②
「どうわあぁぁ!」
布団から飛び起きるっていう表現がバッチリだと、我ながら思う。
「なっ……なんだ………夢か………」
って、あれ?どんな夢だったっけ?
うーん。いまいち、思い出せん……
……………………って……
なっ……ウソマジで!
……はっ……はははははははは………………………………
「8時5分だとおおおぉぉ!?」
思わず叫んじまった!
だって、あれだぜ!
遅刻記録更新!?
俺は真っ白になって、固まってしまった。
そんな俺の部屋の戸がノックもなしに勢いよく開く。
その先にいるのは……
「おそよう、馬鹿由貴!先に行くわよ、アデュー!」
シュタッっと今にも音が聞こえてきそうな勢いで手を振って颯爽と去って行った。
いわずもがな、もちろん俺の部屋の戸は開けっ放しで。
俺は不覚にもその場のノリで手を振り替えし、あまつさえ「アッデュー……」と言いながら見送った後で“しまった”なぁんて気付いた時にゃもう遅い。
当たり前だが、そこには姉ちゃんの姿はない。
……何なんだろう……
このとてつもない敗北感!
何かすごく悔しい!
本人の目の前じゃ怖くて言えないけど、今はいない!
よし!
「気付いてんなら起こせよな!それでも姉かああぁ!」
――バッシイイィィィ!
あ、お花畑……
「何、訳の判らぬことをほざいておる。煩いだろうが!さっさと学校へ行かんか、このバカモンが!」
何か、頭が……こう、ね?
一瞬川まで見えたんだけどね?
じいちゃん、痛いんだけど……
少年虐待?
「あらあ~、ゆんちゃんまだおったん?あらあら、何すねてはるのぉ?」
オカアサマ……
座り込んでいるのは拗ねてるんじゃなくて、頭が痛いのです。
何でこんなにのほほんしてるんだろうね、うちの母さんは……
もう泣きたい。
「……この家に俺の味方はいねえっ!」
「くっ」と、悔し涙を流してそう俺が呟いたのを聞いてくれたのか聞いてなかったのか……
母さんがポンと俺の肩に手を置いてこれまた変わらず朗らかぁに言う。
何か、母さんの周りに花が咲いて見える。
「ゆんちゃん、遅刻はあかんよぉ?早よう行かなあ……ね?もう拗ねんの……」
ですから、オカアサマ……
ボクは、拗ねてるんじゃあなくて……
………………なぁんて突っ込んでる場合じゃねえ!
マジで遅刻だあ!
やばい!
やば過ぎる!
どれくらいやばいかというと、富士山噴火ぐらいやばい!
ささっと制服着てっと……
「行って来まぁ~す!」
朝飯もそこそこに駆け出す。
「おっと、いけねっ!」
忘れるとこだった。
仏壇に手を合わせてっと……
「ばあちゃん、父さん……行って来ます!」
――うしっ!
何か後ろで、じいちゃんが走るなとか怒鳴ってる気がするけど今は無視っ!
学校行くのが最優先!
俺は靴を履くのもそこそこに、玄関から飛び出した。
俺、瑞智 由貴の朝は大抵これで始まる。
今年の春から一つ上の姉、瑞智 紗貴 と同じ都立南条高等学校に通っている。
今はじいちゃんと母さん、それと姉ちゃんしかいないけど、俺が7歳になるまでは、ばあちゃんがいた。
ばあちゃんはいつも「自分の定めに負けるな」って俺に言ってた。
その時は、何でそんなこと言うのか判らなかった。
まあ、今でも良く判んないだけどね。
そしてばあちゃんは生前、対になっている勾玉のお守りをくれた。
俺の首にお守り代わりにぶら下がっている蒼い勾玉はそのうちの一つ。
でも、対の赤い勾玉はなくしてしまった。
ばあちゃんの通夜の日
俺は、ばあちゃん子だったから
悲しくて
信じたくなくて……
一人で神社に行って御神木の桜の木の下で泣いていた。
そのまま寝入っちゃったみたいでさ、母さん達が迎えに来てくれた時にはもう赤い勾玉はなくなってた。
首に下げていたから、落とすわけないんだけどなあ……
父さんとの記憶は、あんまりない。
俺が5歳の時に他界しちゃったからな。
覚えてるのは、背中が暖かかった事といつも優しく笑っていた事。
俺はそんな父さんが大好きだった事、くらいかなぁ……
だから……まあ、今はじいちゃんが俺たち姉弟の父親みたいな感じだ。
あっ……言い忘れてた。
実は、俺ん家は東京でも有数の古武術道場だったりする。
瑞智一統流第34代目が瑞智 正宗……俺のじいちゃんだ。
父さんは生まれつき身体が弱くて、武術とかは無理だったんだって言ってた。
つまり、継承者35代目が俺になるわけだ。これでも一応、俺は師範代だったりするんだな、これが!
だから、喧嘩は負ける気がしねえ!……なあんて事言ったってばれたら、姉ちゃんと一部の先輩やら友人にボッコボコにされるから、大きな声じゃ言えないけどね。
でもまあ、差し当たって問題ナッシング!毎日楽しいしな!何か世間じゃ色々怪奇事件が起きてて騒ぎになってるけど、それも俺にはさほど……ってか、全然関係ないしね。
まあ、気になることがあるっていえばあるんだけど。
今日学校行ったら相談してみようかなあ……
※※※※※※