第3話 愚者との会話➀
あれから一晩が経った。
目が覚めると、いつもと変わらない天井、いつもと変わらない部屋、カーテンの隙間から差し込む朝日も、机の上に積まれた教科書も、昨日と何ひとつ変わっていない。
「今日もいつもの朝か」
「おはよう、悠真。ずいぶんよく寝ていたね」
「……」
ただ一つを除いて。
ベットの横に置かれた椅子に金髪の少年が座っていた。
昨日、俺の目の前で魔物を倒した、フィンだ。
「……お前、何してんの?」
「何って、君が起きるのを待ってたんだよ」
「いや、そうじゃなくて!」
俺は布団を跳ねのけ、勢いよく上半身を起こした。
「なんでここにいるんだよ!」
「だって、昨日から一緒にいるだろう?」
「いるたって、お前はカードの中にいるんだろ!? なんで出てるんだよ!」
「それはね、君の魔力を少し借りて顕現してるんだよ」
「勝手に人の魔力を借りるな!」
「だめなのかい?」
フィンは不思議そうに首を傾げた。
こいつ……忘れかけていたが、こいつは明らかに普通じゃないもんな。今さらすぎるか。
「なんか考えるのも馬鹿らしくなってきたな」
「そんなことないさ。思考を放棄するのも一つの手段さ」
「思考放棄が役立つ時があるのか?」
「さあね。でも必要なことさ」
そんなことはないと思うが。とりあえず朝ご飯を食べないと。
というか、フィンのことを母さんは……知ってるわけないか。
でも勝手に顕現したんだよな。いや、待て。
「……母さん、お前のこと知ってるのか?」
「うん。朝ご飯も用意してくれるって言ってたよ」
「はあ!?」
俺は慌てて部屋を飛び出た。
階段を駆け下り、リビングへ向かう。すると、いつものようにキッチンから母さんの声が聞こえてきた。
「あら、悠真。おはよう。学校から連絡があって、今日から一週間休みよ。ゆっくりしなさい」
「お、おう……。それより母さん!」
「何?」
「俺の部屋にいる金髪の男の子、見た?」
「ああ、フィン君ね。朝から元気な子よねえ」
「フィン君って……」
もう名前まで知られてるのかよ。
母さんは普段からおおらかな人だが、これは流石におおらかすぎる。
昨日まで見たことなかった少年が、突然家に現われたというのに、どうしてそんなに普通なんだ。
まさか、フィンの能力なのか? 人の警戒心をなくすとか。……いや、考えすぎか。
「ほら、朝ご飯できたわよ。フィン君も呼んできてね」
「……わかった」
俺は頭を抱えながら、自分の部屋に戻った。
部屋に戻ると、フィンは窓の外を眺めていた。
「おい、フィン」
「おかえり。朝ご飯ができたのかい?」
「その前に聞きたいことがある」
「何かな?」
「母さんに何を話したんだ?」
「昨日のことを少し。それから、君と一緒にいることもね」
「……それだけか?」
「うん。あ、あとパンが好きって話もしたよ」
「パン?」
「君が起きる前に、朝ご飯に何が出るのか聞いたんだ。そしたら、パンもあるって」
「……お前、ずいぶん馴染んでるな」
昨日まで異世界じみた場所にいたような奴が、もう我が家の食卓に順応している。
こいつの適応能力はどうなってるんだ。いや、そもそも人間なのか?
色々な考えが頭の中に浮かんでいた。
「……なあ」
「うん?」
「お前って、本当に何者なんだ?」
フィンは気軽な笑みを浮かべたままだった。
「そういえば、昨日はゆっくり話す時間がなかったね」
「当たり前だ。あんな状況で説明なんてできるか」
「じゃあ、朝ご飯のあとに話そうか。僕自身のことも、アルカナのことも」
「アルカナ……?」
「うん。君が持っている、そのカードのことだよ」
カード。昨日フィンが出てきた時に持っていたやつか。
「……わかった。全部話してもらうからな」
「もちろん。ただ、僕にもわからないことがあるからね」
「おい、そこはちゃんと答えろよ」
「努力はするよ」
フィンは悪戯っぽく笑った。
こうして俺は、朝食を食べたあと、自分の人生を大きく変えることになる話を聞くことになった。
*
朝食を終え、俺とフィンはリビングのソファに座っていた。
母さんは買い物に出ていた。昨日の騒ぎの影響で、街の様子を確認するために近所の人と連絡を取るのだと言っていた。
テレビでは、昨日の事件の特別報道が流れていた。
『昨日、午後三時五十二分ごろ、市内上空に正体不明の空間亀裂が出現しました。亀裂からは複数の魔物が確認され、周辺地域では大規模な被害が――』
画面には、崩れた建物や魔物と戦う覚醒者たちの姿が映っていた。もちろん、俺の通っている学校も映された。
『政府は今回の事態を受け、全国の教育機関に対して休校措置を発表しました。また、付近の住民には不要不急の外出を控えるよう――』
「……本当に、また起きたんだな」
十二年前。
世界各地に空間の亀裂が出現し、魔物とダンジョンが現れた。
あの日以来、世界が変わってしまった。
覚醒者という存在が生まれ、人々は魔力を使い、能力を操るようになった。ダンジョンから得られる素材は新たな産業を生み、覚醒者は人々を守る存在として社会に組み込まれていった。
それでも、昨日のような事態は滅多にない。
少なくとも、学校の敷地内に魔物が現れるなんて話は聞いたことなかった。
「心配かい? 悠真」
フィンが俺の顔を覗き込んできた。
「そりゃな。学校の連中もそうだし、澪だって……」
そこまで言って、俺は口を閉じてしまった。
昨日、澪は本当に心配してくれていた。あんな顔をさせたくなかった。
でもそのためには、フィンの話を聞かないといけない。俺はテレビの電源を切った。
「……それで、話の続きだ。まず、お前自身について教えてくれ。昨日、お前は愚者のアルカナから生まれた英雄だって言ってたよな」
「うん」
「アルカナってなんだ? それにどうしてタロットカードからお前が出てくるんだ?」
フィンは少し唸りながら、視線を上に向けた。
「順番に説明しようか。まず、僕たちのことを理解するには、アルカナという存在について知る必要がある」
「アルカナ……」
「タロットカードには、いろいろな象徴が描かれてるだろう?」
「ああ。愚者とか、魔術師とか、女教皇とか……」
昔、興味本位でタロットカードについて調べたことがある。
カードごとに異なる意味があり、占いでは正位置と逆位置によって解釈も変わる。
大アルカナと呼ばれる二十二枚のカードには、人生の機転や成長、試練、希望といった象徴が込められている。
確か愚者は、始まりとか冒険、無謀、愚かさって意味があったはず。
「僕たちは、そうした象徴から生まれた存在なんだ」
「……象徴から生まれた?」
「そう。人間のように、どこかで生まれて成長したわけじゃない。僕たちは、それぞれのアルカナが持つ意味や性質を核にして存在している」
フィンは自分の胸の手を当てた。
「僕なら愚者。始まり、自由、無謀、愚行。そういったものが、僕という存在の根っこにある」
「じゃあ、お前は愚者そのものなのか?」
「んー似てるけど、少し違うかな。愚者という象徴があるからといって、僕がただの記号というわけじゃない。僕には僕の意思がある。好きなものも、嫌いなものもあるし、考え方だってある」
「つまり、独立した存在ってことか」
「その通り」
なるほど。カードの描かれた人物が、そのまま動きだしたわけではないということか。
アルカナの象徴から生まれた、意志を持つ存在。それがフィンということか。
「僕たちってことは、他にもいるのか?」
「もちろん。大アルカナは全部で二十二枚。だから僕以外にも二十一人の英雄がいる」
「二十二人……!」
昨日、魔物を倒したフィンほどの奴が、ほかにも二十一人いるのか。
もし全員が同じように戦えるのなら、とんでもない戦力になるな。
「待てよ。じゃあ、俺はその二十二人全員を呼び出せるのか?」
「今のところは、わからない」
「わからないって……」
「僕が君のところに現われた理由も、まだ全部はわかってないからね」
こいつ、わりと大事なところを知らないな。
「ただ、一つだけ確かなことがある」
「何だ?」
「君と僕の間には、普通ではない繋がりがある。君は覚醒者としての能力がない。だけど魔力はある。そして、僕はその魔力に反応して君の前に現われた」
「……俺の魔力が原因ってことか?」
「原因の一つではあると思うよ。でもそれだけじゃない気がするんだ」
「どういう意味だよ」
「うーん……うまく説明できないな。君の魔力は、僕たちにとって何か特別な意味を持っている。そんな感じがするんだ」
特別な意味? 俺の魔力に?
今まで、魔力があること自体は珍しくなかった。覚醒者の多くは魔力を持っているし、能力を使うためにも魔力が必要だ。
俺の場合は、魔力があっても能力が発現しなかった。だから、ただの無能力者。それが十二年間の俺の評価だった。
けれど、もしフィンの言う通りなら。俺の魔力には、まだ誰も知らない何かがあるのかもしれない。
「……一旦、休憩しよう。頭がパンクしそうだ」
「そうだね。ちなみに冷蔵庫に今日のお昼が入ってるよ」
「お前……順応しすぎじゃないか?」
本当にこいつは、何なのだろうか。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
次の更新をお楽しみに!
ではまた。




