簿記の勉強をはじめました2
簿記の勉強を始めた輪太郎。
解らないことを頼った親戚のおじさんの勢いに呑まれそうで……。
早速、翌日の月曜から簿記の勉強を開始した。
本当はパソコンの件があるので中学校の中間試験の範囲からやりたいところだ。
だが、残念ながらそういうわけにはいかない。
何しろ、まだ小学生だ。中学校の教科書が無い。
もちろん、前回の記憶があるから中学校で学んだ事自体はある程度覚えている。
ただ、今回はその中でも中間の範囲だけを集中して勉強する必要がある。
そうなると、関係ない部分を勉強して時間を取られるわけにはいかないので今は待ち、というわけ。
そういうわけで、まずは簿記を優先することにしたのである。
と言っても、最初はテキストを読み込むところからスタートになる。
俺の勉強法はまず全体を頭に入れて、詳細を詰めていく方法だ。
だから、テキストについては、まずよくわからない点をメモしながら最後まで読む。
そのうえで、今度は章立てに沿って進め、記入例や計算項目などを元に理解できた内容を整理してノートに書く。解らなかった部分もここでしっかりと確認する。
こうして作業ノートが出来上がったら、今度はノートを元に自分用に整理した復習ノートを作成する。
最後に、もう一度テキストを読みながら復習ノートを眺め、間違いや漏れ抜けを確認する。
これで、だいたいテキストについては頭に入る。
あとは、復習ノートを元に問題集を解いたり、過去問を解いたりを繰り返す。
前世ではだいたいの資格試験をこれで乗り切ってきた。
簿記の場合も基本線はこれで行けるだろう。
注意すべきは簿記の場合、電卓を使った計算問題もあるらしいことだ。
そのため、計算問題については何度も繰り返し解いてスピードも鍛えておく必要があるだろう。
6月の本試験までにどれくらい積み上げられるかが勝負だなあ。
とは言え、今日明日の時点ではまだまだ最初のテキストを頭に入れる段階である。
青色申告の経験があるのですっと入ってくる部分も多いが、何分量が多い。
疑問点を書いておくノートもページがどんどん詰みあがっていく。
この時点ではざっくりしか把握できないことが解ってるので、いまはどんどん読み進めていくしかない。
読んでも読んでも続くページにうんざりするが、勉強ってそういう作業である。
少しづつでも進めないと永遠に終わらない。
毎日の学校の勉強の方もそうだよね。
くさらず頑張るしかない。
日々これ勉強というやつだ。
そうこうしているうちに1週間が過ぎ、三角のおじさんの家へ行く日がやってきた。
妹たちを放置するわけにはいかないので、家には母が残ることになり、祖母と父、そして俺の3人で出かけることになった。
三角商店の前の駐車場に車を止めて、裏の階段を登ると、おじさんのうちの玄関である。
おばちゃんにあいさつし、まずは仏壇に手を合わせて、ひいじいちゃんにご挨拶。
その後、おばちゃんが階段下に声をかけてから下りていくと、交代でおじさんが上がってきた。
さっそくばあちゃんが声をかける。
「星一にいちゃん、いつもお墓綺麗にしてもらってありがとうね。
なかなかこっちにはこれんので、ありがたいと思っとる。」
「気にせんでよか。家族やろうもん。
それよか、今日は孫の話が先じゃろ?
えーと、簿記検定のはなしじゃったな。
商工会議所の善太郎に聞いといたぞ。」
「星一おじさん、すみません。
急な事でお手間とらせたでしょう?」
うちの父が頭を下げる。
「いやー、正月に今年の4月から中学生だし、いろいろがんばれて言うたのはわしだし。
こんなに早く頑張るとは思わんかったが、親族なんじゃし、良かろうもん。
気にせんでよか。
で、検定の場所じゃが熊本市の商工会議所でええそうじゃ。」
やっぱり熊本まで出ないとやってないんだなあ。
確認して良かった。
「次回の検定は6月8日の日曜日ちゅうことで、3級の受験費用は3000円じゃと言っとった。
事前に申し込みが要るから、いっぺん早めに現地に行った方がよかごたる。
商工会議所の場所は解るか?
国鉄の熊本駅から市電で健軍行きに乗れば、河原町電停がある。
そこで下りて少し戻れば商工会議所たい。」
「中学生になりたての子供1人で行けそうな場所かい?」
心配げな表情で祖母が言う。
「乗り継ぎさえ間違えんなら大丈夫じゃ思うがどうじゃろうな。
以前と同じなら試験自体はそんなに長うなか。
心配ならついていって待っとけばよかろうと思う。
付近には駐車場もあったと思うバイ」
「さすがにそこは父と相談します。
あ、そうだ、会計用の電卓ってどんなのがいいかの話は聞いてもらえました?」
そう質問すると、おじさんはすぐ横の棚から20cm四方くらいの薄めの箱を取り出すと、俺のほうに手渡した。
「これじゃ」
「これ、って、これ電卓じゃないですか。」
「よかよか、商工会の善太郎に近在の簿記の予備校の在庫ば持ってこさせて1台買うた。
これば持っていけば万全たい。」
「いや、払いますよ。
こういう時のためにお年玉使わずにとっといたんですから」
「せからしか。
大した金額じゃなかけん、子どんはぎゃんことで金の心配はせんでよか。
それよきゃ、わしが金出したんじゃ、合格せんなら承知せんぞ。」
「そりゃ頑張りますけど…」
「けどじゃなか。
頑張りますだけでよか。あとはやるだけぞ。」
「解りました。頑張ります。」
「よし、そっでよか。」
「そしたら、星一にいちゃんには私の方からお礼ばしとこうかね。
電卓で1本、合格ば出来たら純米ばもう1升で。」
「二本って、お前はオレばアル中にするつもりか?」
「ゆっくり飲めばよかとですよ。
あるだけ飲むけん、アル中ていわるっとだけん。
とにかく、孫がせわになったけん、礼はします。」
「かー、ああなっと頑固じゃ
いっちょん言うこときかん」
「でも、おじさん、ホントありがとうございました。
こういうのは知っとる人がおるかおらんかで全然違うから。」
「まあ、商売ごとでなんかあったら声ばかくっとよか。
でくることはしちゃるけん。」
ホント、金絡みのことではとにかく厳しいんだけど、こういう時はいい人なんだよなあ。
この人に怒られるようなことはしたくないと思うわ。
今回もしっかり勉強して簿記試験に合格できるよう頑張りたい。
祖母とおじさんの話を聞きながらそう思う俺だった。
3月に入ると、卒業式をまじかに感じるようになるせいか、教室中がそわそわした雰囲気に包まれる。
この学校の生徒は9割以上がそのまま持ち上がりで隣町の中学校に通うことになる。
それでもクラスが別かれたりということもあるからか、何処か別離の雰囲気が漂う。
そして、そんな雰囲気がピークに達する卒業式の前日、3月20日木曜日。
その日、ぼくらは小学校の校長室に居た。
校長室には校長と僕ら3人のほかにも、教頭、担任と学年主任の3人が待っている。
何の日かって?
月間I/O 4月号の熊本での発売日である。
熊本は関東から距離が遠いため、雑誌の到着が2日遅れる。
そういうわけで、年末に投稿した「わたれ!国道三号線」の受賞結果が解るはずの日であった。
「こういうの、自宅で待つもんじゃないの?」
高木君が言う。
「いや、ボクもそう思うんだけど、なんか理科のマツ先がI/O買いに行くって言いだしたから」
木村君が言い返す。
「それでなんで俺たちここにいんの?」
高木君がさらに言う。
「校長が賞を取るのを確信してるらしいのよ。
で、受賞してたら卒業式で発表して盛り上げたいんだと。
それで、リハーサルするかもしれないから俺らが呼び出されて待たされてるわけ。」
木村君が返事する。
甘い考えに捕らわれた校長につかまった俺たちは、かくの如く校長室で待たされることになったのである。
隣町の本屋まで車で片道15分。
卒業式のリハーサルを済ましたクラスメイトは全員既に帰宅の途についている。
会場の体育館も明日に備えて準備がばっちり済んでいる状況だ。
みんなでひたすらマツ先を待つしかない状況。
簿記の勉強のためとっとと帰りたい俺ははっきり言って校長の勇み足に面倒しか感じてなかった。
居心地が悪そうというと、俺たちの担任の岩崎先生も同じ様子である。
偉い人ばっかりの状況だとそう思っても仕方ないかもな
何しろ、知らないうちに俺たちがソフトを作ってて、クリスマス会で初見だったはずだからね。
俺たちがいなければ今頃職員室で仕事でもしてたんじゃないだろうか?
そんな中、裏庭の駐車場の方から近づいてくるエンジン音がする。
「どうやら、戻ってきましたかね」
「そうみたいだね」
「松岡先生が上がってくるのを待ちましょう。」
しばし待つと、ドアをノックする音
ドアを開けるなり、マツ先の嘆く声。
「いやー、参りました校長。」
「まいりましたってどういうことだね」
「いや、どうもこうもないんですよ、校長。
コンテストの結果が載ってないんです。
コンテストの募集記事側にはI/O 4月号で結果発表、って書いてありましたよね。」
校長が手元のページの写しを覗いて確認するが、やはり3月18日発売のI/O 4月号で結果発表となっている。
校長は松岡先生から手渡されたI/Oをのぞき込み、ページをめくった。
「過去の発表時はだいたいカラーページの最後付近だったんですよね。
だから、その付近だけしか見ていないので、もしかしたらモノクロページとかで発表されている可能性はありますが・・・。」
「間違いないね。モノクロページにもそれらしいページはない。」
校長は他の先生にI/Oを渡すと頭を抱えた。
「どういう事だろうね。乱丁か何かだろうか。」
「簡単に調べたんですが、ざっと見、記事の部分のノンブルに抜けは無いので乱丁じゃないと思います。
そもそも目次のページにも当選発表の文字が無くて。
あるとしたら編集段階でのミス位ですが…。」
松岡先生はパラパラとページをめくると、後半のページで目を止めた。
「っと、ありましたありました。
編集後記に書いてありますね。
第4回I/Oプログラムコンテスト入賞者は審査が難航しているため、次号に延期させていただきます。悪しからず。
ですって。」
「あちゃー。」
「こりゃ、受賞するとしても4月18日以降ってことになりますね。
出来ればみんなで祝ってあげたかったんだがこりゃ無理ってことかなあ。
せめて3月中ならよかったんですが、今年は君らの副担任だった水上先生が阿蘇のほうへ転勤されるんですよ。
そうなると、電話でお知らせすることはできるだろうけど、みんなでお祝いは無理そうですなあ。」
「うむ。残念だが今回の卒業式での話はあきらめざるを得んな。
せっかく残ってもらったのに悪かったね、3人とも。
もう取り返しはつかないが、雑誌社にはこの後にクレームの電話でも入れておこう。」
「いや、ちょっとそれは…。
僕らが今後投稿することがあったときにやりにくくなるんですが…。」
「そうかね?
やると言ったことをやってないわけだから、責められても仕方ないと私は思うんだがね。
おかげで校長挨拶を書き直さなきゃならん。」
よっぽど皮算用をしてたんだな、校長先生。
まあ、こういう賞を取る系の話は学校間で競いあいみたいな部分があるみたいだし。
小学校の実績としては悪くない内容なのかもしれない。
「まあいいだろう。
しかし、入賞の可能性だけは残ってるわけだし、来月になって入賞していたらそれだけでも教えに来てくれるかね。
せっかくだから入賞をみんなで祝いたいと思う。」
「18日って、中学校の入学式の予定でしたっけ?
実際には2日遅れて届くので、今日同様、20日にはなるんでしょうけど。」
「ちょうど日曜日だ。
小学校に来るにはちょうどいいだろう。
その日は私も学校に来ておくよ。
ぜひ、教えに来てくれると助かる。」
「解りました。
システムが似てるゲームがあるんで、オリジナルと認められて賞が取れるかはいまだに微妙だと思うんですが…。
取れても取れなくても、ご挨拶にだけは来るようにしますね。」
「そうか、ありがとう。
じゃ、今日はすまなかったね。
帰ってくれてかまわない。
明日は予定通りだから遅れないようにするんだよ。」
「はい、気を付けます。」
さすがにそれは自分でも嫌だなあと思いながら返事をした。
卒業式で遅刻するのは間抜けすぎる。
明日は早めに起きようと思う俺だった。
えーと、今回の話の最後の部分、卒業式前日の話は何が何だか解らない方が多いと思います。
実は校長たちに祝ってもらって卒業する話を書いた後に1986年のI/Oの本誌4月号を見たら、発表が5月号に延期されてて困って追加した部分です。
なんじゃこれと思われた方、すみません、現実に負けて話を変えざるを得ませんでした。
よりによって延期になった月にばっちり当たるとは私も思ってなくて…。
しかも、4月号の県内発売日が小学校の卒業式の前日、5月号の発売日が中学校の入学式の当日なんですよね。
なんでこんなにジャストの日が続くのかという…。
冗談のような現実の話でした。




