、俺も確認してから決めることにしよう。
職場の同僚に詳しい人間が居るから、彼に聞いてみればいいだろう。」
もいっこ、ダメ押しとこ。
定価は高くつくってことを刷り込んでおかないと。
「あと、パソコンの場合、定価って、それ以上安くならない金額じゃないから覚えておいてね。
実際には店ごとに値引き率と言うのがあるらしいんだ。たくさん売ってくれる店には製造元のNECさんも安く卸すからね。
だからパソコンって、購入する店によっては定価より1~2割位は下がるもんらしいよ。
それに、タイミングの問題もあって、新機種登場前って、前の機種は安くなりがちなんだよね。
発売前に在庫機種を売り切らなきゃいけないからね。そういう場合は安くしてもらえるはずだよ。
今の場合、VM2は去年の夏登場で、今年の秋口には新機種が出てパソコンの値下げが検討されてるって噂だから、値切りやすいかもしれない。」
「詳しいな。」
「だいたいは本からの受け売りだよ。あとはパソコン持ってる人から聞いた情報かな。」
「高木さんたちか」
「中学校でも友達は増えてるけど、そんなとこ。」
いや、ばっちり未来情報だけどね。
286搭載のVXの登場は10月、VMの低価格版、VM21の登場が11月になる。
下がる価格は25,000円位だけど、筐体が違うから夏前くらいから在庫処分始めるだろう。
そうなれば値引きはしてもらいやすいはず。
「それから、純正から互換品に変えることで値段を落とす手もあるよ。
モニタとプリンタは必ずしも純正じゃなきゃいけないわけじゃないから。
互換メーカー品に切り替えれば元々の価格をもう少し下げられると思う。
そういうのを積み重ねて2割引ければ、VM2の場合でも69万円ですむでしょ?
8801で2割引ければ54万円だよ。」
「VMの場合で17万差か。そりゃ話がだいぶ違ってくるな。」
親父だけでなく、母上にも値引き率をアピールしておかないと。
あくまで、俺の希望よりは、親父の希望で高いマシンになったというイメージを付ける。
こうすることで、俺が欲しがったから買ったというよりは、親父の希望だったから仕方ないに話を持っていく。
そのうえで、俺が値引きの方法を説明しておくことで、親父の無駄遣いを俺がフォローした形に……なってくれればいいなあ。
「ところで、モニタとプリンタだが、本当に純正じゃなくて大丈夫か?」
「心配なら純正の方が安心ではあるね。
特にプリンタについては位置合わせの正確さとかがあるから純正が安牌ではあるかも。
でも、互換品でも安くていいものはあるから、お店で評判を聞いてから考えるべきかな。
安くても在庫が無いと意味が無いし。」
「店次第というやつか。
しかし、パソコンをたくさん売ってる店なんてどうやって調べればいいんだ。なかなか難しい問題だぞ。」
「それこそ、一番いいのは地元の詳しい人に聞くことだと思うよ。
予定としてはどこに買いに行く予定? 熊本で買うの?」
「6月25日に東京で日教組全国代表者会議がある。
その時に熊本代表の1人として東京入りするからその時購入するのを考えてる。」
「東京かあ、そりゃどこがたくさん売ってるかとかわからないなあ。
となると、そういうのを知ってそうな現地の人を探さなきゃいけないわけだよねえ。
あ、そうだ、事前に連絡を入れておいて、I/O編集部で聞いてみるのはどうだろう。
ご挨拶かたがた、寄らせていただければ、とかってやれば寄るのは難しくないんじゃないかな。」
思い付きだけど、悪くないように思える。
あそこは事務所が渋谷だったから、秋葉原あたりのことでも詳しい人はいるんじゃないだろうか。
「む、となると購入にはお前を連れていく必要があるか。
思ったよりいろいろと考えてるな。
まあよかろう。
現地ではかなり長く待たせると思うし、学校を休んだ分の勉強は自力で何とかする前提だが。
それができるか?」
「え? 僕も行っていいの?」
前の人生では親父が一人で買いに行ったので、それが出来るとは思ってなかったんだが。
それが出来るならいろいろ楽になるのは確かなんだけど。
「俺の分の旅費は日教組が出してくれるから、必要なのはおまえの分の旅費だけだしな。
その分はパソコン購入にあたっての必要経費として認めよう。
ただし、2点。
I/O編集部に事前に確認して許可を得ておくことと、学校にその日休むことをきちんと説明しておくこと。
この2つを忘れないように。
なお、編集部側が対応できないという事ならお前を連れて行くのも中止するからな。
そういうわけだから学校に報告するのは編集部の許可が取れてからにしなさい。
一応、両方とも、親の俺からも一筆書くので、それを併せて送ればいいだろう。
送付先は解るな?」
「うん、もうPiOの原稿は送付したから。その時にもらった住所でいいと思う。
早速、明日にでも相談の手紙を出してみるよ。」
「先方の迷惑にならないよう書く内容には注意しなさい。
念のため、封筒に入れる前に一度母さんに見せてから送るように。」
こうして、期末試験後の東京旅行が突然決まった。
手紙の結果、I/O編集部からの許可は問題なく取れて、2日間の学校休みも確保できた。
代わりにといっては何だが、納品しなくてはならないゲーム……わたれ!の改修版の完成を急がなくてはならない。
簿記の試験の勉強期間にかかってくるのが結構痛いが、まあそれは何とかなるだろう。
ヒロシとサトルには迷惑をかけるが間に合わせないといけないな。
行って帰っての弾丸旅行の上、編集部行きと秋葉原めぐりもあって、またもや出たとこ勝負なんだが。
なんとかうまくパソコンの調達を済ませなくては。




