応急処置
まだちょっと残酷かもしれません。
咳込む様子を見て、碧天は虜の顔を観察した。少し口を開けさせて、床に置いていた蝋燭を掲げて口の中を視認する。舌先を切られたようだが、血を洗い流さないとこれ以上は見えない。呼吸が少しずつ落ち着いていくのを待ち、緊急性は去ったと判断した。舌そのものでの窒息はなさそうだ。出血で喉が塞がることで落命することもあるのだが、血を飲み込まないようにすればいいだけで、命に係わるわけではない。
だが、自分でやったならともかく、切られれば痛みで落ち着いた対応などできるはずもない。なぜか舌を切ると自殺できるという話があるから、余計焦るだろう。いや、自殺を試みた可能性もある。どちらにせよ、致命傷にはならない。
碧天は家の中を見回した。
白と蘇順がこちらを見ている。「それをこっちに」土間に落ちた白の外套を指さす。その言葉に蘇順がすぐに反応した。外套を拾い、手渡してくる。礼を言ってそれを受け取り、おおむね乾いているのを確認して丸める。それを虜の枕として敷き、横向きの姿勢で寝かせた。
「あなたの体調はどうですか?」蘇順に向かって問うと、頭を振って「少し疲れただけです」と答える。冷静な反応だ。「あなたは?」白を振り返る。
「大丈夫」という声がか細い。立ち上がって白に手を貸して板張りの床まで移動させる。土間では冷える。蘇順の隣に座らせて、額に触れ、首筋に触れる。少し熱があるようだ。
白に貸した外套の懐から、薄い綿布を取り出し、裂く。それで虜の舌をそっと押さえるが、相手の体がびくびくと震えるので、痛いのだろう。あまり強く押さえるわけにもいかず、出血がうまく止まることを祈る。縫合は最後の手段にしたい。
もう一度家を見回すが、家具や寝具のようなものは見当たらない。これで夜を過ごすのは難しい。部屋の壁でも壊して薪にするかと算段していると、衛が戻ってきた。
片手に火鉢を持ち、片手に毛布を掛けている。「人数分の毛布はない。あとは家畜用の干草くらいなら持ってくるが」「お願いします」受け取った毛布は二枚、怪我人と白にかけてやる。
そのあと、衛が干し草を持ち込み、それを床に敷く。ないよりはいい。小枝の束も運び込まれ、平餅も数枚渡された。「分けられるのはこれくらいだ。あとは大人しく朝を待て」
仕方がない。衛は石虎の補佐役のようだから、この辺りが融通を利かす限度なのだろう。そもそも碧天たち三人を伴うことも不本意そうだった。道中ほとんどしゃべらず、表情も殺していたが、石虎の指示に従うまでにいつも間があった。話をすれば、もっと情報を得られそうだが、そういうつもりはないらしい。碧天が礼を言うと、衛は踵を返した。
「待ってよ」呼びかけたのは蘇順だ。
「石虎は何て言ってるの?どうしてあたしまで、こいつらと一緒なのよ?」「あんたが獲物だからですよ」衛の口調が苦さを含んだものに変わった。「何を勘違いしているのか知らないが、あんたはもともとこうなる予定だったんです。石虎は口説いて共犯者に仕立て上げるやり方が好きでね。獲物が自分から飛び込んでくるし、情報も手に入るんで、効率がいいのは確かだ。実際に捕まえるのはもっと後にする予定だったけど」
蘇順の顔色がさっと変わった。これは爆発するな、と思ってみていると、蘇順は立ち上がって走り出し、戸口の傍に立っていた衛に肩口から突っ込んだ。
ありがとうございます。




