終話 終末は延期せず
アウロラとイリアは港町の見える見晴らしのようい丘の空き家を買い、カフェに改装をして開店準備に追われていた。
邪神と別れて三ヶ月近くが経っていた。
開店を期待して店を見に来る町の人々とも仲良くなり、できるだけ早く開店したいところだ。
邪神が主神に勝てたのか、殺されたのか。
彼の消息も杳として知れない。
しかし窓の外に抜けるような青空が見えて、人々が平和に暮らす限りは、アウロラとイリアは邪神の無事を信じている。
終末が来る前にやりたいことはやっておかなければ。
そう、二人は前向きに考えて開店準備をしているところだった。
アウロラとイリアは今日も午前から、店内の補修に邁進する。
「イリア、壁紙そっちおさえて」
アウロラは脚立に乗って壁紙をおさえながら、背後にいるはずのイリアに声をかける。
その時、背後で光が差したように感じた。
「こうか」
それがイリアの声ではなかったので、アウロラは振り向いて目をみはる。
アウロラに覆いかぶさるように壁紙に手を添えていたのは……
「邪神さん……!」
脚立から落ちそうになったアウロラを、彼は支える。
アウロラはそのまま彼に飛びついた。
「ここで店をやるのか。いいところじゃないか」
気持ち良い風の抜ける丘の、海を見下ろすカフェ。
店内の大きな窓ガラスからは青い海と空が一望でき、自然光が心地よく差し店内を明るく照らしてくれる。
アイボリーに塗装したおしゃれな木製のテーブルや椅子テラス席は、二人の手作りだ。
雑貨コーナーには早速、オリジナルブランドのアクセサリーの作品が並ぼうとしている。
「おかえりなさい」
アウロラの目に涙が浮かんだ。
「邪神様!?」
エルの姿を見たイリアも、床拭き用のバケツの水をひっくり返した。
「イリアも元気そうだな。色々と片付けが終わったので顔を見せにきた」
エルは壁紙を押さえるために壁に寄りかかりながら、他人事のように告げる。
アウロラもイリアも、世界の命運もだが何より彼の身の心配をしていた。
生きるか死ぬかという話だと思っていたので、アウロラたちは無傷で帰ってきたのには驚いた。
「ど、どうなりました?」
二人は上目遣いに尋ねる。
「主神様に土下座して靴をなめて許してもらったとかですか? それとも鞭打ち百回で許してもらったとか、罰金払ったとか。全然帰ってこないから、もうやられちゃったかと」
アウロラは久しぶりの再会で涙ぐみながらも、いつものように放言し放題だ。
「俺が負けると思っていたのか」
「はい」
「オメガを倒し、俺が主神になった。諸々の雑務をこなして戻ってきたので少し時間がかかった」
「は!?」
あまりの展開に、アウロラもイリアも二人は信じられない。
「恨みっこなしですか? 禍根残しちゃいましたか? 報復きますか?」
「いや。俺に歯向かうやつはもういない。この世界は当面は憂いなしだ」
何故なら、エルの定めた律法がゆるすぎて他の神々も叛意を持ちようがない。
オメガを軽くいなした後で、エルに襲いかかってくる酔狂な神もないだろう。
「主神って……神様の長だって仰ってましたよね」
先日、主神の何たるかを確認したはずだが、目の前にいる人物が神々の長だとは飲み込めない。
フランクに話す彼はあまりにも、威厳を欠いていた。
「そうだ」
「普通にやれば倒せるって、本当だったんですか」
アウロラ達を不安にさせないための方便か、はたまた大口を叩きすぎだと思っていたアウロラは申し訳なくなる。
彼を見くびりすぎていた。
「邪神さん、主神就任おめでとうございます! さすがに嬉しいですよね!?」
「仕事が増えて面倒なことにはなったとは感じている」
彼はその立場を誇らしいとも思わないのだろう。
「終末を神回避していただいて私達は嬉しいですよ。ほら、邪神さんも笑ってくださいよ!」
「こうか?」
彼は二人にぎこちなく笑顔らしきものを見せた。
エルはオメガの定めた律法の制約にしたがって、ただでさえ薄い感情の殆どを削がれていたが、オメガを追放したことで旧律法は破棄され、エルには数千年ぶりに感情が戻った。
とはいっても、彼はもともと淡白気味ではあったし表情筋は死んでいた。
「前よりはましです。笑えてる気がしますよ……目が笑えてます。気持ちほどですけど。エルさん、何でもできるのに感情表現だけは苦手ですよね」
イリアとアウロラもつられて笑顔になる。
「オメガを倒して感情は少し戻ったのだが、確かに感情表現は苦手だ。また練習しておくとする」
「今後は嫌われる努力ではなく好かれる努力をしないとですね。ところで邪神さんではなくて主神さんになるんですね。なんてお呼びすればいいですか? 主神だからしーちゃんとかですか?」
「待ってアウロラ。神様の長に人間がそんな口きいていいの……?」
イリアが煩悶している。
感情が少し戻ったというからには、今まではどれだけアウロラが罵倒しても平気だったが、無礼を働けば不快に思ったりもするかもしれない。
「名はエルというんだ。それで通ってる」
アウロラとイリアは不意に始まった自己紹介に、口を大きく開けた。
「お名前、エルさんだったんですか! S、M、LのLさんですか?」
「いやそのエルじゃない。神語で器用な奴という意味だ」
「まんまですね」
「何のエルでもいいです。やっと白状してくださいましたね」
ようやく彼は本名を名乗る気になった。
どうせ滅ぼすと決めていた人類に、名を教えても差し支えがなくなったからだ。
「エルさん。そういえば終末延長の延長戦、まだ申し込んでいいですか」
「まだやりたいのか」
エルは参ったというように頭をかく。
「まだまだいきますよ。こちとら人類の終末がかかっていますからね」
「それはもう必要ない。古民家リフォームの技術を教わりたいなら教えてやってもいいが」
「どういうことですか?」
エルはもののついでに大雑把に貼り付けられた壁紙を整えなおす。
よれていた壁紙が、彼の手にかかれば気持ちよく整う。
「終末は中止にして、この世界は俺が直々に保守することにした。主神の決定だ。覆らない。人間は憂いなく平穏に暮らせ」
成り行き任せでも、先延ばしでもなく、中止。
人類にとっての福音をもぎ取った。
「え、終末中止!?」
「終末中止! やったー!」
「わー!! 気が変わらないうちに石板に誓約書書いて下さい!! サインつきで!」
アウロラとイリアは抱き合ってあらん限りに喜んだ。
そしてもちろん、エルにもそれぞれ飛びついた。
「アウロラ、イリア。多分あんたらが俺を変えたんだ。これからは、誰かに好かれる生き方をしてみようと思う」
「よかったです……エルさんにも目標ができたみたいで。またエルさんと一緒に暮らせたら最高ですけど。だめですか?」
「あんたたちはこの店をやるんだろ?」
もしかして、これでお別れなのだろうか……と二人が寂しそうにしていたので、エルは声をかける。
「そうだ。看板を見てきた。開店したら仕事を依頼してもいいか」
エルはできたての看板を見ていたようだ。
カフェ、雑貨、何でも屋と書いてある。
「承ります!!」
アウロラは筆記用具を、イリアは大慌てで帳簿を持ってきた。
「俺に似合う服とアクセサリーを作ってほしいんだ」
エルはいつもの変装ではなく、シンプルな白衣を着ている。
主神になったからには、さすがに邪神の変装のままもどうかと思ったのだろう。
「エルさん、裁縫超絶上手いのに……前10分でスカート縫えましたよね」
「人間ウケのいいものは俺には作れない。素材選びも含めてな」
「たしかに」
「言えてます」
アウロラとイリアは顔を見合わせてぷっと吹き出して笑う。
人間ウケを気にするからには、主神として人前に出てみるつもりもあるのだろう。
「かしこまりました! 全力で提案させてください! 全人類ウケを目指しますからね! 好感度高くなりそうな爽やかなやつにします!」
「ああ、期待している」
「完成品をどうやって届けましょう。私たち、エルさんの拠点分からないので」
「そうだな。できたら持ってきてくれ」
エルは店のドアの裏側に手を当て、転送陣を書き込み、ドアをエルの拠点につなぐ。
アウロラとイリアだけを通すゲートのようなものだそうだ。
「用があればいつでも会いにきていい」
「そんなの用がなくてもお泊りセット持参で入り浸っちゃいますよ!?」
冗談ではすまず、アウロラは有言実行をしてしまうから怖い。
「入り浸るのはほどほどにしてくれ」
「エルさん、新衣装のコンセプトとか聞きたいです。お茶でもしながら打ち合わせしましょう。チーズケーキも焼きますよ」
「楽しい打ち合わせになりそうだ」
巧まずして、最高の結末が降ってきた。
全てはアウロラの思い込みから始まり、彼女の一途さはエルを変えた。
アウロラは聖女を辞め、人としての幸せを掴み取った。
その傍らには、イリアという親友がいた。
その後久しく、アウロラとイリアは主神エルと交流を続けた。
彼女らの営む店は、主神御用達の店としても人気が出た。
エルは太古のように人々に慕われ、世界は調和し美しく保たれ、停滞することなく発展を遂げてゆく。
彼の世界では、終末は永遠に訪れなかった。
- この終末は成り行きで 完 -
これにて完結です。
短い間でしたが最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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