詰問
衛は蘇順に押されて一歩後ろに下がった。それ以上揺らぐことはなかった。少しは蘇順の反応を予想していたのかもしれない。けれども次の行動はあまり考えていなかったのか、蘇順は衛の横をすり抜けて、外へ走り出した。
「おい、待てっ」衛が叫ぶが、待つわけがない。「くそっ」衛は咄嗟に碧天のほうを見た。
「行ってらっしゃい。逃げません。白はどうやら熱があるし、こちらの御仁は怪我人です。置いてはいけません」「信じられるか」衛は吐き捨てると、外に出て鍵を掛け、蘇順を追っていった。
「信じなくても構わないけどね」と碧天は呟き、火鉢を引き寄せた。
蘇順は迷わず石虎がいるはずの家へ向かった。
蘇順は馬鹿ではない。衛がさっき宣告したことは、自分でもうすうす気づき始めていたことでもある。気づき始めていたからこそ、白を突き落としたのだ。
今更石虎を詰問したところで何も変わらない。だが、石虎の顔を見据えて問いたださなければ、喉元を過ぎた頃に「本当は衛の言ったことは何かの間違いだったのではないか」と一抹の感情を抱く時が来そうだった。自分自身の愚かさに止めを刺すべきなのだ。
扉を力の限り連打する。「開けなさい」目一杯怒鳴ってやる。この後自分はどうなるのか知れやしないのだ。全身の力を込める。「止めろ!」衛が追い付いてきて、蘇順の手を押さえつけようとする。
扉が開き、石虎が顔を出す。「うるせえぞ」「話があるの」蘇順は衛を振り払い、石虎に向かっていく。
石鼓がへらっと笑い、肩を竦めて身を躱す。「おお、おっかねえ。いいぜ、入れよ」
家の中に入っても、さして明るくはなかった。ぼんやりとした火鉢の灯りがあるだけだ。
先刻扉を開けた髭面の張は、酒瓶を抱えて、こちらを見たが、「賑やかだな、おい」と言って、目をしょぼつかせている。「なんだ、夜這いか?ガキにはたたねえんだよ、俺は」とひとしきり笑っている。
その奥にいる杜はじっとこちらを見ている。同じく髭面だが、肌艶から察するにこちらのほうが若い。
「話って何だ。あっちの家じゃ不満なのか」石虎が揶揄うような声音で聞く。よく聞いた声だ。石虎はよく笑顔で、蘇順を揶揄ってきた。それは好意の表れだと思ってきたが、今は蘇順を舐めてかかっているからだとしか思えない。蘇順は石虎にとってはいつでも捕らえられる獲物でしかなかったのだ。
「あたしはあんたの捕虜じゃない」蘇順の言葉に、石虎は一瞬きょとんとした後、にやにやと笑いだ出した。「取引か?俺たちの仲間になりたいのか?」
「あんたはあたしを仲間にしたいの?」蘇順は言った。声が震えたように聞こえたのは気のせいだ。蘇順は石虎の仲間になりたいわけではない。どういう仲間か、知ってしまった後では。
石虎は飛脚として、情報が欲しいのだと説明した。出会った時、おどけて目配せをし、蘇順の帰り道に待ち伏せをして、林檎の果汁を奢ってくれた。それはただ、男が未成年者に関心を持った時にするありふれた態度の一つに過ぎないと思った。伴侶を探して、自分のために女になって子供をもうけてくれる人を探しているのだと。




