第1話 無能力者
新作です!
ローファンタジーに手を出しました。
今から十二年前。
世界各地の空に光の亀裂が出現した。亀裂の向こう側から現れたのは魔物、そして現実の法則を歪める迷宮だった。
人々は迷宮を「ダンジョン」と呼び始め、それと同時に特殊な能力を発現させる者も現れ始めた。
彼らは「覚醒者」と呼ばれ、魔力を操り、身体能力を強化し、炎や氷を生み出すことができる。
国は覚醒者を管理する制度を整え――
「おい、黒瀬! 起きろ!」
「いてっ!」
くそ、いい夢を見ていたのに、起こされてしまった。
もっと起こし方ってものがあるだろ。なんちゅう速度でチョーク投げるんだよ。あの脳筋め。
「すみませーん」
「お前な……もういい」
俺の通っている学校は教員を含め、覚醒者が通っている学校だ。
さっきのチョークも、先生の身体強化で投げられたものだ。普通に投げられたチョークなんて痛くもない。
他のやつも先生と同じく、いろんな力を使うことができる。
そんな中、イレギュラーが一人だけいる。
「そういえば、何であいつここに通ってるんだ?」
「あいつ、無能力者だろ?」
そう、俺だ。
なんと俺には能力がない。あの日から周りの奴らは能力に目覚めていったが、俺だけはなぜか目覚めなかった。
だがありがたいことに魔力はある。使い道は今のところないけど。
そんな俺が、なぜ覚醒者が通う学校に通っているか。それは学校がここしかなかったからだ。
別に能力がないことに劣等感は持っていない。憧れはするけどね。
それでここに入学して「無能力者」って呼ばれるようになったわけだ。
「これで授業は終わりだ。次は実技訓練だから各自、訓練場に集合な」
先生の指示を聞いた瞬間、教室の空気が一気に変わった。
「よっしゃ! やっと実技の時間だ!」
「俺、昨日やっと炎の出力上げれるようになったんだよな」
「マジかよ。俺なんて拳に魔力集めるのに精一杯だぞ」
クラスメイトが楽しそうに話し始めた。
覚醒者にとって、実技訓練は自分の能力を試す絶好の機会でもある。新しい技を覚えたり、魔力の制御を磨いたり、同級生と模擬戦をしたり。
もちろん、俺にとっては違う。
「なあ、黒瀬。今日も見学か?」
隣に座ってた奴が、ニヤニヤしながら話しかけてきた。
「まあな。俺が参加しても、みんなの邪魔になるだけだしな」
「だよな。無能力者だもんな」
悪意があるのか、単に思ったことを口にしているだけなのか。
正直、どっちでもいい。俺だって、自分の能力が本当にないのか知りたいと思ったことはある。
炎を操ったり、身体能力を強化したり。そういう力に憧れがないと言えば嘘になる。
でも、ないものはない。いつまでも気にしていたって仕方のないことだ。
「はいはい。俺は無能力者ですよっと」
適当に返事をして、俺は机の上の教科書を片付けた。
「悠真くん」
聞き慣れた声が聞こえ、振り返ると一人の少女が立っていた。
肩まで伸びた黒髪に、整った顔立ちで涼しげな瞳をしている。そして、周囲の温度が少し下がったように感じるほどの静かな雰囲気。
朝霧澪。
この学校でも上位の実力を持つ覚醒者であり、氷を操る能力の持ち主だ。
「今日の実技訓練も見学するの?」
「そりゃそうだろ。俺が参加したところで、できることなんてないし」
「そう……」
澪は少しだけ眉を下げた。なんだ、その反応は。
「何だよ。言いたいことあるなら言えよ」
「別に。ただ悠真くんはいつもそうやって、最初から諦めている気がするから」
「いや、諦めるも何も、能力がないんだから仕方ないだろ」
「でも魔力はあるんでしょう?」
「あるだけだけどな」
「なら、何かできることがあるかもしれない」
「その『何か』が見つからないから困ってるんだよ」
俺が肩をすくめると、澪は何かを言いかけて、結局を口を閉じた。
こいつは昔からそうだ。
俺が無能力者と知っても、露骨に馬鹿にすることはなかった。だからといって、特別に優しくしているわけでもない。
ただ、時々こうして、俺が忘れようとしていることを思い出させてくる。
お前は、本当にそれでいいのかって。
「……まあ、気が向いたら参加するよ」
「本当?」
「嘘だけど」
「もう」
澪は小さく息を吐いた。
その顔がほんの少しだけ柔らかくなったのを見て、俺はなぜか目をそらしてしまった。
いや、何を意識してるんだ、俺は。相手はクラスメイトだぞ。
「じゃあ、先に行ってるね」
「あいよ。頑張れよ、氷の女王様」
「その呼び方、やめて」
「はいはい」
澪は教室を出ていった。
俺はその背中を見送り、俺も訓練場に向かった。今日も退屈な見学の時間の始まりだ。
*
訓練場は校舎の裏手にある。
壁には魔力を遮断する結界が張られ、床には強化素材が使われている。覚醒者同士が本気で戦っても、簡単には壊れないように設計されているらしい。
もっとも、俺にはそのありがたみを実感する機会はないが。
「それでは、これより個人能力の実技訓練を始める!」
担当教員の号令が響き渡る。
クラスメイトたちは順番に前に出て、それぞれの能力を披露していった。
炎を放つ者、風を操る者、拳に魔力を集中させ、強化された的を砕く者。そのたびに歓声が上がり、教員が評価を告げる。
俺は訓練場の端にあるベンチに座り、みんなを眺めていた。
すごいとは思う。純粋に、すごいと思う。でも自分には出来ない。そう考えると、少しくらい面白くない気持ちにもなる。
「はあ……」
俺は小さくため息をついていた。
「次、朝霧!」
「はい」
澪が前に出た。
彼女が右手をかざすと、空気中の水分が集まり、無数の氷の粒に変化していった。
手を振る下ろすと同時に、氷の粒が一斉に射出され、標的を正確に貫いた。
「よし。威力も制御も申し分ない。朝霧、また腕を上げたな」
「ありがとうございます」
周囲から拍手が起きていた。
澪は軽く頭を下げ、俺の方に向かってきた。
「どうだった?」
「どうって……すごかったよ。相変わらず」
「そうじゃなくて」
「え?」
「何か、気づいたことない?」
気づいたこと? 氷の粒を飛ばす速度、標的への命中力、能力を使った後の魔力の消費量。
そういうことだろうか。それとも――
「……最後の一発、少しだけ軌道がずれたか?」
「気づいたの?」
「いや、たまたまだ。最初の何発かと比べて、最後の一発だけ右に流れたように見えた」
「……そっか」
澪は自分の手を見つめた。
「魔力の制御を少し変えたんだけど、まだ安定してないみたい」
「へえ。俺には十分すごく見えたけどな」
「ありがとう」
*
実技訓練が終わり、帰路についていた。
見学をしただけで、特に疲れたというわけでもない。ただ、レポートを出すのがめんどくさい。何もない俺に何を書けって言うんだ。
せめて、見学しただけで評価してくれればいいのに。
「はあ……帰ったら適当に書くか」
そんなことを呟きながら、俺は校門へと向かっていた。
そのとき、突然、地面が大きく揺れた。地震か? でも揺れ方がおかしい。なんだろう、この違和感は。
校舎の窓がガタガタと音を立てて、遠くから悲鳴も聞こえてくる。
「な、何だよ……?」
周囲の生徒たちも足を止め、困惑した表情で空を見上げていた。俺もつられるように顔を上げた瞬間、思わず息を呑んだ。
空に亀裂が走っていた。紫色の光が不気味に明滅していた。亀裂は少しずつ広がり、その向こう側から何かがこちらを覗いているように見えた。
見覚えがある。忘れるはずがない。十二年前、世界各地に出現した光の亀裂。ダンジョンと魔物が現れた、あの日の光景と同じだ。
「嘘だろ……?」
誰かが呟いた。直後、校内に警報が鳴り響いた。
『緊急事態発生。全校生徒は教員の指示に従い、速やかに避難してください。繰り返します――』
「全員、落ち着け! 教員の指示に従って避難しろ!」
先生たちが声を張り上げ、生徒たちの誘導を始めた。
だが、空の亀裂は閉じるどころか、さらに大きくなっていった。
そして、空の向こう側から耳をつんざくような咆哮が響いた。
「なっ……!?」
亀裂から巨大な影が姿を現した。
黒い鱗に覆われた四本の脚、背中から伸びる無数の棘、赤い目。その姿はまるで巨大な爬虫類だった。
いや、そんな生易しいものじゃない。あれは、明らかに人間が相手にしていい存在ではない。
「魔物……!? なんでこんなところに!」
「全員、逃げろ! あれは俺たちだけでは対処できん!」
教員の叫び声を合図に、生徒たちが一斉に走り出した。
俺も逃げようとした。当然だ。俺は無能力者だ。魔物と戦う力なんてない。あんな化け物に立ち向かったところで、何もできずに食われるのがオチだ。
「きゃああああっ!」
悲鳴が聞こえ振り返ると、校舎の壁が崩れ、その下敷きになった生徒がいた。
足が瓦礫に挟まっているらしく、必死にもがいていた。
「誰か! 助けて!」
周囲の生徒は逃げ惑い、誰も足を止めなかった。
いや、違う。みんなだって怖いんだ。あんな化け物が現れた直後だ。自分の命を守るだけで精一杯だ。
それは俺だって同じだ。逃げろ。今すぐ逃げろ。助けに行ったところで、俺に何ができる? 魔力はあっても、能力はない。瓦礫を持ち上げるほどの力もなければ、魔物を倒す力だってない。
なのに、俺の足は動かなかった。
「くそっ……!」
「おい、黒瀬! 何やってんだ! 早く逃げろ!」
誰かの声が聞こえたが、無視した。
今さら格好つけたって仕方ない。助けられる保証なんてどこにもない。それでも、目の前で助けを求めている人を見捨てて逃げるなんて、俺にはできない。
「大丈夫か!」
「く、黒瀬くん!? どうして……!」
「話はあとだ! 今、瓦礫をどかすから!」
俺は瓦礫に手をかけたが、あまりに重く、びくともしなかった。
「なんだよ、これ……!」
何度力を込めても、瓦礫は少し揺れるだけだった。
やっぱり無理なのか。俺には何も出来ないのか。
そのとき、背後から低い唸り声が聞こえた。嫌な予感がした。振り返ると、さっきの魔物がすぐそこまで来ていた。赤い目が、完全に俺を捉えていた。
「マジかよ……!」
「黒瀬くん、逃げて!」
「お前を置いてられるかよ!」
力を振り絞り、瓦礫に手をかけた。それと同時に魔物が地面を蹴った。
火事場の馬鹿力とはよく言ったものだ。何とか瓦礫をどかすことができ、俺も挟まれていた生徒も避けることができた。
さっきまでいた場所が爪で抉れていた。まともに喰らえば、一撃で終わりだ。
魔物は俺は見据えたまま、様子見をしていた。
ここで死ぬのか、俺は。
「はは……冗談だろ」
笑おうとしたが、口元が引きつるだけだった。
怖い。当たり前だ。死にたくなんてない。もっと遊びたいし、うまいものだって食べたい。澪とだって、まだ話したいことがある。
そもそも、俺はまだ何もしていない。能力がないからって、最初から諦めて。いつか何か変わるかもしれないと思いながら、結局何もせずに過ごしてきた。
このまま終わるのか? 無能力者のまま。何もできないまま。何も残せないまま。
「……ふざけんな」
俺は震える足に力を込めた。
「まだ、終わってたまるかよ!」
魔物が跳びかかってくる。その瞬間、胸の奥が熱くなった。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
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ではまた。




