雪の邂逅
四の刻を過ぎた頃、碧天は駅府を出た。村長の家を訪問する時刻は五の刻だ。その時間まで、村内をぶらぶらするつもりだ。
ちらちら降る雪の中を碧天は時折立ち止まりつつ、進む。店の扉は閉じているが、叩くと閉店しているわけではないようで、わざわざ扉を開けて、中へ入れてくれた。もっとも売り物はそれほどなく、少し話をした。碧天は結局駅府で一冬を越すことになったと言い、十分な物資があることを匂わせた。そして冬をどう過ごすのか、気を付けることなどを聞いた。ここで冬を過ごすために教えを乞いつつ、話を膨らませていく。
ここで一冬を過ごすと告げた途端、みな大なり小なり態度が変わった。ただ愛想よくしていればいい、という薄っぺらさが消え、碧天を探るような視線に代わる。一冬過ごすことにどんな事情があるのか?しばらく付き合うことになったこの客人はどんな人間なのか?
結構用心深い人間が多いな、と考えながら、碧天は店を出て、村長の家へ向かう。衣良でも同じような気質の人間が多いのだろうか。そういう村で情報を集められる人間とは、いったい。
雪は相変わらず激しくもならず、止みもせずふわりふわりと降り落ちる。あまり雪に慣れていない人間から見ると、幻想的にも思える。わずかに降り注ぐ日光が雪に反射するのか、ぼんやりとした光が舞っているようだ。
雪の中を歩く人々は、なるべく派手な色の外套を着る。雪に紛れないように。視覚的にも暖かさを求めるのか、特に赤や黄色の暖色が好まれる。
だが、雪の舞う中を静々と歩いていく女性は、明るい青色の外套を着ている。少し紫がかった、珍しい色合いで、この辺ではお目にかかることがない色だ。その姿をじっと視線で追いながら、「あれが噂の大商会のお嬢ちゃんか?」と石虎が聞いた。
自警団の門衛が石虎の最後の荷を、紐で締め上げながら、ちらりと村の通りを通り過ぎる人影を見やった。「ああ、そうかもな。ああいう格好はこの辺の人間はしないからな。美人らしいぞ、俺はまだ見たことないけど」
「今ここにいるってことは、この冬はここに?」「隊商は留まるらしいが、少人数での移動なら、天候次第ではできるだろう。お前みたいにな。実際5人くらいの集団で、既に出発している者もいるようだ。まあ、お嬢さんなら、ここで冬を越すか」「大商会の娘だって?」「そうらしい」
石虎は荷物を受け取って、雑牛の背に担ぎ上げる。「いいなあ、俺もここで過ごしたい。で、美人とお近づきになりたい」「だな!」門衛と笑いあい、大袈裟にため息をついてみせる。「あー、しょうがない。届けないといけない荷物があるし。ま、俺なら、冬の間にまた来れるかも」「そうだな、お前なら、天候が荒れなきゃ、な。気をつけてな」
石虎は大きく手を振って、口元に襟巻を引き上げて歩き出す。雑牛の鼻綱を引き、坂道を下っていく。雪のせいでぬかるんでいるから、慎重に下り村の門が見えなくなるあたりで、雑牛の背にまたがる。速度は出せないが、体力を温存するためにも雑牛は冬の道行きに欠かせない。
辺境の道は、周囲の地面より、やや通りやすく踏み固められているだけだ。冬なので、あたりに何の植物も生えていない。ただ土と石。緩やかな坂と霊山山脈を形作っていく急な斜面。
視界を遮っているものは、雪だけだ。その雪の間から、むくむくと影が湧き、大きさを増す。その影は石虎の斜め後ろから、大きくなりながら隣に移動してきた。




